78.モーラン
白の森亭は、茜の言っていた通り、とても目立つ建物だった。
白亜とまではいかないが、白っぽい石を使い、それを売りにしているだけあり、丁寧に掃除がされている。
その宿の前には数台の馬車が停まっていた。
「えーと、どれだろ?」
「馭者の人に聞いてみましょー」
茜は近くに停まっていた馬車のそばまで小走りに近付くと、ニックという人を知らないか質問した。
「それなら彼だよ」
と、馭者が指差したのは筋肉質で大柄な男性だった。
荷物の点検をしているのか、前の方の馬車の後ろから中を覗き込んでいる。
茜は馭者に礼を述べ、美咲と一緒にニックのところに向かった。
「商人って言うより、傭兵って言われた方が納得しそーですね」
「兼任しているのかもね、自分で護衛すれば、その分経費が浮くだろうし……どこに乗ればいいか聞いてこよう」
「そうですねー」
「あの、お忙しいところ済みません。ニックさんですか?」
振り向いた男は、遠目に見たよりも大男だった。
「そうだが……ああ、コティアまで乗りたいってお客さんか……ん? 傭兵か?」
「客の方です、私は美咲、彼女が茜です。それで私達はどの馬車に乗ればいいでしょうか?」
「一番後ろの幌付きの馬車だ。今回乗客は君たちだけだよ。乗り遅れないようにな」
ニックに指し示された馬車は、半分が荷物で埋まっていた。
美咲達はその間に潜り込むようにして座りの良い場所を見付けてクッションを敷いた。
「日本なら、長距離バスに乗りましたってところでしょーか」
「そうだね。でも幌馬車って結構寒いんだね、マント被ってようかな」
「それがよさそうですね。旅先で風邪ひいたら大変ですし」
暦の上では春とは言え、日陰ではまだ肌寒い季節である。
美咲と茜はマントにくるまり、カイロで暖を取りはじめた。
「こう、小さなコタツがあればいいかもね」
「あー、馬車でコタツって言うのは思いつきませんでした。コンセントいらないから、そういうのもありですねー」
ふたりがそんな話をしていると、馭者が出発前の点呼を取りに来た。
「乗客おふたり様、お揃いですね。そろそろ出発ですよ」
「はい、宜しくお願いします」
初日はエトワクタル王国内の移動である。
王都からヒノリアの町までの移動経路は、小さな森が多く、森を切り開いて道が通されている。
そのため、馬車は木漏れ日の中を進むこととなった。
「ミストの方とはだいぶ違うんだね」
「そうですね。あっちは小さな丘が多くて、それを迂回するように道が出来てましたからねー」
「そう言えば、塩の道は当時の王様の命令で整備されたって教科書に書いてあったよ。きっと大事業だったんだろうね」
「へぇ、そこまでしたのに離反されちゃったら泣くに泣けないですねー」
馬車は何事もなく森の中を進む。
周囲の森は、定期的に対魔物部隊が魔物の駆除を行っているため、ミスト方面よりも魔物との遭遇率が低いのだ。
時折馬車が停車するが、前方から来た馬車に道を譲っているためだ。
塩の道では上りが優先とされているため、すれ違う場合は下り側が路肩に停車する決まりとなっている。
前回、魔物溢れが続いたときには、このあたりにはグランベアという魔物が現れたが、それ以外で一般人が魔物に襲われたと言う例はない。
時折聞こえてくるのは鳥の鳴き声だけで、実に長閑な道行きである。
「平和だねー」
「王国内ですからねー。魔物が出てきたらおにーさんに文句言わないとです」
そんな会話がフラグになったのだろうか。
キャラバンが停止し、ニックが美咲達の乗っている幌馬車に顔を覗かせた。
「すまんが、氷を出せないか?」
「出せますけどどうしました?」
「ちょっと来てくれ。氷が必要なんだ」
ニックに連れられて、キャラバンの先頭に向かう。
