第二章13 『呪ってやる』
日が沈みかけている森の中、赤黒い日差しが木々を照り付けている。今さっきから聞こえる動物らしからぬ声、そして原因不明な寒気も相まって一層不気味な雰囲気を醸しだしている。
『平面の集中力』では見えるトンネルも、何故かその地点に行くと何もなく、ただただごつごつとした岩壁だけが見えていた。これが曰く付きの山が曰くつきたる由縁なのだろう。
トンネルも見えず、山を降りようとも一向に降りれる気配はない。
つまるところ、オレは完全に迷子になってしまったのだ。
「(やべぇなこりゃぁ・・・。少しずつこの気配に侵されて死ぬか、祀り場で気を抜いて一気に死ぬかの違いじゃねぇか・・・)」
良い方の山の神様を祀っていると言うところは、少し力を抜くと、自分が自然の一部であると思い込まされ呼吸を忘れかける。それに対してここは呼吸を通して何か得体の知れない気持ち悪さが身体の中を蝕んでいくような感覚がある。
何かを吸い込んでいる。だが”悪意の翼”の時のような身体の血管の中を蟲に這い廻られるような嫌悪感と恐怖感程ではない。保健福祉の授業で習った、葉巻の副流煙を吸っているような、呼吸に重みを感じる。息を止める訳にも行かないので曰く付きの、負の感情を薄めた様な空気を吸うことになってしまうのだ。
そして、そんなことがもう既に三時間も前の話である。
今では沈んだ空気を吸うオレの身体は異様に重く、身体の中に岩でもあるのかと言わんばかりに動くことが億劫になってきた。単体は”悪意の翼”程ではないが、長く吸い込むとかなりの重荷となる。
「(『平面の集中力』じゃぁもう既に山を出てるのに、眼ぇ開けりゃまだ山の中だ。木も葉も触れられるから現実だが、なんだこりゃぁ・・・。身体もだるくなってきたし、今すぐにも寝っ転がりてぇ気分だ)」
地面が土だとしてもオレはすぐさま横になりたいという気持ちが強くなる。寝たいと言うよりだるいという言葉が適切だが、今のオレとしてはどちらでもいい。寝たい。
意味もなく疲れる身体を何とか木の幹に預け、オレは周囲の気配を『平面の集中力』で見る。『平面の集中力』にはいくつかの動物が映し出された。その一つ一つは確かに息のある、異形ではない普通の動物であったが、オレが今感じる視線は『平面の集中力』が観測した動物の数よりも圧倒的に多かった。
今か今かと、オレが力尽きるのを待っているような、そんな「待て」をされている犬が餌を見る目だ。
「”あいつら”、直接手ぇ出せねぇのか? いや、出さねぇのか・・・」
自分の手でやるよりも、苦しんで眠る様子が見たいのだろう。そう考えると余計このまま寝る訳にはいかなくなる。
「(確か脳の物質を操って『平面の集中力』は出来てるんだったな。だったら、同じくこのだるさも脳の物質いじくれば良いんじゃねぇか?)」
オレは爽快感溢れる清涼な脳ミソをフル回転し、倦怠感が呼吸の節々に入る中、打開策を思いついた。あくまでもこの場から脱する方法ではないが、少なくとも周囲の霊共の思うつぼにはならないものだ。
オレは自身の頭の内部をイメージする。『平面の集中力』は脳の中の興奮抑制物質の分泌量を操作していた。ならば今度は起き続けるために生態電気の操作で、頭の中の疲労感を伝える物質の分泌を抑制するように、だ。
「少し調整して・・・、変にいじくらないようにゆっくりと・・・、よしよし、そのままそっと、ほんの少しだけ増やすように出力を調整して・・・、―――よし」
オレの調整が上手くいったのか、少しずつ身体から倦怠感が無くなっていく感覚を覚えた。身体を木から離し、その場から颯爽と走り出す。一瞬周囲の視線がなくなり、慌てたように気の葉がゆれる音がオレの通った道を追いかけ始める。
