口実の距離感
とにかく好きなことは、伝えていた。
彼のことではない。自分の好きな物事をだ。そのうちのひとつが、パフェである。
「あまりここらへんには来ないけど、いつ来てもオシャレだなあ」
そう漏らす彼は、とてもこの空間に似合っている。『CAFE CAT』という店名のこのカフェは、名前と相反して猫の要素がまったくない。猫そのものも不在なら、猫を想起させるような料理やグッズ、インテリア等もないのだ。オーナーは犬派だという噂さえ、SNSでは流れている。ただ、その代わりのように、味は都内のカフェの中でも抜きん出ていて、ほぼ毎日のように開店前から行列ができる。並んでまで、とは否定的に思いながらも、彼と一緒なら悪くない、と感じてしまうのが面白かった。
「その割には、迷いませんでしたね」
「調べたから、入念に」
砕けた笑みを、彼はこぼす。なぜ私はこうも、笑い声を立てない、わずかに上げた彼の口角に弱いのだろうか。
平日の、お昼過ぎだった。行き交う人々はどこか忙しそうにしていて、カフェの客層は自分たちのような大学生や、主婦らしき女性たちだ。
彼は私が大学三年生になった時に入ったゼミの先輩で、年齢は一つ上だ。同じ大学にいられるのも、あと少しだった。
「お待たせしました」
頼んでいた料理が、テーブルに並べられていく。私はパフェをシェアできれば充分のつもりだったが、彼はお腹が空いているようで、オムライスとパンも注文していた。それでいてパフェも半分食べるつもりなのだから、そこらへんはさすが男性、といったところだろう。
意外と良い体をしている、とは口が裂けても言えない。そもそも見たことがない。まだ。
「パフェ食べたいなら、先に食べてもいいよ?」
「そんな顔してます?」
「してるしてる。よほど、ここに来たかったんだね」
いたずらっぽい口調で、彼は言う。
「来たかったですけど」
パフェを食べたいから、このカフェに来たわけでない。
「別に、パフェじゃなくても」
少し、拗ねた声になってしまったと、我ながら思う。そんな私を見て、彼はまた微笑んだ。あどけない表情を、またそうやって見せてくる。
「そうだね」
私が彼に寄せる想いを、彼はきっとわかっている。その上で、意地悪をしてくるのだ。
そんな彼に、私は少し困ってしまう。しかし、それも結局楽しい。
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イラストは たかはた風嘉 様に描いていただきました。
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