84.春告の巫女ふたたび
翌日、楠亭を出た美咲達は切り株亭の前でマシューの馬車と合流した。
旅程はクロネからバーギスまで。
クロネから離れる程に道のでこぼこはなくなっていく。
人里から離れる程、路面がよくなる不思議さに首を捻りつつも美咲達は馬車で揺られていた。
「茜ちゃん、チョコ食べる?」
「はい、いただきまーす」
チョコを齧りながらあたりの風景が林から草原に変わっていくのを眺めていると突然馬車が停車した。
「魔物でも出たかな?」
「それにしては静かですね」
しばらく様子を窺っていると前方が騒がしくなってきた。
美咲達も馬車を下りて前方を窺うと、美咲の胴ほどの太さの木が倒れて道を塞いでいる。
どうやら倒木らしい。
数人がかりで斧で倒れた木を切っては道端に投げ捨てている。
「道路ってこうやって維持してるんだ」
美咲の呟きに馭者が答えた。
「基本的には領主様が維持してるんですがねぇ。通り掛かったキャラバンが処理することも多々ありますよ」
「報酬とか出るんですか?」
「いえ、ただ働きになっちまいますね」
「大変なんですね」
「まあ、この程度なら慣れたもんですよ。ほら、もうすぐ道が開きますから馬車に戻ってくださいね」
「はい。茜ちゃん、戻ろう」
「はーい……倒木なんて、盗賊フラグかと思っちゃいました」
◇◆◇◆◇
バーギスに到着した美咲達は前に宿泊した黄緑亭以外によい宿がないかと歩き回った。
「やっぱりこの町、少し寂れてる感じがしますねー」
「農業の町だからねぇ。他にも宿はあるけど、黄緑亭が一番よさげだね」
「冒険はやめときましょうか」
「そうだね、安心出来る宿にしとこうか」
美咲達が来たのが数週間遅ければ、小麦の収穫時期を迎えて賑わいを見せていたかもしれないが、少し季節が悪かった。
「ですねー」
黄緑亭にツインルームをとった美咲達は、その後も土産になりそうなものを探しに町に繰り出した。
だが、置いてあるものはどこかで見たことがあるようなものばかりだった。
「茜ちゃん、麦わら帽子とかどう?」
「色付きがあれば欲しいですけどー」
「なさそうだね。んー、あとは……広瀬さん達にお酒でも買っていこうか」
「お酒ですか。それなら美咲先輩にお任せします。美味しいのだったらまた欲しいとか言い出しそうですし」
「あはは、そうだね」
小川と広瀬のために数種類の酒を買い、アイテムボックスに収納する。
散策にも飽き、黄緑亭に戻るとそこは戦場だった。
「何? なにごと?」
食堂周りが大掃除中で、厨房の方までバタバタとしている。
忙しそうに走り回っていた少年をつかまえて話を聞くと、急に町の偉い人が食事に来ることになったという。
「町の偉い人ってまた曖昧ですねー」
「町長とか、領主とか、代官とか、そういう立場の人ってことだろうけど、急に来るなんて何なんだろうね?」
「今日は部屋に籠ってましょーか」
「そうだね。食事は勿体ないけど、同じ食堂で食事とか緊張しそうだし。おにぎりかサンドイッチでも呼び出そうか」
「それじゃ、女将さんに伝えてきますね」
◇◆◇◆◇
その日の夕刻、美咲達の部屋に女将が訪れた。
この町の代官が美咲達に会いに来ているという。
「あの、なんで私達に?」
「王都の巫女様だと伺っています。門番が連絡したそうです」
「……ってことは、目当ては私か。茜ちゃん、ちょっと行ってくるね」
「はい。何かあったら呼んで下さいねー」
美咲が食堂に下りると、この町の代官なのだろう、落ち着いた雰囲気の紳士がいた。
彼は、美咲が姿を現すと、立ち上がり、頭を下げた。
「お呼びだてしてしまい、申し訳ありません。バーギスの代官、スティーブン・ボーマンです」
「先の春告の巫女を務めた美咲です……どこで私のことを?」
「有名ですよ。今までにない春告の巫女という大役を務められたミサキ・サトーのことは」
美咲が滅多に名乗らない苗字まで知っていた。
「なんでまた……」
「この町は自由連邦の穀倉地帯です。復活祭にはいつも多額の寄付をさせていただいておりますゆえ」
この世界に個人情報保護を求めるのが間違っているとは理解していたが、どうやら積極的に情報が売られていたようだ。