オレは再び『平面の集中力』の中が示す山へと駆け上がり、トンネルの方向を目指す。
「(トンネルは見えてなくっても、トンネルの上をいけば良いって話だ!!)」
台地を蹴り、木の幹を踏みつけ、腕を木の幹に絡ませて方向転換する。
後ろから視線が追いかけてくるのが分かったが、だからといってオレの脚は止まらない。止めない。
フェイントを入れて右から左へ弧を描くように移動し、目の前の木を蹴って無理矢理に方向転換。『平面の集中力』が捉える情報をそのまま行動に移し、後ろから追いかけてくる葉のざわめきを混乱させる。
そしてオレが為した行動がフェイントだと分かった瞬間、今度は後ろからとんでもない憎悪の渦が視線に絡みついてオレを攻撃してきた。
「理不尽な・・・」と思いつつも、曰く付きなだけあり逆恨みの骨頂だと言える。
まだ渦には巻きこまれていないが、『平面の集中力』に映らずとも感じ取れる迫り来る憎悪の塊は当たれば確実に碌な目に合わないことは想像に難くない。
「やべぇんだよ・・・どいつもこいつも・・・・」
フェイントに加え更なるフェイントに引っかかるたびに後ろからメシメシと来る醜悪な気配は強くなっていく。それに加えてオレの警戒心も一段と上がる。だが、いつか撒けると思ったオレはぐねぐねと方向転換をして祀り場のあるところへと走って行き、目の前に現れた大木を駆けあがって、縦にUターンを噛ました。
幹を蹴り上げ、オレの身体が宙を舞う。
それと同時に目の端では、オレを追いかけていた黒い靄の塊が大木にぶつかるのが見えた。
――瞬間、オレはこの憎悪の渦を撒こうとしたことに後悔することになる。
あまりの勢いでぶつかったためか、実態を持つはずのない渦にぶつかられた木は繊維の千切れる音を出しながら倒れ、その反動でその渦も内側からパン!とはじけた。
業ッッ!!!!
と、はじける直前、上手く得体の知れない渦を撒いたオレを誰かが恨めしく、憎しみを抱いた眼で見ていることに気が付いた。
まるで目と目が合ったような、「お前ばかりズルい」というような眼にオレは無意識に身体を震わせる。ただの黒い霧。その中にオレは一種の悪夢のような眼を見たのだ。
そして―――、
「――――ッッ!!?」
オレは驚愕に目を見開いた。
『平面の集中力』が何もないと観測したはずの大木付近を中心に、突如として突風が発生したのだ。まるで台風が無理矢理に暴発したような、狂暴性と殺傷能力を備えた物理的な突風がオレの意識ごと宙を舞うオレの身体を吹き飛ばしたのだった。
A A A
オレの目が覚めた時はもう既に辺りは暗くなっていた。
オレが目覚めたのは小さな祠らしき場所だった。湿り気のある木造の小さな祠で、蜘蛛の巣や端々の欠けた茶碗が有り、その近くには笑みを浮かべる石像があった。
戸の隙間から外を窺うも何も確認できず、ただ暗い闇とサァサァという音が辺り一面に広がっているだけだ。
誰かがオレをここまで運んでくれた、と今更ながらにして気づいた。何故なら外は雨が降っているのに、オレの服は全く持って濡れていないからだ。
「誰が」と思いつつも、オレはハッとして跳び起きた。
「やべぇッ! 夕方までには帰る予定だったってのに、もう夜じゃねぇかッ!!」
目的を思い出し、オレの意識が完全に覚醒した。
すぐさま『平面の集中力』で情報を収集し、現在の位置情報とおじいちゃんの家の位置情報を確認する。
あの爆風でかなり飛ばされたのか、後一つの山を越えればおじいちゃんの家に着くことが分かった。こうしてはいられないと、オレはしなびて変な音がする祠の戸を開ける。
「ありがとよ、オレを此処に置いておいてくれて」
少しも表情を歪めない石像に感謝を述べ、戸を閉める。そしておじいちゃんの家へ向かって走り出した。
