弐
僕たちは、全員が揃った時に必ずやることがある。といっても課の決まりとかじゃなくて、僕たちが決めたお遊びなんだけどね。
「分かりましたよ。じゃあ、今日は誰やります?」
「昨日は天刻のオッサンだったよな」
【その前は私でした。】
「土師君はいかがです?」
「いや、オレはいい」
「今日はまいらがやる!」
「え~っ、あたしもやりたーい」
正直、誰でもいいんだけど…真愛良ちゃんや春希ちゃんだと、身長的にちょっと難しいんだよね……
みんなはジャンケンで決めるみたいだ。何回かあいこが続いて……
「やったぁ、まいらに決まりぃっ☆」
真愛良ちゃんか。ちょっときついけどできなくはないし。
なんだか淑生さん、すごく残念そうだな。そんなにやりたかったのかな……まあいいや。
「えーと、着替え着替え……」
僕はロッカーから服を二着出して、真愛良ちゃんと一緒に給湯室へ移動。ここでしか着替えられないからね~。
僕と真愛良ちゃんはそれぞれ、新しい服に着替える。あ、もちろん着替えは見てないからね! 背中合わせになってるから見えないって!
着替え終わった僕たちは、みんなの前に戻る。途端に歓声が上がった。
「おおーっ、さっすが!」
「相変わらずお見事ですねぇ」
「ホント、そっくりでまるで双子みたいだわ」
今の僕は、真愛良ちゃんとまったく同じ外見をしてる。
服は着替えたから、僕も真愛良ちゃんもさっきまでと違うけど、ゴスロリ服であることに変わりはない。
「今日こそは当ててやる!」
「質問一。名前は?」
「「木下真愛良。花も恥じらう十七歳でーすっ」」
示し合わせたわけでもないのに、僕と真愛良ちゃんは同時に同じ答えを、しかも全く同じ声で返す。
顔も声も体格も瓜二つ。これが僕の特技。いわゆる変装って奴。
顔は特殊マスクで、性格も完全にトレース。一度聞けば声も真似られる。
この特技が認められて、僕は常人でありながら特殊課にいるってわけ。
これが僕たちのお決まりの遊び『どっちが本物でしょうかゲーム』だよ。
僕が誰かに変装をして、どっちが本物か当てるんだ。質問は三回まで。解答権は一回きり。
一度暇つぶしにやってみたら、みんなハマっちゃってね……ま、僕も楽しいからいいんだけど。ちなみに、これまで当たったことはほとんどない。
【質問二。好きな色は?】
「「黒と赤!」」
変装中は相手になりきるし、情報も調査済み。この程度はお手の物。でも、それくらいはみんなも知ってるから、鍵を握るのはいつも最後の質問。
「では質問三。今朝の朝食のメニューは?」
さすが天刻さん。難しい質問を……でも、嘘はルール違反だから正直に答える。
「えーと、ご飯とわかめのお味噌汁とサバの味噌煮。あと食後にヨーグルト!」
「今日は時間なかったからシリアルで済ませちゃった!」
答えが分かれた。どっちかが僕で、どっちかが真愛良ちゃんだけど……みんなは頭を寄せ合って真剣に議論する。
「なかなか難しいわね……」
「私は右だと思いますがねぇ」
「そうかあ? 左じゃね?」
【私も左かと】
「オレは天刻さんと同意見かな」
「うーん、左かしら」
「いや待て、やっぱ右…か?」
「左も捨てがたいですよねぇ」
【でも海宝センパイ、来るの遅かったし】
「そうなのよね、だから朝はパパッと済ませたかもしれないし……」
「けど、海宝は几帳面だからな……」
「しっかり食べてきたかもしれませんねぇ」
「ぐああッ、悩むぜ! 右か! 左か!」
当たる確率は二分の一なんだから、そこまで悩むことないと思うけど……僕と真愛良ちゃんは顔を見合わせた。
「……じゃ、決まりだな」
土師さんの静かな声。どうやら結論が出たらしい。代表で火群さんが、ぐっと前に身を乗り出して答える。
「本物の真愛良は……左だ!」
びしっと、向かって左側を指差す火群さん。まるで「犯人はお前だ!」って言う探偵のように。見た目はヤクザみたいだけど……
「残念でした! 左は僕です」
「ぐああッ、やっぱ右だったかァ!!」
「おやおや」
【また不正解ですね……】
「当たらないな」
「あーん、ショックぅ」
マスクを外した僕に、みんなは悔しがったり残念がったり。ちなみに、シリアルで済ませたって言った方が真愛良ちゃんだよ。
この職場はいつもこんな感じ。明るくて、楽しくて、ちょっと騒がしい。
世間の人は特殊課の人を嫌ったりもするけど、僕はこの人たちが好きだ。同じ職場の仲間だしね。
いつもながらの風景になごんでいると、ドアがノックされて、次いで自動ドアが開いた。
「邪魔するよ。――おや、紫くん、可愛い格好をしているじゃないか」
そ、総隊長!? そうだった! 今日は総隊長が来るからいつもより出勤時間が早かったんだった!