「それにしてもよく、私がいると分かりましたね」
「先日、あなたがこの町を通過されたときに、女神様の色、ユフィテリア様と同じ髪型をした少女がいたことを、門番が覚えていまして、ミサキ嬢ではないかと調べておりましたところ……」
「また、私がこの町を通りがかった、と」
「はい、その通りです」
つまり、このスティーブンの中では、佐藤美咲=春告の巫女=女神様の色でポニーテイルという図式があったということになる。
「それで私になにか? 巫女は務めましたが、それ以上のことは出来ませんよ?」
女神の口付けの話も伝わっているのだろうか。と、美咲は身構える。
「どうぞ、椅子におかけください……このバーギスは自由連邦の穀倉地帯です。春を告げる巫女様に祈りを捧げて頂けたらと思いまして。お礼は致します。これも民の為、お願いできないでしょうか」
そう言って頭を下げるスティーブンに、美咲は毒気を抜かれたように、椅子に腰かけた。
「……食事は済ませましたので、お話だけ伺います」
「ありがとうございます。この町は農業の町ですので、復活祭は盛大に行われます。例年はエトワクタル王国の王都にも負けない賑やかな祭典となるのですが、今年はエトワクタル王国では春告の巫女が祈りを捧げたと言うではありませんか。町には信心深い者が多く、この町の復活祭に春告の巫女がいなくても良かったのかと不安に思う者も多かったのです」
「……そこに私が通り掛かったと。分かりました。神殿はあるんですよね? 明日は朝から出立なので、今から行って、春告の巫女としての祈りを捧げましょう。それでいいですか?」
「ありがとうございます。準備は何か必要でしょうか?」
「女神像の前に灯りを。衣装は貰ったものがありますし、聖典はなくとも、聖句はまだ覚えています……準備をしてきますので、神殿の方を整えておいてください」
美咲は席を立ち、部屋に戻った。
部屋に入ると茜が飛び付いて来た。
「美咲先輩、大丈夫でしたか?」
「うん。春告の巫女として神殿で祈りを捧げてほしいって。ちょっと着替えるね」
美咲は、アイテムボックスにしまったままになっていた巫女の衣装を取り出すと、それに着替えた。
聖典は返してしまっていたが、衣装は誂えたものだからと2着とも貰っていたのだ。
精進潔斎については間に合わないから勘弁して貰おう。
「あんまり巫女さんぽくないですね?」
着替えた美咲を見て、茜が首を傾げた。
「緋袴じゃないしね。服の作り自体は和服っぽいところもあるんだけど……えーと、茜ちゃんも来る?」
「はい、何かあったら助けますからね」
「うん。大丈夫だと思うけどよろしくね」
◇◆◇◆◇
神殿に着いた美咲は、神殿内を見回した。
作りは王都のものと異なっており、石碑は配されていない。
純粋に女神像に祈りを捧げるための施設のようだ。
「……なるほど。それでは祈りを捧げて参ります。祈りの間、中には入らないように」
「よろしくお願いいたします」
スティーブンと、町の顔役数人が神殿入り口で美咲に頭を下げた。
美咲はそのまま女神像の前まで歩を進め、女神像を見上げた。
そして、その場にひざまづき、祈りを捧げた。
数分で祈りは終わり、美咲はゆっくりと立ち上がった。
そのまま神殿入り口まで戻り。
「終わりました」
と告げると、町の顔役たちはホッとしたような表情を見せた。
「それでは夜も更けてきましたのでこれで戻りましょう」
「ミサキ嬢、これはお礼の品です。お納めください」
お納めくださいと指し示された方を見ると、荷物を満載した馬車がいた。
それを見て、美咲は頬が引き攣るのを必死に我慢しながら微笑み。
「いえ……その、祈りに対価は不要です」
と言って、茜の元に戻った。
「美咲先輩、お疲れさまでした」
「帰ろっか。もう眠いよ」
「ですねー」
「ミサキ嬢、馬車でお送りします」
とスティーブンが追いかけて来るが。
「大した距離じゃないから、宿までは歩きます」
と固辞した。
「美咲先輩、その服装だと歩くの大変じゃないですか?」
「散々練習したから大丈夫、それより早く帰って寝よう」
「はーい」
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