[☆完結記念☆]閑話 008 ハッピーデート
大学が春休みに入った。
大学生って凄く春休みが長いんだね。実際になってみて初めて知った。これから2カ月間、丸々休みになる。バイトの予定を入れたから、暇ってわけじゃないんだけど。
そして今日は、春休み最初の日曜日。2月だから、外はかなり寒い。だけど、あえて屋外デートを企画した。
横浜デートだ。
赤煉瓦倉庫の冬季限定「野外特設アイススケートリンク」が、今月中旬まで。
そこに行ってくる!
観光地のど真ん中にあるスケートリンクだから、広さはそれ程でもないんだけど、ロケーションは文句なしに最高。日が暮れてくると、ライトアップされた赤煉瓦倉庫や、みなとみらいの夜景が、ムード満点。いかにもデートっぽい感じになるそうだ。
期待してしまう。
よしっ! 出かけるか!
*
「きゃっ!」
おっと。
「京香さん、大丈夫?」
「ありがとう、昴さん。ごめんなさい、ぶつかちゃって」
どんどんぶつかって下さい。俺が全部受け止めます。……これは、ちょっと恥ずいセリフか。心の中で言ってよかった。俺、今日はかなりテンションが上がっている。
「いえ。京香さんが転ばなくてよかったです。俺は頑丈だから、これくらい全然平気」
「ふふ。スケートなんて久しぶり。中学生のとき以来かも。昴さんは、凄く上手ね。結構やってたの?」
「俺も久しぶりかな。小学生の時以来? いや、中学の時にも1回行ってるか」
実はこっそり練習した。案外俺って見栄っぱりなことを自覚。だって、京香さんにカッコ悪いところは見せたくないし。
「それにしても上手ね。やっぱり運動神経の違いかしら?」
「いや、結構ヒヤヒヤしながら滑ってますよ。人が多いし、避けて滑るのに気を使うし」
「そうね。見渡す限りカップルばっかり」
「俺たちも……でしょ?」
くっ! 言ってやったぜ!
「そうね。これだけカップルだらけなら、ちょっとお姉さん、大胆になっちゃおうかな」
大胆?
「はい。みんな繋いでるでしょ。真似っこ真似っこ!」
手繋ぎスケート!
マジで?
うわっ! 手、小っさ。それに…細くて華奢。ギュッって握ったら壊れちゃいそう。恐る恐るギュッ。
「これでよし! じゃあ、もう1回出発〜!」
なんということでしょう。もう、カップル気分満喫。スケートリンク、大正解だったね。
*
陽が落ち始めてきて、気温がだいぶ下がってきた。2月の空気はかなり冷たい。吐く息が真っ白だ。
「寒くなってきたね。ちょっと休憩する?」
「そうね。夜景が綺麗になってきたし、休憩を入れるのもよさそうね」
「俺、飲み物を買ってきます。京香さんは、何がいいですか? 温かい飲み物は、……えーっと、コーヒーか紅茶かココア……があるみたいです」
売店の方を見ると、大きな値段表が見えた。急に寒くなったせいか、ちょっと行列もできている。
「コーヒーをお願いしてもいい? 私はその間、席を探しておこうかな」
「はい。お願いします。あっちの方が、空いてるみたいですね」
「じゃあ、あの辺りで待ってるから」
*
空席、空席。
あっ! あった。
でも、椅子がひとつしかないか……。
えっと、お隣は……あの椅子、余ってそう。
「すみません。この椅子、移動してもいいですか?」
「はい。どうぞ………って、あれ? 京香? やっぱり。京香じゃん」
「えっ! 優子? やだ、凄い偶然。それに久しぶり」
「本当に久しぶり〜。学校を卒業して以来だね。元気してた?」
「うん。優子は?」
「仕事は順調かな。でも、こんなとこで知り合いに会うとは思わなかったな」
「本当ね。私も驚いちゃった」
知り合いとバッタリとか、まさかよね。
「……で、京香は誰と一緒なのかな? 1人じゃないよね。私の知ってる人?」
「知らない人だと思うわ。優子は? あの彼と一緒?」
「ブッブー! それ、今日はNGワードね。あいつとは、卒業してすぐに別れちゃってるから。今日は、会社で一緒に仕事してる人……とデート。京香は? やっぱり職場の人とか?」
