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007 閑話 始まりの街の薬師

⚠︎この閑話は、物語の本筋とは関係のない「ISAOで遊ぶ1プレイヤーの話」になります。


 《始まりの街 ウーナ薬店》



 〈 ゴリッ ゴリッ ゴリッ 〉〈 ゴリッ ゴリッ ゴリッ 〉


 砕く、潰す、擦る。


 乳棒の持ち方、力加減、角度、回し方。


 五感を働かせ、素材、乳鉢、乳棒、腕、手首、指先まで全てに意識を行き渡らせる。


 素材が細かくなるに連れて、力加減や擦る速度をそれに合わせて行く。


 丁寧に、しかし迅速に。


 無駄のない動きが、最も素材に負担をかけない。



 よし!これくらいでいいか。



 乳鉢で擦った素材を確認する。


【素材鑑定IX】


 ・乾燥アッシュの実[細粉]手挽き [有効成分含有量]大 [品質] 特優

 まだ青い未成熟なアッシュの実を、自然乾燥し、薬鉢で丁寧にすり潰したもの。熟練の技で、均一な細粉状に加工されている。

 参考レシピ: 「万能薬」



 OK!ばっちりだ。


 じゃあ、次は………。



「ミツル、そろそろお昼だよ。あたしゃ、すっかりお腹がすいちまったよ。早くなんか作っておくれ」


「はい、師匠。これを片付けたら、すぐ準備します。いつものやつでいいですか?」


「なんだって構わないよ。材料はあるはずだから、適当に使ってくれていいよ」


「はい。分かりました」



 *

 *

 *



 俺は、現実(リアル)では何をやっても不器用で、ひとつのことを習得するのに、人並み以上に時間がかかる。いわゆる要領が悪いってやつだ。


 同時に同じことを始めた友人たちは、いつもどんどん先に行ってしまう。気づいたら、俺はおいてきぼり。そんなことは日常(あたりまえ)だった。



「悪いな。一緒に行きたいんだけど、デスペナ受けるとキツイし、今回は別行動にしよう。次の機会は一緒に行くからさ」



 みんな根は悪い奴じゃないから、俺が遅ればせながら力をつけると誘ってくれるようになるし、俺に合わせたレベルのクエストに、わざわざ付き合ってくれることもある。


 でも、そうやって気を使われる方が、なんだか周りの負担になっているようで嫌になり、次第に、俺の方から誘いを断ることが多くなった。



 もうMMORPGはやめようかな。



 半年前、そう思い始めていた時に出会ったのが、今俺がやっているゲーム、ISAOだ。



「攻略だけじゃなく、生産や街プレイも楽しめる」



 そのキャッチフレーズを聞いて、俺はすぐさま飛びついた。


 運良く第一陣で開始することができることになった時には、親を拝み倒して購入費用を借りた。



 *



 そうまでして始めたISAOで、俺が選んだ職業は「薬師」。


 生産職にはいろいろな職業が用意されていたから、最初はかなり迷った。


「錬金術師」は、ゲームならではって感じで面白そうだったし、また、オリジナル銘のついた剣を打てる「鍛治師」も、とても魅力的に思えたからだ。



 でも最終的には、不器用な俺でも、手近な素材でコツコツ作れそうなイメージがある「薬師」を選んだ。


 スタートは、「見習い薬師」。薬師の職業関連スキルを得たり、上位職に転職するには、まずどこかの薬店で修行する必要があった。


 そこで、冒険者登録の際に目についた、大通り沿いの大きな薬店…「モノリス薬店」に行ってみたんだ。


 そこには、すでに何人も「見習い薬師」のプレイヤーがいて、手際よく作業をしている姿があった。今思うと、その多くがβテスター経験者だったんだろうけど。


 じゃあ、俺もってことで、修行に入ったのはいいんだけど、「リアル追求」…ISAOの売り文句であるこの仕様が、またもやゲームの中で、俺に挫折感を味あわせることになった。



 *



 教わった通り、周りと同じように作業しているはずなのに、処理した素材の品質が上がらない。また、素材をフィールドに取りに行っても、採取した素材の品質が良くない。


 そんな素材を使って作った薬は、やはり他のプレイヤーが作るものよりも明らかに劣っていて、ちゃんとした値段がつかなかった。



 でも、俺は諦めなかった。


 だって、


「地道な努力を積み重ねることにより、誰だっていつかは目的を遂げられる」


 それがこのISAOのコンセプトのひとつだったからだ。



 *



 ログインするたびに、初心者用のフィールドに行き、とにかく素材を集めた。たくさん失敗するから、その分、素材もたくさん必要になる。


 集めるときも、ただ機械的に繰り返すんじゃなくて、ちょっとずつ採り方を変えてみたり、時間はかかるけど、いちいち品質評価をして確かめたりしながら、より良い採り方を模索していた。


 みんなが、何気なくやってることが、同じようにできない。だったら、よく見て、よく考えて、より工夫して、練習を繰り返す。それしかないじゃないか。



 *



 そうやって試行錯誤をしながら、毎日毎日採取や調薬を繰り返し、徐々にだけど品質が上がってきて、やっと手応えを感じてきた頃、「ウーナ婆さん」に出会った。


 俺がいつものように、【フィールド鑑定】で薬草を探しながら摘んでいると、



「やれやれ。あんな手つきじゃダメだね」


「もっとそっと優しく触れるんだよ。生まれたての(ひな)を持ち上げるみたいにね」



 どこからか、声が聞こえてきた。もしかして、俺のことを言ってる?