パルクールを使って最短の道順を駆けあがっていく中、オレの頭の中には常に『平面の集中力』で集められた情報と言う情報が集められ、一つの世界を創り上げられている。
無論、動物の気配はあってもついさっきの憎悪の塊らしきものや視線の主のような感情や霊的なものは観測できない。オレがそういう力がないのが原因かもしれないが、夜の森をうろつく野生動物の動向を見て、なるべく縄張りに入らないように動けると言うのは一種の武器だと感じる。
「(横に狼家族の住んでる洞窟、徘徊する狼集団、木の実取ってる熊、寝ている鹿、気の葉をかじる幼虫、睡眠をとっている蜂、未だ活発に動く蟻、木の傍で座っている女性と色々居r、・・・女性ッ!? ってか人ぉッッ!!?)」
今は夜だ。それもかなり深い夜だ。日の光は一切なく、とっぷりと闇夜が支配している空間だ。少なくとも普通は人は寝ている時間帯だろう。出歩くにしても山の中、それも一人で座っているのはおかしなことだ。
オレは霊的な、霊獣を思い浮べたが『平面の集中力』を見る分、木の元でうずくまる女性は普遍的な女性の体つきで、特に恐怖要素を持っているように見えない。
そこでオレはその女性に接触を試みた。
パルクールで安全に地面に着地し、オレは女性の元へと駆け寄った。おじいちゃん曰く、肝試しに来る連中がいるらしいので、もしかしたらこの女性も肝試しに来て迷ってしまったのではないかと。
「大丈夫か、あんた。なんでこんな木の傍でうずくまってるんだ?」
「・・・・・迷ったの。肝試しに来て、それで、恐いものに出会っちゃって・・・、逃げていたらここまで来たの。進んでも進んでも外に出られなくって、・・・」
「それで疲れてここに居た」と話す女性の顔は整っており、ところどころに泥や汗が付いていた。黒色の長い髪に碧眼と見てくれは非常に美しいが、残念。アルテインより可愛くない。あと胸が大きいのはオレ的に受け付けない。
女性に対して少し失礼なことを考えていると、女性は少し首をかしげて問う。
「あなたも肝試し?」
「いや、オレは祀り場帰りに変なのを煽って自爆させたら、ぶっ飛ばされて、気づいたら祠に居たから慌てて家に帰ってる途中」
人に伝える説明ではないなと思ったが、女性は「そう」としか返さず、その場でスッと立ち上がる。
「あなた、ここを出る方法を知ってるの?」
「知らねぇわけじゃねぇが、オレもずっと同じ景色が続いてて疲れ掛けてるのは事実だ。何せ、曰く付きらしいし、オレも帰りに使うトンネルが無くなってて徒歩で帰らなきゃならねぇことに腹が立ってる」
『平面の集中力』が誤作動したのか、オレがトンネルのある場所に行くとトンネルが無かったのだ。それどころか、『平面の集中力』は町の中を示しているにも関わらずオレの見た世界は山の中なんてのもある。
「せっかく同じ迷子なんだし、一緒にあなたの家に行かない? 二人なら私も怖くなくて済むわ。あなたも女性と一緒なら嬉しいはずよ」
「別に構わねぇよ。おじいちゃんがキレるかもだが、それは肝試しに勝手に人の山に不法侵入したってことで受け入れろよ。後、オレは別にお前の事はタイプじゃない。可愛い嫁が居るからな」
「・・・・あら、そう」
オレの返しに一瞬表情が冷たくなる女性。しかしすぐにとりなしてオレの腕を摑もうとしてきた。
「なら早く逝きましょう」
「あぁ、わぁーってるよ。腕を摑むな。なんか嫌だ」
「・・・・・」
「なんだお前、上機嫌になったり不機嫌になったり、情緒不安定かよ」
「ちょっと山の雰囲気が怖いのよ。だから触れていたいの。ダメなの?」
「・・・・まぁ、そうか。良いぜ別に組まれても摑まれても。アルテインにゃ怒られるが仕方がねぇな・・・」
