76.助手
飛竜の攻撃があった日の晩、美咲はミサキ食堂の厨房で、茜に今後の話をした。
「ミサキ食堂を閉店して旅に出ることにします」
「どーしたんですか、急に」
美咲は、茜に事のあらましを説明した。
最初は首を傾げていた茜だったが、その表情に理解の色が浮かぶと共に怒り出した。
「そんな……美咲先輩、全然悪くないのに!」
「うん、そうなんだけどね。折角だから他の町も見てみたいと思って。茜ちゃんは王都とミスト以外に行ったことある?」
「ないですけど……」
「折角の未知の世界、旅してみるのも面白そうじゃない? それに3ヵ月、ミストの町から逃げ出すと考えるよりも、自主的に旅に出ると思えば腹も立たないし」
美咲の考え方の変化は、マギーから借りた教科書が原因だった。
歴史を学んだ美咲は、この世界に対して今まで以上に親近感を抱くようになっていたのだ。
また、十分な資金があると言うのも背中を押す要因となっていた。
「この世界にもね、海があるんだよ」
「それは……あるでしょーね」
教科書に載っていた世界地図には海があった。当たり前と言えば当たり前だが、美咲はその事実に感動した。
「私は見てみたいよ、この世界の海。ねえ、見てみたいと思わない? この世界の生命が生まれた場所だよ」
「3ヵ月、でしたっけ?」
「うん、春告の巫女の時よりちょっと長いね」
「なら一緒に行きます。美咲先輩のいないミストの町は寂しいですから」
春告の巫女の時に数日だが、茜は一人で留守番をしたことがあった。
その時の、言いようのない寂しさを覚えていた茜に、一人で残ると言う選択肢はなかった。
「それじゃ、出発は3日後。まずは王都に行って、そこから海の方を目指します。教科書には国内地理がなかったから、そこは王都で調べるってことで」
「急ですねー。でも分かりました。取り敢えず雑貨屋の方は明日中に不在期間分の補充しときます」
「それでね、今回は出来たら護衛依頼を受けて行こうと思うんだ」
「おー、傭兵っぽいですねー」
ミストの町は王都にとって、食肉や青果の生産地である。
そのため、ミストの町と王都の間では、毎日のようにキャラバンが移動している。
街道は整備され、定期的に魔物の駆除が行われているが、それでも周辺の森から魔物が湧き出してくることがある。
その対策として、キャラバンは傭兵を護衛として雇うのだ。
「あれ? でも私ってまだ青ですけど、大丈夫なんでしょーか?」
美咲は傭兵のペンダントは既に緑だが、茜はまだ青である。受けられる依頼は限られて来る。
「調べてみたら、青でも良いってキャラバンがあったんだ」
「じゃーそれで行きましょー」
「それじゃ、私は依頼を受けておくから、茜ちゃんは準備をしっかりとね。あ、あと教科書も返さないとね」
◇◆◇◆◇
美咲は傭兵組合に入ると、目を付けておいた依頼票を剥がしてシェリーの窓口に提出した。
「こんにちは、ミサキさん。この依頼を受けるんですか?」
「うん、茜ちゃんとね」
シェリーは依頼票に目を通した。
3日後に王都までの護衛。本来なら問題はない。
だが、以前から美咲については、ゴードンから戦いが予想される依頼の制限が掛かっていた。
「少々お待ちください」
シェリーはゴードンに美咲が護衛依頼を受けようとしているという報告をあげた。その結果は拍子抜けするものだった。美咲の依頼受注に関する制限の撤廃である。
こうして美咲は無事に護衛依頼を受注することが出来た。
◇◆◇◆◇
3日後の日の出前、北門前で美咲は護衛対象のキャラバンと合流した。
「護衛依頼を受注した美咲と茜です」
「アントン・カーです。噂の青いズボンの魔素使いさんと、蒼炎使いさんに護衛していただけるとは光栄です。もう一人、護衛が来るので、出発はもう少し待ってくださいね」
「はい」
美咲と茜が馬車の馬を眺めていると、知った顔がやって来た。
「あれ、アンナ?」
