第二章11 『お祈り』
オレは地図片手に歩を進ませて茂る森の中を突き進む。
おじいちゃんから貰った地図には、家から祀られ場所を繋ぐ道のりと、そのところどころの説明が書き加えられていた。主にその場所が昔どういう場所だったかとか、何をしていた場所だったのか、そしてそこで何をすればいいのか等々だ。
無論、オレは地図通りに通る道で色々な事をした。主におじいちゃんの日課の肩代わりに近いが、だ。例えば「石像の首が取れてたら元に戻しておく」や、「渓流近くの積み石が崩れてたら直しておく」、「木の枝に動物の死体が突き刺さってたら取り外して穴を掘って埋める」等々だ。
おじいちゃん筆の地図曰く、時折山に入ってくるクソガキ共が積み石を蹴っ飛ばしたり、「神を降ろす儀式」と称して野生動物を狩っているとのこと。傍から見れば後者だけ違法乱獲の香りがするが、前者は別にどうってことないと思う。積み上げた石蹴ってるだけじゃね?、と感じるがどうにも積み石は水子の供養に当たるものらしい。
価値の分からない人間にとっては、どんなものを見てもなんとも思わないのだろう。もしくは、何かしらの祟りを期待してやっているのかもしれないが。
そんな他愛ない事を考えながら地図に忠実に進んでいると目の前にトンネルが見えた。
舗装はされておらず、雑草が生い茂っているトンネルは遠くから見れば洞窟か何かと勘違いしてしまう。鬱蒼とした森の雰囲気も相まって、自殺の名所にしか見えない。しかし、中身は至って普通のトンネルだ。地図に記載されている文章をそのまま信じるのなら、このトンネルは隣村と交易をするための近道として設立されたものらしい。
「煉瓦製だけど大丈夫かなぁ・・・?」
霊が出る事よりも、途中で崩壊して生き埋めの方が怖いまである。
しかし設立したのはざっと二千年前だ。ところどころ崩れていてもなんやかんやでどうにかなっているに違いない。
「爺ちゃんもこのトンネル通って祀られ場所に雑草刈りに行ってるんだからオレでも大丈夫だろう。「このトンネルでは霊的現象は発生していない」って地図にも書かれてあるし、問題はねぇ!」
オレとしては今すぐにも別の道を通って行きたいものだが、トンネル内でやらなければならないことがあるため、オレは声に出す事で無理矢理に自信をつける。
「さぁ、行くぞぉッ!!」
オレは叫び、薄暗いトンネル内へと脚を踏み入れた。
A A A
オレはトンネルから出たくなった。
その理由は至極単純だ。
トンネルに入り数m歩いた先の事だった。
「げぇッ!!?」
何という事でしょう! 少し歩いた先には小さいランタンが数か所に置かれており淡い光を出しています。そしてその周囲のトンネル内部の床天井壁一面に見た事もない量の護符らしきものが貼られているではありませんかッ!!
「帰りてぇ―――――ッッ!!!!」
よく見て見れば一枚一枚に変な印がつけられており、人語ではない変な単語が羅列している。ランタンは数十m先にもあり、ぼうっとだが護符らしきものが続いているのが見える。
人間的にちょっと、いやかなり恐怖を感じる光景にオレの毛穴と言う毛穴から嫌な汗が漏れ出る。何も見なかったことにして帰りたい。集合体恐怖症の人は間違いなく卒倒できるし、集合体恐怖症持ちでない人も別の意味で卒倒できる。
これは霊も来たくない。
いったい何を封じているのか、はたまた霊を寄せ付けないためか、単純に貼ってみただけなのか・・・。謎は大きくなるが、恐い事に変わりはない。
「(ひぃぃぃいいいええぇぇぇえええええあぁぁぁあああッッ!!!!)」
オレの心理状況はずっとこんな感じだ。無言の圧とか殺意とか、おじいちゃんの言っていた奴とは全く違う意味での恐怖を感じる。
「これはこれで気を病めるだろ・・・」
歩いても歩いても四方八方護符だらけだ。景色が変わることがほとんどないせいで無限にこれが続くのかと思えてならない。そんなはずはないのに、不思議とそう思ってしまう。その内自分の影にビックリするかもしれない。
そしてこんなトンネルでもやることがある。
「えぇっと、「トンネルの奥の方で明かりが消えているところがあるから着けておくように」とな。まだ先だな・・・」
このトンネルは千年以上前に設立された以外に特にと言って護符に関する記述はなく、ランタンも特にと言って地図には書かれていなかった。ただ「トンネルの奥の方で明かりが消えているところがあるから着けておくように」とだけ書かれてあるのだ。
誰が見ても違和感にしか思えないランタンと護符たち。それに全く触れられていないことにオレの背筋が震えた。
「帰ったら爺ちゃんに聞いとくか・・・」
オレは長いトンネルの道のりが怖く感じ、足早にトンネル内を進んで行った。
A A A
進んで行くと明かりが見えた。日の光だと一瞬で分かる程、その光は大きくオレの視界を覆っていた。赤く、黄色く光るその特徴的な光り方は太陽だと容易に想像がついた。
