94.獣人
ミサキ食堂に戻った美咲達は、まず窓を開けて空気を入れ替え、部屋に溜まった埃をはたきで落とした。
同時に各魔道具に魔素を充填する。
洗濯機に洗濯物を入れて回し、各部屋の掃除をする。
留守にしていた期間はそれほど長くなかった筈だが、それなりに埃が溜まっている。
最近あまり食堂として活動していなかったが、ミサキ食堂は一応飲食店だ。
器や調理器具の類も綺麗にする。
玄関を開けて掃除をしていると、ご近所のおばちゃんが様子を見に来てくれたのでお土産の干物を渡す。
「茜ちゃーん。洗濯物、脱水しといてー」
「はーい。終わったら干しておきますねー」
洗濯を茜に任せ、美咲はプリンを作り始める。
冷蔵庫でプリンを冷やす頃には洗濯物を干した茜も下りて来た。
「茜ちゃん、雑貨屋の様子見てきたら? 私もご近所回りしてくるから」
「そうですねー。ちょっと行ってきます」
茜が雑貨屋に向かったのを確認した美咲は、アタックザックに土産の干物を詰め込んでご近所に挨拶して回った。
ご近所回りが終わったらその足で孤児院に向かう。
シスターに干物を渡してすぐに帰ろうとしていたのだが、子供たちにせがまれ、海の話を聞かせることになった。
子供達も海についての知識はあるようだったが、本当に海水が塩水なのか、どんな生き物がいるのかと質問攻めにされる美咲であった。
◇◆◇◆◇
美咲がミサキ食堂に戻ると、フェルが来店しており、茜がプリンを出していた。
「フェル、またプリン?」
「勿論だよ。プリンを越える物と言ったらプリンアラモードだっけ? あれしかないよ」
スプーン片手に力説するフェルに、美咲は笑顔を返した。
「その内また作ったげるよ」
「絶対だよ。ところでミサキ食堂はいつから開店するの?」
「ん? しばらくお休みにしようかと思っていたんだけど」
「そうなの? 結構待ってる人いるよ。昨日の夜、酒場でミサキが帰ってきたって話をしたら、食堂はいつからだって尋かれたし」
「そうなんだ。それじゃ明日から開店しようかな」
「美咲先輩、折角ですから新メニュー……」
「追加しないよ。今までのメニューで十分だし」
美咲に断られ、肩を落とす茜。
フェルは不思議そうに首を傾げた。
「ねえアカネ。他にどんな料理があるの?」
「カレーだけでも何種類もあるんですよ。パスタじゃなく、ナンってのを使うのもありですし、ラーメンも塩味以外の味がありますね。甘味だってホットケーキくらいは簡単に作れるでしょうし」
「ニホンって凄いんだね」
「ほら美咲先輩、この反応ですよ。これを見るためなら多少の苦労は」
「やりません」
「……はーい」
ミサキ食堂の開店準備は美咲と茜のアイテムボックスから各種材料、調味料を出すことで完了である。
その気になれば即日開店も不可能ではない。
待っている客がいると言う話を聞いた美咲は、翌日から開店すると決めた。
「フェル、もしも今日も酒場に行くなら、明日から開店って宣伝しといて」
「うん。分かったよ」
◇◆◇◆◇
翌日、ミサキ食堂開店前から店の前に数人の行列が出来ていた。
フェルが情報を広めたことで、熱狂的なファンが並んでくれているらしい。
「ちょっと早いけど、お湯は沸いてるし開店しよっか」
大鍋2つと小鍋1つにお湯が沸いている。
いつでも開店できる状態だ。
「ですねー。今日も30食限定ですか?」
「お客さん次第だけど、再開記念で50食、いこうか」
「かしこまりー」
ピッと敬礼する茜。
「なにそれ……茜ちゃん、看板出してね」
「はいはーい。ミサキ食堂、開店でーす」
◇◆◇◆◇
「ンまい!」
カレーパスタを食べた客が満足げに言葉を漏らした。
カレーパスタはパスタにレトルトカレーをかけるだけのお手軽料理なのだが、ミサキ食堂では一番人気のメニューである。
レトルトカレーはコンビニで買えるちょっとお高いものだけに、具材も柔らかな肉がしっかりと入っている。
「兄貴、それ好きっすねー」
「おうよ。こんな旨いもん、他に知らねぇからな。レニーも毎回それじゃねぇか」
レニーの前には食べかけのナポリタンが置かれている。