「護衛で来た。ミサキ達も?」
「うん、そうだよ、よろしくね。依頼主のアントンさんはあっちだよ」
「ありがと。挨拶してくる」
アンナの挨拶が終わるとキャラバンはミストの町を後にした。
扱うのは鮮度が命の青果である。全員が馬車に乗っての移動となる。
護衛は全員、隊列前方の馬車に乗せられた。茜は警戒と称して馭者の隣に座っている。
「ねぇ、アンナ。傭兵を辞めるって噂を聞いたんだけど?」
「知ってる。ベルの誤報。ミストの町を暫く留守にするだけ」
「旅にでも出るの?」
「王都で回復魔法を学びたい」
「魔法協会で募集でもあった?」
そう言えば小川さんがそんな話をしていたっけ、と美咲が聞くと、アンナは首を横に振った。
「オガワ男爵に弟子入りを申し込む」
「小川さんなら茜ちゃんの家に居候してるけど?」
「……王都に着いたら紹介して」
「……行き当たりばったりだったんだね」
◇◆◇◆◇
王都までの道のりは平穏無事だった。
王都の門を潜るとアントンは馬車を止め、美咲達の依頼票に達成のサインをした。
「ありがとうございました。ミサキさん達のお陰で安心して運搬出来ましたよ」
「はい、次があればまたお願いしますね」
美咲が代表して挨拶し、アントン一行と別れた3人は、傭兵組合で依頼票を提出してからリバーシ屋敷へと向かった。
「アンナさんがおじさんに弟子入りですかー。うちの空き部屋なら好きに使って良いですからねー」
「ありがと。このお礼はいずれ」
「茜ちゃん、小川さんに許可取らなくて大丈夫?」
「おじさんなら喜ぶと思いますよ。回復魔法を広めたいって言ってましたからねー」
リバーシ屋敷に到着した美咲達は、玄関周りを掃除していたメイドに迎えられた。
「あ、アンナさん、この家は土足厳禁なので、ここで靴を脱いでスリッパに履き替えてくださいねー」
「分かった、変わった習慣……ニホン式?」
「そーですよー」
茜はメイドに幾つかの指示を出すと、リビングに入って行った。
リビングでは広瀬と小川がコタツで寛いでいた。
「おじさーん、弟子取りませんかー?」
「おや、茜ちゃん、に、美咲ちゃんと、そっちのお嬢さんは初めましてかな?」
「おじさん、こちらはミストの町で私達の友達のアンナさんです。アンナさん、こちら、おじさん、じゃなくて小川さんです」
紹介され、小川は丸めていた背筋を伸ばした。
「初めまして。アンナです。回復魔法を習得したくてオガワ男爵に弟子入りのお願いに来ました」
「あー、弟子ってそういうことね。初めまして、僕は小川です。男爵はつけなくて良いからね。それでアンナさんはなぜ回復魔法を習得したいのかな?」
「いつか迷宮に潜る時に必要になるから、です」
「なるほどね。そういう目標があるんだね。まだ、回復魔法は普及の前段階でね、今から習得しようとすると結構つらいよ? その覚悟はあるのかい?」
「はい。新しいものを覚えるのが大変なのは覚悟してます」
「そう。んー、弟子って訳にはいかないけど、魔法協会での助手として、回復魔法のカリキュラムを作る手伝いをして貰おうかな。その過程で回復魔法を習得してもらうってことでどうだい?」
「ありがとうございます」
2人のやり取りを聞いていた美咲と茜は、あまりのあっけなさに拍子抜けしたような表情をしていた。
「小川さんもアンナも、そんなにあっさり決めて良いんですか?」
「僕もカリキュラムを作るために、テストケースとなる助手が必要になるって思っていたところでね。渡りに船ってやつだよ」
「ミサキ、問題ない。回復魔法を覚えられて、その普及にも関われる。それはとても名誉なこと」
「うん、アンナが納得してるなら何も言わないけどね」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
風邪気味の為、次回更新は少し間が空くかもしれません。
インフルじゃあありませんよーに、、、




