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「もう、信じられないわ!」
「だぁから、悪かったって。」
「あなた全然反省してないわね!?」
「そんな事ないだろ。」
「許せない、許せない、許せないわ!」
「そんなにキィキィ怒鳴るなよ。」
僕の目の前で繰り広げられる痴話喧嘩。最低だ。
ここは兵士の詰所で、僕がここに来たのは仕事の為だった。
僕はこの町の役所で働いており、今日はたまたまここに書類を届けに来ただけだったのだが......。
僕が来た時、詰所には今痴話喧嘩を繰り広げている彼しかいなかった。
責任者は暫く戻らないとの事だったので、書類を責任者に渡すよう頼み、役所に戻ろうとした時だ。
彼女が鬼の形相で怒鳴りこんできた。
扉の前に仁王立ちし、ものすごい威圧感を放つ彼女の横をすり抜けて帰ることができず、僕は置物のように部屋の隅にそっと寄った。
話の流れからして、どうやら二人は恋人同士のようだ。
それが、そこの彼が浮気を繰り返した事により、彼女がぶちギレ怒鳴りこんできた、という事らしい。
彼女のぶちギレ具合に対し、彼の全く悪気のなさそうな、反省など微塵も感じられない態度に、彼女はますますヒートアップしていった。
僕から見てもこいつは女の敵だと思う。
「こんな男が好きだなんて、自分でも信じられないわ。もう、ウンザリよ。」
「おいおい、あんなの皆ちょっとした遊びだろ?」
彼女は彼に向かって指を指した。
「私はこれでも魔女の末裔よ。愛するあなたに素敵な呪いをプレゼントするわ。」
「はぁ?一体何を......っつ。」
彼の体がビクリとはねた。
「この呪いはね、想いを遂げる事ができれば解けるわ。ふん、精々葛藤するのね。呪いが解けたらまた会いましょう、ルクス。」
「ちょっ......、待て、イーラ!」
彼女はそう言い捨てて、部屋から出ていった。
「ったく、何なんだよ。」
彼は髪をガシガシと掻き、ため息をつくと思い出したように僕の方を見た。
「あぁ、あんた悪かったな。」
「いえ。では僕もこれで失礼します。書類、よろしくお願いしますね。」
やっと解放された。こっちの方が何なんだ、だよ。全く。
僕が部屋を出ようとすると、彼が腕を掴んできた。
「......まだ、何か?」
なぜか彼はひどく驚いた顔をしていた。
「あ、いや、悪い。何でもないんだ。行ってくれ。」
「はぁ。では失礼。」
本当に何なんだあの男は。まぁ、もう関わることもあるまい。
僕は役所に戻ると、今の時間で遅れた分を取り戻す為、黙々と作業した。
夕方、一息ついた所で来客を告げられる。
応接室に行くと、来客は先ほど詰所にいた彼だった。
「どうかされたましたか?何か書類に不備でも?」
「いや、問題なかった。書類は確認し終わってサインもしてある。それを届けに来たんだ。」
「わざわざ?それは、ありがとうございます。1週間猶予があったのに、今日中にいただけるとは。お早い対応、助かります。」
僕は彼から書類を受け取った。その際、少し手が触れた。
彼は兵士だけあり、鍛えられた逞しい体つきをしている。背も高い。
切れ長の鋭い目つき、スッとした鼻、顎には髭、髪は短くこざっぱりしている。
ワイルドで恐そうな外見なのに、口元は常に笑みを浮かべている。それがまたフェロモンを撒き散らしてるというか、だだ洩れているというか、とにかく色気が凄いというか。
はっきり言って、こいつはモテるだろう。ちょい悪男に憧れる女の子はイチコロだろう。
僕は昼間見た時には、そう思っていた。
なぜ、僕が急にこんな事言い出したかって?
