第1話 人類の力
暗く、明かりのついていない部屋。遥か宇宙、衛星軌道上にあるヴァルハラと呼ばれる場所の一室に彼はいた。彼は仲間の天の槍を見て笑みを浮かべた。
それはどこか、狂気を感じさせる笑みだったが、彼の神々しく美しい顔はその狂気すら美へと昇華させるものだった。
「火の七日間の始まりだよ。ラファエル。」
映像から照らされた明かりに映えた彼の姿は少年そのものだった。年は16、7歳に思われたが、彼の存在はそのような概念すらも超越した美しさを放っていた。彼は荘厳な音楽すらその価値を失うほどの声で、傍らの者に話しかけた。
「はい。ミカエル様。」
傍らにいたラファエルが主の言葉に頷いた。
長く伸びた髪を後ろで結んだ。背の高い男だった。白と銀に彩られた服に身をまとったラファエルは目線を傍らのミカエルに向けた。
「あと7日で人類は滅亡する。我々が歴史を終わらせる。全てを無に還すんだ。ラファエル。」
ラファエルを見ることなくミカエルは楽しげに言った。無邪気とも狂気でも形容出来ない、何もかもが超越している。ラファエルはそう感じていた。
「我々七大天使が人類に鉄槌を、裁きの火をもたらしましょう。」
ラファエルはそう言うと、恭しく頷いた。遥か天上でミカエルの笑い声がこだましていた。
同じ頃、アメリカ艦隊が消滅した海域をまほろばの艦載機である零式桜花ll型強硬偵察タイプ「影花」が飛行していた。
「生存者はなしと考えた方がいいな。」
M機関の調査部員として入隊した広瀬千尋は影花が持つ、超望遠特殊光学カメラで海域を撮影し続けていた。彼のファインダー越しに映ったのは重油と粉々になった米軍艦艇の破片ばかりだった。
「そうですね。生体反応は見受けられません。それに、周囲は原子力空母が爆発したせいで高レベルの放射能が検出されています。仮に今助かっていたとしても・・・」
コクピットにあるモニターに十二単を着た美しい女性が映し出された。名を「桜花」まほろばの艦載機、零式桜花を始め、M機関の航空機の統合制御コンピュータだった。現在、影花が飛行している海域は高レベルの放射能で汚染されていた。防護服を着る間もなく海に投げ出され、原子力空母の原子炉の爆発に巻き込まれたアメリカ艦隊のクルーは万に一つ生きていたとしても、その運命は決まっていた。
影花の放射線センサーが表示した通常ではあり得ない高レベルの放射線量をみたとき、千尋は唇を噛んだ。
「くそ・・・桜花さん。大気のサンプルも撮影も終わったし、まほろばに帰投しよう。それkら、放射能除去物質の散布を。」
「はい。」
桜花は頷くと目を閉じた。影花は大きく旋回し、桜色の粉末を散布した。
60年に及ぶ長い研究の過程の中で、M機関は放射能を無力化する物質を開発することに成功していた。千尋の目の前にあるディスプレイに表示された残留放射能の数値が見る見るうちに下がっていった。放射能のレベルがゼロになったことを確認した影花は一気に加速すると大空に消えていった。
オロチの東京襲撃から一年を経過した現在、自衛隊、特殊戦術研究旅団は戦力の再編に忙殺されていた。
現代技術の粋を集めた兵器群ですら、オロチを倒すことは出来なかった。旅団長の山根はオロチを倒す新兵器の開発を筑波の研究所に要請するとともに、作戦研究と部隊の再編に奔走した。
天使ミカエルの人類絶滅予告の翌日、彼は筑波にある特殊兵装研究所、略して特兵研にいた。特兵研では特殊戦術研究旅団の最新兵器のほとんどすべてが開発されていた。
「よく来たね。山根君。」
特兵研所長の小森博士が山根を迎えた。小森は山根を自分の部屋まで案内した。
「どうですか?新型ミサイルは?」
部屋につくなり、山根は単刀直入に小森博士に尋ねた。
「ははは・・・君も気が早いね。この一年で完成させたにしては上出来だよ。オロチの実戦データが何より役に立った。」
小森はコーヒーメーカーに手を取ると、2つのカップにコーヒーを注いで言った。
「オロチのバリアシステムは大したものだ。だが、あれをなんとかすれば、私達に勝ち目は十分にある。」
小森は両手に持ったカップの一つを山根に手渡した。
「そうですか・・・しかし、博士は天使に勝てると思いますか?」
小森からもらったカップを転がしながら、山根は小森に尋ねた。
「ははは・・・やはり君が来たのはミサイルではなく、アレのことだったんだね。」
小森は笑うと、白髪まじりの頭をくしゃくしゃとかきながら山根に言った。
