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38 訓練

 


 ぐるぐるぐるぐる。先ほどから目にするのは同じ景色ばかり。



 だって俺、走ってるから。



 もうだいぶ長いこと、神殿の裏庭をひたすら周回している。裏庭といっても、小さめの競技場位の広さがあって、武術鍛錬にも使われている場所だから、それほど狭いわけじゃない。だけど、一周するのはあっという間だ。


 ゲームだから乳酸が溜まるわけでもなく、呼吸運動はしているが、実際に酸素消費量が上がっているわけでもない。さらに痛覚抑制もされているから、筋肉負荷は感じるが、苦痛はない。


 だから、身体的にはいいんだ。元々身体を動かすのは嫌いじゃないし。



 ……問題は、「黙々と」走れないってことだ。



 クラウスさんから与えられた課題は、



 ①【持久走】の入手

 ②【登攀】の入手

 ③「走る・登る」をしながら、「歌う・唱える」ができるようになること。



 以上の3つだ。



「【持久走】と【登攀】の同時取得は無理なので、まず、走りながら発声できるように練習しましょう」


 ……と言われ、それからずっと聖句を唱えながら走っている。



「上手くできるようになったら、次は歌いながら走りましょう」



 ここで?  歌いながら走る!? 



 当然、周りには人がいる。NPCはもちろん、プレイヤーもいる。メチャクチャ恥ずかしいよ、これ。



 頑張れ、頑張るんだ俺! 



 晴雲秋月・虚心坦懐・枯淡虚静・明鏡止水・泰然自若。次々と四文字熟語が頭に浮かぶ。



 ……簡単に言い換えれば、「平常心」。



 そう、「平常心」で、この苦境を乗り切るんだ! 




 *-----*-----*-----*-----*-----*-----*




 羞恥に耐えてマラソンを続けた結果、無事【持久走I】VIT+5を手に入れることができた。



 さらに、いつの間にかこんなものも生えていた。


【不動心II】MND+10


 ……【持久走I】よりレベル高いじゃん!  羞恥耐性!?  どんだけ!? 



 そして、鍛錬の合間をぬって、これも獲得しておいた。


【図書妖精の眷顧】INT+20 MND+20



 これが取れたのは、このウォータッド大神殿の「図書室」が解放され、日々通いつめた結果だ。


 ここの図書室に出入りするプレイヤーは、見るところ俺ただ1人。


 というのも、ユーキダシュで【学位記・神学】を授与されることが、図書室解放のキーだったようで、現時点では俺以外に対象者はいないからだ。



 実はこの大神殿には、「開かずの扉」が、他にまだ幾つもある。図書室みたいに「解放キー」が手に入れば、いずれ入れるようになるのかもしれない。



 *



 ウォータッド大神殿は、こじんまりとしていた始まりの街の神殿(モノリス神殿)に比べると、かなり大きい。外から見た広さ以上に、内部にはゲームならではの拡張されたスペースがある。



 大聖堂・礼拝所・施療院・物販所・集会所・訓戒室・応接室・祈祷室(2)・兵舎・室内訓練所(2)・教導室(大教室1・個室3)・工房(2)・作業室・図書室・備品倉庫(3)・食堂・厨房・宿舎・裏庭



 ……こんな感じだ。



 図書室は高校の教室位の広さで、窓側を除いた壁際に書棚が並び、中央には閲覧用の机が何台か配置されている。



 そしてワゴン。



 ……デジャヴ…じゃなくて、この図書室、ユーキダシュの図書室とそっくりなんだ。



 データの使い回しなのか、あの図書室にリンクしているのかはわからない。プレイヤー毎、あるいは職業毎のインスタンスエリアというのが正解なんじゃないかと思っている。



 閲覧できる書籍は、俺の転職クエストに関連したものばかりだ。

 プレイヤーが増えれば共有もあるのかな? 


