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95.母娘

 美咲は腕の中の女の子を抱え直してミサキ食堂に戻った。

 まだ茜は戻っていない。

 二階に上がって自室のベッドに女の子を寝かせ、美咲は頭を抱えた。


「その場の勢いで連れてきちゃったけどどうしよう……」


 女の子の頭には耳が生えていた。

 黄色い髪の色と同じその耳は、先端が黒くなっていた。

 尻尾はとみると、髪色と同じ毛色で、先端が白。

 美咲が見詰めていると、その視線を感じたのだろうか。女の子は尻尾をゆっくりと振った。

 どう見ても本物だった。


「どこから来たのかな、君は」


 女の子の耳をツンツンと突くと、耳がピクピク動く。

 靴を脱がせ、毛布を掛けてその場を離れようとしたとき、不意に女の子の目が開いた。


「……おねーちゃん、だれ?」

「美咲だよ。君は誰かな?」

「エリー……おかーさんは?」

「お母さん、姿が見えなかったんだけど。迷子じゃなかったのかな?」


 迷子、という言葉に反応したのか、エリーの表情が歪み、泣きそうになる。


「待って待って。エリーのお母さんは何をする人?」

「……よーへー」

「傭兵か……傭兵組合、行ってみよう?」

「……うん」


 美咲が差し伸べた手を握るエリー。美咲の手を握り切れず、人差し指と中指だけを握っている。

 美咲の中で、何か温かい感情が湧き上がっていた。


 ◇◆◇◆◇


 念のため、広場を経由して傭兵組合に向かう。

 途中でエリーの母らしき人とはすれ違うかと思ったのだが、何事もなく傭兵組合に到着してしまった。

 傭兵組合に入ると、怒声が聞こえた。


「だから! 青いズボンの魔素使いの居場所を教えなさいよ!」


 シェリーに詰め寄るのは獣人の女性。

 美咲は手を振ってシェリーに合図する。

 それを見たシェリーはホッとしたような表情を見せた。


「あの、マリアさん。青いズボンの魔素使いさんなら、そこにいらしてます」

「え?」


 振り返る獣人の女性に美咲はエリーを差し出した


「ども、青いズボンの魔素使いです。娘さん、届けに来ました」

「エリー!」

「おかーさん!」


 ひしと抱き合う親子を眺めつつ、美咲は微かな寂しさを感じていた。


 ◇◆◇◆◇


「エリーを保護してくれてたんですってね。ありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ勝手に連れて来ちゃって済みません」


 傭兵組合の待合用のベンチに並んで座り、マリアと美咲は情報交換をしていた。

 エリーはマリアの膝の上で丸まっている。

 その右手は美咲の指を握っていた。


「エリーがこんなに懐くなんて珍しい……」

「可愛いですね。エリーちゃん」

「ええ、私の宝物です」


 マリアはエリーの頭を撫でながら微笑んだ。


「ところでミストには何をしに?」

「白の樹海で行方不明になった仲間を探すために来たんです」

「えーと、樹海探索をされるんですか? エリーちゃんを連れて?」

「いえ、エリーはこの町に置いていくつもりなんです。それで探索の間、エリーを預けられる傭兵を探すために傭兵組合に来ていたんですが……」


 傭兵の仕事は多岐に渡る。

 ベビーシッターなども受ける者はいる。


「見付かったんですか?」

「それが芳しくなくて……あ、そうだ。ミサキさん、しばらくエリーを預かって貰えませんか?」

「はい?」

「エリーもこんなに懐いてるし、どうでしょうか? 期間は10日間くらいと考えています。1日600ラタグお支払いします」


 美咲はマリアの膝で眠っているエリーに視線を落とした。

 可愛いと思った。愛おしいと思ってしまった。

 だから、美咲は深く考えることをせずに頷いていた。


 ◇◆◇◆◇


「ここが私の家、ミサキ食堂です」


 エリーを預かる環境を見て貰うために、美咲はマリアとエリーをミサキ食堂に連れてきていた。


「食堂をやっているの?」

「昼の短い時間だけですよ。店員はいるので、エリーちゃんは私が見ていられます。寝るのは2階になります」


 美咲は自室にふたりを通した。


「ここが私の部屋。エリーちゃんはひとりで寝たい? それとも私と一緒に寝る?」

「いっしょにねる!」

「それじゃ、ここで寝ましょうね」

「……凄い数の本ね。学者でも目指してるの?」


 マリアは壁に設置された本棚を見て呆れたような口調でそう言った。


「いえ、趣味ですよ」

「緑の傭兵で通り名持ちで趣味が読書で食堂経営をしてる、ね。あと何が出てきても驚かないわよ」

「いえ、これ以上はないですよ……それでですね……獣人の方と接するのは初めてなんですけど、注意することってなにかありますか?」

「んー、頭を洗う時は耳に水が入らないようにする。くらいかな。入っても拭けばいいし。食べ物も特に制限ないし。あ、でも、エリーは辛いの苦手だから気を付けて」

「何か習慣とかはありますか?」

「寝る前の歯磨きかな」

「歯磨きですか」

「そう、えっとね」


 マリアは腰に付けたポーチから先端を潰した棒を取り出した。


「この棒をね、ガジガジ噛むの。寝る前にこれだけはやらせてね」

「はい。似たような習慣があるので一緒にやることにします」


 尻尾にじゃれついて来るエリーをいなしながら、マリアは少し考え込んだ。


「後はお散歩とお昼寝かな」

「それで樹海の探索なんですけど……短期間で終わるんですか?」


 樹海は広い。

 10日ほどで探索できる範囲などたかが知れているだろう。


「義理を果たしに来たようなものですからね。見つからなくても期限が来たら帰ってきますよ」

「そうですか……出発は明日ですよね。今日は空いてる部屋に泊まってってください」

「助かるわ……エリー、今日はお母さんと一緒に寝ようね」

「うん!」


 ◇◆◇◆◇


 美咲がマリアの寝室の準備をしていると、一階から


「ただいまー」


 という声が聞こえてきた。


「あ、茜ちゃんにも紹介しておかないとね。茜ちゃーん!」

「はいはーい」


 階段を上ってきた茜に、美咲はマリアとエリーを紹介する。

 エリーは、マリアの尻尾に隠れるようにして恐る恐るといったていで茜の様子を窺っていた。

 どうやらその仕草が茜のハートを射抜いたらしく、茜はエリーに手を振って、怖くないよアピールをしている。


「同居人の茜ちゃんです。見ての通り、子供好きみたいなので」

「娘をよろしくお願いしますね」

「任せてください! エリーちゃん、おねーちゃんと一緒に遊ぼー」

「やー!」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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