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昔語り~天刻~ 前編

 藍泉歴二〇〇八年、春。警吏庁総本部内で話題を呼んでいる男がいた。 

「おい、聞いたか? 今年入った新人の中にすげー奴がいるんだってよ」

「ああ、筆記、実技ともに歴代トップなんだって?」

「その人がね、すっごい背高くてスラッとしててカッコイイのよ!」

「しかも噂だと、王族なんだってよ」

「キャーッ、じゃあもしお近づきになれたら玉の輿!?」

 噂は総本部すべてに広まっていた。そして話題の当本人はというと…

「まったく、どこから聞きつけたのやら。確かに僕は王族だよ。でも、自慢じゃないけど、僕は実家からあまりいい目で見られていないんだ。だからいろいろ期待されても困るんだよね~」

 黒髪に灰色の切れ長の瞳。彼は肩をすくめ、大仰にため息をついた。

「警吏隊に入ったのだって、実家の連中に目にもの見せ……もとい、僕が本当はできる人間だって驚かせるためなんだからさ。ねぇ、柾周(まさちか)?」

 後方を振り返って、青年は付き従う少年に同意を求める。黒髪に細い茶褐色の瞳を持つ少年は、無表情でただ「はい」とだけ返した。

 少年は天刻(てんこく)柾周、十六歳。青年は汐見柳太郎(しおみりゅうたろう)、十八歳。彼らは今年、警吏隊に入隊した新人警吏。

 天刻家は汐見家に仕える一族で、天刻は汐見の問題児と言われる彼の従者である。

「もう~、ほんとかったるいよ。実技は楽しいけどさ、講義とか超眠くなるし。

 それにみんな勘違いしてるよ。実技も筆記もトップだったのは、僕じゃなくて柾周なのに」

「柳太郎様だって三位だったではありませんか」

「あんなのまぐれまぐれ~。ちょっとヤマカンが当たっただけだよ」

 後頭部で手を組んで、柳太郎はどうでもよさげに言う。天刻は小さくため息をついた。

 警吏隊の試験はレベルが高い。ヤマカンでも三位の成績を取れたなら充分頭がいいのではないだろうか。それでも名門の汐見家の中では落ちこぼれなのだ。

 彼にはたくさんいいところがある。そりゃあ、面倒臭がりだし飽きっぽいけれど、子供や老人には優しく、弱い者を助けようとする義侠心がある。

(どうして周囲の人間はそれを解ろうとしないんだ)

 天刻が苛立ちを募らせていると、さらに苛立たせる者が現れた。

「そこにいるのは我が汐見家一の問題児君じゃないか」

 二人が振り返れば、黒い長髪を三つ編みにしている銀縁眼鏡の青年。柳太郎は「出たよ…」と苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

