第5話 天使対巨人
たじからおは正式名称を10式拠点防衛用人型機動要塞試作機という。いわゆる巨大ロボットと考えれば良い。オロチに対する遠距離兵器が有効ではないという意見を受けて、オロチを格闘戦によって駆逐すると言うアイデアが生まれた。このアイデアを具現化した機体がたじからおだった。遠距離攻撃用の武装を持たず、あくまで接近戦による格闘を主眼において設計されたため、極めて強固な装甲と、それを補い、オロチを駆逐するパワーを獲得していた。そして、その巨大さは天使に迫るほど大きなものだった。
先日山根は、対天使の切り札として、たじからおを視察したのだった。
現代において、人型、二足歩行のロボットを作り出すことは理論的には十分可能である。しかし、そのエネルギー源をいかに供給するか、そして、戦闘用二足歩行ロボットという荒唐無稽な代物をだれが必要とするかと言う点がロボットを生み出す最大のネックだった。
しかし、ロボットを規格外に巨大化することでエネルギージェネレーターを積み込むことが可能になり、さらに、オロチと言うやはり規格外で荒唐無稽な生物が迫り来る危険として存在することが、たじからおを誕生足らしめたのである。
たじからおは背面の大出力ラムジェットエンジンを噴射させ、天使に向かった。
一方、天使メタトロンはその視界に日本の海岸線をとらえていた。
「ははは!もうすぐ東京だ。破壊して、破壊して、紅蓮の炎で燃やし尽くしてやる。」
『悪いが、そうは問屋はおろさないぜ!!』
メタトロンが上を見ると、刀を振りかぶったたじからおが落下して来た。メタトロンは腰にマウントされたハンドアックスを手に取って、たじからおの斬撃を受けた。
『な、なんだお前!!?僕たちと同じ姿しやがって・・・!!!』
メタトロンとたじからおは刀と斧を合わせたまま地表に落下していった。
「かぁぁぁぁぁっ!!」
たじからおは地表につく寸前、メタトロンのハンドアックスを払いのけて、眼下の霞ヶ浦に着水した。着水と同時に、霞ヶ浦に大きな水柱が二つ立ち上った。
『問われて名乗るもおこがましいが・・・知らざぁ、言って聞かせましょう!!!特殊戦術研究旅団所属10式拠点防衛用人型機動要塞試作機、たじからお様だぁ!!!』
沼田はたじからおの外部マイクを全開にして名乗りを上げた。その様子を市ヶ谷地下司令部で見た山根は頭を抱えた。
「あの、馬鹿・・・」
『さぁ、いくぞ天使!!いざ、尋常に勝負!!』
たじからおは刀を振りかぶって、天使メタトロンに突進した。メタトロンはハンドアックスをきらめかせ、刀に対応した。たじからおの刀、「むらくも」は日本が誇る鍛造技術の粋を集めた国内最大の日本刀だった。切れ味は日本のどの日本刀よりも優れていた。かたや、メタトロンのハンドアックスは分子振動装置を備えたオーバーテクノロジーの産物だった。どちらの武器が先に限界に達するか、火を見るより明らかだった。すぐにむらくもの刀身にひびが入り、両断した。
むらくもの半身が、霞ヶ浦に突き刺さった。
『はははは!!!そんなやわな包丁なんて、メタトロンには効かないよ!!』
メタトロンはハンドアックスを両手に構え、たじからおに面した。
『ははは。やるじゃねぇか!!!』
たじからおはむらくもを打ち捨てると、ファイティングポーズをとった。
『たぁぁぁぁぁ!!!』
メタトロンは背中の翼を展開し、たじからおに突進した。
『でぇぇぇぇぇぇい!!』
たじからおはメタトロンの手首をつかむとふり飛ばした。片手ににぎったハンドアックスを奪うと、たじからおはメタトロンに斬撃を加えた。
『このぉ!!』
メタトロンはもう一方の手に握ったハンドアックスでたじからおの斬撃を受け止めた。互いの分子振動ブレードが共振し、火花が散った。
『ちぃぃぃ!!!!』
沼田はレバーを引き、たじからおの出力を上げた。
『メタトロンを・・・なめるなぁ!!!』
メタトロンもまた出力をあげ、たじからおの力を押し返そうとした。だが、二体の出力に耐えられず、双方のハンドアックスが爆発して吹き飛んだ。
『くそぉ!!!』
メタトロンは一飛びして、距離をとると高出力ビームを発射した。
『くらうか!!』
たじからおは右前腕にマウントされた盾でガードした。ビームは反射して、あさっての方向に反れていった。特兵研が開発した、光学反射防盾「八咫の鏡」である。オロチの光弾の性質を分析、研究した特兵研は通常のビーム同様、反射が可能であると結論づけた。オロチとの格闘戦を主眼に入れて設計、開発されたたじからおは当然に考えられたため、それを防御するために光弾攻撃を防御する盾が標準装備されていた。
アメリカ艦隊を壊滅させ、各国首都を壊滅させた天使のビーム兵器がはじかれた。このことにメタトロンはショックを隠せなかった。
『くそォォォォ!!』
