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45 黒い悪魔②

 

 しばらく運営に対する怒りがおさまらなかった俺だが、今回のイベントの〈システム〉が掴めてくると、次第に冷静になることができた。



 緊急イベント「黒い悪魔」の概要をまとめるとこうだ。



 ・王都防衛イベントである。


 ・放置するとイベントは進行し、被害(患者と汚染)は街の広範囲に次々と拡大する。


 ・対応が遅れると、王都の機能に喪失が生じる。


 ・防衛に失敗すると、喪失した機能は元に戻らない。


 ・最終目的は、原因の除去と汚染地域の清浄化である。


 ・評価はポイント制。ポイントに応じて報酬配布。各部門ごとのランキング報酬あり。



 また、俺に関係してくることを具体的にあげると、



 ・感染症に罹患した患者は、重症化はするが死亡はしない。


 ・重症患者が治療を受けられない場合は、昏睡状態で症状が停止する。


 ・重症化するのは、街の重要施設や主要店舗の住民である。


 ・罹患患者が出た施設や店舗は閉鎖。治療後もイベント期間中は営業が再開されない。


 ・俺のログアウト中は、NPC神官が治療を継続している。


 ・施療院まで来れずに自宅で臥せっている患者もいる。



 治療が遅れても死ぬことはないって分かった時は、身体中の力が抜けた。


 だが、運営を許したわけじゃない。


 こんなイベントを作ったことに対しては、まだ憤りを感じている。


 でも、求めに応じて治療を続けていれば、いずれは全員が回復することができるという見通しが立ったことで、ずっと鳩尾につっかえていた重苦しいものは取り除かれた。




 そこでだ。


 その上で問題になるのは、


 ・施療院まで来れずに自宅で臥せっている患者もいる。


 この一点だ。



 どうしてもこれが気になって、ここの責任者であるマルソー大神殿長に相談したところ、



「お気持ちは私にも痛いほど理解できます。ここまで来ることもできず、苦しんでいる方々を、我々が見捨てるわけにはいきません」

 


 と言ってくれて、トントン拍子に話が進んだ。



 予め、神官たち(NPCだけでなくプレイヤーも含む)が街中を回り、自宅から出られなくて治療を受けられない患者を探す。


 把握した患者をリストアップすると共に、家屋の目立つところに、配布した「黄色い布」を取り付けてもらい、それを目印にして各住居を俺が訪問する。



 訪問するのは、必要なスキルさえ持っていれば、俺以外のプレイヤーでも、もちろん構わない。


 だが実際のところ、俺以外に【JS疾病治療】を持っているプレイヤーは現れなかったし、更にこの訪問治療には、もうひとつJSスキルを取得している必要があった。



 ・【JS浄滅I】 MND+10 〈汚染〉の原因微生物を死滅させ、汚染された物質・汚染された地域から汚染原因を取り除き〈清浄化〉する。



 JSスキルだから、取得にはS/Jスキル枠かS/Jスキル選択券を消費する必要がある。

 たったひとつのイベントのために、新たに2つもSスキル枠を消費するプレイヤーは、やはりいなかった。



 もちろん、俺は取得したよ。


 俺が言い出しっぺだしな。ここで枠を消費するなら、望むところだ。


 施療院は、マルソー大神殿長を始めとするNPC神官たちに任せて、俺は護衛のNPCである神殿騎士(テンプルナイト)(ついてくると言って譲らなかった)2人と一緒に、訪問治療に出かけた。



 *



 久しぶりに出た王都の街は、先入観があるせいか、暗く沈鬱な印象を受けた。

 既に閉鎖している店舗も散見される。


 患者は、王都の中心部に最も集中していた。本来なら非常に活気があり、賑わっている筈の区画だ。



 最初の訪問先は、目抜き通りにある大きな薬屋だ。


 店の入口の扉には「閉店中」の札が下げられ、そこに「黄色い布」が結ばれている。


 扉をノックすると、しばらくして薄く隙間が開き、訪問者を確認する若い女性の姿が見えた。



「失礼いたしました。施療院の神官様ですね。お待ちしておりました。どうぞ中へお入り下さい」



 ドアが開放され店の中へ招かれると、早速患者の元へ案内してもらう。



「この度は、本当にありがとうございます。父は、具合が悪くなるとすぐに倒れてしまい、今は話すこともできません。母も、従業員たちも臥せっていて、私ひとりでは、施療院まで父を運ぶことができませんでした」