 明るい内は裏庭で走り(歌い)、夜時間帯は図書室で「煇煌祭」の課題を自習。気分転換に時々フィールドへ。



 そんな日々だった。




 *-----*-----*-----*-----*-----*-----*




 そして今日(今回のログイン)は、【登攀】をGETするために山へ向かう。



 山といえば「ハドック山」…ジルトレの南に連なる山々の中心にある…だが、今回はそのハドック山ではなく、その西隣にある非戦闘エリア、「登山道と渓谷・峡谷マップ」に行く。


 登山道は、初心者用から上級者用まで、複数の難易度の登山コースが用意されているが、俺が行くのはもちろん、軽装で登れる「初心者コース」。



 ……登山道の入口が見えてきた。



 *

 *

 *




 登山道の入口にあった売店で、登山靴を購入して履き替えた。



 服装は神官服平服、手には初心者の棒を杖代わりに、


 黙々と……。


 ではなく、小声でボソボソ聖句を唱えながら登り続ける。幸い辺りにプレイヤーの気配はない。

 今のうちにどんどん登ろう。



 3時間ほど登り続けると、山の中腹にある休憩所に到着。ここにも売店があった。


 何を売ってるんだろう? 


 *


 飲食スペースの脇に、土産物が置いてあった。

 売っていたのは、木彫りの民芸品・木彫りの装飾品・山の写真カード・山の植物を加工した栞・山の幸etc.。



 目ぼしいのはこのあたりかな……。



 ・【開運の木彫りペンダント】LUK+10

 ・【開運の木彫りブローチ】LUK+10

 ・【招運の木彫り置物】室内に設置すると、半径5m以内の人全員にLUK+5

 ・キノコ各種(椎茸・舞茸・しめじ・キクラゲ)

 ・山葡萄

 ・栗

 ・ジャム各種(山葡萄・山桃・山桜)



 食料品は、とりあえず全部買いだな。多めに買っておこう。


 木彫り製品は結構高い。でも、LUK+アクセサリが、こんなところで売っているとは知らなかった。ペンダントとブローチは、山の植物をモチーフにしたものが数種類ずつあり、素朴だがなかなか凝ったデザインだ。


 装飾品は、山葡萄と山桜のデザインのを1組ずつ購入。山葡萄は自分用。山桜はお土産用だ。


 置物は、猫のデザインというかあれだ、商店などでよく見る招いているやつだ。これは自室用に1つでいいかな。



 *



 予想外な散財をしたあと、登山道に戻り展望台を目指す。次第に勾配がキツくなってきた。



 そして、……ついに展望台に到着。



 それほど標高は高くないけど、眺望はとてもいい。


 目にしみるような鮮やかな緑が目の前に広がり、涼やかな風が頬をなでる。思っていたよりずっと爽快だな。気分的にスッキリするし、心が凪ぐっていうか穏やかな気持ちになる。


 あとは、ここと休憩所をひたすら往復してスキルGETだ! 

 他のプレイヤーがいないから、歌も遠慮なく歌えるしな! 




 *-----*-----*-----*-----*-----*-----*




【登攀I】VIT+5 GETしました。あわせて、【J聖歌詠唱】のレベルも上昇。



 そして……【JP祈祷】が、ついにレベルMAX【JP祈祷X】になり、Pスキル枠がひとつ増えた (これは嬉しい!)。



 もうひとつPスキルが取れるなら、



 ・【P清廉I】MND+15  ※状態異常耐性E 状態異常から復帰しやすいE

  (E=EXTRA 特に効果が大きい)



 これがいいかな? って以前から思っていたんだけど、予想していなかった選択肢が、新たに現れた。



 ・【JP☆秘蹟I】MND+20 LUK+10 ※[上級職以上限定]職業パッシブスキル

  GP回復速度上昇。神官系スキル効果上昇。スキルレベルが上がると神官職の格★が上がり易くなる。以上の効果は全て【祈祷】に加算される。


  ※高難易度のJスキル「奇跡」技を行使した際の成功率上昇。



 ……どう見ても、【JP祈祷】の上位スキルだ。☆とかついてるし。それも、互換じゃなくて加算。


 上級職以上限定スキルなので、表示がまだ灰色になっていて、今は選択することができない。スキル経験値がもったいないが、これは上級職になるまで、枠を空けたまま待った方がいいな。Pスキル枠はとても貴重だし。


