79.旅路
まだ夕刻である。
鉄壁亭にツインルームを取ったふたりはヒノリアの町を見て回ることにした。
町の構造はどちらかと言えばミストの町に近く、外塀だけで町を守っている。
だが、エトワクタル王国の玄関口と言われるだけあり、ミストの町と比べると遥かに人の数が多い。
市場も活気付いており、日本の人混みに慣れている美咲達から見てさえ、賑わっているのが感じられた。
ただし、エトワクタル王国内ということで、物産などは王都と大差はなかった。
「ここでしか買えないような特産品はなさそうだね」
「そーですねー。私の鑑定にも面白そうなものは引っ掛かりません」
市場を一通り眺め、美咲達は宿に戻った。
宿屋の食事はニックの言葉通り量が多かったが、味も悪いものではなかった。
ただ、酔客が多いため、美咲達は早々に食事を終えて部屋に戻ることにした。
「茜ちゃん、何か欲しいものある?」
「いえ、もうお腹いっぱいですから……って、ああ、いつもの呼び出しですね」
「うん、特になければお酒とビールでも呼んどくけどね」
飛竜の襲撃が神託にあった揺り返しだとすれば、そろそろ毎晩の呼び出しは必要なくなっているのかもしれないが、新たな神託が来るまでは、美咲は毎晩の呼び出しを続けるつもりでいた。
「でしたら、雑貨屋のいつものラインナップで、手鏡をちょっと多めにお願いします。雑貨屋の売れ筋なので」
美咲は頷くと、茜のベッドの上に雑貨屋で扱っている商品を呼び出し始めた。
それを片っ端からアイテムボックスにしまう茜。アイテムボックスの操作は、はたから見ると空中を指でなぞっているようにしか見えない。
「……アイテムボックスは便利だけど、その操作がちょっと目立つよね」
「そーですね。人に聞かれたら、収納魔法覚える時に振付つきで覚えちゃったとか言うしかないですね」
「……ん、ちょっと眠くなってきた。私、そろそろ寝落ちしそうだから呼び出しはここまでにするね」
「はい、ありがとうございました。もう暗くなってきたし寝ましょうか」
明かりの魔道具があるとは言え、この世界の生活は太陽と共にある。
日が沈んだら眠る時間だ。
「そうだね。明日は国境か」
「楽しみですね」
◇◆◇◆◇
国境は小さな砦に併設された門だった。
国境線には申し訳程度に柵が作られているが、街道を少し逸れれば柵もない。誰でも簡単に越えられそうだ。
馬車に乗っている者は馭者以外全員下りて、門を通過する。
「荷物はない? では国境通行税、ひとり1000ラタグです」
入国目的も、滞在先も、何も聞かれなかった。
塩の道と呼ばれるような大きな街道である。いちいち時間をかけていられないのだろうが、情緒も何もあったものではなかった。
ただ国境を通るための税金だけを徴収され、美咲達は自由連邦に足を踏み入れた。
「何にしても初海外です。海は越えてませんけど。美咲先輩は海外って行ったことありますか?」
「私もこれが初めてだよ」
ヒソヒソ話しながら門を通過し、馬車に乗り込む。
自由連邦に入って2つ目の町がその日の宿だった。
町の名前はノージー。
大きな湖の畔にあり、湖から流れる川を利用した水運も盛んな町である。
「湖畔の町か、綺麗なところだね」
「虎のゴーレム作った人は、こういうのを目指してたんでしょーね、きっと」
ニック達と同じ、汀亭という宿にツインルームを取り、美咲達は町を散歩していた。
町の中央にある塔に上った美咲達は周囲を見回した。
湖側からは魔物が来ないらしく、湖側には高い塀はなかった。
「視界が開けてるって気持ちいいよね」
「ですねー」
町の名産はマスに似た魚の甘露煮と小エビの素揚げだった。
それぞれ、少しずつ美咲が購入し、ふたりで分けて食べる。
「これ、おじさん達が好きそうな味ですねー」
「あ、確かに。帰ったら出してあげよっかな」
「美咲先輩のお土産って、呼び出し使うとその場で食べるのと同じ鮮度なんですよね、やっぱり便利だなー」
「いいお店を見つけられたのは茜ちゃんの鑑定のお陰じゃない、鑑定も便利だと思うよ」
宿の食事は、マスに似た魚のから揚げ、甘露煮、酢漬けと魚尽くしだった。