オレはその近くで明かりのないランタンを見つけた。そしてその近くには新しい蝋と、火打ち石がある。
―――まるで着けてくれることを待っているかのように、火打石と蝋は明かりのないランタンとは違い、日の光に当たってオレに見つかるのを待っていた。
しかしそれを今更疑問に思っても仕方がない。
「(とりま火ぃ着けておくか・・・。蝋も新品だし、湿ってねぇのな・・・)」
トンネルは直線ではなく段差有りでグネグネした形になっていたにも関わらず、不思議と風通しが良く、音も良く響いていた。蝋も湿っている気配は微塵もない。
オレは火打石を互いに打ち合わせて火花を蝋に落とす。ポッと火がともったことを確認すると、オレは空のランタンの中に蝋を入れた。
「さて、行くか・・・」
腰を上げ、オレは日光が刺してくる出口へと向かった。最後まで護符とランタン以外は特にと言って何か言いたいことがあるようなものは見当たらず、これと言って護符とランタン以外は怖いものはなかった。
結局護符とランタンが一番印象に残ったまである。
A A A
トンネルを出るとそこは雑草の群生地だった。
日はまだ落ちていないにも関わらず、森の中は一層寒気を感じた。そして粘り気のある湿気も感じる。
「キノコが生えてねぇってことはそれなりに乾いている場所ってことだ。それなのに湿気ているのはなんでだ?」
一瞬周囲に霊的存在が居るのかと思い、オレは脳内分泌物の操作をして『平面の集中力』を発動させる。が、どれほど広げても霊的存在はちっとも見当たらなかった。ただ、目の前をずっと進んで右に曲がれば少し大きな建築物があるのが分かるだけだ。
おそらくはそこが例の神様の祀られている場所なのだろう、と。
オレは早速地面を蹴り飛ばし、手短にある木に飛びつく。
「久々にやるからな・・・。身体を鈍らせるわけにはいかねぇよな」
試練がどんなものかは分からないが、確実に害意を為す敵と相対することになるのは想像に難くない。ここ最近はパルクールをしていなかったが、試練の為に適度に運動はしておくべきだ。
「やっぱ悪霊をはったおすからなぁ、やる場所は自殺の名所か森の中かもしれないしなぁ。森の中だったらパルクールで錯乱させて死角からドーン!ってやれるんだけどなぁ・・・」
木々の間を跳び、枝を踏み、手を使って方向転換し、そしてまた跳ぶ。
サルよりもすばしっこい上、『平面の集中力』で半永久的にパルクールを続けることができるのだ。折れそうな木や、踏んでも大丈夫な木、もう少しで倒木しそうな木と様々を刹那で見分け、次の跳躍地点にする。
パルクールをし始めてから数分後、目の前に例の場所が見えた。
目の前に石の階段があり、その周囲を石垣が囲っている。そして階段の先にはこれまた特徴的な門があった。丁度、クソ親父が言っていた”神社”とやらの門に似ている気がする。
「これか・・・」
木造建築に瓦の屋根を当てたものらしく、昔は銀や銅の輝きを持っていた屋根も今ではすっかり錆びて青緑色になっている。しかし、その下の木は多少の湿り気はあっても木造特有の香りしかせず、カビている気配もない。
地図にはこの神社らしきものの記述はやはりトンネル同様「千年以上前に建てられた」以外の、建物関する記述が一切ない。
「えーっと、靴脱いで上がって、居間に入る前に一礼して中に入って適当になんかお祈りする、か」
地図にメモされたおじいちゃんの言伝を読みながら、オレは境内の大きな建物の玄関で靴を脱ぎ、建物の中に入る。おじいちゃんが雑草を刈るついでに掃除でもしているのだろうかと感じる程に、建物内はかなり掃除が行き届いているように見えた。
少し歩き、居間らしき部屋を見つけ一礼して入る。
―――空気が変わった。
入って分かった。扉を閉めて、瞬間察知する。『平面の集中力』では測れない、絶対的な”高貴な何か”が居ることがオレの肌が察知した。
居間は畳を木製の壁で囲んだものだ。窓や何かの偶像があるわけでもない、押し入れのような部屋なのに、どこか王の玉座の前に立っている感覚になった。
「(なんだ此処、外と全く雰囲気が違う・・・。オレの他に誰もいねぇし『平面の集中力』も反応してねぇ・・・)」
怖い事が起きているのに、全く持って怖くない感じがする。
オレはその場に正座し、もう一度礼をして頭の中でお祈りをする。
「(地図には適当にお祈りって書いてあるからな・・・。何をお祈りすればいいんだ? まぁ、とりあえずアルテインの幸せとおじいちゃんの長生きと、精神病院の皆の健康をお願いします。後、もしもオレが試練でヤバくなったら助け舟をお願いします)」
霊相手の試練だ。モンスターとは違って今度は別の意味で命の危険がある。そう思ったオレは次いでとして、危機的状況になったら助け舟を出してもらえるようにお祈りをささげた。ご利益があるかどうかはさておき、お祈りをささげておく方が良いらしい。
風水も鬼門も厄日も話半分に聞くオレだが、今回だけは素直に頭を下げた。