目の前の彼の様子がちょっとおかしいのだ。
気のせいだと思いたいのだが、僕に妙に熱っぽい視線をむけてきている。ような気がする。
昼間詰所で見たときは、態度のデカイ嫌な奴だったが、彼は今、どこぞの乙女の様にモジモジクネクネしている。あの図体、あの風貌でやられると、はっきり言ってキモチワルイ。
「では、確かに受け取りました。」
僕は彼に退室を促す。早く帰れ。
「俺は今日、これで仕事が終わりなんだ。」
「はぁ。」
「よかったら、この後、食事に行かないか。」
頬を赤らめ僕を食事に誘うこの男に、言い知れぬ不安を感じた。
「申し訳ないのですが、僕はまだ仕事が残っているで無理です。」
僕は笑顔で拒否した。
「そうか、ならば俺は外であなたの仕事が終わるのを待つとしよう。」
なぜ。
「いえ、今日は残業予定ですので、どうぞお帰りください。」
「その、実は相談にのってほしいのだ。」
またしても、なぜ。
僕と彼は今日が初対面。なんなら、僕らは名前も知りませんが。
「僕、知らない人には付いていくなと躾られておりまして。」
「そうだな、失礼した。」
わかってくれたらしい。
「俺は知っての通り、兵士をしている。ルクスと言う。25歳だ。生まれはとなり町だが、10歳からはずっとこの町に住んでいる。もちろん独身だ!」
わかってないな?僕は自己紹介を求めたんじゃないぞ。そんな情報いらないんだが。
彼は期待に満ちた目で僕を見つめている。
やめてくれ。
しかし、相手が名乗った以上自分も名乗らないわけにはいかなかった。
「僕はユリウス、ご覧の通り役所勤務です。」
「そうか、ユリウスは何歳なんだ?」
グイグイくるな。
「27歳ですよ。」
「なんと、そんなに愛らしい容姿をしているのに、俺より年上とは!」
彼の頬はさらに上気した。
誓って言うが、僕の容姿は決して愛らしくはない。今までの人生でそんな評価、子供の頃でさえ一度も貰ったことはない。
中肉中背、これといった特徴もない、ザ・普通。それが僕。
こいつは一体なんなんだ。
「とにかく、今日はムリです。仕事中にそんな事言われても困ります。業務の邪魔です、お帰りください。」
僕は一気に言いきった。
「む、そうだな。ユリウスは真面目なのだな。そんなところもいい。」
顔を赤らめモジモジしていた奴は、急に顔をしかめだした。
そして、なんというか、突然我に返って絶望した。という感じで崩れ落ちた。
「なぁ、あんた......。」
本当、こいつ何なんだ。早く帰ってくれよ。
「俺は今、おかしくなかったか?」
「そうですね、正直に申しますとかなりおかしかったですよ。」
僕は投げやりに答えてやる。
「そう。おかしいんだよ、俺。」
彼は先程とは打って変わって、今度は青ざめた表情ですがり付いてきた。
「俺は、女の子が大好きだ。」
突然の宣言。そんな申告しなくても、女の子大好きそうに見えてたよ。
大体、それが理由で痴話喧嘩してたじゃないか。
「はっきり言って、この世に俺以外の男なんて必要ない。女の子は全て俺のもの!」
何言ってんだこいつ。くそかよ。
「ってくらい女の子が大好きで、男は嫌いなんだが......」
突然、やつは俺の手を握ってきた。
「昼間から、あなたの事が頭から離れな......じゃない、だぁ~~っ、くそっ。」
なにこの情緒不安定さ。
ちょっと、警備!やばいよ、こいつ。
僕の顔は完全にひきつっている。
「俺は、本当にイーラに呪われているかもしれない。」
「はぁ?」
「......俺はお前が好きみたいなんだよ、ありえないだろ?この俺が、男を!!」
奴は屈辱、といった感じで声を絞り出して恐ろしい事を言った。
俺の手を握る力が強くなった。すごく痛いし、なんだか汗ばんできている。
「はぁ、はぁ、」
ちょっと、なんか息荒いんですけど。
「けっ......警備ー!誰かー!!」
彼は警備の人に引き剥がされて連れていかれました。