第2話 「激突!ウリエル対まほろば」
激突 ウリエル対まほろば
作戦発動から二日間、地球の衛星軌道上に存在する七大天使の基地、ヴァルハラ。ミカエルは部屋で一人、ウリエルによって世界の首都が灰燼に帰していく姿を眺めていた。
ミカエルの背後の扉が開くと、長い髪を後ろでしばった背の高い男が入って来た。
「どうしたんだい?ラファエル。」
ミカエルは後ろを振り返ることなくラファエルに尋ねた。
「生体兵器15号が人間によって破壊されました。」
ラファエルの声の調子は重かった。ラファエルの様子を意外に思ったのか、ミカエルは笑い出した。
「ははははは。大したことはないよ。ラファエル。僕たちの計画には何の狂いもないさ。それにしても、大したものだね。生体兵器を破壊するなんて。」
「は・・・」
ラファエルは頷いた。
ミカエルは腰掛けていた椅子から立ち上がるとラファエルに歩み寄った。ラファエルの目の前に立つと、指を流れるように動かして、ラファエルの胸にあてた。
「君は心配性だね。ラファエル。もうすぐ、ウリエルが作戦の第一段階を終わらせてくれるよ。」
少年は微笑んだ。だがそれは、暖かみのあるものではなく、どこか妖艶で、人間の持つ根本的な劣情をかき立てるものだった。
ラファエルは冷や汗を一筋たらすと、一礼して部屋を辞した。
ウリエルの持つ神槍「ブリューニク」が放つ高出力ビームによって、世界の主要都市の大半は壊滅した。
ワシントン、ロンドン、パリ、ベルリン、ローマ、ブリュッセル、アムステルダムなど、まず先進国の首都、国際機関の中心となる都市が狙われた。
天使が現れてわずか二日で、500万を超える人名が失われ、その数倍する人間ががれきに埋もれ、さらにその数倍の人間が大きな傷を負った。
まほろばの艦橋で、まほろばの艦長、敷島昇は燃え盛る各国の首都の映像を見ていた。
「くそ・・・奴の動きさえ分かれば・・・」
天使の動きはまさに神出鬼没で、一度都市を壊滅させると、すぐに空へ消えていった。天使はまほろば同様、ありとあらゆるセンサーに対する最高のステルス能力を有していた。
電子機器に頼った先進国はその対処が間に合わずに、警戒網をやすやすと突破したウリエルによって、首都や軍事拠点となりうる都市が片っ端から破壊されたのだった。
まほろばは超望遠カメラを有する「影花」を全て策敵に飛ばしていた。しかし、まほろば、影花をもってしても、地球は広大で、天使の捕捉は困難を極めていた。
「艦長、天使を発見しました。現在、ロサンゼルスから太平洋を移動しています。おそらく、東京を目指すかと思われます。」
モニターに割り込む形で、桜花の姿が現れ、昇に天使発見の報を知らせた。
「よし、機関始動。最大戦速。これより、本艦は天使ウリエルの撃滅に向かう。」
これまで、歯痒さといらただしさに支配されていたブリッジの雰囲気が一変した。
モニターから溢れた光は生気を取り戻したかのように光輝き、はるか背後ではまほろばの主機関であるS機関が甲高いうなり声を上げた。
「現在、第二戦速・・・第三戦速・・・音速突破!」
クルーの背後で音速の壁を突破した轟音が聞こえた。
「最大戦速!!」
まほろばはマッハ2.5という高速で空に消えていった。
一方、ウリエルは背後にぴたりとくっついている小型偵察機の存在にいらだちを覚えていた。何度か撃墜しようと考えたが、その背後にある存在を彼は知っていた。ここで小さな偵察機を破壊するよりも、計画遂行の邪魔者を排除した方が今後の計画に有益と考えたのである。
「ん?戦闘機か?・・・かなり速い。」