「違うかな。VRゲームで仲良くなった人」
「えっ! それって大丈夫な感じ? VRって、いろんな人がいるって聞いたけど」
やっぱり、出会いがVRっていうと、そういう反応か。
「大丈夫。ちゃんとした人だから。まだ学生だけど」
「学生! まさかの年下GET、それもゲームで。危ない人は京香の方でしたか……」
「ちょっと。人聞きの悪いこと言わないでよ。お互い、口には気をつけましょう。ほら、優子の彼じゃない? あのキョロキョロしてる人」
「あっ本当だ。こっち、こっち!」
上司? 30歳…前半から半ば…くらいかな? 結構歳上っぽい。
「待たせちゃったね。結構、売り場が混んでいて。寒かったよね、ごめんね」
「ううん。ありがとう。座って座って」
「……こちらは?」
お互い、軽く会釈する。
「すっごい偶然なんだけど、学生時代の友達」
「初めまして。優子の友人の鈴谷です。ここでバッタリお会いしちゃって」
「初めまして。優子さんの同僚の紺野です。それは本当に偶然ですね。せっかくだから、ご一緒するかい?」
「京香もデートなんだって。邪魔しちゃ悪いし、ちょっとお話ししたら、それでいいかな。ねっ! 」
「そうね。休憩の間だけ、ご一緒させてもらっていいですか?」
あっ! 昴さんだ。こっちに気づいたみたい。
「京香さん、お待たせ」
「昴さん、ありがとう。混んでたんでしょ。ごめんね、並ばせてしまって」
「いえ。コーヒー、冷めてないといいんですけど」
目線で、この人たち誰? って言ってるわよね、当然。
「友人とバッタリ会っちゃって、ちょっと話をしてたの」
「そうだったんですか。どちらが……」
「はい! 私です。初めまして。小山 優子と申します。こちらは、私の連れの紺野さん」
「高瀬です。お二人とも初めまして」
「立ってるのもなんだし、座ってお話ししましょうか。お互いデートだから、ちょっとだけどね」
京香さんの友だち? 元気な人だな。お互いデートだし。ちょっとならね。本当にちょっとだけお喋りをして、飲物で身体が温まったところでお互い別れた。
「もうちょっとだけ滑ろっか?」
そしてまた、手繋ぎならぬ、今度は腕組みスケートを楽しんだ。
そして何周かした後、さすがにもう冷え込んできたので、スケートリンクを引き上げ、ちょっと移動してコスモワールドデートに変更になった。
ライトアップされた遊園地は、なんかそれだけで楽しい気分になるけど、デートだと尚更だ。
*
みなとみらい上空。
デートの定番、大観覧車に乗って2人で夜景を眺めてる。
空気が澄んでいて夜景はとても綺麗だけど、正直内心、それどころじゃない。凄く近いところに京香さんがいて、それも狭い空間に2人っきり。かなりドキドキしてきた。
「今日は楽しかった。こんなに身体を動かしたの、久しぶり。明日は筋肉痛かも」
「俺も凄く楽しかったです。いつもと使う筋肉が違うから、俺も筋肉痛になりそうです」
「いくら超リアルって言っても、VRとリアルじゃ、やっぱり全然違うわね」
「そうですね。今日は、いろんな京香さんが見れて、嬉しかったです」
「本当に? 最初の方なんて、氷の上で立つのがやっとで、情けなくプルプルしてたと思うんだけど」
「全然情けなくなんかなかったです。ゲームで颯爽としてる姿も好きですけど、リアルで守ってあげたい感じの京香さんは、俺もっと好きです」
「……真顔でそんなこと言っちゃうんだ。本気にしちゃうわよ?」
「俺、本気です。本気過ぎて緊張しちゃって、上手く伝えられているか分からないけど。京香さんのこと、本気で好きです」
「ふふ。……嬉しい。私も昴さんのこと好き。だから、…………………」
!!
「こんな、積極的な女は嫌い?」
「いえ……大好きです」
「じゃあ、今度は昴さんから、ね?」
長い睫毛が、白い頬に影を作っている。
夜景にうかび上がる京香さんが、綺麗過ぎて……もう。今ここにいる、この運命に感謝!
………こんなに緊張したのは、生まれて初めて……かもしれない。