第14話 復活! まほろば!
太平洋の暗い海の底で、かすかだがはっきりと電子音が響いた。電子音が聞こえて数秒後、まほろばの内部が息を吹き返したかのように光を取り戻した。桜花がラグエルの電子攻撃に勝ったのだ。
「皆さん。お待たせしました。」
コンピュータの桜花が疲れるはずはないのだが、桜花の表情にはやや陰りがあるのを昇は見逃さなかった。
「さぁ、皆。被害状況のチェックだ。負傷者は重傷者から医務室へ!もたもたしていると、天使はまた何かやらかしてくるぞ!!」
昇は皆を鼓舞するため、いつもより力強く、そして大きな声で言った。
「山本君。君は使用可能な火器と残弾数をチェック。桜花をサポートしてやってくれ。」
昇は火器管制オペレーターの山本茜に言った。彼女はもともとまほろばの火器の照準を担当していたが使用火器のモニタリングを担当しているオペレーターが負傷してしまったため2人分の仕事をしなければならなくなった。
明らかにオーバーワークだったが、彼女は頷いた。自分の行なうべき仕事が桜花の負担を軽減することを彼女自身知っていたためである。
彼女はすぐに仕事に取りかかり、現在使用可能な火器を昇に報告した。茜に続いてそれぞれの部署から、被害状況が報告された。被害は昇や他のクルーが思った以上に深刻なものだった。フェザーはまほろばの戦力を半減させることに成功していた。対空兵装の要であり、フェザーを確実に撃墜出来る唯一の方法でだったレーザー砲はその8割が使用不能になり、主砲も51cm陽電子砲一門を残して使用不能になっていた。また、主機のS機関は無事だったが、海面に叩き付けられたショックにより、補機の球形直列水素核融合炉が緊急停止していた。これはまほろばが戦闘時必要ぎりぎりのエネルギーでしか戦えないことを意味しており、艦首砲を最大出力を撃てないことと同義であった。
「幸い、216基のVLSのうち154基は生きています。グランドクルスを使うことは可能です。」
茜は昇に報告した。
「ありがとう。山本君。」
昇は茜の目を見た。危機的な状況ではあったが、心までは折れていない、力強い目をしていた。昇は微笑むと大きな声でブリッジクルーに呼びかけた。
「よし、皆!もうひと頑張りだ!!天使を倒すぞ!」
二体の天使はまほろばの沈没した海域の上空で静止していた。感情がたかぶり、冷静さを失っているラギエルとは対照的にラグエルは索敵を行なっていた。
「破片も大分浮いて来ている・・・もうあの艦は生きてはいまい・・・」
ラグエルは一瞬だけ気を緩めた。だが、その一瞬がラグエルの運命を分けた。海水面から撃沈したはずの白銀の戦艦が飛び出したのだ。
「艦長、衝角分子振動数順調に上昇しています。」
桜花が報告した。
「ようし、全員衝撃にそなえろ!最大戦速!!」
昇の命令とほぼ同時に、まほろばの衝角は天使ラグエルの体を貫いた。音速に近いスピードと最高の硬度を誇るZ合金、そして分子振動装置を備えたまほろばの衝角攻撃にラグエルは一瞬で五体を引き裂かれ、爆発した。
ラギエルは後ろを降り向く間も、相棒の最期を看取ることも出来ぬまま、ラグエルの爆発に巻き込まれた。
「ラグエル!!!」
その頃、遠く離れたNORADで異変が起きていた。
「ハッキング、停止しました。」
「システム、回復します!」
オペレーター達がラグエルの脅威が無くなったことを報告した。異常を示す表示が0になったことを確認したマックスは安堵のため息をついた。
「どうやら、何者かが天使を破壊してくれたようだな。」
「しかし、一体誰が・・・」
傍らにいたNORAD司令官のウィルソンがマックスに尋ねた。
「決まっているだろう。あの謎の白い戦艦さ。60年前、我が軍の機動部隊を一瞬で消滅させたな。こんな芸当ができるのは奴らしかいないさ。」
「しかし・・・あれは軍の公式記録から抹消されているし、第一、うわさ話の域を出ていないじゃないか。」
堅物なウィルソンの言葉にため息をついたマックスは父親ほどの年齢の友人に返した。
「お前さんが信じなければそれでも構わんさ。確実なことは今、人類は滅亡の危機を一時脱したということさ。おそらく、ほんの一時に過ぎないだろうが・・・」
マックスは脅威の去ったモニターを焦点の定まらぬ目で見つめていた。ひとまずの危機は去った。だが、本当の意味でまだ危機は去っていない。マックスは時間稼ぎしか出来なかった自分をいくらか恥じているようだった。