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86.ロレイン

 茜を部屋に戻し、美咲はロレインの対面に腰かけた。


「ミサキさんは……春告の巫女様でよろしいんですのよね?」

「はい、務めさせていただきました」

「選定はどのようになされたのですか?」


 真っすぐに美咲の目を見ながらロレインはそう尋ねた。


「候補は私と、さっき一緒にいた茜ちゃんって娘のふたりでした。それで、アルバート王子が見極めました。何が決め手になったのかは聞いていません」

「……そうですか。アルバート王子はどういう方でしたか?」

「気さくな方ですね。あと、おそらくはとても生真面目な方なんだと思います」

「気さくで生真面目ですか」

「ええ、だからか、選定はとても苦労されていたようですけど」

「そうなんですの?」


 小さく首を傾げるロレインに、流石本物のお嬢様は絵になる等と考えながら美咲は答えた。


「最初の内は選定の基準が分からんって悩んでましたから」

「最初の内は?」

「後半は……神託があって、その、側室候補に相応しい者を選ぶとかいう話になりました」

「そうですか……ということはミサキさんはアルバート王子の側室になるんですか?」

「いいえ。アルバート王子も平民をそんな立場に置く訳にはいかないって言ってましたし、私もその気はありません」

「まあ……玉の輿でしょうに」

「アルバート王子はいい人だと思いますけれど、お慕いしているわけではありませんので」

「……ごめんなさいね」


 突然謝ったロレインに美咲は困惑したような表情を見せた。


「あの、何を謝られているのか分からないんですけど?」

「実は、このお話、既にアルバート王子から聞かされてましたの」

「はい?」

「私、ロレイン・モーランは、アルバート王子の婚約者なんです。ミサキさんのことはアルバート王子から聞いておりましたのでお会いしたいと思っておりました」

「……えーと、弟さんの熱は……」

「あれは本当に偶然ですわ。お名前を伺ってミサキさんだと気付きましたの」


 春告の巫女についてはアルバート王子から聞いていたという。

 特に、神託にあった側室に相応しい者であること。という一文は、あくまでも候補の選定基準であり、美咲を側室に迎えるつもりはないということは何回も念を押して説明をされていたとのことだ。