わーっ、ていうか僕、真愛良ちゃんに変装してゴスロリ服着たままぁぁぁぁぁっ!
「あ、いや、これはそのですね総隊長!! いつものアレをやっていたわけでして…っ」
「そうか、だったらもう少し早く来ればよかったかな。私も参加したかったね」
「そ、総隊長~」
ああ、絶対楽しんでるよ、このお人は……
この人は警吏隊総隊長の榊原陽向さん。総隊長って言うのは、警吏隊の中で最高位である総帥に次ぐ位なんだ。
僕とは一回りくらいしか年が違わないのにすごいよね。
総帥は全警吏庁の長官で、総隊長はここ、総本部の長。つまり、とにかく偉い人! なわけなんだけど……
「うん、よく似合っているね。今度からその格好で出勤したらどうだい? 君たちは私服許可されているんだし」
この格好で!? 嫌だぁーっ! これは変装してなりきってる時は着れるわけで、変装していない時はものすっごく恥ずかしいんですー!
「私の目の保養にもなるしね」
そんな満面の笑顔で言われても困る! ていうか、男の女装見て保養も何もないでしょぉ!?
僕が呆然としていると、淑生さんが僕の背中に隠れるようにして、総隊長を睨みつけた。
「ちょっと総隊長! あ、あんまりゆかりんをいじらないでよ。ゆかりんをいじっていいのはあたしたちだけなんだからっ」
「ええーっ!?」
何それ! そんなの許可した覚えないんですけど! 淑生さんは総隊長に怯えながらも、威嚇を続けている。
総隊長はにっこり笑って、斜に構えた。
「紫くん、人気者だね~。けれどね、淑生くん。紫くんは私の部下だから、何をしてもいいんだよ」
「はい!?」
そんな理屈聞いたことない! 僕は抗議しようと口を開きかけたけど、何か言う前に淑生さんが震える声で言った。
「そ、そんなの横暴よ! 職権濫用だわっ! 立場が上なら何をしても許されるなら、あたしだってゆかりんの先輩だから何をしても許されるわ!」
……確かに淑生さんの方が先輩だけど…その理屈も間違ってると思います。
「紫くんをいじるのに、君の許可が必要という決まりはないと思うんだけどなぁ。独占欲が強すぎると嫌われてしまうよ?」
笑みを浮かべたまま余裕の総隊長に対し、淑生さんはぐっと言葉に詰まって、ビクビクしながら悔しげに総隊長を見据える。
なぜか淑生さんは総隊長が苦手、というか怖いらしい。蛇神の淑生さんが怖がるなんて、総隊長、何者?
入隊してからずっと気になってるんだけど、総隊長って常人なのか異能者なのか、そもそも人間なのかどうかも怪しい。
詳しいことは誰も知らないし、総隊長は警吏庁の謎の一つなんだ。
それに、総隊長の言動はどこまで本気かよく分からない。まるで雲みたいな人なんだよね。
つかみどころがないって言うか。でも、総隊長のすごいところは……
「榊原さん、お遊びはそこまでにしてご用件をどうぞ」
「ふふふ、そうだね、柾周くん。お遊びは終わりにして本題に入ろうか」
ベテランの天刻さんを名前で! しかも『くん』付けしちゃうところっ!!
長い付き合いらしいけど、いまだにドキッとするんですけどーっ。だって、総隊長の方が天刻さんより若く見えるし、くん付けなんて……
「みんな、こっちへ。総帥から直々に捜査の依頼を頂いているんだ」
総帥から!? 誰もが息を呑んだ。総帥直々だなんて、よほど大きい事件なんだろうか。僕たちはソファーの方へと移動した。
総隊長が二十五センチくらいの犬…いや、総隊長曰く狼(らしい)のぬいぐるみをテーブルの上に置いた。
そして、ぬいぐるみが抱えている、お菓子のパッケージみたいなものの表面に一つだけついているボタンを押す。
「総帥、準備が整いました」
《……ああ、やっとか。遅かったですね》
ノイズの後に、男の人と女の人が同時にしゃべっているような声が聞こえてきた。
総帥は決して人前に姿を見せない謎の人。顔も性別も年齢も一切不明。
かろうじて『円藤』という名字だけは分かっているけれど、下の名前は誰も知らないし、本名なのかどうか。
誰かと話す時は、この狼ぬいぐるみについている通信機を使うしね。
総帥の正体は警吏庁最大の謎。警吏隊士の中で、総帥と直に会ったことがあるのは榊原総隊長だけ。
でも、絶対に総帥について教えてはくれない。ベテランの天刻さんでも知らないらしい。
「いやぁ、すみません、総帥。紫くんがあまりにも意表をついた格好をしていたものですから、つい遊んでいました」
はっ。そういえば僕、まだ着替えてないーっ。ど、どうしよう!
