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召喚!?

 その日、瑠璃(るり)たちは仲良しグループ四人で帰路についていた――

 ――はずだった。

 そのはずが、どうしてか、何処かへワープしてしまった。

 事の起こりは、電車通学なので駅まで歩いて一緒に向かっていた最中のこと。

 なんの前触れもなく突如――、視界が切り替わった。

 気づくと、瑠璃たちは見知らぬところにいた。


「ふぇ!?」


「あれ、景色が?」


「は?――え?」


「ハエなんて飛んでないよ?」


 不可解すぎる現象に戸惑いを隠せない瑠璃たちだった。

 謎の現象に、瑠璃は思った。

 いやいやいや、おかしくない。こんなの。

 と。

 続けて瑠璃は考えた。

 どう考えたっておかしい。→何かがおかしい。→何かって何?→私の見てるもの。→……。→もしかしておかしいのは……

 そして結論。

 私の認識がおかしい。

 ……とはいうものの、その結論が真実だとは思いたくなかった。

 それがもし真実であるならば、視界がぼやけてるってレベルじゃないから。

 おかしくなったのは自分だと思った瑠璃は、幻覚でも見ているのだろう、と結論付ける。

 でも……、幻覚にしては結構鮮明に見えるなぁ……。

 やっぱりここは現実の世界なのかもしれないと思い直す。視界が切り替わる前後で意識が途切れてないしね。

 夢という可能性もなくはないけれど、路上で急に寝落ちなんてまずあり得ないし……。――いや……、待てよ。もしかすると、クロロホルムでも嗅がされて……、――いやいやいや、ドラマかなんかじゃないんだから……。

 ……、……。

 クロロホルムのことを考えたら、怖くなった。

 誘拐というワードが頭に浮かんでしまう。

 誘拐から連想して、恐ろしいことを考え出してしまうと、恐怖で過呼吸になりそうだった。

 非常時こそ落ち着くべきと思い立った瑠璃は、とりあえず深呼吸し冷静になる。

 視界がクリアになった。

 目に入ったのは――石造りの壁。壁紙ではなく本物だと見た感じでわかった。何故なら、綺麗に整っているわけではなく、乱雑だったから。それに偽物にしては質感がありすぎる。

 にしても……、

 石造りの壁……?

 前言撤回。やっぱり視界はクリアになってない。

 と現実逃避したかったけれど、そうしていても、ここが現実っぽい、現実と思われることには変わりはない。

 このまま理解を拒み、目を背けていても何にも始まらないので、ひとまず仮にこのリアルな現実に適応することにする。

 改めて、石造りの壁を見ながら思う。


 ――ここは、何処だろう。


 正確な広さは目算ではわからないので、とりあえず中規模な部屋とする――を蛍光灯だとかLEDに慣れた現代人には馴染みの薄いランプがぼんやりと室内を照らしていた。

 瑠璃たちの足元には大きな魔方陣。

 正面には数人の男女がいる。


「(これは、つまり、どういうこと……?)」


 わけがわからなくなった瑠璃は首を傾げた。

 すぐに、その疑問に対する答えは提供されることとなる。

 彼・彼女らが瑠璃たちを見るや否や感動したように口々に言ったから。


「勇者様だ!」


「召喚が成功したぞ!」


 それが発端となり一気にその場が沸き立った。

 大勢がどよめき、大歓声が巻き起こる。


『……?』


 そんな急な歓声に対して――、糀谷(こうじや)瑠璃・春日野(かすがの)杏奈(あんな)桃峰(ももみね)明日香(あすか)鷹原(たかはら)寧々(ねね)の四人は唖然とした。

