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 空は快晴。見事な青空だ。こんな日は外に出て、公園でも野原でも海にでも行きたくなる。

 行きたくはなるけど…僕にそんな暇はない。だって、僕はこれから仕事だから。

 朝の通勤ラッシュ時、僕は大通りの歩道を走っていた。ラッシュ時と言っても、ここの通りはさほど混んでない。

 僕は海宝 紫(かいほうゆかり)。薄手のパーカーにボーダーのTシャツ。

 ヴィンテージのジーンズに、人気ブランドの五年もののスニーカー。

 小さなリュックを背負った僕は、どこにでもいるような平凡な男さ。

 でも、僕が勤務している職場はちょっと“普通”じゃない。

 警吏庁(けいりちょう)――町の平和と安全と秩序を守り、犯罪の予防や事件の捜査・解決、犯人の逮捕などを職務としている機関で、警吏庁に所属している人たちを警吏隊(けいりたい)と言う。

 僕はその警吏隊士なんだ。職業は何かと訊かれて、警吏隊士だと答えると、誰もが顔を綻ばせる。

 けど、部署はどこかと訊かれて答えると、誰もが決まりの悪い顔をする。

 別に、その部署がいけないわけじゃない。ただね、そこに所属しているヒトたちが、ちょっと“特殊”なだけで……

 僕は前方に見えた黒い建物に入っていく。ここが僕の勤務する警吏庁総本部。

 警吏隊の中でも超エリートが集まる、警吏庁の中枢だよ。そう聞くと、結構すごいでしょ。

 ――まあ、だからってエリートしか入れないわけじゃなく、ここ、王都・宝生(ほうじょう)の警吏庁はこの総本部しかないから、宝生で警吏庁に入るとしたら、必然的にここに入るしかないんだけどね。

 中に入ると、赤い隊士服を着た人たちがたくさんいる。僕に気づいて挨拶してくれる人に挨拶を返し、左手の通路を通って別棟に行く。

 それから中庭を通ってさらに奥。別棟とも切り離された一つの建物。

 警吏庁の敷地の中で、孤島のようなこの建物。ここが僕の所属している、警吏庁刑事部特殊課。

 その入口に立っている警備員(ガード)のヒューマノイドに、IDカードを見せる。

「おはよう!」

「おはようございます」

 ヒューマノイドは僕の顔とIDカードを一瞥すると、無表情でぺこりと軽く頭を下げる。

 ヒューマノイドは人間とほとんど変わらない外見をしているけれど、実は機械でできた人形なんだ。

 彼らは大まかに業務用と家庭用に分かれていて、業務用はあらゆるところで警備員(ガード)や職員として活躍している。

 家庭用は、一般家庭に家族の一員として受け入れられているんだ。

 細かく分類するといろいろ種類があるらしいけど、それはまた別の話で。

 僕は階段を上がり、二階の一番端にある、『特殊課第三班』と書かれたプレートが付いている一室へと走る。そこが僕の仕事部屋。

 一度ドアの前で止まって、呼吸を整えてからボタンを押して自動ドアを開けた。

 広々とした部屋。けれど、四つのワークデスクと、その奥向こうにあるガラス製の長テーブル、それを挟んで置かれた、人一人寝転がれそうな――実際、男性が一人、寝転がっている――チョコレートブラウンのソファー二つのおかげで、狭く感じられる。

 ワークデスクで化粧をしている人、窓辺に寄りかかって外を見ている人、イヤホンをつけてソファーでゲームをしている人など、各々くつろいでいる人たちに、僕は笑顔で声をかけた。

「おはようございまーす!」

 だけど返事は誰一人としてなし。こっちを見さえしない。

 なんたることだ! 朝の挨拶くらいしろよ〜っ。その時、僕は右袖を軽く引っ張られてそっちを見た。

 ……あ、一人だけいた。声が聞こえなかったから見落としたけど……【おはようございます】と表示されたタブレットPCを見せている女の子。

 気恥ずかしそうに、タブレットの後ろから顔の上半分を覗かせている彼女は、金成屋春希(かなりやはるき)ちゃん。

 本人いわく口下手で、こうしてタブレットで会話するんだ。

 ……まあ、彼女の場合はそれだけじゃないんだけど。

「おはよう、春希ちゃん」

 ニコッと笑うと、春希ちゃんはなぜか顔を赤くしてタブレットの裏に顔を隠してしまった。

 春希ちゃんくらいだよなぁ、ちゃんと挨拶してくれるのって。なんて考えてると、誰かが僕に抱きついてきた。

「ゆかりん、おはよ~っ! 遅かったじゃないのぉ~」

 こ、この香水の香りは……っ。

「わああっ、淑生(すなお)さん! は、離れて下さい!」

「ええ~? なんでぇ? いいじゃないの別に。スキンシップよスキンシップ」

 そう言って腰に手を回してくる女の人は、水宮(みのみや)淑生さん。明るくて美人なんだけど、スキンシップが過激というか、やけにベタベタしてくる。

 嫌なわけじゃないんだけど、ここは職場だし、モラルというものがあるでしょうっ。逆セクハラだよこれ!?

