89.女子会
傭兵組合を出て、リバーシ屋敷に到着した美咲達をセバスが出迎えた。
「お帰りなさいませ、アカネ様、ミサキ様」
「ただいまー、セバス。留守中に変わったことはなかった?」
「特にございません」
「ありがと、お風呂の準備、よろしくね。美咲先輩、一緒に入りましょー」
「いいけど、なんで?」
「誰かと一緒にお風呂に入るのも楽しいなって」
美咲と茜が風呂からあがると、居間には小川がいた。
もうコタツは片付けられており、普通にソファに腰かけている。
「おや、美咲ちゃん、茜ちゃん、久し振りだね」
「あ、小川さん、今日はお休みですか?」
「いや、在宅勤務だよ。ちょっと面倒なフェーズに入ったんでね」
「おじさん、アンナさんはどうしたんですか?」
「部屋に居るよ。回復魔法の勉強中だね。それで僕は今までの座学の内容を本にまとめているところ」
これ、と小川は右手に持った紙の束を見せた。
「アンナが回復魔法を使えるようになれば、それが教科書になるんですね?」
「そういうこと。僕としては、もう少し詳細に書かないと駄目かな、って見直してたんだけどね」
治癒の過程を、科学の知識がない者に説明しなければならないのだ。
どうしても話は基本的なところから始めなければならない。
顕微鏡もなしに、それを行うのは小川にしても困難なものだった。
「アンナ君は僕の言うことを素直に信じてくれたから楽だったけど、細胞の存在を信じられないって人に説明する文章を書こうとするとどうしても難しくてね……美咲ちゃん、顕微鏡って出せないかな」
「無理です。買ったことないです」
「んー……それじゃ……あ、教科書って出せる?」
「……えーと、高校のなら自分で買いに行きましたから出せると思いますけど」
「理科系のをお願い」
「はい」
美咲が呼び出そうとすると、他の教科も含めた教科書一式がまとめて出てきた。
「あ、教科書ってまとめて買ったから単体では呼べないみたいですね」
「いや、助かるよ。考えてみたら保健とかもあった方がいいだろうしね。ありがとう」
「そうですか? あ、茜ちゃん、数学とか歴史とかの教科書とかいる?」
「い、いりませんよ。私はまだ中学生なんで!」
思いっきり首を横に振って嫌がる茜。
「そんなに嫌がらなくても……」
「いきなり高校の教科書なんてハードル高すぎます!」
「まあ、それもそっか……あ、小川さん、今日、広瀬さんって帰ってきますか?」
「うん。特にどこかに駆除に行くみたいな話は聞いてないよ」
「それじゃ、広瀬さんが帰ってきたらおふたりにお土産渡しますね。お酒とかありますよ」
「おー、それは嬉しいね。楽しみにしてるよ」
◇◆◇◆◇
夕食はいつものメンバーにアンナを加えた食卓となった。
「アンナ、元気だった?」
「元気。ミサキ達も元気そうね」
「お陰様でね。アンナは回復魔法の勉強、順調?」
「今のところは順調……だと思う。細胞とかの概念が難しいけど」
「頑張ってね。あ、後でお土産あげるね」
「うん。ありがと」
夕食は久し振りの和風テイスト。
お米のご飯に肉と野菜のスープ、魚の煮つけ。デザートにプリン。
「久し振りに食べると和食もいいね」
「美咲はせいぜい2週間だろ? 俺は美咲がくるまで3年も米が食えなかったんだぜ」
「初めて会った時は米を食わせてくれって言ってくる変な人だと思いましたよ」
「おにーさんは今でも変な人ですけどねー」
「茜はあとで梅干しの刑な」
「うあー、暴力反対」
賑やかな食事を終え、まずアンナにお土産を渡す。
「貝で作ったブローチだよ」
「……ありがとう。大事にする」
美咲のスキルはアンナには秘密なので、小川達には酒の類だけを渡す。
そうでなければ串焼貝なども出せるのだが、アンナの前で、焼き立ての串焼貝を出すのは異常に過ぎる。
とはいえ、酒の類だけと言ってもかなりの量を買い込んでいるので十分に喜ばれ、酒宴が開始された。
茜は使用人向けに買った置物やアクセサリーが入った袋をセバスに渡している。
「あ、セバスさん、これもお願いします。ロバートさんに」
各種干物をテーブルの上に出してセバスにお願いすると、セバスはそれらを持って奥に戻った。
◇◆◇◆◇
酒宴から逃げるように自室に戻った美咲が、ベッドに転がっているとノックの音が響いた。
起き上がり。
「どうぞ」
というと、扉を開けてアンナが入ってきた。
「ミサキ、教えてほしいことがある」
「えーと、何?」
「生き物が細胞から出来ていると言うのはオガワ先生に習った。細胞が細胞分裂で増えるということも習った。そういう仕組みなら、どうして生き物には寿命があるの?」
「えーと、テロメアのことかな。老化のことかな……ごめん、それは小川さんに聞いた方がいいと思う。教科書にも関係しそうだしね」
「……分かった。ミサキは答えを知っているの?」
「うーん。私が知ってるのは答えの入り口くらいかな」
アンナは右手を顎に当てて考え込んだ。
そして。
「怖くならないの?」
と尋ねた。
「寿命があるのは仕方ないことだって思ってるよ。誰だって無限に生きられるわけじゃないし」
「……それは分かっていたけど、理論立てて、寿命を突き付けられるのはちょっと怖い」
「科学はただ寿命があるってことを、んー……証明するだけだよ」
「自分の寿命が分かる訳じゃないの?」
アンナは驚いたように目をまたたかせる。
「うん。科学はそこまで万能じゃないよ。ただ寿命の仕組みが何となく分かるだけ」
「そう……ちょっと安心した」
「でも回復魔法に関係しそうだから、ちゃんと小川さんに尋いてね」
「わかった。オガワ先生にも尋く」
◇◆◇◆◇
アンナが退出した後、美咲は不死人たちが地球から脱出するSFを呼び出して読み始めた。
すると再びドアをノックする音が響いた。
「はい、どなた」
「茜です。美咲先輩」
「どうぞ」
「失礼します。あ、読書中でしたか」
「うん、さっきちょっとアンナと話してたら何となくね……それでどうしたの?」
「んーと、ここ暫く、ずっとツインルームだったじゃないですか」
「あー、分かった、一人で寂しくなったんだね」
「まあ……はい、そうです」
恥ずかしそうに茜は俯いた。
「ベッド大きいし、今日は一緒に寝ようか?」
「そこまで子供じゃないですよー。ちょっと話し相手になってくれれば」
「いいよ、それじゃお菓子とか呼ぶよ。リクエストある?」
「甘いスナック菓子と、タケノコの村お願いします。あとコーラのゼロ」
「了解」
美咲はベッドの上にお菓子を呼び出した。
茜はそれを器用にキャッチして開封していく。
「こういうの、久し振りですねー」
「こういうの? 女子会みたいの?」
「ですです。うちだとお姉ちゃんがたまにお菓子買ってきて、一緒に食べてました」
「いいなぁ。うちなんか、兄だからそういうのなかったよ」
「おにーちゃんにもちょっと憧れますけどねー」
最近病院ばかりです。待合室にノートPC持ち込もうかな。怒られるかな。




