81.海
翌日は早朝からのんびりと海沿いを散歩した。
少し歩くと、砂浜だけではなく、岩場もあり、貝や海藻を採取している人達がいた。
「こういう風景は日本とよく似てるね」
「そーですねー。あ、海人さんですよ」
茜が指差す方を見ると、少し沖の方で、素潜りで貝を拾っている人達がいるのが目に付いた。
勿論、日本の様な姿ではないがやっていることはよく似ている。
「なるほど、あれだけの魚介類はこうやって採っていたんだね」
「凄いですねー。当たり前かもしれませんけど、人力ですべて賄ってたんですねー」
「塩作りもそうだよね。海水の散布なんかは自動化出来ない?」
「出来ると思いますけど、やるとアルに怒られますよ、きっと」
「なんで? って、そっか、自由連邦って外国だったっけ」
「そうなんですよねー、それがなければ色々口出ししたいところなんですけど」
塩は自由連邦の基幹産業の一つである。
一部でも自動化が進めば塩の値段が下がり、エトワクタル王国内の塩の値段にも影響が出兼ねない。
安価な塩が流通するだけならよいことだが、その結果、国内産の塩の競争力が低下し、塩を自由連邦に完全に依存するようになっては外交的に極めて宜しくない。
アルに怒られる程度で済む問題ではない。
「エトワクタルにも使える海があればいいのにね」
「山脈にトンネルでも掘らないと難しいでしょうねー」
「随分と気の長い話になりそうだね」
「そーですねー。土魔法とかでパパっと出来たらいーんですけどねー」
そんな話をしながらぼんやり海を眺めていると。
カン……カン……カン
と鐘の音が響いてきた。
「傭兵組合かな?」
「行ってみましょー」
鐘の音のする方に向かって行くと、他にも同じ方向に向かう人の流れがあった。
しかし、人の流れはぐるりと回って塩田の反対側の浜に向かっていた。
しかも傭兵のペンダントを付けていない人が多い。
「なんだろね?」
「砂浜に並んでますねー?」
美咲は砂浜に行列を作っているおばちゃんに聞いてみた。
「あの、何やってるんですか?」
「ん? ああ、よその人かい? 地引網って言ってね、今から大きな網でいっぱい魚をとるんだよ」
「なるほど、それで皆さん並んでるんですね」
「おや、地引をご存知かい」
「ええと、話に聞いたことはあったので」
「それじゃいい経験だ、一緒に網を引かせてあげるよ。ほら、そっちの嬢ちゃんもおいでおいで」
美咲と茜はおばちゃんに手を引かれて列に並ばされた。
足元には丈夫そうなロープがある。
「それじゃそろそろ引くからね」
皆が足元のロープに手を掛ける。
「よーいしょ! よーいしょ!」
と掛け声をかけながら地引網を引いていくと、やがてピチピチと跳ねる魚の姿が目に映った。
そのままの勢いで引き続けると、数人が海に入って網を手繰り寄せ始める。
手元の網の荒い部分には海藻や鰯のような小魚が引っ掛かっている。
「美咲先輩、手が魚臭いです!」
「そーゆーものでしょ!」
文句を言いつつも楽しげな茜に、美咲も満面の笑顔でそう返す。
網の目の細かい部分を引いていたおじさんが、桶に魚を移し始める。
大きめの魚やタコらしき足も見えるが、大半は小魚だ。
「雑魚は、浜で塩茹でにするから食べてきなさい」
「いいんですか?」
「一生懸命引いてくれたかんね。ご褒美だよ」
「ありがとーございます」
◇◆◇◆◇
コティアの浜辺でワイルドな浜鍋をご馳走になった美咲達は、その足で傭兵組合を覗いていた。
「あんまり海のお仕事はないんですねー」
「そうだね……あ、でもほら、これなんか海っぽいかも」
美咲が指差した依頼票は大亀の駆除だった。
だが、よく見ると陸棲の亀とある。
以前、ミストの町のそばで美咲とフェルが倒したものと同じ種類らしい。
「そう言えば、海側って高い塀がないですよね。海から魔物って来ないんですかね?」
「あー、言われてみればそうだね」
コティアの傭兵組合に海に関する仕事が少ないのは、海棲の魔物が極めて珍しいと言う理由が挙げられる。
また、漁は漁師の仕事であり、よほどのことがない限り、傭兵組合に依頼が出ないのだ。
依頼票を指で追っていた茜が、指を止めた。
「無人島の魔物駆除なんてのがありますね」
「どんなのがいるの?」
「白狼みたいですね……島で?」
「どれ?」
「これです」
茜が指差している依頼票には、確かに無人島の白狼駆除と記述されている。
「……へぇ、往復の便は出して貰えるんだね」
「美咲先輩、受けるんですか?」
「受けないよ。さすがに白狼探して狩るなんて無理だよ。ただ、珍しい依頼だなって思ってね」
「無人島ですからねー。ミストの町ではあり得ない依頼ですよねー」
「……あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい?」
美咲が振り向くと、受付の席に座っていた女性が後ろに立っていた。
「あ、済みません、受付のリンディです。その依頼なんですけれど、傭兵組合からの依頼で、魔法使いの方なら簡単にこなせるんです」
「私は美咲です。どういうことですか?」
「無人島って、本当に小さい岩礁みたいなものなんですけど、そこに白狼が流れ着いてしまったらしく、1カ月前から住み着いてしまったんです。魔法使いの方なら、船から魔法を撃ち込むだけで倒せると思うんですが……」
「……1カ月って何食べてるんでしょーねー?」
「打ち上げられた魚や、潮溜まりの生き物を食べてるみたいです」
「この町には魔法使いはいないんですか?」
「魔法使える人は都会に行ってしまいますので……」
言いづらそうに答えるリンディに、美咲は頷いた。
「なるほど。それで私達に声を掛けてきたわけですね」
「はい、魔法使いなら簡単なお仕事なんですが……もしもこのまま白狼を放置して、飢えた白狼が町に泳いで来たらと思うと……」
「ちょっと相談させてください」
美咲は茜を引っ張って壁際に移動した。
「茜ちゃん、どうする?」
「どうしましょー」
「こういうときのテンプレってないの?」
「んー、よい魔法使い兼冒険者としては、見過ごせませんね」
「冒険者って傭兵のこと?」
「似たよーなものです。美咲先輩も黙って見過ごすつもりはないんでしょ?」
「ん、まーね。見過ごして、後で白狼の被害に遭ったって聞いたりしたら後悔するだろうから」
白狼を探して退治ということであれば、無理だと断っただろうが、小さな岩礁であれば、船から狙い撃ちだ。
美咲達の危険は少ない。
ならば、困っている人を見捨てると言う選択肢はなかった。
「やっちゃおうか」
「はい!」
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