 瑠璃に至ってはお口ぱかーんである。

 普通の学生生活を送っていたはずの四人が突如、見知らぬ場所へ。

 どう考えても異質な事態だった。

 ややあって我を取り戻した瑠璃は呟く。


「……勇者様?」


 そんな風に呼ばれるのは始めてであった。

 聞き馴染みのない響きに瑠璃はこてんと首を傾げる。

 そんな瑠璃に杏奈が言葉をかける。


「確かにそう呼んでたね」


 瑠璃はこくりと頷く。

 すると、フリーズしていた明日香と寧々も状況を理解し始めたのか起動しだした。


「なんだここ、すごい!」


 目をキラキラさせた明日香が飛び上がる。飛び上がりながら手を叩いていた。


「勇者……勇者ね……つまり……――」


 寧々は顎に指を当てて、下を向きながら深刻な顔をして「ここは異世界? それともゲームの中? …………世界観は結論もでないし、まだ情報も少なすぎるからひとまず置いておいて、初期装備は、スクールバックのみか……心許ない……。何か武器……えっと……、ペン……はダメね……。ぐぬぅ、折り畳み傘くらいしか武器になりそうなものがない……。なんてことなの、そんなのでどうやって異世界でやっていけばいいのよ……神様、平凡な女子中学生の私になにかください」なにやら小声で、ぶつぶつ呟いていた。勇者と呼ばれたことに戸惑っているのだろうか。

 瑠璃と顔を見合わせた杏奈は、そんな明日香と寧々にも向けて言った。


「皆、どう思う? 状況的に私たちのことだと思うんだけど……」


「かも?」


 瑠璃は、よくわからないという風にそう返す。

 そして他の二人はというと……、杏奈の問い掛けをまったく聞いていなかった。明日香にははなから期待なんてあまりしていなかったけど、寧々まで……


「これはもしかするともしかして……勇者召喚ってやつかしら……となると次は王様と謁見で……魔王を倒せとか災厄を打ち払えとか厄介事を押し付けられるのかも……しかもそれら使命を全うするまで帰れない……ママとも当分会えないんだわ……」


 寧々は焦点の合っていない虚ろな目でぼそぼそと意味不明な事柄を呟いていた。しまいには涙ぐんでいる。


「急にナーバスになっちゃって、いったいどうしたの寧々!」


 めそめそと泣く寧々を杏奈が介抱する。


「ママ……ママ……」


「……いや、こんなわけのわからない状況に陥って不安なのはわかるけどね。とにかく、大丈夫?」


 杏奈が心配するも、


「一刻も早くこの世界を救って帰らないと……」

 