女性とアルテイン特有の下から見上げる形でお願いされると言う攻撃を食らい、オレは渋々と返事をする。確かに山が異質なのもあり、ふとした瞬間に目の前の人が消えているなんてのもあるかもしれない。それはお互い困るだろうし、オレもそういう時罪悪感が出てしまう。
そしてオレの腕を女性が掴む。
掴んだ、―――瞬間だった。
「―――ッ!?」
違和感だった。
外と言えど山の中は寒い。それに雨もまばらだが振っており気温はとても低い。だから人の手足は冷たくなるものだ。オレはパルクールで運動をしているからそれなりに温かいが、この女性の手は寒さと言うか冷たさと言う次元にないのだ。
何も無いような、冷たさを失った冷たさとでもいうべきか、虚無に触れられている気がした。
そして同時に状況も変化する。
「―――霊の目の前で、心の壁を緩ませるなんて、馬鹿な子ね」
「あ゛?」
雨が激しくなり、霧も大きくなる。そして同時に『平面の集中力』で作られた世界にも靄が覆い始めた。
オレは危険を感じ、女性の手を振り払うも『平面の集中力』から靄は晴れなかった。
「何をしやがった? 霊か?」
「あなたには干渉できなかったけど、あなたの属性に干渉は出来たわ。霊に心を緩ませるなんて自殺行為。それがましてや神ともなると、無礼にもほどがあるわね」
「神」と女性がそう言った瞬間、一気にオレの眼の前の存在から膨大な瘴気が出始める。
「爺ちゃんが叩きのめしたんじゃなかったのか? 山の悪い神様ってのは」
「少なくとも私が祓われたのは三千年前の過去一回切りよ。――それよりもあなた、私に”不法侵入”って言ったわよね?」
「それがどうした?」
「そのままそっくり返すわ。クソガキ風情が。私は三千年前に此処に住んでいたのよ。そうしたら勝手に人間どもが土地の権利を主張し始めたんじゃない!? 私が先に住んでいたのに、お前ら人間が不法侵入してきたんだろうがぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
冷静だった女性の顔がみるみる変化していき、憤怒の形相になる。人間としての形は忘れ去られ、目は黒く、口も避けて行き、三つ目の”鬼”のような様相になった。
「それにあなた、私なんて好みの対象外ですってねぇッ!!? 貧乳が良いって? 同じ悲しみの持ち主だと思ってたのに裏切りやがてぇッ!! この異端児が! クソガキが! 誰も私を見てくれなかった癖に、お前も見ないのかぁぁぁぁッッ!!!」
叫ばれるのは過去の記憶だろうか。この悪神が女性であったころの話だろうか。少し同情してしまうが、オレとしてはとばっちりなことこの上ない。
しかし目の前の神は止まらない。瘴気が腕の形を成してオレの肩を摑んできた。
「呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る祟る殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すす!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
どうっと流れ込んでくる大量の悪意。それが伝える言葉となってオレの耳に叩き込まれていく。
オレは反射的に距離を取る。しかし、悪意は離れない。
「永遠にお前らを呪っていやる!! 人間もろとも、全員皆殺しだ!! 私を見なかった奴、無視した奴、助け出そうとしなかった奴、笑った奴、逃げた奴、捨てた奴、埋めた奴、産んだ奴、泣いた奴、同情した奴、共感した奴、怒った奴、憎んだ奴、殺そうとした奴、家族だった奴、喜んだ奴、びっくりした奴、知らなかった奴、口だけの奴、助けた奴、全員全員全員、私を怖がったように、お前らも一生覚めない悪夢を見させ続けてやる!!! 皆殺しだぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」
