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昔語り~火群~ 中編

 かくして、火群たちは現場の宇賀尾山(うがおさん)に到着した。

 三人は犯人と思われる恠妖(あやし)たちに警戒されないよう、登山者に扮して山に入ることにした。

 だが、大きなリュックを背負った火群は少し登ったところで早くも音を上げた。

「くっそ……なんで俺がこんなことしなくちゃなンねェンだ……だいたい、山なんざ登って何が楽しいってンだよ……」

「何言ってんだい、気持ちいいじゃないか。こんなに清々しい気が溢れてるんだよ」

「清々しい気ィ? ……分かんねェぞ」

「やっぱり山はいいね。あー、こんなに気持ちいいと空を飛びたくなるよ」

 言うや否や、滋生は背負っていたリュックを下ろし、翼を出して空へ飛び上がった。

「おいこら、天狗女(てんぐおんな)! 荷物置いてくんじゃねェよ! チッ。あれのどこが登山者なんだよ。言い出しっぺのクセしやがって」

「はしゃいでるなぁ、滋生。まあ、山は天狗族(てんこうぞく)にとっては故郷だしな。無理ないか」

 滋生の置いていった荷物を拾い上げ、土師は空を飛び回っている滋生を見上げる。

「天狗族と言えば…いつも滋生がつけている面あるだろ。あれは天狗族の掟で、心を許した相手の前でしか外しちゃいけないんだとさ」

 火群は何気なく頭上を仰いだ。滋生は大きな翼を広げて悠々と飛んでいる。

 隣を歩いている土師に「面の下、気になるか?」とズバリ問いかけられて、火群はカッとなる。

「はあ!? んなわけねェだろ!! あんな奴の素顔なんざ見たくねェよ! どうせすっげーブスに決まってんだ! あんながさつ女!」

「そうでもないかもしれないぜ。天狗族は美男美女が多いって聞いたこと…」

 土師の言葉は最後まで続かなかった。土師は突き出ていた木の根につまずいて、ごろごろと転がった。

「んなっ。何やってんだよ土師のアニキ! 大丈夫か!?」

「いたた…何かでこけたみたいだ」

「見りゃ分かるっつの。ったくボーッとしてるからだぜ」

 その場でこけるのではなく転がっていったのは、荷物のせいでもあっただろう。

 火群は何も言わず、ひょい、と滋生の分の荷物を担ぎあげた。土師は意外に思って火群を見つめる。

「ンだよ、早くしろよ。こんなとこで座り込んでたって、犯人が出てくるとは限らねェだろ」

 そう言われて、それもそうだと土師は腰を上げた。依然、犯人が出てくる気配はない。

 最初の休憩所に辿り着き、火群たちは荷物を下ろした。

 火群が肩を回して凝りをほぐしていると、土師が水筒のキャップに麦茶を注いで差し出した。

「火群、茶」

「おう」

 受け取ってキャップに口をつけた時。

「そう言えば、さっきオレのこと『アニキ』って呼んだよな」

 ブーッ!

