80.コティアの町
黄緑亭の夕食は、野菜と鶏肉の煮込みにリゾットだった。
「何となく、お米が欲しくなる味ですね」
「小麦のリゾットも美味しいけど、確かにそうだよね」
塩で味付けされた煮込みは、どうしても鍋を彷彿とさせられ、日本人としては米を求めてしまうのだ。
それさえ気にしなければ、全体として味はとてもよいものであった。
◇◆◇◆◇
翌日バーギスを出た一行は、一面の畑の中を進み、昼前くらいから森の中の道を進み始めた。
「あんまり、道、良くないですね」
と茜がボヤくほど路面は荒れており、ふたりはタオルクッションを増量した。
「最近、雨でも降ったのかもね」
「舗装されてるわけじゃないですもんねー」
やがて馬車は丸太をそのまま塀にした町に到着した。
クロネの町である。
「今日の宿場町だ。お薦めは切り株亭だな。林業が盛んな町だから、木を使った工芸品なんかが土産物になるぞ」
ニックの薦めに従って、宿は切り株亭に取った。
町の大きさはミストの町よりも遥かに小さい。
工芸品が土産になると聞いて町中を歩いてみると、確かにそれらしいものを扱っている店がある。
「茜ちゃん、これなんだかわかる?」
「なんでしょう、組木細工でしょーか?」
「雑だけど、ちょっと似てるよね」
これから進化し続ければいずれは箱根の組木細工に似たものになっていくのかもしれない。工芸品を眺めながら美咲はそんなことを考えた。
「面白いから一つ買っていきます」
「私が買っておこうか?」
「んー、それじゃ、これをお願いします」
異なる色の木を組み合わせて大きな模様を一つだけ作った箱を、茜は美咲に手渡した。
「おばさん、これ幾らですか?」
「んー、それは150ラタグだね。おや、姉妹かね?」
「まあ、似たようなものです」
銀貨1枚、大銅貨5枚を支払い、箱を茜に渡すと、茜は美咲とお揃いのアタックザックに箱をしまい込む。
店を出て、他にめぼしいものがないかと歩いたが、どの店も方向性は同じであった。
「将来、このあたりは、この世界の箱根になるのかもしれないね」
「まだまだ先は長そうですけどね」
◇◆◇◆◇
夕食は山鳥を焼いたものとパンとスープだった。
味付けはかなり濃く、薄い塩味に慣れた美咲達を驚かせた。
そんな美咲達を見て、ニックが酒を飲みながら教えてくれた。
「この辺りじゃな、味は濃いほど旨いってされてるんだ」
「その割に美味しいですね」
塩辛いだけではない。濃い目の味に慣れた日本人からみてもしっかりとした味付けである。
「ほんとだね。お塩がいいのかな」
「嬢ちゃん、いい舌してるな。コティアの焼き塩の特級品だ。柑橘類で香りも付けてある」
「おー、確かに」
ニックの説明に味の分析を始める美咲。
茜は美味しければそれでよいと言わんばかりにパクパク食べている。
「コティアでは色々見ないといけないね」
「とりあえず美咲先輩、美味しいは正義です」
◇◆◇◆◇
翌日、クロネを出た一行は、途切れることのない森の中の道を進んだ。
景色が変わり始めたのは昼前くらいだった。
森が林になり、空を覆う緑がなくなった。
そしてほどなくしてコティアの町に到着した。
「お客さん、コティアに到着しましたよ」
馭者に言われ、馬車を降りて大きく伸びをするふたり。
海の町、コティア。
旅の目的地である。
「ニックさん、お薦めの宿があったら教えてください」
「コティアの町なら深山亭だな。飯が旨い」
「深山亭ですね。ありがとうございます」
深山亭に宿を取ったふたりは、海に向かった。
「おー、海の匂いがします」
「そうだね、こっちかな」
匂いを頼りに歩いていると、堤防のようなところに出た。
それをよじ登ると。
「海です、美咲先輩!」
「海だねー」
青い海と白い浜が一望出来た。
「これ、入っちゃ駄目そうだね」
「そうですねー、塩田でしょうか。初めて見ましたー」
浜は区切られ、人が手作業で塩水を撒いていた。
原始的な塩田の姿である。
「あ、あっちです。塩田がないからあっち行ってみましょー」
「うん、行くからちょっと待って」
塩田を避け、浜に下りて海に近付く。
波打ち際まで歩き、波に手で触れる。
「うん。海まで来たね」
「来ましたねー……やっぱりこの世界の海もしょっぱいですね」
塩水を指に付けてひと舐めし、茜が眉をひそめる。
「塩田作ってるくらいだからねぇ」
「それはそうですけど、しょっぱいです」
「コティアにはしばらく滞在するつもりだし、とりあえず町中を見てみようか」
「そうですね、海産物とか、楽しみです」
塩の道の起点であるコティアには、沢山の業者が往来する。
塩だけでも様々な種類が売られているが、干物なども豊富である。
また、コティアでしか食べられないような新鮮な魚介類も豊富で、旅人向けに販売されている。
町の中央にある広場では、そうした海産物を取り扱う露店などが出ており、美咲達はそれらを見て回った。
「美咲先輩、焼き貝です」
串焼肉ならぬ串焼貝だった。
一串に2つ貝が刺さっている。
「半分こしよう。おじさん、一つください」
「あいよ。女神様にそっくりだね。20ラタグだ」
「あはは、よく言われます」
大銅貨を渡して串に刺した焼き貝を貰う。
一つ食べて茜に渡す。
「あつ……醤油っぽいですねー」
「魚醤ってやつかもねぇ」
店を見て回ると、様々な魚介類が売られていた。
「蟹にエビ、タコにイカ、何でもありますねー」
「タコもあるんだね」
「そう言えば西洋人はタコ食べないって聞きますけど、普通に売ってますねー」
「タコ焼きは……さすがにないね」
「あったらびっくりですよねー。作ったら売れますかね?」
「またそうやって商売っ気を出すんだから」
露店をひやかしながら町中を歩き、宿に戻るとすぐに夕食だった。
夕食は鯛に似た魚の塩焼きと貝の潮汁だった。
「この魚、身がプリプリですよ」
「そうだね。それに塩加減も絶妙。ちょっと真似できそうにないね」
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