 *


 PスキルをレベルMAXにするのは、通常だったら非常に時間がかかる。


【JP祈祷】は、例外的にアクティブスキル要素があったので早かっただけだ。

 もうひとつの【P頑健】は、現状、MAXには程遠い。


 従って、次にPスキル枠が増えるのは、いつになるか分からない。



 取得候補だった【P清廉】は、毒沼にでも浸かっていればスキルレベルが上がるんじゃないかと、身体を張って検証した人がいたが、スキルレベルはなかなか上がらなかったそうだ。それどころか、「感染症」に罹ってしまい、施療院に来院することになった。


 一方、レイド戦中に、ボスの状態異常ブレスを頻繁に浴びた防御職のプレイヤーは、【P清廉】レベルがかなり上がったらしいので、スキルによって、レベルが上がりやすい条件が各々設定されているんだろうと考察されている。



 現在、俺が余らせているスキル枠は、大司教に上がった時に増えた「S/Jスキル枠 2」に、トリム解放クエスト報酬の「S/Jスキル選択券 1」の合計3つしかない。


 総大司教になれば、また2つ追加されるが、それは随分先だろうし、あとはレイドクエスト報酬などで配布されるくらいしかないだろう。



 よって、余りスキル枠は全部保留。


 もう次の転職は目前だからな! 




 *

 *

 *



 帰りがてら、市場で材料を買い揃え、厨房でバフ菓子作りを始めた。

 キョウカさん、ジンさんが、ジルトレに戻ってくるからだ。


 それぞれ転職クエスト絡みで、キョウカさんはエルフの里、ジンさんは獣人の集落に行っていたが、そろそろジルトレに戻れそうって連絡があった。……あとの3人は、まだ時間がかかるらしい。



「うまそうな匂いだな。菓子なんて作れるのか。多芸だな」


「エリー、久しぶり。ゲームだから、かなり簡略化されてるんだ。1度作り方を教わってレシピが手に入れば、それ以降は気軽に作れるよ」


「誰に教わるんだ?」


「ここの料理人のフランシスさん」


「フランシスなんて人いたか?」


「『おっちゃん』の名前だよ」


「あの人そんな名前だったんだ。みんなが『おっちゃん』って呼んでるから、そういうものだと思ってた」


「名前を呼ぶと嫌がるからな。始まりの街のおばちゃんたちと違って、『おっちゃん』は【調理】スキルを持っている職業料理人なんだ。頼めば、いろんなレシピを教えてくれるよ」


「そうか。『調理』は、こそこそ隠れてしなくてもいい仕事だったよな。レイドクエストが終わったらやってみるか」



「これからレイドなのか?」


「1回失敗して2回目だな。人数に任せて行ったら、初回はダメだった。あのチームワークじゃな。もっとまとまらないと『カリュブディス』は倒せないと思うんだが」


「あれは組織力がいるからな。事前準備は面倒だったが、それが効いた。本番は、班分けされて役割分担が決まっていたから、飛んできた指示通りに動けばいいだけだった。タイムキーパーや号令係が、いい働きをしていた覚えがある」


「だよな。『龍が淵』が、第一陣から流れてきた聖属性装備と、上級聖水の大量投入でゴリ押しできたもんだから、調子に乗っちゃった奴が多くてな。β組の多い第一陣が、それだけ計画的に攻略したのに、力技でなんとかなるわけがないんだ」