「アレはオロチに関して言うならば、互角以上の戦いが出来るだろう。そう設計したからね。だが、それ以上の存在となると、分からないのが正直な気持ちだ。だが、君はそれではいけない。勝てるかどうかじゃない。勝たせるのが指揮官である君の役目だ。」
小森は真剣なまなざしで山根に言った。山根は少し陰のある笑顔で頷いた。小森は小さくため息をついた。
「どうやら、天使に当てられてしまったようだね。君がそれでは皆困ってしまうぞ。ついて来たまえ。君にいいものを見せてあげよう。」
小森は山根を研究所の地下深くにある格納庫に案内した。扉が開くと、山根の前に「例のアレ」の巨体が出迎えた。
「すでに本体は完成し、最終調整中だ。山根君。」
格納庫に眠る「例のアレ」の巨体を見たとき、山根の瞳に生気が戻って来た。
「ありがとうございます。博士。」
「もう二度と天使なんかにあてられるなよ。」
そのとき、地下格納庫に警報音が響き渡った。
「伊勢湾沖にオロチ出現。くりかえす。伊勢湾沖にオロチ出現。」
オペレーターがオロチ出現の情報を館内に知らせた。
「私は直ちに市ヶ谷司令部で指揮を執ります。博士はこいつの最終調整を急がせてください。」
そう言うと、山根は地下格納庫を飛び出した。山根は携帯を取り出すと、市ヶ谷司令部に連絡を取った。
「・・・そうだ。岐阜基地に直ちにスクランブルをかけろ。あそこには新星改と新型ミサイルが試験配備されているはずだ。」
山根は直ちに岐阜基地の新星改部隊にスクランブル命令を下した。
命令を受け取った岐阜基地では新星改6機が30秒と経たずに空に舞い上がった。
新星改は、特殊戦術研究旅団の主力攻撃機新星とは全く別の機体だった。新星改はF-15Eストライクイーグルをベースに設計された超音速攻撃機だったが、ベース機のF-15Eの原形は全くとどめていなかった。
機体を構成する素材はカーボンナノファイバーを折り合わせた剛性、軟性の両方を兼ね備えた新素材を採用し、機体の対弾性を向上させ、一部にはスーパーファインセラミック装甲を施した世界でも例を見ない非金属戦闘機であった。
加えて、F-22のエンジンの約1.5倍の推力を誇る、超星2型エンジンを採用、低空における機動性能を向上させているだけでなく、二次元ベクターノズルを持ち、攻撃機でありながら、戦闘機にも勝る性能を有していた。
「さぁ、新星改の初陣だ。オロチの野郎に今までのお返しをしてやろう!」
新星隊長の森三佐が瞭機に檄を飛ばした。高推力のエンジンを持つ新星改はアフターバーナーを使わずに音速を超えることができるスーパークルーズ能力を持っている。
新星改は音速を突破すると、すぐにオロチを射程にとらえた。
「いくぞ。9式対地穿孔噴進弾発射!!」
新星改部隊から、白い飛行機雲が6つ放たれた。穿孔噴進弾はオロチめがけて真っすぐ飛んでいった。オロチはその巨体を震わせると、周波バリアを展開した。
「バリアか・・・この9式穿孔噴進弾をただのミサイルだと思うな。」
穿孔噴進弾はオロチの周波バリアを感知すると、自らもオロチと同じバリアを展開した。バリア同士、干渉しあい、中和されるとミサイルは勢いを衰えさせずにオロチに突っ込んだ。オロチの身体に6本のミサイルが突き刺さった。
ミサイルが爆発もせず、身体に突き刺さったままという光景は、明らかに異常な光景であったろう。しかし、穿孔噴進弾の真価はここからだった。弾頭が急速回転するとオロチの身体にさらに潜り込んでいった。
オロチは自分に何が起きたのか分からないようで、しばらく動くことが出来なかった。
だが異変は急に起きた。オロチの身体がぼこぼこと中から膨らみ、爆発した。
「いやった!!!」
森は思わず片手でガッツポーズした。特殊戦術研究旅団が初めてオロチを倒した瞬間だった。
穿孔噴進弾は、掘削ドリルでオロチの体内に入ると、分子振動マシンをオロチ体内に解き放つ。
巨大な電子レンジが血管中に出来上がると考えてよいだろう。そして分子振動を加速されたオロチの血液は急速に沸騰し内部崩壊を起こし爆発した。
外から倒せないならば内側から倒す。特兵研の対オロチ兵器の切り札の一つだった。
人類の前に天使という強大な敵が現れた。だが、天敵であるオロチを倒せる唯一の兵器が生まれた。これは人類にとって、確かな前進であった。
人類は、M機関は天使を倒せるのだろうか。
そして、小森が山根に見せたものは・・・謎を呼びつつ、物語は続いていく・・・