「まったく、真実を知らない奴らはお気楽だな。こんな奴が歴代トップの成績を取るわけないじゃないか」

 嫌味たらしい笑みを浮かべて二人を睥睨するこの男は、汐見亮司。柳太郎の従兄弟で二十歳。二人と同じく今年入隊したばかりだ。

 そして天刻に続く歴代二位の成績を取ったのが彼である。

「あんな噂があるからっていい気になるなよ? あれは柾周の業績であってお前のじゃない」

「いい気になんかなってないし」

「どうだか。見栄っ張りなお前のことだから、これ幸いと天狗になってるんだろう?」

 わざとらしく肩をすくめて嗤う亮司。見栄っ張りなのはあんただろう、と柳太郎は心中で呟いた。

「柾周も苦労するな。こんな奴が主だなんて。なあ、柾周。こんな奴に仕えるのはやめてオレのものになれよ」

「は……?」

 困惑気味に眉をひそめる天刻。

「オレは優秀な者しか使わない。オレより成績が良かったのは大目に見てやろう。お前は見所があるからな。オレのところに来れば優遇してやるぞ」

「もったいないお言葉、ありがたく存じます。ですが、俺の主は柳太郎様お一人。亮司様にお仕えすることはできません。

 それに、亮司様にはもう優秀な従者がいらっしゃるでしょう?」 

 天刻は亮司の斜め後ろに立つ銀髪の少年を見やる。亮司より頭一つ分ほど低く、不安げな表情で俯き加減に佇んでいる。

「ああ、確かにエリオットは優秀な従者だった(・・・)な。だが、落ちこぼれに負ける役立たずなどもういらん」

 少年――エリオットの方を見もせずに亮司は言った。びくり、とエリオットの肩が跳ねる。

 しかし亮司は全く気にせず、笑顔で天刻に手を差し出した。

「ちょうど新しいのが欲しかったんだ。さあ来い、柾周」

 天刻は目を瞠り、亮司の後ろで震えているエリオットを見た。彼は亮司の従者の中で最も長く仕えている従者だ。

 傲慢で自己中な亮司に、ただ一人仕え続けた純朴な少年。それなのに亮司は目の前であっさりと切り捨てた。

 天刻はエリオットの心中を察し、痛ましそうに顔を歪めた。

「お前はたった一つの汚点さえ除けば最も優秀な従者だ。柳太郎なんか見限れ」

「!」

 亮司の何げない言葉に、天刻の胸が痛んだ。柳太郎が真剣に顔を険しくする。

「どうせ柳太郎に仕えているのも、その罪悪感から――」

 ひゅんっ。

 亮司の頬を、何かがかすめる。それは柳太郎の繰り出した拳だった。

 怒りの表情で、柳太郎は亮司の顔の横に拳を出したまま、低い声で告げる。

「それ以上口を開くな。人を物扱いするのもいい加減にしなよ。

 エリオットは一途にあんたに仕えていたじゃないか。なのに、役立たずだからいらないなんて、本人を目の前にして言うことじゃないだろ。

 それに、僕のことを悪く言うのは別に構わない。でも、柾周をバカにするのは絶対に許さない。柾周は僕の従者だ。誰にも譲らない!」

 亮司を睨みつけ、柳太郎は唖然としている柾周に「行くよ、柾周」と促す。

 天刻は慌てて亮司に一礼して、ずんずんと歩いていく柳太郎の後を追った。

「あの……亮司さま……?」

 固まっていた亮司は、エリオットの控えめな声で我に返った。泣きそうな顔でエリオットは亮司を見上げている。

 亮司は舌打ちをし、去っていく柳太郎たちの背中を睨み据えた。



「柳太郎様、どこへ行かれるんですか!?」

 早足で先を行く柳太郎は、警吏庁本部内をめちゃくちゃに歩いている。天刻は半ば駆け足で追いかけた。

 その時、資料を見ながら歩いていた、警吏庁本部総隊長の榊原陽向の前を通り過ぎた。

「おや?」

 気づいた陽向は顔を上げ、駆け抜けていった天刻の背中を見る。

「あの子……」

 陽向は天刻を見つめて意味深な笑みを浮かべた。

「かなり強い力を持っているな。けれど、ずいぶんと心が(こお)っている。ふむ」

 あごに手を当て、陽向は歩きながら思案した。



「待って下さい、柳太郎様!」

 建物の外に出て裏庭まで来ると、ようやく柳太郎は止まった。くるっと振り返ると、柳太郎は息一つ乱していない天刻と正面から向き合った。  

「ごめんね、柾周」

「え?」

「亮司の奴、ひどいこと言って……」

「柳太郎様が謝ることではありません」

「うん。でも、あんな奴でも一応身内だから。従者相手だろうと、身内が無礼をしたら謝らないと」

 ため息をつく柳太郎に、天刻は無表情で礼を言った。

「ありがとうございます」

「……いっつも思うんだけどさ、柾周って笑わないよね」

「はい?」

 柳太郎は半眼で天刻に詰め寄る。

「笑わないって言ってんの。お礼言うならさー、それなりの顔ってものがあるでしょー。何か分かる? 笑顔だよ、え・が・お!」

「はあ」

「はあじゃなくてさー、笑おうよ、柾周。君とは十年以上一緒にいるけど、君が笑ったとこなんてあの時以来見てないよ」

 天刻の顔が強張る。俯きかけた天刻の両頬を、柳太郎がむにっとつまんだ。

「まだ気にしてんの? あれは僕が悪かったんだ。僕の命令に君が逆らえないことに調子に乗って、無理やりやらせたから」

「…………」

「十年も前のことだよ。悪いのは君じゃないんだから気に病むことないんだ。そんなに自分を責めないでよ。責められるべきなのは僕の方なんだから」 

 柳太郎は微笑んだが、天刻は何かを堪えるように顔をしかめ、呟いた。

「……あなたがなんと言おうと、俺は自分を許せません」

「柾周……」

「俺はっ、主であるあなたを死にかけさせた!!」

 柳太郎の手を振り払い、天刻は叫んだ。

 天刻は先天性の異能者だった。十年ほど前、天刻の“魔眼”に興味を持った柳太郎が、能力を使うところを見せてほしいと言った。

 天刻は自分の能力があまり好きではなかったので、できないと断った。だが、どうしても見たかった柳太郎は命令をした。

『いいから、僕に“魔眼”使ってよ。これは命令だからね』

 命令をされれば、従者である天刻は主の柳太郎に逆らえない。嫌々ながら、天刻は“魔眼”を発動させた。

 “魔眼”は目を合わせた者に幻覚を見せるもの。天刻が柳太郎に魔眼を使い、柳太郎は幻覚の世界に入り込んだ。

 幻覚の世界ではしゃいでいた柳太郎は誤って階段から転落し、意識不明の重体となった。すぐさま病院に運ばれたが、数日間生死の境をさまよった。

 事件後、天刻は両親から厳しく咎められ、折檻を受けた。何日も食事を与えられず、懲罰房に閉じ込められたのだ。

 意識を取り戻した柳太郎は天刻の両親に、涙ながらに訴えた。

『柾周は悪くない! 僕がやれって言ったんだ!! だからもうやめて!!

 柾周は悪くないよっ! 柾周をあそこから出して!!』

 やつれて出てきた天刻に、柳太郎は何度も何度も謝った。

 折檻と両親の再教育を受けてから、天刻は笑顔を失った。十年の月日が流れた今も、天刻が笑うことはない。

「その事実は消えない……本当は、柳太郎様にお仕えすることすら許されないんです。その資格がない。

 柳太郎様が落ちこぼれだと、親類の方々から白い目で見られる真の理由だって…」

 顔を覆い、嘆く天刻の肩を柳太郎がつかんだ。

「柾周」

罪人(つみびと)の俺をそばに置いているからじゃないですか!」

「柾周っ」

「こんな俺が…柳太郎様に、ましてや亮司様にお仕えするなんて、身の程知らずも甚だしい。俺はあなたのそばにいない方がいいんだ!」  

 天刻は柳太郎の手を振り切り、駆け去った。柳太郎が名を呼んでも、天刻が立ち止まることはなかった。




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