その前方にキャラバンのものとは明らかに異なる、紋章入りの馬車が停車していた。
「あれ? あの紋章って確か」
馬車の紋章は以前、ミサキ食堂の前に停車していた馬車に付いていたものとどこか似ていた。
「モーラン伯爵家の紋章だ、姫さんと若君が乗ってるんだが、若君が急に熱を出したんだ」
「急ぎましょう」
「ですねー」
小走りに馬車に駆け寄る美咲と茜。
馬車の前にいた騎士が道を塞ごうとするが
「氷を出せます、通して!」
と言うと、すぐに道をあけた。
馬車の扉を開けると、17、8歳の少女と、10歳くらいの男の子が乗っていた。
男の子は顔が真っ赤になっていた。
収納魔法で、この世界で一般的に使われている革袋を取り出すと茜に持たせ、距離をおいて美咲は小さく呪文を唱えた。
「小さき氷よ、あの袋の中に現れよ……氷礫!」
アイスキューブがゴロゴロと革袋の中に現れる。
「これで冷やしてあげて」
氷の詰まった革袋を少女に手渡すと、少女は、男の子の頭にそれを当てた。
「もう少し必要かな」
革袋を収納魔法から取り出したように見せつつ呼び出し、再び茜に持たせる。
「……氷礫」
新しい革袋の口を縛って少女に手渡す。
「ありがとうございます……あの、ヒノリアまで、キャラバンに同行させて頂けないでしょうか」
「えっと」
美咲がニックの方を振り向くと、ニックは頷いていた。
「あ、いいそうです。私はキャラバンの乗客の美咲です。氷がなくなったら出しますので言ってください」
「申し遅れました。ヒノリア領主が娘、ロレイン・モーランです。この度のご厚意、感謝いたします。こちらは弟のグレッグです」
「早く治るといいですね」
◇◆◇◆◇
氷で冷やしたことで、グレッグの熱も落ち着き、ヒノリアに着くころには容体は安定していた。
ヒノリアの門の前に到着すると、ロレインは小さな革袋を手渡してきた。
「ありがとうございます。これは些少ですが」
「そんなのいいから、早く薬師に見せてあげてね」
やり取りが長引いても仕方ないと、美咲は革袋を受け取り、ロレインの馬車を見送った。
「嬢ちゃん達がいて助かったぜ」
ニックも礼を受け取ったようで、満面の笑顔だった。
「別にあれくらい、普通のことじゃないですか」
「中には貴族は嫌いってのもいるからなぁ」
キャラバンは、門で規制品がないかをざっとチェックされ、門内に入った。
そこで美咲と茜は降ろされた。
「さ、今日はここで解散だ。明日は鉄壁亭の前に集合だからな」
「鉄壁亭?」
「おう、あそこの武器屋みたいな宿屋だ」
見れば、斧と盾を描いた看板がある。
知らなければ宿屋とは思わないだろう。
「お薦めの宿があったら教えてほしいんですけど」
「鉄壁亭かな。飯の量が多い、お上品なのが好きなら白薔薇亭なんてのもあるぞ」
「白薔薇……茜ちゃん、どっちがいい?」
「んー、白薔薇亭もちょっと気になりますね」
「じゃ、見て来ようか」
◇◆◇◆◇
白薔薇亭は、名前の通り、白薔薇を描いた看板が目印だった。
見た目は宿と言うよりもお屋敷といった風で、丁寧に整えられた庭の緑が目に眩しい。
「……んー、茜ちゃん、どうする?」
「ちょっとハードルが高い感じがしますねー。なんというか、綺麗すぎて、一見さんお断り、みたいな?」
「そもそも営業しているのかも分かりにくいよね、玄関閉まってるし」
「傭兵は傭兵らしく鉄壁亭に行きましょーか」
隔日ペースで間に合いましたー。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
今後、不定期になるかもしれませんが、出来るだけ隔日ペースを維持したいと思います。。。
2018.02.08 誤字修正しました。