コクピットのウリエルはモニターに不審な光点があるのを見た。レーダーにもセンサーにも映らない不審な光点を見て、ウリエルは確信した。
「奴か!!」
「発見しました。艦長。奴です。」
ほぼ時を同じくして、オペレーターが艦長の昇に報告した。
「よし、全艦戦闘準備。まほろばの本気を見せてやれ!」
昇は全クルーに檄を飛ばした。副長の真田誠は火器管制クルーに指令を下した。
「全艦戦闘準備。4式衝撃収束飛行爆雷全管装填。主砲選択はレールガン。I号弾を使用する。それから、Bシステムをフルオートに。」
まおろばは速力を緩めながら戦闘モードに変形していった。艦橋がせり上がり、今まで空気抵抗を減らすために閉じていたシャッターが展開し、中からまほろば自慢の51センチ三連装砲塔が二基現れた。また、艦橋周辺や、エンジン周辺など、各所にあった円形シャッターが展開し、中からレーザー砲が現れた。
一方、天使ウリエルもまほろばの存在に気づき、神槍「ブリューニク」を構え、必殺の姿勢をとった。
『我が名は天使ウリエル。前方の戦艦、名前を名乗れ!』
堂々とした声で、ウリエルはまほろばに語りかけた。昇はマイクを手に取ると、天使に返答した。
「我々はまほろば。人類の危難から世界を守る者だ。」
「我々の計画を邪魔せんとする妨害者め。我が天の槍の一撃を受けよ!」
ウリエルはそう言うと、ブリューニクから超高出力ビームを発射した。
ビームが炸裂し、辺りは爆煙に包まれた。コクピットの中のウリエルはモニターに映る爆煙に眉一つ動かさずに言った。
「他愛無い。我が天の槍の一撃を前に敵などありはしない。・・・何!!?」
コクピットの中の警告音が響いた。モニターを見ると爆煙の中から32発の爆雷型のミサイルがウリエルに向けて円状に発射された。
「生体兵器の動きを止めた武器か!!?こしゃくな!」
天使ウリエルは携えていた槍を振り回し、ビームを乱射してミサイルを撃墜したが、誘爆による大爆発は避けられなかった。
「ぐぅ・・・」
七大天使の表面を覆う装甲はまほろばの主装甲板であるZ合金と変わらぬ耐熱、耐衝撃性能を持つ。
だが、4発でさえ小型の戦術核と同等の威力を誇るグランド・クルスである。その8倍する威力は想像を絶するものだった。
『この程度で、我ら天使は倒せん!!』
ウリエルは爆煙をブリューニクで払いのけた。
「だが、これならどうだ?誠!!」
「主砲連射!!弾種、I号弾!目標ウリエル・・・撃てぇ!!」
I号弾、チタニウム合金弾芯を持つ貫通力抜群の撤甲弾である。
まほろばの主砲は戦況に応じて3種類選択出来る。現在の主砲は3連装、51cm磁力砲、いわゆるレールガンであった。
極超音速で目標めがけ飛来する砲弾を前に、天使と言えど無傷では済まなかった。ウリエルは6枚持つ翼のうち、4つを失い、片腕と片足をはじき飛ばされた。ウリエルの各所から火花が飛び散り、無機質な頭部のメインカメラからは涙のように黒い液体が流れていた。
「もう勝負は決した。降伏しろ。」
昇はウリエルに言った。
コクピットの中のウリエルは凄惨であった。警告音がけたたましく響き渡り、モニターのいくつかは破壊され、彼の白い制服は赤い血に染まっていた。ウリエルは荒く息を吐き、唯一残ったモニターから見える白銀の戦艦を睨みつけた。
「まだだ・・・貴様を道連れに我らが計画を果たす礎とならん!!」
ウリエルはそういうと残った2枚の羽根で突進をかけた。
「誠!!」
「主砲は間に合いません!レーザーを!!」
次の瞬間、まほろばから100を超える光が放たれた。まほろばの対空防御の要、重力偏向式特殊光学光線砲、平たく言えば曲がるレーザー砲である。
