87.鍛冶屋
翌日、美咲達はヒノリアの町を離れ、キナムの町へと向かった。
キナムの町は、王都北方の黒の山脈に面した町で、鉱山の町と呼ばれている。
キナムまではジェロームと言う商人の馬車に乗せて貰うことになった。
馬車には他にも母娘連れの客が乗っており、美咲達は馬車の奥の方で大人しくしていた。
「お嬢ちゃん達はふたりでキナムに行くのかい?」
美咲達の外見は、この世界の基準で見るとまだ子供である。
親切心から声を掛けられたと分かっているので美咲も怒ったりはしない。
「はい。ちなみに私は成人していますよ」
「おや、それは失礼したね。そっちのお嬢さんもかい?」
「こっちはもう少しで成人ですね」
それで話が終わるかと思いきや、おばさんは美咲を暇潰しの相手に丁度良いと考えたようだ。
「キナムには何をしに行くんだい? あ、あたしゃ、タバサだよ。キナムには旦那がいるのさ」
「主に観光ですね。私は美咲です」
「おや、キナムで観光かい? 鉱山と鍛冶屋くらいしかない町なんだけどねぇ」
「これでも傭兵ですから、鍛冶屋にはちょっと興味があるんですよ」
「傭兵……おやおや、本当に。緑とは大したもんじゃないか」
美咲の首元を見てタバサは感心したように言った。
緑と言えば中堅である。
傭兵組合でもそれなりに難度の高い依頼を受けることが出来るため、世間一般の評価も決して低くない。
「ミストの町でそこそこ頑張ってますので」
「あらま、ミスト? あそこの魔法協会の会長さんね、私の知り合いなのよー」
「えーと、娘さんの方なら知ってますよ。フェルは傭兵組合で私のパートナーですから」
「あらそうなの? フェルちゃん、大きくなったんでしょうねー。前に会った時は、まだ小さい子供だったから」
「そうですね。立派な傭兵になってますよ」
「ところで、鍛冶屋に興味があるんだっけ? キナムに着いたらエイブラハムって頑固親爺がやってる鍛冶屋があるから覗いてみなさいな。腕は確かだよ」
それからもタバサのトークは留まるところを知らず、美咲はキナムの町までタバサの相手をし続けるのだった。
なお、茜はタバサの娘と仲良く眠っていた。
◇◆◇◆◇
キナムの町では、門をくぐる際に簡単だが審査があった。
「傭兵か……訪問の目的は?」
「観光です」
「キナムの町でか……まあいい。次」
と、言う程度のものではあったが、自由連邦に入る時でさえ聞かれなかった目的を聞かれ、美咲と茜は首を傾げた。
「貴重な鉱石も産出するし、魔剣も作ってる町だからね。おかしな連中が入らないように確認してるのさ」
とは、タバサの言である。
タバサにお薦めの宿がないか聞いたところ、タバサの友人がやっていると言う鉄床亭という宿を紹介された。
「ここですね。鉄床亭」
「名前からもっとごついのを想像してたけど、随分と綺麗な宿だね」
鉄床亭でツインルームをとった美咲達は早速散策に出掛けた。
町には旅人向けの店は殆どない。あっても宿か酒場だった。
「お土産はなさそうだね」
「いえいえ、何言ってるんですか。鍛冶屋が沢山あるじゃないですか」
「包丁でも買うの?」
「んー、出来れば日本刀みたいなのを作って貰いたいですねー」
「作り方知ってるの?」
「……柔らかい鉄を硬い鉄で包んで、何回も折り曲げる、とか?」
茜は自信なさそうにそう答えた。
「その説明で出来ちゃったら、刀鍛冶の人、泣くよ、きっと」
「ですよねー……でも似たものがないか探してみたいとは思ってるんですよ」
「あるのかなー」
◇◆◇◆◇
鍛冶屋に入った美咲は、いきなり、これじゃない感を味わうことになった。
まず武器は殆ど置いていないのだ。
当たり前である。
武具屋ならともかく、鍛冶屋である。
扱う物は鍛冶屋により異なるし、小売りをしているわけでもない。
「エイブラハムさんの鍛冶屋を探してみようか」
「どこにあるんですか?」
「さあ……」
通りがかった人に聞いてみると、かなり奥まったところにその鍛冶屋はあった。
習作なのだろうか、何本かの剣が樽に立ててある。
「武器を扱ってるみたいだね」
「そうですねー、たのもー」
茜が元気よく突撃すると、奥から親方が現れた。
「なんだ、お前らは。ここは子供の遊び場じゃないぞ」
「これでもお客ですよ。剣を打てる腕のいい鍛冶屋を探してます」
「なら俺だな。どんなのが欲しいんだ? 今なら材料があるから魔剣でも打てるぞ」
「本当ですか? 魔剣の材料って見せて貰うこと出来ますか?」
「ん? ああ、聖銀か? インゴットならこれだ。ほれ」
見本用なのだろう。手のひらサイズのインゴットを前掛けのポケットから取り出す親方。
見た目は輝きの鈍い銀だ。
「これで魔剣を作るんですねー」
「まあ、正確には、これを材料にして魔銀ってぇのを作って、それを材料にするんだがな。それで、どうするんだ? 本気で魔剣を作るのか? 高いぞ?」
「幾ら位ですか?」
「一本、金貨100枚ってところだな」
「……えーと、百万ラタグですね。それならお願いします」
「おいおい、本当に払えるのかよ?」
日本円にすればほぼ一千万円である。
普通であれば茜のような子供がおいそれと払える額ではない。
「はい。ちょっと待っててくださいね」
茜はアイテムボックスから金貨の入った袋を取り出して見せた。
「……ほう、確かに金貨だ。分かった。それでどんな剣が欲しいんだ?」
茜は日本刀の説明をするが、親方は首を捻るばかりである。
「こーゆー形の剣なんですけど」
「サーベルか? それなら打てるが、さっきの説明とは打ち方は違うぞ?」
「んー、それじゃ作りはサーベルで反りはこれくらいで柄は両手でも持てるように……」
茜の説明を受け、親方は形状を決めていく。
最終的に、日本刀に似た形状のサーベルを魔剣として作ることになった。
「茜ちゃん、魔剣なんてどうするの?」
「おにーさんに自慢するんです」
「……それだけのために百万ラタグ? お金は大事にした方がいいよ」
「アルにレンタルすれば少しは回収できますよ」
「それで、そっちのお嬢さんはどうするんだい?」
「あー、それじゃ、ちょっと見て貰いたいものがあるんですけど」
美咲は包丁を呼び出し、親方に渡した。
「これと同じような材質で、片手剣、作れますか?」
「これは……鉄……だよな。少しばかり混ぜもんがあるようだが、しなりもあるいい包丁だ」
「これ、錆びない鉄なんですよ」
「おいおい、錆びない鉄なんてないぞ?」
「……ですよねー」
どうやらステンレスはまだ存在しないようだ。
美咲はステンレス製の片手剣製造を諦めることにした。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
2018.02.26 誤記修正しました。