「甘くて旨いんすよ。兄貴にゃ悪いがこの店じゃ、これが一番好きっすね」
「まあ好みはそれぞれだ。ミサキちゃん、もう俺たちが最後みてーだしお代わり頼んでもいいかい?」
「そうですね。いいですよ」
表に待っている客がいないことを確認し、美咲はそう答えた。
「そ、それなら俺もナポリタンをお代わりしたいっす」
「えーと、クリスさんがカレーパスタ、レニーさんがナポリタンでいいですか?」
「おう! それと日替わりのスープを」
「あ、俺も!」
「はい、承知しました。茜ちゃん、パスタふたつ、カレー、ナポリタン。カップスープふたつ」
「わかりましたー」
ミサキ食堂は開店初日から盛況だった。
常連さんが待ち構えるように列を作り、ようやく最後の客が入ったと思ったら珍しいことにお代わりのオーダーが入った。
ミサキ食堂の常連たちの間には幾つかの暗黙のルールがあった。
その内のひとつが、最後の組の客以外はお代わりをしないこと。だった。
毎日限定30食で閉店する店なので、そうでもしないと大勢に行き渡らないためだ。
今日はクリスとレニーがその権利に浴したようだ。
「兄貴、今日はついてましたね」
「おう。久し振りに旨いもん食えたし、お代わりまで出来るとはな」
◇◆◇◆◇
美咲と茜は、看板を引っ込め、食器と鍋を洗い、閉店後の後片付けを終えるとテーブル席に突っ伏した。
「今日は忙しかったですねー」
「最後のお客さんが入るまで途切れなかったからねー」
フェルの宣伝のおかげか、開店前から客が並び、閉店まで途切れることなく来客が続いたのだ。
美咲と茜は休む間もなく料理を続けたため、疲労の極に達していた。
「やっぱり一日30食が限界だね」
「そうですねー。疲れましたー」
「甘いものでも食べて元気出そう」
「わーい」
「シュークリーム……ダブルのやつ、ふたつー」
出てきたシュークリームをもしゃもしゃと食べ、何とか元気を取り戻したふたりは、起き上がると揃って大きく伸びをした。
「茜ちゃん、今日はどうするの?」
「雑貨屋覗いてきます。昨日、在庫を補充しましたので。ミサキ先輩はどうするんですか?」
「今日はフェルも来ないだろうし、散歩でもしてくるよ」
◇◆◇◆◇
いつもの青いズボンの魔素使いの恰好に、フェルから貰ったローブを被り、美咲は広場に足を運んだ。
広場での人間観察である。
広場にあるベンチに向かおうとすると、人だかりが出来ているのに気付いた。
「どうしたんだろ?」
美咲が人だかりに近付くと、人だかりが割れて、中から小さな女の子が飛び出してきた。
女の子は美咲に体をこすりつけると、そのままぐったりとしてしまった。
慌てて美咲は女の子の体を抱きしめる。
「え? なにこれ?」
「おー、ミサキちゃんが保護したぞ」
「青いズボンの魔素使いなら安心か。しかし珍しいこともあるもんだなあ」
「あの、誰か事情を説明してもらえませんか?」
何が起きているのか分からず、美咲は周囲の人たちに問い掛けた。
「ん? その娘、ベンチで寝てたんだけど、ミストの者じゃなさそうだし、保護者の姿も見えないから、どうしようかって、みんなで相談してたんだよ」
「ミストの者じゃないって、何でですか?」
「ミストの町には獣人は住んでないからね」
「で、相談してたら急に目を覚まして逃げ出して、ミサキちゃんに体当たりしたってわけさね」
獣人と言われ、美咲は女の子に目を向けた。
黄色い髪の中に犬のような耳が生えていた。
腰の辺りには尻尾が生えていた。
「犬……この色はどっちかって言うと狐?」
「いくら春だからって、表に寝かしてたんじゃ風邪をひいちまうだろ? ミサキちゃん、保護して貰えないかね?」
「保護って……こういう時ってどこかの組合とかで面倒みたりは」
「そういう仕組みはないね。ミサキちゃんのところで面倒見れないんなら、孤児院に預けるけどさ」
美咲の腕の中で、女の子は安心しきったような表情で眠っていた。
「……えーと、なんか懐かれてるっぽいので、ひとまず預かります」
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