 視界の隅で春希ちゃんがおろおろしてるのがわかる。だ、誰か助けて~!

「おやおや、水宮君、放しておあげなさい。海宝君が困ってますよ」

 僕の心の悲鳴が聞こえたのか、窓辺で外を見ていた中年の男性が、にこにこ笑いながら近づいてきた。

「ん~、天さんに言われたら仕方ないわね~」

 淑生さんが離れてくれる。よかった。春希ちゃんもホッとしている。

 文字通り天の助けで、この人は天刻柾周(てんこくまさちか)さん。特殊課は私服が許可されているんだけど、天刻さんは一風変わっていて、いつも着物を着流している。

 今時、着物なんて旧い名家の人や田舎村の老人くらいしか着ない。僕だって着物を着ている人を見たのは、天刻さんが初めてだった。

「よお、ゆか。遅かったじゃねェか」

 ソファーに寝転がっていた男性が、体を起こしてにやっと笑う。

 耳や口にいくつものピアスをつけていて、よく見れば両手の指には、髑髏やら剣やらをかたどったたくさんの指輪。

 胸元の空いた柄シャツを着ていて、そこから覗くのも髑髏のペンダント。

 どう見てもチンピラかヤクザにしか見えないこの人は火群景朗(ほむらかげろう)さん。見た目はあれだけど、一応たぶんきっと優しい人。……ていうか、

「火群さんっ、『ゆか』って呼ぶのやめて下さいって何度も言ってるでしょう!? ただでさえ女みたいな名前なのに、余計女みたいじゃないですかぁ!」

「チッ。んじゃあ何度も言い返すが、俺は呼びたいように呼んでるだけだ。文句言うんじゃねェ」

 ぎらりと睨んでくる火群さん。こここ怖いぃっ。本人は睨んでるつもりはないらしいんだけど、怖すぎです! あああ、春希ちゃんも怯えてるよ……

「それよか、来たなら目覚ましにコーヒー淹れてくれや。俺ァ、昨夜泊まり込みでよ、寝たのはつい三時間前なんだ」

 あくびを噛み殺す火群さんに、僕は仕方なく隣の給湯室に向かう。ここで何か言い返そうものなら本気で睨まれる。下手したら拳まで飛んできそうだ……

 春希ちゃんがついてきて手伝ってくれた。なんていい子なんだ春希ちゃん! 確か十八歳だったよなぁ。でも、年の割には小さくてよくついてくるから、まるでヒヨコみたいだ。

 ヒヨコ…いいよねヒヨコ。黄色くてふわふわで小さくてさ。鳥は全般的に好きだなぁ。へへへ。

 ……はっ、コホン、別に僕は変態じゃないからね! 

 人数分のコーヒーカップをトレーに乗せて隊員室に戻る。女性陣の分は春希ちゃんが、男性陣の分は僕が持っていく。

「お待たせしましたー。はい、火群さん」

「おうよ」

「どうぞ、天刻さ……わっ」

 天刻さんにカップを渡そうとしたら、トレーの上に乗っていた僕のカップがひとりでに浮いた!

 カップは中身が零れないようにゆっくりと、ソファーでゲームをしていた女の子のもとへ。女の子はカップを手にするとおもむろに……

「わーっ、真愛良(まいら)ちゃん待って! それ僕のー!」

 おもむろにコーヒーを飲もうとする彼女。ゴスロリ服を着ていて、明らかに場違いのようだけれど、れっきとした僕のお仲間で、木下(きのした)真愛良ちゃんって言うんだ。

 慌てる僕に、真愛良ちゃんはなんでもないかのような顔で、

「それが?」

 それがって……

「だからね、それは僕がいつも使ってるカップだから……その……」

 君が飲んだら間接キスになってしまうわけで……

「間接キスになっちゃう?」

「あ! だからね……っ」

「いいよ別に。まいら、紫ちゃんとだったら間接キスになっても」

 クスッと笑う真愛良ちゃん。いやいやそれは困るよ~っ! モラル的に! そう、職場のモラル的に! 決して嫌なわけじゃなく! 

「君がよくても僕がダメなの!」

 強く言うと、真愛良ちゃんはきょとんとしてから、困ったように上目遣いで僕を見る。

「紫ちゃん、まいらと間接キスするの、イヤなの?」

「!」

 ううっ、そんな顔されたら余計に困る!

 ……はっ。気づくと全員がじっと僕を見ている。面白そうににんまりとした顔で。

 ただし、春希ちゃんを除いて。春希ちゃんはなぜか泣きそうな顔をしている。

 どどど、どうすればいいんだぁ~っ!? なんでこんなことに~っ。今度は天刻さんも見てるだけだしぃぃぃっ!

