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85.ヒノリアの娘

 翌日はホッキズの町に宿泊。

 酪農の町である。

 美咲は、ここでもバーギス同様、春告の巫女としての仕事が舞い込むかもしれないと警戒していたが、幸い、宿に誰かが押し掛けてくると言った事はなかった。


「美咲先輩、ここはひとつ、全部の町の神殿で春告の巫女を」

「しないよ。バーギスでは頼まれたから仕方なくやったんだから」


 報酬は貰わなかったが、王都の神殿に断りもなく神事をしてしまったのだ。

 バレたら怒られるかもしれないと美咲は考えていた。


「それにしても、ホッキズも何にもないところですねー」

「酪農の町だから、乳製品、お肉なんかも種類が豊富じゃない。今日買ったお肉とか、多分、いいお土産になるよ」

「あー、あれは確かに美味しかったですねー」

「他にも、チーズなんかは一通り買ったし、お土産はこれで大体買ったかな。アイテムボックスって本当に便利だよね」

「美咲先輩、最初はゴミ箱扱いしてましたけどねー」

「あー、あはは。あったね、そんなことも……このベーコンも美味しいねぇ」


 本日の宿は往路と同じ野兎亭である。

 夕食は往路とは異なり、分厚いベーコンを中心とした料理で、しっかりとした食感と肉の旨味が感じられる品だ。


「そうですね。おにーさんが好きそうな味です。こうした食事は呼べないんでしょーか?」

「んー、宿の食事だとどうなんだろうね? 食堂の食事なら、食器なしで出て来るんだけど」


 一泊二食付きで幾らと決まっているのだから、食事単体では呼べないような気がするよ、と美咲は呟いた。


 ◇◆◇◆◇


 ホッキズの次はノージーの町。湖畔の町である。

 往路で食べ物の類は一通り買い漁っているが、見落としがないかと土産物屋を見てまわる。


「美咲先輩、アクセサリーがありました」

「へー、どんなの?」

「これです。貝殻で作ったブローチですかね」


 薄桃色の貝殻で形作られた八重桜のようなそれを、茜が手に取る。


「あー、糸で結んであるんですね。接着剤って訳にはいかないですからねー」

「色も何種類かあるんだ。面白いね、フェルに買っていこうかな」

「あー、似合いそうですねー」


 美咲はちょっと考えて同じものを4つ購入した。


「随分買うんですね」

「んー、フェルにアンナ、あとシェリーさん、キャシーさんにもお世話になってるからね」

「なるほどー。私もうちの使用人たちに何か買って行こうかな」

「セバスさん達ね。いいんじゃない? そう言えばセバスさん達ってどうやって茜ちゃんの家に来たの?」

「商業組合からの紹介ですよ。セバス以外はお薦めされたリストの上位何人って選びました」

「セバスさんは違うんだ?」

「セバスは名前で選びました。執事と言ったらセバスチャンですから。あ、でもセバスには内緒にしといてくださいね。今ではセバスを選んでよかったと思ってるんですから」


 茜はそう言って、楽し気に笑った。


 ◇◆◇◆◇


 翌日。

 往路と同じく。


「荷物はない? では国境通行税、ひとり1000ラタグです」


 というお決まりの台詞と共に国境を越えた美咲達は、エトワクタル王国に帰国した。

 エトワクタル王国に入った美咲達は、ヒノリアの町で馬車を下り、マシューに礼金を渡した。


「どうもお世話になりました」

「いや。またのご縁がありましたら、ご贔屓に」

「ありがとーございましたー」


 美咲達に見送られ、マシューの馬車は鉄壁亭に向かって行く。


「さて、宿はどうしようか」

「また鉄壁亭ですかね?」

「前来た時に見に行った白薔薇亭に行ってみない?」

「あー、ありましたね。一見さんお断りみたいな宿。行ってみましょーか」


 白薔薇亭は、相変わらず、新規顧客にはあまり優しくなさそうな雰囲気を漂わせていた。

 まず扉が閉じている。看板は出ているが、営業中なのかが一見して分かりにくい。

 窓も鎧戸は開いているが、ガラスがはまった窓からは中を窺えない。

 夜なら温かい灯りが漏れるのだろうが、昼間だと屋内の方が暗いため雰囲気が暗い。

 落ち着いた雰囲気と言えなくもないが、初めて訪れる客に対する敷居は高い。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ。白薔薇亭へようこそ」


 扉を開いて中に入ると、銀髪の妙齢の女性が出迎えた。


「ツイン、とりあえず一泊お願いします。もしかしたら伸びるかもですが」


 今回は、ここヒノリアから王都の北側にある鉱山の町、キナムに向かう便を探さなければならないため、数日、宿泊することになる可能性がある。


「かしこまりました。宿帳にサインをお願いいたします」


 美咲と茜がサインをすると、女性は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに無表情に戻り、鍵を持って美咲達を先導する。


「ご案内します。お荷物はお持ちでは?」

「ありませんので、部屋に案内お願いします」


 ◇◆◇◆◇


 部屋に案内された美咲と茜は顔を見合わせた。


「美咲先輩、どう思います?」

「私達の名前に反応してたように見えたよね?」


 宿帳にサインをした時の女将の反応である。


「私達、じゃなくて美咲先輩の名前に反応してましたよ。また春告の巫女とかじゃないですか?」

「やっぱりそれかなぁ」


 美咲はベッドに座って頭を抱えた。


「この世界じゃ個人情報保護法なんてありませんからねー。今頃、領主にご注進ってなってるかもですねー」

「あー、考えたくないなぁ。宿は鉄壁亭にすべきだったかな」

「全部の宿に美咲先輩の名前が連絡されてるんじゃないんですかね?」

「うー。でもそれもそうか……あー、考えてもしょうがない。ちょっと散歩行こう」

「はーい」


 ◇◆◇◆◇


 美咲達が散歩から戻ると、白薔薇亭の馬車寄せに黒塗りの馬車が停まっていた。


「美咲先輩のお迎えでしょうか」

「縁起でもないこと言うのやめて」


 白薔薇亭に入ると、金髪の女性がティールームの椅子に腰かけてティーカップを傾けていた。

 往路でヒノリアに来る途中、弟が急に高熱を出し、美咲が氷を出して急場を凌いだ時に出会った少女だった。


「あれ? えーと、ロレインさん?」

「はい。覚えていて下さったのですね。ミサキさん」

「弟さんは大丈夫でしたか?」

「お陰様で快癒しました。その折は本当にありがとうございました」

「お礼はもう頂いてますよ。それで、今日はどうされたんですか?」

「ミサキさんとふたりきりでお話をしたいと思って、訪ねて参りました」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


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