メタトロンは拳を握り、たじからおになぐりかかった。たじからおは左腕を前に出し、ガードした。しかし、天使はオロチを遥かに超える存在である。もともと、オロチとの格闘戦を主眼に入れたたじからおでは出力に違いがあった。たじからおの前腕が爆発して弾けとんだ。
『ちっ!』
コクピットの中の沼田は直ちに警報音をきり、メタトロンと距離をとった。まともに戦ってはたじからおに不利は免れない。たじからおは天使の間合いぎりぎりの場所で動きを止めた。だが、沼田の中には天使を破る秘策が一つだけあった。合気道、柔道、剣道の達人でもある沼田は、メタトロンが隙を作る一瞬を待っていた。
「さぁ・・・来いよ・・・天使野郎」
沼田は舌なめずりして時を待った。
『は!ははは!!やっぱり!!人間なんかが天使にかなう訳ないんだ!!僕は・・・僕は・・・強いんだぁ!!!』
メタトロンは翼を広げ、渾身の力を込めてたじからおに突進した。
「今だ!!」
たじからおは一瞬の時を見逃さなかった。メタトロンの手首を握り、その巨体の懐に入ると、メタトロンの突進力を利用して一気に投げ飛ばした。
『でりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
メタトロンは突進した勢いのまま、浅い霞ヶ浦の湖底に叩き付けられた。霞ヶ浦の水柱がまた大きく上がった。
「がっ・・・」
コクピットがショックで激しく振動し、コクピットの中のメタトロンはコクピットの様々な場所に身体を打ち付けられた。天使そのものの損害も尋常ではなく、全ての翼が脱落し、右腕は折れ、各部から火花が飛び散っていた。
『この・・・この・・・ミカエルから与えられたこのメタトロンを・・・この、この野郎!!!』
メタトロンは片腕のたじからおめがけて、再び突進していった。それはさながら、かなわない大人に何度も向かって行く子どものようだった。
「ガキが・・・」
言い捨てると、沼田は自分の近くに突き刺さっていたむらくもの刀身を拾い上げた。絶叫しながら、突進していくメタトロンの胸にたじからおは刃を突き立てた。分子振動がなくとも、日本の技術の粋を集めた最高の切れ味を誇る日本刀である。天使の特殊合金を貫き、コクピットのメタトロンを串刺しにした。
「う・・・僕・・・、死・・・んじゃうの?・・・ミカ・・・」
そう言って、メタトロンは絶命した。動力炉を破壊されていないため、コクピットを破壊されて制御を失ったメタトロンは霞ヶ浦に膝をついて機能を停止した。
沼田はコクピットハッチを開け、外に出た。生暖かい湖の風が沼田を叩いた。沼田は胸ポケットに入れていた煙草を一本取り出すと火をつけた。
「ばかやろうが・・・ガキがいきがって戦うんじゃねぇよ・・・」
沼田は寂しげに言った。火のついた煙草が墓標代わりに宙を舞った。
「うまい煙草ぐらい知らねぇと、あの世に行っても楽しみがないだろう。存分に味わっていけよ・・・」
風に乗って沼田の煙草が天高く舞い上がっていった。
「沼田・・・」
司令部から沼田の様子を見ていた山根は防大時代からの友人を見守っていた。山根の周囲では天使の初撃破に沸き立っていた。
その数分後遥か東京の上空に到達したヴァルハラでは、ラファエルがミカエルにメタトロンの死と計画失敗を報告していた。
「そうか・・・メタトロンも死んだか。」
一瞬、ミカエルの表情が曇ったように、ラファエルには見えた。しかし、次の瞬間にはミカエルは何事もなかったかのように振る舞っていた。
「ささいなことさ。僕らの計画には寸分の狂いもないよ。ガブリエル・・・」
ミカエルはガブリエルを呼んだ。
『はい、ミカエル様。』
ヴァルハラの上部構造物に腰掛けた天使ガブリエルは超長距離ライフルを構えていた。
『せめて、彼らの魂が幸いならんことを・・・』
ガブリエルはミカエルの命令のもと、静かに、そしてゆっくりと引き金をしぼった。ラファエルのライフルから、超高出力のビームが発射された。
勝利に沸く市ヶ谷地下司令部に異常な振動と爆音が響き渡った。天井は崩れ、司令部にいた全員は振動に耐えきれず床に叩き付けられた。山根を含め、何が起こったのか分かった人間はいなかった。
「な、なんだ!!?」
数秒の後、振動が収まった。山根は皆の無事を確認すると扉を開け、階段を上ろうとした。しかし、その上には彼の想像を遥かに超えるものが広がっていた。それは澄み渡った青い空だった。
わずか一階分。5mほど上がった場所で、山根は膝を折った。そこには巨大なクレーターがあった。都庁も、浅草寺も、東京タワーも、国会議事堂も存在しなかった。東京は文字通り消滅していた。
「そ・・・んな。俺たちの・・・戦いは・・・畜生ぉぉぉぉぉぉ!!!」
山根はそらに向けて絶叫した。山根の悲痛な声が、何も無くなった数分前に東京と言われた場所で空しくこだましていた。