 しかし寧々はまだうわ言を呟いている。どうやら自分の世界に入ってしまったようである。


「寧々ちゃん何言ってるんだろ……?」


「さあ……私にもさっぱり」


 瑠璃と杏奈は顔を見合わせひそひそ声で話す。寧々の呟きの意味がよくわからなかったから。


「とにかく元気出しなよ、寧々。……寧々が落ち込んでいるとこっちまで引きずられちゃうし」


 杏奈は寧々を励ます。後半は小声だった。

 そしてそんな杏奈の励ましが効いたのか、


「そうか……。ママとは会えなくなったとはいえ、これは夢のシチュエーションね……、勇者として大活躍して名声を得るのも悪くない気がするわね……」


 そんなことを呟きながら寧々は甦った。


「心配してくれてありがとう、杏奈」


「ねえ。ところでさ、ゆーしゃ? ――って何だろ?」


 明日香の天然の一声が炸裂。


『えっ、そこから!?』


 瑠璃と杏奈と寧々は、めちゃくちゃおどろいた。今時、勇者すらも知らないなんて思わなかったから。


「皆は知ってるの?」


「知ってるも何も……」


「ねえ……」


「私ですら知ってるのに……」


 今となっては、深く根付いた概念だと思うんだけど……。

 と、そこで、お声がかかる。


「あのー、すみません勇者様。ひとまず私に着いてきてくださりませんか?」


 この場の代表と思われる人物がそう言った。

 顔を見合わせた四人は、ひそひそと相談を始める。


「どうする?」


 寧々はキリリとした目付きで言った。

 さっきまでのママがどうたら言って涙ぐんでいた人とは別人のようにクールな雰囲気を帯びていた。


「どうしよ?」


 続いて、ぼんやり眼をした明日香がそう言った。

 明日香は口ではそう言うもののぼんやりしているので、わりとなんも考えていない可能性がある。


「うーん」


 杏奈が神妙な顔で腕を組んで唸る。

 どうすべきか案を練っているようだ。

 しっかり者の本領発揮となるか……。


『…………』


 杏奈と寧々はそのまま沈黙。

 杏奈と寧々は考え込んでいる様を共有するように見詰め合う。

 明日香は相変わらずのぼんやり眼であちこちを見てる。

 明日香は先程よりこの場所の不思議な雰囲気に目を奪われていた。

 杏奈と寧々の二人が神妙な顔で見詰め合っているのを見た瑠璃は、閃いた顔をした。

 そして瑠璃は、ここは私の出番だね! とばかりに発言する。


「とりあえず着いていってみようよ!」


 お転婆少女瑠璃は、場の空気を一新するかのような明るい声でうきうきとそう言った。


『…………』


 杏奈と寧々は沈黙。

 そんな二人の視線が瑠璃に突き刺さる。

 明日香はあちこち見に行っちゃってて頼りにならない。


「黙らないで!」


 たまらずツッコミを入れる瑠璃。


「そうね……今回ばかりは瑠璃の意見に従いましょう。ただし危険があったら全力で逃げるわよ」


 寧々が渋々といった様子で賛同。


「そうだね。ひとまず着いていってみるのがいいと思う。危なくなったら寧々の案で」


 続いて杏奈も賛同。


「ちょっと待って! 寧々ちゃん、『今回ばかりは』って!?」


 瑠璃が声をあげる。


「今はそんなことを議論している暇はないと思うわ」


 寧々はそう答えた。


「そんなことって!!」


 しつこく瑠璃が追求してくるが、


「じゃあ、行くわよ」


 寧々はとりあわなかった。

 先頭になって行こうとする。

 しかし――、


「知らない人に付いていっちゃいけないんだよ?」


 明日香がでばなをくじいた。


「それはそうだけど……」


「だよね……」


 揺らぐ杏奈と瑠璃。

 そんな杏奈と瑠璃の背中を寧々が押し進む。


「そんなこと言ってたら話進まないじゃない! 四の五の言わず――行・く・の!」


 寧々の鋭いツッコミが炸裂した。


「わぁ! ちょっと! 寧々、押さないで!」


「寧々ちゃん強引!」


 寧々に押されながら杏奈と瑠璃は転びそうになりながら口々にそう言った。


「おっと、明日香を忘れるところだった」


「うわー、押されるー、巻き込まれるー、これが本場のローラー作戦?」


「全く意味が違うと思うわ! 意味わかんないこと言ってないで、とにかく大人しくして! 恥ずかしいから! みんな見てるのよ!」


 そうして寧々は明日香も巻き込んだ。


「お待たせして申し訳ありません。私が押していくので案内先導してください」


 そんな寧々の言葉に、


「……わかりました」


 そう答えた人は戸惑っていた。


「では、着いてきてください」


 そして先導してくれる。

 すると三人を後ろからぐいぐい押している寧々が言った。


「ほら、キリキリ歩く」


「それ囚人とかに言う言葉じゃ……」


 杏奈はそう冷静につっこんだ。


「なんでもいいから歩いて、話が進まない、続き気になってしょうがない」


 寧々に後ろから押されながらも瑠璃たちは言われた通り、無駄に横幅のある豪家な階段上ったり、だだっ広いぴっかぴっかの廊下歩き、給仕だかなんだかわからん人にペコペコしつつ、付いていく。




