93.帰還
王都の朝は日の出前から人々が動き出す。
日の出前の空が白んだ時間さえ惜しむように人々は仕事に精を出す。
商人もその例外ではなく、となればその護衛も同様に早くから動き出すことになる。
「朝はちょっと肌寒いですねー」
もうすぐ初夏に差し掛かるというのに、日の出前はまだ少し寒く、茜は自分の腕をさするようにして暖を取った。
「そだね。あ、いたいた。おはようございます。護衛の依頼を受けた美咲と茜です。エドガーさんですか?」
「おう、俺がエドガーだ……お嬢さん、ちっさいのに緑か。大したもんだ。よろしく頼むわ」
ドワーフだろう。
背が低く、手足が妙に太い男がそう答えた。
「はい。どの馬車に乗ればいいですか?」
「前から2台目だ。もう準備はいいのかい?」
「問題ありません。それじゃ乗ってますね」
「おう、門が開いたら出発だ」
美咲達が馬車に乗り込むとすぐに馬車は動き出した。
門の前の列に並んで待つと、日の出を待って門が開かれる。
次々に馬車が門をくぐり、それぞれの目的地に向かって走り出す。
「ようやく旅の終わりがみえてきましたねー」
「ミストの町の門をくぐるまでは油断しちゃ駄目だからね」
「分かってます。家に帰るまでが遠足ですからねー」
王都周辺は比較的安全だが、ミストの町付近では魔物が出没することもある。
道は小さな丘を避けるため曲がりくねっていて、見通し距離も短い。
護衛としては気が抜けないエリアなのだ。
とはいえ、この辺りで出るとすれば地竜か白狼。どちらが来ても美咲達の敵ではない。
数度の休憩を挟み、一行はミストの町に到着した。
門をくぐったところで美咲は大きく溜息を吐いた。
「はー、帰ってきたね」
「違いますよ。それを言うなら『ミストよ、私は帰ってきた』です」
「あー、古いアニメだっけ?」
以前にも茜がそんなことを言っていたことを思い出し、美咲が尋ねると。
「まあ、私も元ネタ知ってるわけじゃないんですけどね」
と、茜は肩を竦めた。
馬車は町の中をゆっくりと進み、商業組合の前で停車した。
「到着だね」
「何事もなくてよかったですねー」
馬車から降り、エドガーのサインを依頼票に貰うと、美咲達はその足で傭兵組合に向かった。
◇◆◇◆◇
傭兵組合は夕方という時間帯のためか、若干混雑していた。
そんな中に美咲と茜は入っていった。
「ここも久し振りですねー」
どこか変わったところはないかと見回す茜だが、取り立てて違いを見付けられずに依頼票を眺め始める。
美咲は総合窓口にシェリーがいるのを見付けて傍に寄って行く。
「シェリーさん、組合長いますか?」
「ミサキさん、戻られたんですね。組合長ならいますよ。少々お待ちくださいね」
シェリーは奥に下がると、すぐにゴードンを連れて戻ってきた。
「ミサキさん、お待たせしました」
「いえいえ、わざわざ済みません。組合長、とりあえず戻ってきました」
「おう。長いこと悪かったな」
ゴードンは人差し指で頬を掻きながら謝った。
「いえ、旅を楽しんでましたよ。海まで行ってきました」
「海ってことはコティアの方か?」
「ええ、それでお土産にお酒を買ってきたので渡そうと思いまして。あ、シェリーさんにはペンダントがありますよ」
「ほう。それは有難い」
「私までいいんですか?」
「シェリーさんにも色々お世話になってますから」
美咲は収納魔法から酒と、貝殻で作られたペンダントを取り出し、ふたりに手渡した。
「あ、あと、これもお願いします」
エドガーのサインが入った依頼票をシェリーに渡す。
シェリーはそれを確認し、銀貨を8枚、トレイに入れて差し出してきた。
「はい……えーと、問題ありません……800ラタグです。確認してください」
「ありがと」
「護衛しながら帰って来るとは、傭兵らしくなったもんだな」
「そうでもないですよ。旅の間はお客さんとして馬車に乗ってましたからね」
「まあ、旅の間中護衛ってのも疲れるだろうからな……酒、ありがとな」
「ええ、それじゃ色々とご配慮ありがとうございました……茜ちゃん、行こう」
「はーい」
◇◆◇◆◇
「美咲先輩、今日はどうしますか?」
「どうって、何が?」
「また青海亭に泊まるんでしょーか?」
旅の間、ミサキ食堂は閉めたままだった。
春告の巫女の時よりも期間は短かったが、埃も溜まっていることだろう。
「そうだね。でもその前に広場に寄ってもいい?」
「フェルさんですか?」
「うん。お土産渡したいし、アンナのことも伝えておきたいからね」
「あ、そうですねー」
ふたりが広場に入ってぐるりと周囲を見渡すと、いつもの場所にフードを被ったフェルがいた。
美咲達が歩み寄るのを見て、フェルはフードを降ろした。
「ミサキ、アカネ、久し振り。もういいの?」
何が、とは言わない。
レールガンの情報の危うさはフェルも十分に理解しているのだ。
「うん。だから帰ってきたよ。お土産と報告があるんだ」
美咲はペンダントと酒をフェルに渡し、アンナがリバーシ屋敷で小川に師事していることを伝えた。
「オガワって人はニホン人なんだよね?」
「そうだけど、なんで?」
「ミサキ達見てると、ニホン人ってだけで悪いこと出来なさそうだから。アンナはしっかりしているようで、抜けてる所があるけど、ミサキ達と同郷の人が預かってるなら安心だよ」
「誉められてるのかな?」
「誉めてるよ。ミサキもアカネも真面目でよい子だって知ってるって意味だよ」
「よい子って、子ども扱い?」
「たまにはいいじゃない」
フェルは笑顔でそう言った。
◇◆◇◆◇
青海亭にはツインルームがない。
前回はそれぞれにシングルを取ったが、今回は特別室に泊まってみようと茜が言い出した。
特別室は3部屋が続きの間となったスイートルームである。
シングル2部屋を取ることを考えればその方が安くあがるし、特別室に興味があった美咲としても否やはなかった。
3部屋が続きの間になった特別室は、もともとは青海亭の女将が住んでいた部屋を宿として開放したものであるため、他にも生活に必要な設備は粗方揃っていた。
炊事場も、小さな温泉も。
「特別室には専用の温泉があるって言ってましたけど、これですかー」
「露天風呂だったんだねー」
ベランダのような場所にお湯を引いた露天風呂は、ギリギリ外からは見えないような高さの目隠しがついていて、空を見ることが出来るように出来ていた。
「夜とか星が綺麗でしょーねー」
「そうだね。暗くなったら入ろう……って、これはひとり用だね」
「ですね。ところで、魚、女将さんに渡しちゃって大丈夫だったんでしょーか?」
土産だと言って、干物を幾らかと、鮮魚を凍らせたものを女将には渡してある。
女将も海の魚をミストの町で見るとは思っていなかったと驚いていた。
「凍らせて持ってきたってことにすれば、不可能じゃないだろうし、大丈夫じゃない?」
「まあ、女将さんも詮索はしませんでしたけど。むしろ、凍った魚見て喜んでましたね」
「女将さんはコティア出身だからね。だからほら、海もないのに青海亭って」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
花粉のせいで寝不足(?)です。早く健康になりたい。。。