「それでも一度ミサキさんと直接お話をしておきたいと思っておりましたの」


 ロレインはそう言って微笑んだ。


 ◇◆◇◆◇


「……あー、疲れたー」


 ロレインが帰った後、美咲は部屋に戻りベッドに突っ伏した。


「美咲先輩、どうしたんですか?」

「ロレインさん、アルの婚約者なんだってー」

「あー、それはお疲れさまでした。てことは、お話は側室候補のことですか?」

「ん。本当に相応しいか見定めたかったみたいだけど、その気がないって言ったら謝って帰って行った」

「いい人みたいですけど?」

「アルには勿体ないくらい出来たお姉さんだったよ」


 ベッドの上でごろりと仰向けになり、美咲は両手を一杯に伸ばした。


「何にしても疲れたよー……あ、ところで連泊するって女将さんに伝えてくれた?」

「はい。明後日出立するので、一泊追加って伝えておきました」


 次の町までの便が明後日までなかったため、二泊することにしたのだ。

 美咲が伝えるつもりだったのだが、ロレインの登場ですっかり美咲の頭から抜け落ちていた。


「ありがとね。えーと、キナムの町だっけ。どんなところだろうね」

「鉱山の町って話ですけどねー。ドワーフが多いとも聞きますね」


 王都のそばの町だからか、キナムの町については茜が情報を持っていた。


「ドワーフか……見たことないなぁ」

「なに言ってるんですか。ミストの町で私がお世話になってる工房の親方、ドワーフですよ」

「え、そうなの? 普通のおじさんだと思ってた」

「……手と足が妙に短い割に太くなかったですか?」

「んー……言われてみれば確かに。それがドワーフの特徴かぁ、エルフと比べると分かりにくいね」


 エルフも耳が見えてなければそれと分かるほどの特徴はない。

 むしろ隠しにくい手足に特徴のあるドワーフの方が見分けやすいかもしれない。


「ところでそろそろ夕食じゃない?」

「んー、そうですね。そろそろ下りてみます?」


 ◇◆◇◆◇


 白薔薇亭の夕食は小さな皿に少量ずつ、色々な料理が盛られたものだった。


「綺麗ですねー」

「コース料理を一度に出してるみたいな感じだね」

「あー、確かに。うちのロバートもたまに似たようなの作りますよ」

「それじゃ、これってきっとエトワクタルの上流風なんだね」


 個々の料理は普通に美味しいが。それ以上に全体的に彩り美しく、器にも気を使っているのが分かる。

 量はさほど多くないため、それを期待する客には不向きだが、ニックに上品と評されていただけのことはある。


「鉄壁亭の夕食も悪くなかったけど、私はこっちの方が好きですねー」

「そうだね。あそこはどっちかって言うと男の人向けだったよね。酔っ払いも多かったし」


 夕食を食べ終え、お茶を飲みながら美咲達がまったりとしていると。


「こちらをどうぞ」


 と、女将が金属製の小さなコップにジュースをふたつ持ってきた。


「ジュースですか? 頼んでませんけど……」

「グレッグ坊ちゃんの命の恩人と伺っております。私は以前、グレッグ坊ちゃんの家庭教師を務めておりましたので、これはお礼と思ってください」

「……お断りするのも無粋ですね。ありがたく頂戴します」


 美咲がそう言うと、女将は微笑み、カウンターに戻って行った。


「人助けはするものですねー」

「ん。そうだね」


 ジュースは桃に似た味がした。


 ◇◆◇◆◇


 翌日は、ヒノリアで休養日となった。

 エトワクタル王国の玄関口と言われるだけあり、ヒノリアは大きな町だった。

 美咲達は市場巡りを楽しみ、面白い魔道具がないかと魔法協会を訪ねたりもした。

 門は東西に開かれており、北側には塩湖が広がっていた。

 塩湖周辺は関係者以外立ち入り禁止とされていたため、近付くことは出来なかったが、小さな塔から眺めることが出来、美咲達は塔からの眺めを楽しんだ。


「塩湖って言われなければただの湖に見えますねー」

「そうだね。でもきっと生き物とかいないんだろうね」


 実際にはそこまでの塩分濃度はなく、小エビや貝は棲息している。

 だが、美咲の知っている塩湖は、死海やウユニ塩湖と言った特殊なケースばかりなので、その誤解もやむなしだろう。


「ここで王国の塩の半分を生産しているんですねー」

「そう考えると、結構凄いね」

「湖の塩ってどこからきてるんでしょーね?」


 茜の疑問に、後ろから答えがあった。


「川から流れ込んでるんですよ。川は山から塩を運んできています。そして水が蒸発して塩湖になってるんです」


 振り向くと、エルフの女性が立っていた。


「教えてくれてありがとーございます。あなたは?」

「初めましてお嬢さん。ベルティです。この塔の管理人ですよ。たまにこうやって観光案内みたいなこともやってます」

「管理人さんですか?」

「正しくは見張り番ですね。湖にこっそり近付く人に注意したりするんです」

「私達はそんなことしてませんよー」

「分かってます。だから今は観光案内のつもりで出てきました」


 ベルティはそう言って微笑んだ。


「あ、それじゃ、折角ですから教えてください。湖周辺が関係者以外立ち入り禁止っていうのはどうしてなんですか?」

「貴重な塩湖ですからね。モーラン家が保護しているんです」


 美咲の質問に、ベルティはそう答えた。

 この塩湖はエトワクタル王国の塩の半分を生産する拠点である。

 ここがなくなれば、王国は自由連邦に塩を依存することになる。

 そのような事態が万が一にも起こらないようにするための施策であった。


「大変なお仕事ですね」

「実際には子供が悪戯で潜り込むのを叱るだけのお役目ですけどね」

「ひとりでこんな広い湖を監視だなんて大変そうですねー」

「んー、そこは色々秘密があるんです」

「どんな秘密ですかー?」

「それを言ったら秘密になりませんよね」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


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