第一章9 『斧』
オレは剣を振った。振り続けた。時折、刺突もした。
だけど―――、
「もーやめとけよ。体力使うだけだ」
心の嘲笑、いや目の前の変態男――イドの嘲笑が耳を打った。その直後、振った剣が遂に空振り、薪がオレの頭に必中する。
「おばほッッ!!?」
現実に戻す一撃。
昇っていた熱を一気に冷ませる一撃だった。
疲労困憊が故の不可視の一撃はその軽さに合わず重い一撃として、衝撃が全身に伝わり持っていた剣を落としてしまった。
痛みは一瞬。頭を押さえる程ではなかったが、今までの無理矢理のツケを足腰に払わされた。落とし穴にでも落ちるように目線が地面に垂直に下がった。
膝の感触が脳に伝わって初めて、オレが膝を着いているほどに疲れているのだと自覚させられる。上を向けば、「やっぱりな」と、そんな顔をしているイドが居た。
「結果としては、最高記録は薪の半ばまで!最低記録は切り込みを入れて終わり!はー!残念だなー、真っ二つなにった薪はありゃ―せんでしたー!!」
嘲笑でも爆笑でも冷笑でもなく、ただ笑う。その笑うイドの目の前にいるオレの周囲には今さっきまで斬りつけた薪の残骸が転がっている。
どうにも腹が立つことだ。でもなぜか、その矛先はどうにもイドには向かないのだ。
「改めて言われると腹立つな。自分で言っといて成し遂げられないなんてよぉ。ってか何でオレは剣に不向きだなんて分かるんだよ。パンチと剣じゃ全然役割が違うだろ」
怒りの次に出てきたのは単純な疑問だ。
パンチは打撃だが、剣撃は斬り裂くための攻撃方法、ジャンルが違うのにどうしてこうも的確に当てはめてくるのかが分からなかった。
イドはオレの目線に対して手元に転がった剣、そして斧を拾い上げた。
「簡単な話。剣ってこの長ー刀身で相手を斬りつける。だから均等に力がかかるんだよ。これは分かるな?」
「あ、あぁ」
「んで拳撃の方な。ルナの場合だと速さに極振りしてるから均等に刃に力が籠る剣だとどーしても威力が落ちる。そもそもルナのパンチだと打たれた側からすれば衝撃は高いが実際はそこまで痛くはねー、正にこけおどしって奴だ」
「こけおどs・・・・」
「大抵の武器は力の依存がどーしても使用者寄りになるんだ。だから速いだけの一撃じゃ、剣は不採用だ。――――それゆえに、ルナが一番扱える武器は、―――斧だ」
ここで斧が登場した。
剣をポイッと投げ捨てて、オレの目の前にちらつかせたのは普通の斧だ。
木製の柄に金属の刃が付いた一般的な斧。
「これが、どう――――」
一瞬、斬るなら別に剣でも斧でも同じなのでは?と、そう思うオレが居た。
だが、イドはそんなオレの想像さえも簡単に覆す。
「ところが違ーんだなこれが。斧ってのは、ルナのパンチには足りねー打撃力を補強してくれるんだよ」
「どゆこと?」
「斧ってのはハルバードと同じで、力も必要だが、主に遠心力で威力が変わる武器だ。ハンマーとかメイスだと柄も重くなっちまうし、斥力で柄が破壊されかねーからな。で、選出したのが斧って訳だ」
「は、はぁ・・・・」
なるほど!とは来ない。理由は的を射ているかもしれないが、オレはこのかた斧なんて振ったのはじいちゃんの家に遊びに行ったときくらいだ。でもって、斧こそ確かに武器だがどうにも、オレの中では武器と言うよりかは包丁とかと同じ部類だと思っているところがあってなかなか受け入れられない。
「過去の経験から受け入れられねーってのは分かる。でもまー振って見りゃ分かるモノがあるんだぜ」
「サラッとオレの頭の中を読むな」
「読んでねーよ。脳細胞の結合の仕方から読み取っただけだ」
「何言ってるんだお前!?」
「何勘違いしてんだお前!?」
・・・・???