「こちらになります」


 立派な装飾がされた重厚そうで豪奢な大扉の前で立ち止まる。


「こちら――」


 扉を指し示して何か説明してくれそうだったが、寧々が先んじて発言する。


「おそらく――」


 図らずも遮る形となってしまっていることに寧々は気付かず続けた。


「この扉の先が玉座の間ね。王様がいらっしゃるっぽいから、あなたたちくれぐれも失礼のないようにね」


 寧々が大扉の前でそう言うのに、


「お詳しいのですね……」


 案内してくれた人は目を見開き、たいそう驚いていた。


「経験あるの?」


 とは先程より事態への順応性がやけに高い寧々に対して瑠璃の問い掛けである。

 こんな状況に置かれたら普通はそんな堂々としていられない。

 程度の差こそあれパニックに陥るはず。……明日香とかならわりと大丈夫そうだけど。

 不安を感じさせない堂々とした立ち居振る舞いの寧々に助けられているのは事実であったのだけど、気になってしまう。

 ゆえに瑠璃は、寧々は過去に似たような事象に遭遇したのではないかと思ってそう発したのだった。


「言い方!!」


 しかし、寧々はそれには答えず。謎の突っ込みを入れてきた。


「ん?」


 首を傾げる瑠璃。

 明日香はともかく、杏奈は察したような顔をして寧々を見た。

 自らの不用意な発言で恥ずかしくなった寧々はみるみるうちに顔を紅潮させ、


「何でもない!」


 ここで終わりとばかりに切り上げた。


「待って答え聞いてない」


「それはあれよ。ほら本……とかであるじゃない。異世界に勇者として召喚される」


「ある?」


 少女漫画くらいしか読まないので心当たりがなかった瑠璃は、読書が趣味である杏奈に訊く。


「それなりに小説は読んでいるのだけど……知らないかな」


 今まで読んできた小説の中には思い当たるものはないと首を傾げた杏奈は、次いで寧々に尋ねる。


「ねえ、寧々、それってどんなタイトルの小説? あっ、もしかして漫画? 漫画は私あんまり読まないから知らないけど、ちょっと興味出たから読んでみたいと思うけど……、教えてくれる?」


 瑠璃はそんな杏奈の問い掛けにやけに慌てた様子で顔を背けた。


「――と、とりあえず王様がお待ちよ、気を引き締める!」


 なぜか必死な寧々。


「……誤魔化した」


 杏奈がそう呟く。

 それに――


「うん、誤魔化したね」


 よくわかっていないが流れにとりあえず乗っておこうと思った明日香が続いた。


「ん? 誰が何を誤魔化したの?」


 わかっていない瑠璃は二人に問い掛けた。


「それはね――」


 杏奈が語ろうとすると、


「うるさい! そこ無駄話やめる! 私語を慎む!」


 寧々がぷりぷりと怒りそれを遮った。


『はーい』


 瑠璃と杏奈と明日香は、そんな寧々の剣幕に気圧され従った。


「すみません。騒がしくて……」


 寧々が謝る。


「いえ……お気にせず」


「じゃあいい加減に行くわよ」


 大扉が開かれ、言うが早いか寧々が入っていった。

 瑠璃と杏奈と明日香の三人は慌てて追う。

 玉座の間は広かった。

 奥の玉座には王様らしき人物が座っている。

 その手前には、槍を携えた兵士たちが直立不動で並んでいた。

 それ見て、明日香が呟く。


「うわぉ、本物の兵士なんて始めてみたかも、長く生きるものだね」


「あんたまだ中学生でしょ」


 たまらず寧々が小突いて突っ込みを入れた。もちろん小声で。


「ゴホン」


 咳払いが聞こえた。

 皆がそちらに意識を向ける。


「よくぞ参られた勇者よ、我はこの国の王である――」

 