”鬼”が叫び、咆哮する。
瞬間、オレの頭に封印し直した扉が開かれ、見たくもない悪夢がその存在を声高らかに主張する。
――「言ってたか? そんなこと。俺が覚えてないってことは言ってないことだからな。――お前、嘘ついてんだろ? 俺がほんの少しの心変わりでお前の約束破ってウガインに剣術教えたみてぇな言い方だしな。変な嘘つくなよ。嘘つくようなクソは俺の子供じゃねぇしな。お前、誰?」
――「俺は最初お前と約束していたことと仮定しよう。俺はその次の日の早朝、そんなどうでもいい時間の無駄の極みみたいな約束は忘れて仕事に行っている途中だ。そこでウガイン君と出会って剣術を教えるという素晴らしい約束をする。そしたらどうする? 普通は仕事休んでつきっきりで剣術を教えるのが普通だろう? どうせ忘れたんだ。人の過ちは許さねぇといけねぇんだぜ。それが子供の役目だからな。それを未だ引きずって待ってるって時間の無駄じゃねぇか! 勉強しろよ勉強! 国語が苦手なんだろ? 知らんけど」
――「ずらしてねぇだろ。お前が嘘ついて、大人の過ちを赦せないままなんだから、お前がしっかり謝るべきだろ? それで次からは嘘をつかないって言うんだぞ? それにくらべてどうだウガイン君は。しっかりと大人に対して敬語を使えるし、俺の言った事を頑張ってこなそうとしてくれるんだぜ? それに比べてお前はどうだ。母さんを悲しませてばっかりだし、電気属性? 論外ですねハハッ!」
――「出てけ」
――「お前みたいな場の空気を読めない生き物なんて、人間様の期待も投げ捨てて、俺に母さんの凍えた目を見せやがって、電気属性ってだけでもクソなのに、ましてや一丁前にウガイン君の剣術も避けて、更には俺の教えた剣術まで避けて、嘘までついて、謝らないで、そんな生存価値もない生き物から「親父」なんて呼ばれたくない。死ね。消えろ。それ以上に苦しんで死ね。俺の無双人生ぶち壊しやがって、世界が受けた苦しみよりも苦しんで絶望しながら死ね。あの一撃を受けてゲロ吐いて喀血して骨折したらまだ許してるが、お前みたいな役立たずは出てけ。あの家はお前の家なんかじゃない。お前の家族は俺じゃない。ゴミより希望がない生き物の存在の容認なんて、こっちから願い下げだ」
――「好きとか嫌いとか、お前がそんな高尚な所に立ててると思ってること事態異常だな。産まれてなんて頼んでない。父性も湧かん奴なんて産まれないのが世の幸せだ。勝手に受精なんてしやがって、母体に負担掛けやがって、無駄金掛けやがって」
――「ついでにこれ以上勘違いさせない為にも言っておくが、俺のモットーは、『愛は妻、情は子供』だ。お前は生き物未満だからモットーにすら入っていない。そこんとこ、ちゃんと弁えて死ぬように。もう家にも帰ってくんなよ。お前の部屋のもの全部捨てとくから」
――「今だウガイン君! あの生き物の余生に終止符を打て!!」
終わらない悪意。それが形となって”悪意”となる。オレの奥にズズゥッと黒い塊が狂気と殺気を帯びた奔流を溢れさせる。
”鬼”はオレの心境の変化に気づいているのか、いないのか、言葉に容赦を感じない”悪意”を音と共にオレにぶつけてきた。
「呪う。一生逃れられない呪いをくれてやる・・・」
「―――あぁ、呪ってやるよクソ野郎」
オレが不敵な笑みを浮かべて”鬼”の面を見る。うっすらと三つ目の顔が見えた気がしたが、関係ないと、オレは掴まれた腕を、くっついている霊を蹴り飛ばすことで離させる。
「どぉせ、無理だったんだろ? オレがシアワセになるなんて、所詮夢物語だったんだろ? ――オレを夢から覚まさせた罪、しっかりと贖ってもらうぞ」
刹那、オレの”悪意”が暴発した。