なんか急に話がこじれた気が・・・・。
現実に戻り、オレはイドから斧を貰い、軽く振ってみる。
「(軽いな。確かに金属部分は重いんだけど、遠心力依存、・・・弧を描くパンチ軌道。――あぁ、なんか分かった気がするな・・・)」
ふと、何か閃光に打たれたのか、そのあるべき形に添うようにオレは斧を持ち直した。握りこぶしの下に斧の刃が来るように、だ。
「お、いーじゃねーか!」
「とりま、もう一回」
立ち上がり、斧を握った拳を背中に向け、前かがみになる。これが遠心力を最大限に引き出すオレの姿勢だ。
オレの構えにイドが頬を紅くして賞賛を送ってきた。やめろ、頬染めてこっち見んな。
「んじゃー、行くぜ!」
イドがふわっと薪を投げる。そして添えるだけ感覚で回転もかけて。
くるくると舞いながらオレの頭上に振りかかる薪をオレの視覚が捉えた瞬間だった。
「―――ッ!」
腰の捻りを真上に向けて、溜められた運動エネルギーを解放させる。
剣では刀身が長すぎてこういう勢いの付けたやり方は出来ない。だが、斧であればそれは可能となるのだ。
ダガーナイフを扱う感覚で、斧を振り抜く。
黒光りする軌道が視界の中央を過ぎ去り、直後に金属と金属が擦れ合い、はじける音が耳に木霊した。
A A A
真っ二つに割り、地面に落ちた薪を見ながらオレはイドに問い詰めていた。
「オイゴルアァッ!イド!てめッ、これはいったいどういうことだ!!?」
「はっはっはっはー!ナンノコトカナ」
「テメェッ!これ斬れなかったらオレ危なかっただろーがッ!!分かってるのか!?」
「逆に言えば、剣では木も斬れなかったのに斧で”それ”が大丈夫ってのは一種の強みだろ?」
「おーまーえーッ!!!」
「はっはっはっはっは!大丈夫大丈夫。どーせやっちまっても打ちどころが悪くない限り死にゃーせんよ」
胸倉を摑んで揺さぶるオレとは対照的にイドはとても涼しい顔をしていた。多分コイツは薪で頭叩いても治らねぇ気がする・・・。
オレが斬った薪。その正体は金属だ。
それも、合金の鉄である。
オレはそれを薪だと思って斬り飛ばした訳だが、これが斬り飛ばせなかったらと思うと、ゾッとする。
「(ドスンッ!とか言う回転掛けた金属の塊がオレの頭に遥か上空から落ちてくると考えると、――ひえぇッ!!)」
憤怒の赤に、もしも、と思ってしまう血の引く青が入り混じった、悲しみとも怒りとも分からない感情が表情からにじみ出ていたように感じる。
そして肝心の投げた本人はこの顔なんだからぶっ飛ばしたくもなるというものだ。
段々とオレの怒りが臨界点に来る頃合いだった。
「まー、一応分かっただろ?ルナには斧がお似合いなんだって」
「ぐッ!それは、・・・そうだが、それとこれとは関係ねぇっだろぉ・・・・」
「で、次は電気属性の強化の話でもするか」
「なッ!この野郎。人が断れないのを知って・・・・・・」
「んふふ、何のことかね?俺には分からねーなー」
またもや会話の中心をイドに持っていかれた。
やりたい放題煽り放題。人を怒らせ、理性が限界を迎える直後にその人が絶対に無視できない話題を持ちかけてくる。コイツ、男を煽るの上手すぎないか?ずっとコイツの掌の上って感じがする。
だがしかし、理性を引っ張り押さえつけられてしまったオレには、素直にイドに電気属性の強化についての講義を受けることを最優先にした。
「それで、電気属性の強化・・・って何するんだよ・・・」
「逆に聞こー。ルナは最初どーやって電気属性を鍛えよーとしたんだ?俺が居なくって、一人で此処に来て、どーやって電気属性を対モンスター戦で扱えるよーにしよーと、・・・いやこの場合は模擬試験か。その模擬試験までどーやって電気属性を強化しよーとしたんだ?」
模擬試験を受ける事、もうコイツにバレてんのか・・・。まぁ、良いか。
多分掘ろうとしても、イドには上手く返されるか、もしくは明らかになったところでその論理がオレには理解のできないものだろうな。
はぁ、と少しだけ溜息を吐き、イドを見て質問に答えようと口を開き、―――。
「・・・・・・なんでそんな恍惚な表情をしてるんだイド・・・」
「鍛錬の話をしてたら急にお前から”掘る”って単語が出てきたから、え!?鍛錬ってソッチ方面の奴で、模擬戦ってそういうことで、掘るってつまりアッ――――!♂な奴かと思ってな。・・・合ってるかこの認識で?」
「何もかもが間違っているぞ」
なんでお前と掘る鍛錬なんぞせんといかんのだ。そしてオレの脳内で考えてることの一部分を都合よく切り取って話につなげるな。
仕方がないので、この野獣は放って置き、勝手に話を進めることにする。
「とりあえず、静電気を放出し続けて、操作するに至る。そんなところだな」
「それじゃ一生かかっても無理だwww」
ふふんと胸を張って言うと、盛大に笑われた。
腹立つぁ~~!
「そもそも電気なんて見続けることが出来ると思うか???無理無理!ルナが考えてるほど電気属性そのものの強化ってのは簡単じゃねーんだよ!!」
「それじゃぁ、どうしろと・・・」
オレがジト目でイドを見ると、イドは息を吐き、何処からともなく黒板を取り出した。多分また原子から錬金術で作ったのだろう。ホント、なんでもありだなコイツ。
そして、オレが見ている中イドは更にチョークを錬成して、横に立てかけた黒板を叩く。
「まずはルナ、お前に属性の根本的な事を教えてやる!学校の間違った常識内で物事を考えてたらバケモノ非常識人間にはなれねーぜ!」