「――おお、本物の王様だ! 本物の王様なんて始めて見た! めちゃくちゃ偉そう!」


 明日香が王様に指を指したことで王様の話が途切れた。


「ぬっ」


 指を指された王様は梅干しのような渋面をしていた。

 静寂が訪れる。そして場の空気が一気に重くなり、


「王に対してなんたる態度! 勇者とはいえ無礼であるぞ!」


 宰相らしき人が叱責。明日香の態度を咎めた。


「阿呆丸出しじゃないか……」


「本当に勇者なのか……」


「勇者だとしてもぽわぽわしすぎだろ……」


 兵士たちがざわめきだす。

 すると――、


「どけぇ~い! 私が出る」


 これまた偉そうなごつい鎧を着た人が自分よりも装備が劣る兵士たちを押し退け真正面に出てきた。


「将軍、何を!?」


 兵士たちが言うにはこの厳つい男こそ将軍らしい。


「……気に食わぬ。私はお前みたいなふざけた奴が勇者だとは認めんぞ!」


 明日香に向かって敵意剥き出しで槍の先端を向けて、罵声を浴びせる。鬼みたいな形相、めちゃくちゃ怒ってると誰の目にもわかった。

 というか、マジで明日香のことを刺しそうだった。

 流石に勇者を害するまでには踏み切れないのか躊躇しているようだけど、怒りで手が震えている。将軍が実力行使に踏み切るのも時間の問題のようだった。


「これ、早まるでない! 勇者を殺されては一大事、皆止めよ」


 王様が指揮を取る。


『……はっ!』


 兵士たちが将軍の前に立ち塞がる。


「お前たち、止めるな!」


 将軍が邪魔をするなとばかりに槍を振り回す。


『うわぁ!』


 止めに入った兵士のうち半数が薙ぎ倒される。

 難を逃れた兵士が明日香と将軍との間に入るように立ち塞がり叫んだ。


「将軍! お気持ちはわかりますが……駄目です!」


「どけい!」


 あろうことか兵士にまで槍の先を向け威嚇する将軍。


「どきません!」


 しかし兵士は将軍のことを思い、退かない。決意を秘めた目をしている。


「うつけ者一人を消すことの何が悪い!!」


「うつけ者ではありません、勇者です! 将軍とはいえ、そんなことしたら地方に飛ばされるじゃすまなくなりますよ!」


「それも本望なり!」


「わかってください将軍! 勇者殺しは国賊どころか世界の敵になりうるのです!」


「お前の言っていることは理解に苦しむ! そこのうつけ者を見てからもそれが言えるのならお前もうつけ者ぞ!」


「うつけ者でも、何でもいいので、どうか武器を納めてください!」


「うるさい! 黙れ!」


 将軍は槍で兵士を突き飛ばして強制的に退かせた。兵士が苦悶の声をあげたが将軍は取り入らず、明日香を睨み、再度槍先を向け、がなった。


「このようなうつけ者を勇者と認めてなるものか!」


 そんな一触即発の雰囲気に。


「こら、明日香! 謝りなさい!」


 状況に呑まれ呆けていた三人の中で真っ先に復帰した寧々が、慌てた様子でそう言った。


「え? ごめんなさい?」


 明日香の頭をぐいっと下げさせた。

 寧々も一緒に頭を下げる。

 続いて復帰した瑠璃と杏奈も慌てて頭を下げる。


「なんかごめんなさい」


「悪気はなかったと思いますので、どうかお気を沈めてください」


 しかし将軍はまだしかめっ面をしていた。

 そんな将軍を見て、明日香に自分で頭を下げさせることにした寧々は――、


「明日香、ちゃんと謝る! 将軍に!」


 言うと同時に、軽く明日香の尻を叩き、渇を入れる。小気味のいい音が鳴る。


「――ひぅっ!」


 明日香が短い悲鳴をあげて、ぴょんと飛び上がる。


「ほら、早くもう一発行くわよ」


 寧々は再度、尻叩きの構えを取る。振りかぶると――、


「ご、ごめんなさい!」


 明日香が慌てて謝った。

 将軍は渋い顔をしていたが、やがて、深く長いため息を吐き、


「……分かっているだろうな。以降は態度にも気を付けることだ。勇者とはいえ次はないぞ……」


 脅すようにそう言って、ようやく将軍が溜飲を下ろした。

 目線は明日香に向けたまま、下がる将軍。

 下がっても明日香を睨み付けている。

 明日香は将軍に完全に目を付けられてしまったようだ。