 辺りを見回すと、少し離れた灌木の根元に、茶色い服を着た小ちゃい婆ちゃんが座っているのを見つけた。いつからいたんだ?


 NPCだよな?なんでこんなところに?



「おばあさん、こんにちは。ここで何をしてるんですか?」


「下手くそな薬草摘みを見てたのさ。かわいそうに。草が泣いてるよ」



 草が泣いてる? 本当に?



「えっ!? 草って泣くんですか?俺には全然聞こえないんですけど」


「ものの例えだよ。まあもし本当に泣くとしても、あんたには聞こえないだろうけどね」


「それは、俺のやり方が間違ってるってことですか?」


「はっきり言うとそうだね。だけど、あんたの少しマシなところは、自分が下手くそって自覚があるとこだよ。他の連中は、何も考えてやしないからね」


「下手って自覚は確かにあります。自分がすごく不器用だってことも」



 だって、本当に下手だから。



「ふーん。それでなんであんたは自己流でやってるんだい?」


「自己流……ですか。そう言われても仕方がないのかな。教わったやり方でやってみたら、品質が良くならなくて。ちょっと工夫した方がいいのかなって思っていろいろ試していたんです」


「あんたみたいな下手くそは、ちゃんとした師匠を持つべきだね」


「師匠?…ですか? 俺、見習い薬師なんですけど、そのちゃんとした師匠につくには、どうしたらいいでしょう?」


「やる気があるなら、うちに来てもいいよ。言っておくけど、あたしゃ厳しいから、すぐ音を上げちまうかもしれないけどね」


「お婆さんが、薬師の師匠なんですか?」


「そうだよ。裏通りで何十年も小さな店をやってるよ。弟子はあんまり取らないんだけどね。あんたは、見ちゃいられないから、声をかけたんだよ」



 こんなチャンス、そうありはしない。でも、こんな俺を本当に弟子にしてくれるんだろうか?



「俺を弟子にしてくれるんですか?自分で言うのもなんですけど、すごく不器用で、物覚えも悪いんですけど」


「そんなのは、やる気さえあればなんとかなるよ。ただ、本当にあたしゃ厳しいからね。楽しいかどうかは分からないよ」


「厳しくてもいいです。いや、厳しい方がいいです。俺、ちゃんと一人前の仕事が出来るようになりたいんです。弟子にしてくれるなら、是非お願いしたいです」


「そうかい。じゃあ、最初の仕事を言いつけるけどいいかい?」


「はい。なんでしょう?」


「あたしをおぶって街まで連れて行っておくれ。腰をやられちまってね。ここから動けないんだよ」



 *

 *

 *



 そんなご縁で、俺はウーナ師匠に弟子入りすることになった。


 ISAOのAIは本当に優秀で、ウーナ師匠とのやり取りも、本物の人間相手みたいだった。


「厳しい」は、誇張でもなんでもなくて、何度も何度も駄目出しをされながら、ひたすら繰り返し基本作業をさせられた。素材の扱い方、洗い方、束ね方、干し方、刻み方、擦り方、測り方……覚えることは幾らでもあった。


 自分で工夫してやってるって思ったことが、全然配慮が足りていなかったことも、よく分かった。


 ちょっとした動作や時間のロスで、素材が劣化したり、使えなくなったり。


 俺、どんだけ雑だったんだ!? 少しずつ上達していくにつれ、自分の欠点を自覚することも多くなった。


 そんなだから、スキルの習得も、レシピの取得も、全てが遅々として進まない。第一陣の者たちは、どんどん先に進んで、別の街へ移っていった。


 俺がいるのは、まだ「始まりの街」で、相変わらずウーナ師匠に絞られている。


 でも、もうそれで焦ることもない。時間は他人の何倍もかかるけど、ここまで身についた技術や知識は、とても納得のいくものだったからだ。


 攻略!? そんなもの、知ったことか。


 強さなんて、素材採取地まで行って帰ってこれれば、それで十分だ。


 レベルが上がり、Jスキルもだいぶ増えてきたが、まだまだ俺が極めないといけないことはたくさんある。


 もうすっかり品質オタクになった俺は、納得がいくものができるまで、飽きることなく同じものを作り続けた。



 そんなある日……。



「そろそろいいかね。とっておきのレシピを教えてあげるよ。ただ、作成難易度は、これまでの比じゃない。覚悟して臨まないと、成功しないよ。どうだい?」


「やります! いえ。やらせて下さい」


「いいだろう。じゃあ、()を上げずについてくるんだよ」


「はい!」



 そう返事すると、



 《ピコン!》



 《職業クエスト「【蘇生薬】を完成させよう!①」が始まりました。》


 《達成報酬: クエストを全てクリアした際には、【蘇生薬のレシピ】【蘇生薬作成補助スキル】を獲得できます。》



 ……そんなアナウンスが聞こえた。





攻略なんて……っていうプレイヤーが、ここにも。という回でした。


※以下は、この閑話に登場した人物・レシピの設定になります。本編の登場人物には関与していません。興味のある方はお読み下さい。


◆ウーナ婆さん

「始まりの街」の隠れキャラ

非常に厳しいが、根を上げずに修行すると、「薬師の上位スキル」や「秘伝のレシピ」が手に入る。もちろん住み込み。


このような生産系隠れキャラは実は各街に複数存在する。偶然条件を満たして遭遇するか、口コミで探していくことになる。


◆【蘇生薬のレシピ】を伝授するNPCは他にも何人かいて、上級職になってから辿りつくような街には、そういったNPCに会える可能性のある隠しルートが仕込まれている。しかし、始まりの街ではウーナ婆さんただ1人であり、会える条件もかなり厳しいものになる。



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