騎士と賢者
慌ただしい朝が過ぎた頃、犬の元に王子様がやってきました。
「よしよし、お前は本当に偉いなぁ。きっと世界一強い犬だ」
犬を撫でながら満面の笑みで言いました。
犬は真面目な顔をしてましたが、その顔はどこか嬉しそうです。
気持ち良さそうに撫でられています。
「そうそう。褒美も持ってきたんだよ」
王子様がそういうと犬の皿にとても大きな肉を置きました。
「いっぱい食べなよ。僕はいつも通りあっちに行ってるから」
王子様は、食事の合図をしてそっと去って行きました。
この犬は何故か人前ではけして食事をしないのです。
王子様が離れると犬は近くの木に向かって話しかけました。
「猫殿。いるんだろう」
木陰から猫が出てきます。
「気づいているなんて。さすがは、騎士様」
猫がまるで口笛を吹きそうな調子で言いました。
「騎士?」
犬が怪訝な顔で聞き返します。
「城の奴らが言ってたぜ。お前は番犬の鏡、この城の騎士の一人だと」
「猫殿」
犬が肉を差し出しました。
猫は「おすそ分けかい。ありがとよ」と言いながら肉を食べはじめました。
犬がため息をつきながら言います。
「我は、猫殿が夜の見回りをして、城へ入るネズミを排除しているのを知っている。それだけに歯がゆいのだ」
犬が抗議するように猫をじっと見つめていると、肉を食べ終わった猫が前足をペロペロ舐めながら言いました。
「別に。俺はただ散歩をして狩りをしてるだけのことさ。それに...」
猫が手を止めて犬を見上げた時、王女様の呼ぶ声が聞こえました。
「あら、ワンちゃんと一緒にいたのね。あなたを探していたのよ」
王女様が猫の傍にそっと膝をつきました。
「お兄様が『昨日はごめん』ってこれをくれたのよ。
私とあなたでお揃いなの」
王女様が髪を触ります。そこには真紅のリボンがありました。そして、今しがたつけられた同じリボンが猫の首にも。
猫はひらひらとたなびくリボンを追いかけるようにくるりくるりと回りました。
「まあ、可愛いとっても似合うわ」
王女様が微笑みながら見ていると、いつの間にか猫は何かを口に咥えています。
「あら?あなたも何か持ってきてくれたの?」
猫が差し出したのは一本の折れた棒でした。なんだか、爬虫類のシッポのようにも杖の先のようにも見えます。
王女様はにっこりと笑いそれを受け取りました。
猫は王女様の足に顔を擦り付けています。
「あなたは本当に賢いわ。リボンのお礼をくれるなんて」
王女様はその場にしゃがみ込むと猫の目をじっと見て言いました。
「お兄様は『ネズミくらい』なんて言ってたけど、あなたがネズミを捕まえてくれるから私達はネズミに会わないで済むのよ。お城に急にネズミが現れたら、私は卒倒する自信があるもの」
王女様は猫の顎の下を撫でながら続けました。
「だからね。私は誰がなんと言おうとあなたもお城を守ってくれてると思うの。きっと世界一賢い猫だわ」
優しい風がさわりさわりと吹いてきます。
猫は犬に振り返って言いました。
「なぁ、他の誰がどう思おうと自分を分かってくれる奴がいればいいとは思わないか。例え何も知らなくてもなんとなくでもな。」
犬は少し思案して頷きました。
「なるほど、賢者殿」
猫はにやりと笑いました。
2本のシッポが風に揺れています。
2匹のやりとりは王女様には聞こえません。
ただただ「にゃん」「ワン」という2匹の鳴き声が、優しい風に流れていきました。