 トレーさえ持っていなければ頭を抱えて悶絶したい僕の横で、突然男の人の声がした。

「そこまでにしてやれ、木下。海宝がかわいそうだ」

「ぎゃあっ」  

 驚いて思わずトレーを落としそうになった。あ、危ない……って、この低音は……

土師(はじ)さん!? いたんですか!?」

「ああ、いたよ。さっきから」

 誰もいないはずの僕の隣から声がする。勘違いしないでね、別に僕の妄想だったり、ユーレイとかじゃないから。ちゃんと僕の隣に人がいるんだ。見えないだけで。

「なんで透明化してるんですか! 仕事じゃないんですから、わざわざここで透明化しないで下さいよ! ビックリするじゃないですか」

「いや……お前を驚かそうと」

「充分驚きました! ハイ!! 心臓バクバクのドクドクで飛び出しそうです! だから透明化解除! ちゃんと姿見せて下さい!!」

 たぶんこの辺りにいるだろうとあたりをつけて声を張り上げる。まったく、みんなイタズラ好きなんだから~っ。

 ごそごそと動く気配があり、ややあって、小さい丸眼鏡をかけた無精ひげの中年男性が姿を現す。

 彼は土師昂行(たかゆき)さん。見ての通り…彼は透明化できる、つまり透明人間なんだ。

 さっきの真愛良ちゃんを思い出してくれれば、なんとなく気づく人がいるかもしれないけど――ここ、特殊課は不思議な能力(ちから)を持っているヒトたちがいる課なんだ。

 特殊課所属のヒトはほぼ全員、異能者や人外。もちろんここにいるヒトたちもそれぞれ、異能者や人外だったりする。

 異能っていうのは、一般的には超能力とか霊能力のことだけど、他にもいろんな能力があって、研究している人はたくさんいる。で、異能を持っている人を異能者って呼ぶんだよ。

 人外は人間とは違う種族のことで、妖怪とか人狼とか悪魔とか…まあ、人間以外ならなんでも。

 人外はたいてい、人間に変化(へんげ)して人間社会に溶け込んでいるから、パッと見ではそれと分からない。

 まず、最初に登場した春希ちゃん。彼女は異能者で、“声魅(こえみ)”を使う。

 “声魅”は声で相手を操る能力でね、声さえ届けられれば誰でも操れる。

 でも、春希ちゃんは能力のコントロールがあまり得意じゃなくて、しゃべると能力を使ってしまうことがあるから、スケブで会話しているんだ。

 春希ちゃんとは一年半一緒にいるけど、声を聞いたのは能力を使った時ぐらいで、数えるくらいしかない。

 不便だろうし、何よりきれいな声してるのに、もったいないなぁって思う。

 次は淑生さん。淑生さんは人外で蛇神(へびがみ)。今の姿は仮の姿で、本当の姿は白くて大きな蛇なんだ。僕は一回しか見たことないんだけどね。

 蛇神は水神(すいじん)でもあって、水を操ることができるんだって。

 そうそう、蛇って冬眠するでしょ? 淑生さんは蛇って言っても一応神様だから、冬眠とまではいかないけど、冬場は活動が鈍くなるんだ。

 天刻さんは異能者で“魔眼(まがん)”を持ってる。“魔眼”は目を合わせた相手に幻覚を見せることができる能力。

 効き目の長さは自分で調節できるらしいんだけど、最長で二十四時間。

 火群さんも異能者で“発火”能力者。体から自在に火を出すことができる。偶然だけど、名前通りというか、なんか『らしい』能力だよね。

 自分で火が出せるなんて、ライターいらないし、いざって言う時は懐中電灯の代わりにもなるし…遭難した時とか火を起こすのに便利だよね。一番実用性があるかも。

 真愛良ちゃんも異能者だね。“念動”能力者。この能力は結構有名だから、知ってる人もいるんじゃないかな。

 手や道具を使わずに、遠く離れた物とかを動かすことができる能力。自分の体を浮かせることもできるみたい。

 そして土師さんも異能者で、“透化(とうか)”能力者。さっきも言ったように透明化ができるし、あらゆるものをすり抜けることができるんだ。

 土師さんの体と密着していれば、服とかも一緒に透明化したり、すり抜けることもできるんだって。

 便利と言えば便利だよね。ドアを使わなくても壁をすり抜けられるから、急いでる時とか楽かも。

 以上がみんなの能力。どうして特殊課が特殊だと言われるか分かったでしょ?

 それにね、異能者や人外は世界中にいるけど、差別の対象にもなってるから、快く思っていない人もいる。だから、特殊課に所属してるって言うといい顔されないんだよね。

 もちろん、常人でも彼らを受け入れる人はたくさんいる。僕だって彼らに偏見はないしね。

 え? 僕は常人なのにどうして特殊課にいるのかって? それはね……

「よーし、全員揃ったところで、いつものアレやろうや」

 火群さんが僕を見て楽しそうに言う。他の人たちもなんだかやる気満々です。僕は小さく肩をすくめた。




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