 将軍は明日香を要注意人物あるいは……敵だと認識したようであった……。


「王様、本当に失礼しました」


 寧々が代表して謝った。


「気にせずともよい。こちらこそ不快な思いをさせてしまった。将軍に代わり非礼を詫びよう」


 王様がそう詫びたのに対して将軍はめちゃくちゃ不満げな顔をしている。

 たしかに将軍がそんな顔をするのも無理はない、王様はああ言ってくれたものの、さっきの明日香の態度は王様の為に将軍が怒るのも無理はなかったから。

 明日香の動向には注意を払わなくては……と瑠璃と杏奈と寧々は思うのだった。


「よくぞ参られた勇者よ、我はこの国の王であるヴォルター・フェルノアールだ」


 仕切り直しとばかりに決まり文句を言う王様。

 終わりみたいで王様は続けない。

 聞かなきゃ始まらないみたいね……他の三人は頼りにならないし……、ここは私が動くしかないか。と思い至った寧々が発言した。


「王様。質問があります」


「よろしい。申してみよ」


「単刀直入に伺いますが。王様は何故私たちを呼んだのでしょうか?」


 寧々が王様にそう問い掛ける。

 王様は顎をさすり、


「うむ。それには我が国の宰相が答える」


 王様、宰相さんに丸投げですか?


「任せたぞ、宰相」


 王様が命じると、


「はっ」


 宰相と思わしき人が前に出てきた。


「此度勇者を召喚したのは、我ら人族に仇なすものにして魔界の王である魔王を討伐するためであります。悪辣な魔王は世界を征服すべく、人類に宣戦布告をし、大軍を率いて人類の生活圏を脅かし、そして世界征服を成そうとしています」


 宰相は身ぶり手振りを交え、説明をした。

 一言も聞き漏らさんとばかりにクソ真面目に聞いていた寧々は顎に指を当て、感嘆したように唸った。


「ほう……特に捻りもない、恒例のパターンね」


「寧々ちゃん何言ってるのかな……?」


「さあ……私にもさっぱり」


 瑠璃と杏奈は顔を見合わせひそひそ声で話す。またしても寧々の言っていることが、よくわからなかったから。


「えっと、つかぬことをお聞きしますが、報奨は何でしょう」


「見事、魔王を倒した暁には勇者御一考に巨万の富が約束されています」


「つまり金銀財宝を大量にあげますのであちらで換金してくださいということね」


「おおむねその通りです」


 換金。難しそうだけど、まあ何とかなるだろう。と納得する四人。


「マネー!? 貧困脱却、一躍富裕層に!?」


 ぼんやりと装飾を眺めていた明日香も流石に金銀財宝が貰えるとなると、話を真剣に聞くようになる。

 貧困と自称してたけど、明日香はマンション暮らしなので、貧困というわけではないはず。そういう言葉が出てきたのは、つまり、マンション暮らしに満足していないということになる。億ションに暮らしたいのだろう。……考えすぎか。


「話はわかったわ。けど着の身着の侭、放り出されても困るわ……」


「わかっておる。そなたらには、勇者の武器と防具を与えよう」


 王様は手を打ちならす。

 すると――、

 王の間の扉が開きメイドが現れる。メイドは手押し車を押していた。

 どうやら、ありがたいことに、私たちの武器と防具を運んできてくれた、ということらしい。

 勇者の武器ということで、お古かもしれない。

 瑠璃は微妙な顔をする。すると、他の三人にも伝染した。瑠璃の疑念と同調したのだと思われる。明日香を除いて。

 王様は、そんな私たちの疑念を晴らしてくれた。


「安心せい。武器は流石に代々勇者が使ってきたものだが……。防具はちゃんと新調しておる」


「そうですか。お気遣いどうも」


 杏奈が代表してお礼を言った。


「新調までしてくれるなんて、ありがたいね」


「ねー、汗の臭いがこびりついていたら、どうしようかと」


「剣道着みたいな値の張るものは、使い回しだものね……」


『それな』


 やれやれな寧々の言葉に、寧々以外の3人の声がハモる。


「まあ、ともかく着てみるわよ」


「そうね」


「ナイスアイデア♪」


 というわけで装備を試着することとなった。

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