82.岩礁の白い獣
80話の予約投稿を失敗していましたので、投稿しなおしました。
依頼を受けると伝えると、リンディはすぐに船を手配するから待っていてほしいと告げてその場を離れた。
暫く待っていると、リンディが一人の老人を伴って戻ってきた。
「お待たせしました。こちらはセオドールさん。おふたりを岩礁までご案内してくださる船長です」
「船長なんて立派なもんじゃねーが、お嬢さんらを島まで乗せてけばいいんだな?」
「お願いします。私は美咲で、こちらが茜です」
「よろしくでーす」
セオドールに漁港まで案内されたふたりは、小さな漁船に乗り込んだ。
「それじゃ、出港するぞ」
「はい」
セオドールが帆を操ると小さな漁船はスルスルと海上を走り始めた。
「魔道具みたいな滑らかさですねー」
「腕がいいんだろうねぇ」
船が出て、すぐに岩礁が目に入った。
そこに生き物がいるとは思えないような小さな岩礁だった。
「白狼は……あれですかね」
「ああ、いるね。白いの」
「もっと近付けるぞ」
「あ、はい。ゆっくりお願いします」
ゆっくりと船が岩礁に近付いていく。
「あれ?」
「美咲先輩、どうしました? そろそろ射程距離だと思いますけど」
「……ねえ、あれ、本当に白狼?」
白い大型の犬科の動物であることは間違いない。
だがその額には、魔物の特徴と言われる魔石が見えなかった。
「犬、に見えなくもないですねー。額にはなにもついてませんし」
「……攻撃中止。セオドールさん、出来るだけ船を島に近付けてください。難しいですか?」
「こっちからなら座礁はせんよ。しかし、噛まれても知らんぞ」
セオドールは帆を操り、島に上陸できるように船を近付けた。
「行ってくるね」
「はい、何かあったら魔法で支援します」
島に上陸した美咲は、犬に近付いて行った。
「……グルルル」
犬は唸っている。が、同時に尻尾も振っていた。美咲は肉を呼び出し、犬と自分の中間に投げた。
犬は唸りながらもにじり寄り、肉に齧り付く。
「お腹、減ってたんだよね。取らないからゆっくりお食べ」
◇◆◇◆◇
犬の警戒は、数回目には呼び出した肉を美咲の手から直接食べるまでに落ち付いた。
美咲=ご飯をくれる人という式が犬の中で出来上がったらしい。
「それじゃ、今度は船だよ。おいで」
美咲が船に乗り、肉で犬を船におびき寄せる。
揺れる船が怖いのか、躊躇していた犬だが、食欲が勝ったのだろう。船に飛び乗り美咲の手から肉を食べた。
「人に慣れてますねー、飼い犬だったんでしょーか」
「どうする? そんなんでも駆除すりゃ金になるんだろ?」
「セオドールさん、港に戻ってください。白狼はいませんでした」
「そうかい、お人好しなこった」
船が港に向かう途中、美咲はなんとか犬の体を撫でることに成功した。
体はやせ細っているが、体躯は大柄で、秋田犬を思わせた。
頭を撫でていると、額に治りかけの三日月の傷があることが判明した。
岩礁に流れ着いた時に額に傷が出来、それを見た人が白狼と勘違いしたのかもしれない。
美咲はナイロン紐を緩めに犬の首に巻き、即席の首輪とした。
犬は大人しく美咲の足元に座っている。
「美咲先輩、飼うんですか?」
「うーん、うちは食堂やってるから、動物はねぇ」
「美咲先輩にすっかり懐いてるみたいですけど」
「とは言っても、ここって旅先なんだよね」
「あー、ミストの町まで連れて帰るの大変そうですねー」
美咲達が犬の処遇について話し合っている間、犬は船に慣れたのか眠り始めた。
「船の上だって言うのに、よく眠れますね、その子」
「本当にどうしようかな……あそこに置いてくるなんて出来っこないし」
◇◆◇◆◇
傭兵組合に戻った美咲達は、岩礁にいたのは犬だったこと、その犬を連れ帰ったことをリンディに伝えた。
「それで犬なんですけど、私達は旅しているので連れて行けないし、組合で引き取ってもらえませんか?」
「それはちょっと即答出来かねます」
「それじゃ町中に放しちゃっても良いですかー?」
「えーと……」
困ったような表情のリンディ。
当然である。傭兵組合の受付嬢は野良犬の処遇を判断できる立場にはない。
「……なあ、デューイに聞いてみちゃどうだ?」
それまで黙っていたセオドールが口を開いた。
「デューイさんて、門番の?」
「ああ、相棒が欲しいってボヤいてたからな」
「相棒、ですか」
「大人しい犬だが、番犬程度にはなるだろうさ」
◇◆◇◆◇
デューイと犬の顔合わせはうまく行った。
相性と言うのだろうか、初顔合わせで犬はデューイに擦り寄り、遊んでくれと言わんばかりに転がって腹を見せた。
「助けてあげた私よりも懐かれてるね」
「所詮は犬ですねー」
「それじゃこいつ、俺が貰ってもいいのか?」
「その犬もデューイさんのこと気に入ったみたいですし、宜しくお願いします」
リンディがホッとしたようにそう答えた。
「おー、そうか、よしよし。お前はオスか。今日からお前はクレメントだ。いいかクレメント」
「オン!」
こうして、犬改めクレメントの行き先は無事に決定した。
「元気でね」
「またねー」
◇◆◇◆◇
「浜も歩いたし、地引網も引かせてもらったし、船にも乗ったよね。後、やってないのって何かあるかな?」
「泳ぐのは、この季節的にはちょっと無理がありますし……お土産購入でしょーか」
「ああ、クロネで食べた焼き鳥で使ってた焼き塩、美味しかったよね。柚子塩みたいな感じで」
「ミストじゃお塩って高価ですから、お土産にちょうどいいんじゃないですかね」
ふたりはフラフラと町中を歩きながら土産になりそうな品を物色していた。
塩と、塩を使った干物などが土産物としてはポピュラーだ。
変わり種としては貝殻やサンゴを使ったアクセサリー。
アイテムボックスを使えば鮮魚も土産になるだろう。
あれがいい、これがいいと言いつつ、ふたりは様々な土産物を買い漁って回った。
◇◆◇◆◇
翌日、ふたりは日の出前から浜に出て、日の出を待っていた。
空が紫色から薄い青に変わり、水平線が白く染まって太陽が顔を覗かせる。
それをマントに包まり眺めながら、美咲は、海でしたいと思っていたことが一通り終わったことを実感していた。
だが、まだ早過ぎる。
ミストの町にはまだ帰れない。
「茜ちゃん、海以外に行きたいところとか、したいこと、ある?」
「私ですか? 海沿いにノンビリ船でクルージングとか……は、この世界じゃ無理ですよねー」
「湖ならともかく、海じゃ難しいかもね」
「そしたら、鉱山の町とか行ってみたいですねー」
「鉱山って言うと、エトワクタルになるね。王都の北側の山脈方面」
「魔剣の素材とか見てみたいです」
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