 そう言って、泣き出してしまった。こういう時はどうすればいいんだろう。



「お嬢さん、もう大丈夫です。ここにいらっしゃる大司教様は大変なお力をお持ちです。お父上も他の方々も、間もなく元気になられるでしょう」



 神殿騎士さんがフォローしてくれた。GJ(グッジョブ)です。



 *



 案内された寝室には、既に身体中に黒い斑が出ている壮年の男性が寝ていた。



【S生体鑑定V】


 ・状態: リンパ節腫脹・昏睡・黒斑(壊死)/疾病レベル:重体/原因:人獣共通感染症


 ……重体。



 一番悪い状態だ。壊死組織も広範囲にあり、「滅魔の光」だけだと後遺症が残るだろう。



【パナケイアの螺旋杖】を左手に構える。


【JS疾病治療II】「滅魔の光」でまず感染症を治し、続く【JS疾病治療VI】「全癒の光」によって、疾病により残った障害を治した。


 見る間に黒斑が消え、患者の容態が良くなった。


 もう大丈夫だ。


 こういうところは、思いっきりゲームらしいが、本当にありがたい。



 でもまだ終わりじゃない。


【Sフィールド鑑定III】


 寝具・床・壁……部屋の至るところに〈汚染〉の表示が出ている。



 清浄化しよう。


【JS浄滅I】


 みるみる汚染が消えていく。黒カビに塩素系の洗剤をかけたみたいに。



 この後、更に他の住人の部屋を回り、治療と清浄化を繰り返したが、肝心なものが見つからない。



「他に部屋はありませんか?よろしければ見せて頂きたいのですが」



 居住エリアの他の部屋を順番に見て回る。すると……。


 見つけた。ここだ。


 台所の一角、食材を運ぶ木箱が積まれたところの〈汚染〉が目立って濃い。



「あの木箱をどけてもらってもいいですか?」



 神殿騎士さんたちにお願いして木箱をどけると、壁際に腐敗した食い散らかしと、小動物のものと思われる排泄物が落ちていて、その壁と床の境に直径5cm程の穴が開いていた。



「あの穴は以前からあったものですか?」


「いえ、全く気付きませんでした。鼠かしら?そういえば、夜中に台所からカリカリ音が聞こえることがあるって、従業員の誰かが言っていた気がします」


「とりあえずここも清浄化しますが、穴は早めに塞いだ方がいいです」


「おかげさまで、みんな元気になりましたので、そのくらいなら直ぐに出来ると思います」


「では、残りの部屋と、念のため店舗の確認をさせて頂いて終わりとしましょう」


「隅々までありがとうございます。これで安心して暮らせます」



 *

 *

 *



 大きな店舗が多かったため、1軒1軒、かなり時間がかかったが、次第に俺も要領が良くなり、若干ペースを上げていくことができるようになった。


 どこの住居にも共通していたのは、「鼠穴」だ。


 一箇所ではなく、複数箇所穴が開いていた住居もあった。


 途中からは、「どこかに穴が開いているはず」という前提で探したら、非常に探索が捗った。あの部屋から音が……という住人の証言が数多く得られたからだ。



 リストにあった住居を全て回り終わる頃には、だいぶ時間が経っていた。でも、これで終わりじゃないだろう。また増えるはずだ。


「鼠穴」は塞いだが、それは一時的なものに過ぎない。根本的な原因を叩いたわけじゃないからな。


 王都の街中を荒らしまわっている鼠? と思われる小動物は、いったいどこから沸いて来たのか。



 *



 そんなことを思い巡らせながら、大神殿への帰り途を辿っていると、前方から何やら喧噪が聞こえてきた。



「おい! 開けろよ。なんで店を閉めてんだよ! ふざけんなよ!」



 遠くに、今日、最初に訪れた薬屋の扉を、大柄な男が叩いているのが見えた。


 プレイヤーだな。


 ここは、地下道の入口に近いし、探索帰りか?


 男が叩き続けると、扉が薄く開き、先ほどの女性が顔を覗かせた。



「居るじゃねえかよ! 早く店開けろよ!」


「お店はまだ開けられないんです。みんな病み上がりで薬は作れません」


「NPCが何おかしなこと抜かしてんだよ。金はあるんだ。毒中和薬をよこせ!」



 やけに慌ててるけど? 