「第一陣には頼りになるリーダーがいるからな」


「『黒曜団』だろ? 有名なカリスマプレイヤーだもんな。羨ましいぜ」


「レオンさんの求心力は凄いよ。話すと気さくな人なんだが、いざ作戦になると、この人についていけば大丈夫って思わせるオーラが全開になる」


「残念なことに、第二陣は烏合の衆だな。自分の都合ばっかり主張する奴が多くて、鼻持ちならないガキが偉そうに粋がっている。第一陣の出した成果に、おんぶに抱っこしていることも自覚がない。全部自分の力だと勘違いしてやがる」


「手厳しいな」


「やつら、生産職を下に見てるんだよ。全体の見通しもつけられないくせに、顎で使おうとする。だから、生産職が離れて行っちまうんだ」


「それはダメだな。レイドでは後方支援の働きが(かなめ)といってもいい。生産職の惜しみない協力があってこそ、戦闘職が力を発揮できる。『龍が淵』が消耗戦だったから、みんなそれは身に染みて理解していたけどな。生産職を怒らせるなんて、自分たちの首を絞めるようなものだと思うが」


「最初が悪かった。第一陣と違って、G(かね)さえ出せば何でも市場で買えた。身の程を超えた武器でも、状況を一発逆転するアイテムでも簡単に手に入った。情報だってそうだ。だから、本来立ち止まらなきゃならないところをショートカットしてきた連中が、戦闘職にとても多い」


「生産職のフレがいると凄く心強いのに。上だとか下だとか、何を基準にしてるんだか。あっそうだ!  以前言っていた裁縫師の人が、もうすぐジルトレに戻って来るんだ。神官服は採寸すればすぐに作れるって。皮革職人をしている人も戻ってくるから、もし必要なら防具も頼めると思う」


「そうか。それは助かるぜ。だいぶGも貯まってきたから、防具も揃えたいところだった」


「お勧めはブーツかな。俺の今履いているのも、司祭をしている時にその人に作って貰ったものなんだが、強化して貰って今でも現役だ。オーダーメイドだと、ステ補正やデザインもかなり融通がきく」


「それは持ちがいいな。ブーツは是非欲しい。それはお願いするとして、胸甲はどうだ?」


「今のレベルなら、魔狼製を頼むのがいいかも。鍛冶師の人が戻れば金属製のも頼めるが、俺たちの場合、魔銀製は飛ばして、高価だけど最初から聖紫銀製を作ってもらった方がいいと思うんだ。MNDがかなり上がるから」


「そりゃあ聖紫銀製は欲しいが、さすがに手が出ないな。あれ、メチャクチャ高いじゃないか。あんな高級品を持っているなんて、どうやって稼いだんだ?」


「俺の場合、素材の鉱石作りに関わっているから、相当割引かれる。エリーも聖属性付与が使えるなら、安くなるんじゃないか?  見積もり聞いてみる?  ただ、鍛冶師の人はまだ戻ってくる見通しが立ってないから、作るのはだいぶ先になると思うが」


「マジか!  俺も使えるぞ、聖属性付与。聖紫銀か……全然考えてなかった。そうだな。しばらくは魔狼製で充分だろうし、その間にGを貯めて一気に聖紫銀っていうのもありだな」


「デザインによっては、2人でコラボして作ってくれることもあるから、興味があるなら、どちらにも聞いてみるよ」


「是非お願いする。ユキムラの知り合いなら安心して頼めるからな」


「うん。いい人ばかりだよ。生産職としても優秀だし」


「いやあ。持つべきものは友達だな。ユキムラ、よろしくな!」



※以下の項目は、読者の方からご質問があった点についての返答になります。


◆【登攀】スキルについて


「登攀」=「クライミング」で、垂直に近い険しい岩肌をよじ登るという意味ですが、ここでは、ゲーム内の1スキルとしてこの名称が使用されています。


【登攀】(最大レベルX)

スキルレベルが低いうちはトレッキングでレベルが上昇しますが、レベルを上げるために登らなければいけない斜面の傾斜が次第に増し、後半になると、より垂直壁に近い壁を登らないとレベルが上がらなくなる…という設定です。

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