100を超える光がウリエルに向かって行った。光がウリエルに当たるたび、ウリエルの機体の各部が破壊されていった。翼が頭が肩が、ブリューニクが一つ一つ確実に破壊された。
「まだ・・・まだだ・・・奴に、私は・・・」
傷つきながら、ウリエルは少しずつまほろばに向かったが、最後の翼をもぎ取られ、ウリエルの突進は終わった。その間も、まほろばから放たれた光の矢は、容赦なくウリエルを突き刺していった。
『ミカ・・・エル・・・さ・・・』
ウリエルは最後に手を天に伸ばし、爆発した。
「全速後退!!!爆発に巻き込まれるぞ!!Bシステム最大出力!!!」
まほろばの周囲が光の膜で覆われた。オーバーテクノロジーの結晶、バリアである。ブリューニクの一撃をまほろばはこれで凌いだのだった。
「爆発の衝撃反応、消失しました。」
オペレーターが昇に報告した。昇は眼下の海を見た。青く澄み渡った。美しい海だった。もともと、軍人ではあったが、好き好んで人殺しをしているわけではない。昇は何よりも好きな青い海を血で染めたことにいらだった。
「艦長・・・」
誠はそんな昇に声をかけられなかった。それはブリッジにいた千尋も、桜花も、他のクルーも同じだった。
「艦長より、全クルーへ。これよりまほろばは基地へ帰投する。我々の相手は想像以上に強大だ。皆、これからが本当の戦いだ。」
昇は自分に言い聞かせるかのように言った。まほろばは方向を変えると、空に消えていった。
ヴァルハラではウリエルの死が天使達に伝えられた。
「・・・」
「・・・そっかぁ、死んじゃったんですかぁ。ウリエル。」
ラギエルとラグエルは仲間の死にうろたえることなく、ラグエルは黙々と本を読み、ラギエルはラグエルに抱きついてじゃれていた。
「せめて、彼の魂が幸いならんことを・・・」
ガブリエルは十字を切って仲間の冥福を祈った。
「あははは!!そんなの、弱かったから死んじゃったんだよ。ばかだなぁ。ウリエル。」
メタトロンが足をばたつかせて言った。
「メタトロン!!」
ラファエルがメタトロンを叱りつけた。メタトロンは小さな身体をばたつかせながら、退屈そうにソファに寝転んでいたが、ぴょんとソファから飛び起きた。
「僕が、作戦の続きをしてあげるよ。大丈夫。僕のメタトロンは強いんだから!!」
メタトロンはラファエルにずいと近づいて言うと、すぐに部屋を出て行った。ラファエルは部屋で起こった一部始終をミカエルに報告した。
「そうか・・・ウリエルが死んだか。それにしても、メタトロンは気が早いなぁ。」
ミカエルはヴァルハラから見える地球を眺めていた。仲間が一人欠けたのに、そしてまた一人独断で出撃したと言うのに、ミカエルはまったく意に介していないようだった。
「よろしいのですか?」
「あぁ、作戦の第一段階はあと東京の破壊を残すだけ。何ともないよ。・・・それとも・・・」
ミカエルは低重力を利用して、一足飛びでラファエルの顔近くまで近づいた。
「君は怖いのかい?仲間を失うことが・・・」
ミカエルは残忍な笑みをラファエルに向けた。
「・・・いえ、そのようなことは・・・」
ラファエルは思わずミカエルから目を背けた。ミカエルはラファエルの耳に顔を近づけて言った。
「メタトロンがうまくやるよ。僕らはただ、座っていればいい・・・」
中性的なミカエルの声がラファエルの耳にこだました。ラファエルはそんなミカエルに恐怖を感じ、一礼すると部屋をあとにした。
ヴァルハラでは、ミカエルの小さく、低い笑い声がこだましていた。