 あー確かに〈猛毒〉が付いてる。HPも危険レベルだ。


 死に戻りしてもデスペナルティはつかないとはいえ、状態異常が治るわけじゃない。下手すると死に戻りループだ。焦る気持ちは分かるが、あれは駄目だろう。



「すみません。薬はないんです」


「なんだと! しのごの言わずに早く売れよ!」



 仕方ない。


 俺が出て行こうとすると、神殿騎士さんの1人に止められ、代わりに彼が出て行ってくれた。



「君、無茶なことを言うもんじゃない。この店は、つい先ほどまで病人ばかりだったんだ。そこのお嬢さんは、薬はないと言っているじゃないか」


「NPCが邪魔すんじゃねえよ」



 いやいや。


 周りの人、全員NPCだよ。


 みんな見てるし聞いてるよ、その台詞。

 助ける義理はないが、彼もこのままじゃ引かないだろう。もうすぐレッドラインを超えそうだし。



「そこで粘っても、薬は出てこないんじゃないかな。そういうイベント仕様だと思うし。猛毒なら俺が直そうか。もうHP危ないんじゃないか?」


「あんた神官か。助かる。早く治療してくれ」



 ハイハイのハイ。



「毒中和と、サービスで回復もかけといた。もう大丈夫だよな。さっきも言ったけど、薬が買えないのはイベントの仕様だと思う。ここは引いた方がいいよ」


「おう。あんたがそう言うなら分かった。治療ありがとうな。俺も焦ってたんで、悪かったよ」



 全く礼儀を知らないわけじゃなさそうだ。



「このイベント、多分こんな縛りだらけになると思うから、生産品はプレイヤー取引で早めに揃えておいた方がいいよ、きっと」


「そうか。情報ありがとうな。嬢ちゃんも、さっきは悪かった。またイベントが終わったら売ってくれよな」



 *

 *

 *



 大神殿に戻った俺は、さすがに疲れてログアウト。



 ログアウトの前に、バジリスク討伐でご一緒したココノエさんに、鼠穴の情報をメールしておいた。地上に穴しかないのなら、やつらはどこから来てるんだってことだ。



 地下でしょ!



 あっ、ダメだ。


 疲れて変なテンションになってる。

 今日はサッサとシャワー浴びて、1人水炊きでもして寝よう。そろそろ、鍋が美味しい季節だ。



 はぁ。……みんな今頃、何してるのかな。




 *-----*-----*-----*-----*---ー-*ーーーーー*




 今日もリスト片手に訪問治療。


 NPCの発症は、だいぶ下火になってきた。でも、緊急イベントはまだ終わっていないんだ。



 ココノエさんからメールの返信が来た。


 地下の探索は、北西が終了して現在南西を調査中だそうだ。北西は北東と同じ採石場跡地で、エリアボスは強麻痺を使ってくる「女王蜘蛛アラクネ」。


 麻痺対策さえしっかり出来ていれば、ハイレベルの攻略組が増えた今のメンバーには、物足りないくらいだったそうだ。


 そして、最後の南西ブロック。


 ここは南東ブロックと同じ骨骨ゾーン。やはりここが疫病の震源地として、一番疑わしい。おびただしい数の鼠モンスターが出てきているからだ。


 魔法でまとめて焼却しているから、今のところ苦戦はしていないらしい。

 ただ、今までのブロックと違うところが一点。


 このブロックには、更に地階へ下りる階段があったんだ。




 *-----*-----*-----*-----*---ー-*ーーーーー*




 減っていくNPC患者と反比例するかのように、施療院を訪れるプレイヤーが増えてきた。


 ことごとく、「感染症」に罹患している。


 プレイヤーはNPCと違い、ステータス異常として病状が現れる。



 ・発熱・頭痛 →HP持続減少 MND低下


 ・嘔吐・下痢・腹痛 →VIT低下 STR低下


 ・関節痛・筋肉痛・腰痛 →AGI低下 STR低下


 ・皮疹・皮下出血・出血斑 →DEX低下 MP持続減少


 ・リンパ節腫大・黒斑 →全ステ大幅低下


 ・呼吸困難・意識混濁・昏睡 →身体操作能力大幅低下



 これはこれで大変だ。


 でも、病窟に潜っている割に、プレイヤーの患者数は少ないかもしれない。もちろんそれにはちゃんと理由があった。



 *



 攻略組と共に、同じクランの生産組も王都に移動してきた。その中で薬師系上級職のプレイヤーが開発したのが、これだ。



「消毒薬」



 この「消毒薬」と、火魔術による「火焔焼却」は、【JS浄滅】と似たような効果が得られる。


 そして、地下なら市街地と違って、燃えて困るものはないから、殲滅系の魔術スキルも遠慮なくガンガン使える。


 通る道を清浄化しながら進んでいるので、汚染源との接触も少なくて済み、感染症に罹患しにくいというわけだ。



「止まれ! ここは死者の国への入口だ」と書いてあった門のあるフロアを地下1Fとすると、現在、探索は地下3Fまで進んでいた。いったい何階まであるんだろう? 


 でも、「緊急イベント」であり、「ポイント報酬」や「ランキング報酬」が出るということで、参加するプレイヤー数はかなり増えてきた。


 地下は彼らにお任せできるから、俺は、俺にしかできないことをする。


 地上の疫病の終息に励もう。




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