《意表をついた格好?》
……でも総帥には見えてないからいっか…
「はい。実は今、紫くんはゴス……」
「わーわーわーわーっ! 何言うつもりですか総隊長!!」
僕は慌てて総隊長を部屋の隅へと引っ張る。総帥に聞こえないように声をひそめて、
「いいじゃないか、可愛いんだし」
「よくありませんっ!!」
と言っても、総帥は僕の特技を知ってるけど…ゴスロリ服を着てることはなんとなく知られたくない。
《どうしたんですか? 榊原総隊長》
「いいえ。紫くんの変装技術はすごいなぁということです」
《当然です。あなたが見込んで私が惚れ込んだ才なのだから》
ほっ。なんとかごまかせたみたいだ……総隊長の言動にはいつも驚かされると言うか、落ち着かないよ……
《さて、君たちに依頼したい捜査の件ですが…今はまだ大きな事件にはなっていませんが、ある町でとある共通点を持つ人たちが襲われるという事件が発生しています》
総帥の声が真剣みを帯びた。僕たちも自然と気を引きしめて、耳をそばだてる。
《襲われたのはこれまでに二人。事の発端は一週間ほど前です。彼らは大学の登山サークルの仲間で、事件が起こる前日に登山を楽しんでいました。
その日は特に変わったことはなく、無事に下山したが、翌日、仲間の一人が何者かに襲われたそうです。最初の被害者が言うには、それは大きな火の玉だったと》
火の玉? 鬼火だろうか。それとも火の恠妖か。
《被害者は炎に巻かれたが不思議と熱さは感じず、衣服が燃えることもなく、火傷はなかったとのことです》
へえ、不思議なことがあるんだな。そう思っていたら、僕の隣にいた淑生さんが微かに眉をひそめ、思案顔になった。何か気になることでもあったのかな。
《ただ、炎に巻かれた時、声を聞いたそうです。「許さない」という声を。火の玉は何かを探るようにからみついてきましたが、すぐに「違う、おまえじゃない」と言う言葉を残して消えました。
そしてその二日後、同じく仲間の一人が同じような被害を受けました。二人目の被害者も、最初の被害者同様の声を聞いたということですが……》
火の玉に意思がある? と言うことは、やっぱり火の恠妖――人外の仕業か。
僕たちが担当するのは、異能者や人外が関与している事件。
だけど、それらが関わってる事件はあんまり起きないから、他の課の応援に出されることの方が多いんだよね。でも、今回は本業の方みたいだ。
「……その火の玉の正体って……」
それまで黙って考え込んでいた淑生さんが口を開いた。みんなの視線が淑生さんに集まる。
《何か気づきましたか?》
「ハイ。たぶんその火の玉は、火鴉だと思います」
ほのあ? 初めて聞くな。僕は恠妖とかってあんまり詳しくないし…淑生さんは人外だから、やっぱりそういうことに詳しいのかな。
淑生さんは僕の表情からそれを読み取ったようで、にっこり笑って説明してくれた。
「火鴉は北洋の神話に出てくるフィリュネのことよ」
ああ、フィリュネなら知ってる。確か、炎の体を持つ鳥だった気が。
「東洋ではフィリュネのことを火鴉って呼ぶの。神話にあるように、火鴉は聖獣。温和でおとなしくて、人間を襲うことなんてないはずなのに……」
淑生さんは表情を曇らせた。それが本当なら、火鴉はどうしてその人たちを襲ったんだろう。
人外が人間を襲うのは、人間を憎んでいるからとか、遊び半分だとかいろいろあるけど…火鴉は聖獣らしいから、何か理由があるのかもしれない。
《さすが水宮隊士。同族に詳しいですね。できればこの件を担当してもらいたいのですが》
「ハイ! 総帥直々の依頼とあらば従います」
《それからあと二人ほど欲しいですね》
うーん、人外相手かぁ。気になると言えば気になるけど……
「まいらはイヤ~。人外とは相性悪いもん」
【私も少し怖いです……】
真愛良ちゃんと春希ちゃんはパスか。あとは……
「俺ァ行くぜ。炎野郎が相手なら、俺の灼熱でとっちめてやらァ」
バシッと拳を手のひらに当てて意気込む火群さん。やる気満々だなぁ。
「私は残りましょうかねぇ。いつ他の事件が入るかもしれませんし」
「オレはどっちでもいいけどな……海宝はどうする?」
「え、あ……そうですね……」
どうして大人しい火鴉が人を襲ったのか気になるし、行こうかな。ちょっと不安なメンバーだけど。
「行きます」
力強く頷くと、総隊長がにっこりと笑った。
「ふふ、決まりだね」
《それでは、水宮隊士》
「ハイ!」
《火群隊士》
「あいよ」
《海宝隊士》
「はい!」
《事件解決に尽力しなさい!》
「「はい!」」
総帥の声に僕たちは敬礼し、事件現場へと急いだ。