 火群は思い切り麦茶を噴き出した。ごしごしと口元を袖で拭いながら土師を振り返る。

「なっ、なっ、なんで今頃言うンだよ!」

「いやー……あまりに自然に言われたから特に気にならなかったんだけど…今、そう言えば言われたなーと」

 迂闊だった。無意識に口に出していたらしい。火群は照れくささから声を荒げた。

「バッカじゃねェの!? どんだけ前の話してんだ! 鈍くせェな!! だからあんなとこでこけんだよ!」

「なんでアニキ?」

「ンだよ、呼んじゃ悪ィかよ!」

 ヤケクソで返すと、土師はたらたらと歩きながら寄ってきて、ぽふ、と火群の頭に手を置いた。

「いんや。なんか新鮮だなーと思って。オレ、一人っ子だからさ。嬉しいよ」

 そのまま撫でられ、火群は頬を朱くした。頭を撫でられるなんて生まれて初めてだ。

「……ガッ……ガキ扱いしてんじゃねェよっ」

「ん」

 しかし、土師は撫でる手を止めない。火群は恥ずかしい半面、少しだけうれしくもあってされるがままになっていた。

 そこへばさりと羽音を立てて、滋生が舞い降りてきた。

「なんだい、二人して仲良くなんの話だい?」

「んー、火群がオレのことアニキってさ」

「言うな!!」

昂行(たかゆき)がアニキ? へぇーえ、じゃああたいはアネキだね。今度からはそう呼びな」

 滋生が火群の頬を指でつつく。火群は一瞬目を瞠ったが、すぐに眉間にしわを寄せて、その手を払った。

「ケッ。誰が呼ぶかよ。テメェなんざ天狗女で充分だ」

「なんだって? 名前で呼ばないからそれで譲歩してやろうってのに、かわいくないね。それにね、テングじゃなくてテンコウだって何度言わせるんだい」

 滋生が腕組みをして不機嫌そうに言った時だった。どこからか冷たい風が吹いてきて、その中に妖気感じた滋生は周囲に目を配らせた。

「気をつけな! 近くに恠妖(あやし)がいるよ!」

「犯人か?」

「分からない……でも多いよ」

 対して動じていなさそうな土師に天狗扇を出して応え、滋生は辺りを見回した。

 複数ということは雪女や氷女の類ではない。彼女たちは群れることを好まないのだ。ならば。

 と、その時、木の陰から氷塊が飛んできた。

「! そこかいっ」

 天狗扇を一振りし、烈風で氷塊を弾き飛ばす。すると、木陰から真っ白な長毛に覆われた丸い生き物が複数飛び出してきた。

 毛むくじゃらの生き物は三人をぐるりと囲んだ。

「アイズアッフェか……もしかしてあんたたちかい!? 登山者を氷漬けにしてたのは!?」

 滋生が詰問する。アイズアッフェは人語を解する氷の恠妖だ。

 白い長毛が全身を覆い、目はそれに隠れて見えないが、長い二本の牙が毛の間から下に伸びている。

 滋生の問いにアイズアッフェの中の一匹がケケケ、と笑った。ひときわ体が大きい。こいつがリーダー格なのだろう。

「そうだと言ったらどうする? 人間ども」

「ハッ。犯罪者はみんな俺サマの炎でとっちめてやるぜ! うりゃあぁぁぁっ」

 言うが早いか、火群はアイズアッフェたちに向かって炎の渦をお見舞いする。アイズアッフェたちは器用にジャンプしてよける。

 火の粉が飛んできて、土師は慌てて避けた。

「火群、慢心するな。慢心してるとそのうち痛い目見るぞ?」

「土師のアニキは後ろ下がってな! 俺サマの炎にかかれば、こんな奴ら仕留めんのはちょろいもんだぜェ!」

 炎の勢いが増す。アイズアッフェは翻弄するようにひょいひょいとよけ、妖力で氷塊を作って投げつけてくる。

 だが、火群の炎ですぐに溶かされてしまう。

「あのバカ、調子に乗って。雪や氷を操るアイズアッフェと、炎を操る景朗なら景朗の方が有利だけど、あいつらの力はこんなもんじゃ……」

 そう言った滋生が咳き込んだ。土師が焦って飛んでくる。

「滋生!」

「……大丈夫……時間はまだあるよ……」

 体を支えようとする土師の手をやんわりと押し返し、滋生は大きく息をついた。気遣わしげに滋生を見つめる土師。

 一方、火群は二人の様子に気づかず、飛び回るアイズアッフェに手当たり次第に火炎球をぶつけていた。

 だが、身軽な彼らは器用にそれを避けるので全く当たらない。火群は苛立たしげに舌打ちする。

「クソ。ちょこまか動きやがって……! おい、テメェら! なんで人間を襲った!?」

「ふん…理由などない。ただ、オマエたち人間が慌てふためくさまがおもしろいからさ」

「愉快犯かよテメェら。ウゼェな」

 眉をひそめると、リーダー格のアイズアッフェが高笑いした。突然なんだ、と火群はさらに眉間にしわを寄せる。

