99.モグラ
マリアが帰ってきた次の日、起き出してきたエリーを美咲が抱っこしていると、眠そうな顔のマリアが2階から降りてきた。
「あ、マリアさんおはようございます。もっと寝てても良かったんですよ。樹海で疲れてるでしょう?」
「昨日は早く寝たので十分に疲れは取れましたよ。エリーの相手、ありがとうございます」
「遊んでもらってるのは私の方ですよ。ねー、エリーちゃん」
「ん。ミサキはなでなでじょうずなの」
膝の上で器用に転がりながらエリーは尻尾で美咲の顔をくすぐる。
その尻尾を捕まえて、美咲がブラッシングをすると、エリーはきゃいきゃいと嬉しそうに笑った。
「それで、ミサキ食堂に就職する決心はつきましたか?」
エリーを抱っこしなおしながら美咲が尋ねると、マリアは申し訳なさそうな表情を見せた。
「もう少し考えさせてください。とてもいい条件だとは思うんですけど」
「条件の希望があるなら相談に乗りますよ。でも、まあ、ゆっくり考えてみてください。さて、ご飯を作りますけど、苦手な食べ物とかありますか?」
「何でも大丈夫です」
「それじゃ、ミサキ食堂のメニューから適当に作っちゃおうかな。茜ちゃん、ナポリタン4人分お願いね」
「はーい」
◇◆◇◆◇
マリアにはミサキ食堂の日常を知ってもらうため、その日の仕込みから閉店まで、テーブル席で美咲達の仕事ぶりを見て貰った。
仕込みと言っても、美咲が肉野菜炒めを作る以外は、大鍋にお湯を沸かすだけ。
塩ラーメンが出た時以外は、調理らしい調理もない。
洗い物は着実に溜まっていくが、一日限定30食の縛りがあるので、言うほど大変でもない。
一通りの片付けを終え、美咲はマリアに、これでミサキ食堂の仕事は完了だと告げた。
「思ったよりもやること、ないのね」
「まあ、食材は別の場所で加工を済ませたものを使ってますからね。昼の間はちょっと忙しいけど、それ以外はずっとエリーちゃんといられますよ」
「そうですね。これなら、安心かな。エリー」
マリアはエリーの前に膝をついて、目を合わせた。
「なーに? おかーさん」
「ミサキお姉ちゃんと、アカネお姉ちゃんは好き?」
「すきー!」
「それじゃ、ここに住んでもいい?」
「うん!」
エリーの頭を撫で、マリアは立ち上がり、ミサキに頭を下げた。
「ミサキさん、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。エリーちゃんもよろしくね?」
「ん?」
良く分かっていないのか首をコテンと傾げるエリーだった。
◇◆◇◆◇
ミサキ食堂に3人目の店員が入ったというニュースはすぐに知れ渡った。
ミストの町では珍しい獣人で、しかも美人と言うこともあり、男性客比率が一時的に増加したりもした。
エリーは、町の子供たちに受け入れられ、一緒に遊ぶようになっていた。
外で元気に友達と遊んで帰ってくるエリーを見て、マリアは安堵の溜息を吐いていた。
「ここで雇ってもらってよかったです」
「そう言って貰えて何よりです。エリーちゃん、活発になりましたね」
美咲が広場で見かけたエリーは、子供達と一緒に走り回っていた。
「今迄は旅から旅で、エリーは友達を作ることも出来なかったんです」
「ところでエリーちゃんのお父さんのお話って聞いても大丈夫ですか?」
「ええ。白の樹海で行方不明になったのがエリーの父親です……結局、亡くなってました……あ、エリーにはこのことは」
「……はい、内緒にしておきますね」
美咲達がそんな話をしていると、ミサキ食堂のドアがノックされた。
「はーい」
美咲がドアを開けると、そこにはシェリーがいた。
「あ、ミサキさん。指名依頼が出ているんですが」
「あー、はい。茜ちゃんも必要?」
「いえ、ミサキさんだけです」
「マリアさん、ちょっと傭兵組合に行ってきますね」
「はい。アカネさんにも伝えておきますね」
◇◆◇◆◇
「今回は何の魔物ですか?」
傭兵組合に着くなり、美咲はゴードンにそう尋ねた。
ゴードンは腕組みをし、天井を見上げた。
「分からんのだ」
「魔物が出たんじゃないんですか?」
「……魔物だと確認されたわけではないが、恐らく魔物だ」
「意味が分かりませんよ?」
「まあ、フェルが来るまで待ってくれ。同じ話を繰り返したくはない」
暫く待っていると、フェルがシェリーに連れて来られた。
「あ、フェル。待ってたよ」
「うん、お待たせ。それで何が起きたの?」
「……今から説明する。座ってくれ」
フェルが椅子に腰かけるとゴードンは地図を取り出した。
「ここと、ここ、それからここで異常な土の盛り上がりが発見された」
ミストの町の周辺数カ所を指差すゴードンに、フェルが尋ねた。
「土の盛り上がりってどういう?」
「……モグラを知っているか?」
「知ってるけど」
フェルが答え、美咲の方を見る。
「私も知ってます」
美咲がそう答えるとゴードンは頷いた。
「そうか。モグラが通ったような跡があったんだ。横幅が人の腕の長さほどのな……モグラは肉食だ。塀も意味を持たない。町の中に出て来られたら厄介なことになる……かも知れない」
「あの。そもそも、そのモグラは見つかったんですか?」
「いや。トンネルの跡が幾つか見つかっただけだ」
「……まず見つけて貰わないと。私とミサキの魔法じゃ、見えない相手には効果ないし」
「偵察は各方面に出している。だが、地面の中の相手だ。発見は難しい」
ゴードンは自分の頭をぴしゃりと叩きながらそう言った。
「それじゃ、なんでフェルと私が呼ばれたんですか? 私達は、攻撃要員ですよね?」
「ひとつは情報共有だ。敵を発見した場合、即座に対応して貰うためのな。もうひとつは」
ゴードンは美咲の顔をみつめた。
「ないか? 地面の中の相手を見付けるような魔法は」
「……手持ちにはありません。必要なのはソナーかな……でも魔法の有効射程を考えると……難しいかな」
「そうか。フェルにも隠し玉はないか?」
「ないです。あったら今頃、王都の魔法協会にいます……ああ、音はどうなんです? そんな大きなのが移動しているなら地面を伝わって音が聞こえたりは」
「なるほど。偵察隊に伝達する」
◇◆◇◆◇
傭兵組合を出た美咲とフェルは、ミサキ食堂に向かって歩いていた。
「フェルは耳、いいんだよね?」
「聴力には自信あるけど、モグラの動く音とか意識したことないからなぁ」
「まあ、普通そうだよね……店、寄ってく?」
「今日はやめとくよ」
「ん。わかった」
美咲が食堂に戻ると、エリーが抱き着いて来た。
「ミサキおねーちゃん、おかえりー」
「ただいま、エリーちゃん。マリアさんは?」
「あ、はいはい。なんですか?」
奥から手を拭きながらマリアが出てきた。
「モグラの魔物って聞いたことあります?」
「いえ。初耳ですけど」
「ですよね。モグラ退治の方法とか知ってたら教えて貰いたかったんだけど」
「それなら農家の方に聞いた方がいいかもしれませんね」
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