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91.アイデンティティ

 翌日は朝から雨だった。

 美咲と茜は、美咲の部屋でふたりで過ごしていた。


「旅行中は天気に恵まれて助かりましたねー」

「そうだね。今日はどうしようか?」


 風邪でも引こうものなら命にかかわる場合すらあるのだ。

 一部の職業を除き、雨天は休養日として外出しないのがこの世界の常識である。


「また読書ですかね。漫画とか呼べますか?」

「漫画? 呼べないこともないけど、ハードSF寄りになっちゃうよ」


 ビニールに包まれた本を呼び出す美咲。

 4冊まとめてビニールに包まったそれを美咲は茜に手渡す。


「古本屋で買った本だけど、大半がこんな感じかな。これは宇宙のゴミ処理屋さんの話、かな」

「んー……ちょっと読んでみますね」


 ビニールを破いて本を取り出し、読み始める茜。


 思いのほか熱中しているようで、すぐに黙々とページを追い始めた。


「それじゃ、私はこれでも読もうかな」


 美咲は日本の民間企業が月面基地を作る小説を取り出して読み始めた。


 しばらくの間、美咲の部屋にはページをめくる音だけが響いた。


「……茜ちゃん」

「……なんですか?」

「明日晴れたら神殿行くけど一緒に行く?」

「何しに行くんですか?」

「いつまで呼び出しを続けなきゃいけないのか神託を貰いに行こうと思って」


 前に貰った神託から、美咲としてはそろそろ毎晩の呼び出しを終わりにしてもいい時期だと考えていた。

 貰おうと思って神託を貰えるのかは分からないが、今までの神託は神殿で得られたものだ。行かないよりは行った方が確率が高いと踏んでいた。


「行きます。やることありませんし」

「ん。じゃあ、晴れてたら」

「はーい」


 ◇◆◇◆◇


 翌日、美咲は茜を伴って王都の神殿に赴いていた。

 神殿の中の石碑を辿り、女神像の前で拝跪する。


(女神様、いつまで魔素の循環の為の呼び出しを続ければいいのでしょうか?)

『──魔素の巡りは回復しました。後は日常生活を送って貰って問題ありません。ご苦労様でした』


 美咲は、神託を受けて思わず顔をあげるが、幸いにして美咲に注目している者はいなかった。


(お返事ありがとうございます)


 それだけお祈りして、美咲は神殿を後にした。


「美咲先輩、どうでしたか?」

「うん、神託は貰えたよ」

「それで、どうなりました?」

「お役御免。日常生活を送ってって」

「……戻してはくれないんですねー」

「うん、それは無理っぽいみたい」


 ◇◆◇◆◇


 屋敷に戻った美咲は、小川に神託のことを告げ、居間でテーブルに突っ伏していた。


「ミサキ、どうしたの?」


 心配そうに様子を見に来たアンナには、体調不良と嘘を吐く。

 神託の話はとても信じて貰えるような話ではない。


「美咲先輩、なんであんなにショックを受けてるんでしょうか?」

「アイデンティティの喪失……かな。与えられた役目が終わって、その先を考えてなかったんだろうね。僕らと違って美咲ちゃんには、はっきりとした役目があったわけだからね」


 小川の推測した通り、美咲は与えられた役目が終わった後のことを考えてなかった。

 そのため、その役目から解放され、何をすべきなのかが分からなくなっていたのだ。

 もともと、美咲はこの世界に埋没して生活するつもりだった。

 そこに日本人が現れ、孤独ではないと知り、何とか皆の役に立とうとしてきていた。

 それが魔素の循環のための呼び出しだったのだ。

 だが、もうそれは不要となった。

 日常に戻れと言われても、何をしたら良いのか美咲にはわからなかった。


「美咲ちゃん、食堂経営しながら、ミストの町を守るのが美咲ちゃんが今までやってきていた事だよ」

「……小川さん」

「ミサキ食堂で町のみんなと過ごしながら、何かあったらミストの町を守る。美咲ちゃんが自ら課したその役目がなくなったわけじゃないよ」


 レールガンは何のために開発した魔法だったか。

 美咲はミストの町の塀の上から眺めた町の景色を思い出していた。

 美咲に取って、ミストの町は、守りたい町だった。


「ありがとうございます。小川さん。やりたいこと、思い出しました」

「ん。ほどほどに頑張ってね」

いつも読んで下さってありがとうございます。

切りが悪いので、今回、かなり短めです。。。

しばらく不定期更新になってしまいます。申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神託、アッサリだったのね。
[良い点] プラネテスと第六大陸かな?
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