「何を言う。オマエも同類だったくせに」

「ンだと?」

「オマエも少し前までは、つまらない日常に飽き飽きして、快楽を求めて弱者をいたぶっていたではないか」

 リーダー格の言葉に、火群は軽く目を瞠る。どうしてそんなことを知ってる? 疑問の答えは背後の滋生が持っていた。

「油断するんじゃないよ! アイズアッフェは“念読”を使うよ!」

「“念読”だァ? ンだ、そりゃ」

「“念読”はサトリっていう恠妖の能力でね、人間の心や記憶を読む力だよ。アイズアッフェはそのサトリの眷属なんだ」

 滋生の言った通りなら、相手はこっちの行動を予測することもできる。どうりで火炎球が当たらないはずだ。

「そういうことは先に言っとけよ!」

「なんだい、勝手に突っ走ったくせに」

「ケケケ。退屈な日々の鬱憤(うっぷん)を晴らすために、快楽を見出すために罪を犯していたお前が、今や逆の立場とはな」

「るせェよ!」

 火炎球を叩きつけるが、“念読”を持つアイズアッフェはいとも簡単によける。

「オマエが警吏になったのは、恐れたからか」

「!」

 アイズアッフェは“念読”で火群の記憶を読み、嘲笑交じりに語った。

「本能が訴える恐怖から……オマエはあの男に屈したのだな。ケケケ、精神の脆い奴よ」

「……るせェ」

「脆い。そして弱いな。だからこそ自分より弱い者をいたぶらねば満足できなかった」

「るせェ」

「オマエも快感を得ていたのだろう? 弱者をいたぶることが愉しみだった。愉しくて、許しを乞う者を見下している時、唯一の幸せを感じた」

「るせェ!」

 事実を言い当てられ、火群の頭に血が上る。炎を鞭のようにしてアイズアッフェたちを薙ぐ。

 しかし、当然のようにアイズアッフェたちに攻撃は当たらない。興奮している火群を滋生が叱責する。

「落ち着きな! 簡単に挑発に乗るんじゃないよ!」

「るせェ、何もしてねェ奴は黙ってろ!」

「景朗!」

 滋生が火群に駆け寄り、腕をつかんだ。火群は一瞬びくりとして、「触ンな!」と腕を振り払った。

 その瞬間の心の変化に、アイズアッフェは体毛の奥でにやりと笑った。

「ケケケ……心は正直だな。オマエは今、動揺している」

「……るせェ」

「その女に触れられたからか。オマエはその女に……」

「るせェッつってんだよォォォォォッ!!」

 完全に血の上った火群は、全身から炎を出した。火群を中心に火柱が立つ。

 怒り任せに放たれた炎の渦が、“念読”で予測しきれなかったアイズアッフェたちを巻き込む。

 火ダルマになったアイズアッフェたちが絶叫し絶命していく。

 炎の渦は土師や滋生にも及んだ。土師の左腕を火が伝う。

「がっ、あああっ!」

「昂行っ」

 地面を転げ回り、なんとか火を消す。じりじりとした火傷の痛みに、土師は脂汗を浮かべて苦悶に顔を歪めた。

 滋生は向かってくる炎から逃れ、土師のもとへ飛んだ。

「早く手当てを……」

 そこで、はっと周囲に視線を滑らせた。飛び火した木々が燃え出している。

「これじゃあ山火事になっちまうよ……景朗、炎を止めな!」

 叫ぶが、アイズアッフェの断末魔にかき消されて滋生の声は火群に届かない。

 リーダー格のアイズアッフェも炎を喰らった。死に行く仲間たちと燃える木々を見て自嘲する。

「あの程度で心乱すとは、少しからかいすぎたか……だが、これ以上山を傷つけさせはせん!」

 最後の妖力を振り絞り、リーダー格のアイズアッフェは大量の雪を生み出して雪の波を火群に向けた。

 津波のごとく押し寄せる雪は火群の炎を掻き消し、火群に襲いかかる。

「景朗!」

 ようやく届いた声で火群は我に返った。向かい来る雪の波に火群はとっさに反応できなかった。目を見開き立ち尽くす。

 と、その体が優しい風に包まれる。滋生の天狗扇が起こした風が火群を上空へ押し上げた。

 土師も同じように風の膜につつまれて浮遊している。だが、滋生の姿がない。

「おい、天狗女!?」

 慌てて眼下を見れば、滋生は胸を押さえてうずくまっている。その目前には白い大波が迫っている。

「何やってンだ!! 早く来いよ!!」 

 滋生は胸を押さえたまま、緩慢に顔を上げた。ふと、なぜか滋生が面の下で笑ったような気がした。

 直後、滋生の肢体が雪に飲み込まれる。目を見開いた火群は、唇を震わせて叫ぶ。

(はとり)ィィィィィィッ!!」

 その声は轟音にかき消され、滋生の耳には届かなかった。



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