「相変わらず、ニックさんの泊まる宿の料理は美味しいですねー」
「旅が仕事みたいなものだからかな。宿はニックさんと同じところにするのが確実っぽいね」
◇◆◇◆◇
翌日、ノージーを出て暫く進んだ森の中で唐突に馬車が停まった。
「何かあったのかな?」
前の方が騒がしい。
怒号が聞こえたので慌てて馬車を降りると、キャラバンの前の方で大きな熊と護衛が戦っていた。
「お客さん、ありゃグランベアだ。いつものことだから大丈夫ですよ。馬車に戻っててください」
馭者にそう言われ、馬車に戻る頃には決着が付いていた。
護衛側の圧勝である。
「グランベアって魔物だったよね」
「そーですけど、あっさり勝っちゃいましたね」
「魔剣持ちか、よっぽど強いんだろうね」
馬車に戻って暫くするとなにごともなかったかのように馬車は動き出した。
「出番、なかったね」
「そーですねー。でも、あれなら安心して乗ってられますね」
◇◆◇◆◇
暫くすると、景色が一変した。
一面、草原である。
草原には柵が設けられており、家畜が放牧されている。
自由連邦のホッキズ、酪農の町である。
「広いですねー」
牛や馬、羊が悠々と草を食んでいる。
豚も広い草原で遊んでいる。
「あちこちに塔があるね、魔物の警戒用かな?」
「あー、確かに。サイロとは違うみたいですねー」
塔の天辺には胸壁が備えられている。
小さな砦のようだ。
「どう見ても、監視用っぽいね」
ホッキズの町自体は塀で囲まれている。
魔物が襲ってきた時に家畜を避難させるためだろう。塀の中にはかなり広い広場があった。その広場を確保するため、町のサイズはミストよりも遥かに大きなものだった。
「ミストの町も酪農やってるけど、比較にならないね」
「大規模酪農牧場ですよね。これは色々期待出来そうですね」
「何が?」
「ミルクにチーズ、ベーコンにハムとかです」
「あー、たしかに」
その日の宿は野兎亭。
ニック曰く、肉が旨い宿らしい。
町を散歩すると旅人相手の店が多く、チーズ、バター、牛乳はどれも絶品だった。
ベーコン、ハムも何種類かあったので、土産として一通り買い込む。
帰りも同じルートを通るので慌てる必要はないのだが、目の前に美味しそうなものを文字通りぶら下げられているのを見て、財布の紐が緩んだらしい。
宿の食事は、大きなステーキがメインである。丁寧に処理されており、地竜と比べても遜色ない柔らかさで美咲達を驚かせた。
「美咲先輩、今更ですけど全然外国って感じしないですね」
「そもそも異世界だけどね……うん、言いたいことはわかるよ。エトワクタル王国と違わないってことだよね」
「そうですそうです。なんか、国内旅行してるみたいな感覚っていうか」
「元々国内だったというのが大きいんじゃないかな。言葉も同じだし」
「外国って何なんでしょーね?」
◇◆◇◆◇
翌日はひたすら草原の中を移動していた。
牧場の柵がなくなってもまだ草原、ひたすら草原である。
やがて草原の色が変わったと思ったら、緑が美しい小麦畑が広がっていた。
もう少し遅ければ、小麦が色付いていたことだろう。
「長閑な田園風景ですねー」
「えーと、バーギス、かな……確か、自由連邦の穀倉地帯って教科書に書いてあったはず」
地図を見ながら美咲が答える。
小麦畑を抜けるとバーギスの町である。
町のサイズはミストの町とあまり変わらないように見える。
宿はニックお薦めの黄緑亭。
町の中はミストの町よりも店舗数が少ない。
宿場町として宿屋はそれなりにあるが、旅人向けの町ではないのかもしれない。
「なんか、寂れた感じの町ですねー」
「それだけ農業に力を入れてるんじゃないかな」
「なんか進むほど田舎になってませんか?」
「そりゃ、海運が進歩してないんだから、海に行くほど田舎になるんじゃない? 文字通り地の果てなんだから」
今回は移動回です。
インフルじゃないようですが、風邪をひいてしまいました。
皆さま、インフルだけじゃなく、風邪にもお気を付けくださいませ。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。




