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74.揺り返し

ゴードンが異常を感じたのは、それから1時間ほど経過してからだった。


「偵察が戻ってこない……何も見つけられない場合でも、そろそろ帰還している筈だが……フェルとミサキを南側の塀に上げて警戒させろ!」


偵察隊全員が時間を忘れて偵察に没頭しているとは考えにくい。であれば、何かがあったと考えるのが妥当だろう。杞憂であるならそれで良い。と、ゴードンは指示を出した。


伝令の伝えた指示に従ってフェルとミサキが塀の上に上っていく。

春とは言え、まだ肌寒い。


「フェルに言われてカイロ持ってきて正解だったよ……塀の上は風が強いね」

「塀の上は吹きっ晒しだからね……あ、大きな鳥見っけ」


他にも弓持ちの傭兵が気付いたようで、指を差して騒いでいる。


「どこどこ……あ、本当、大きいねぇ……って、鳥?」


美咲の知識に照らし合わせると、それは強いて言えばプテラノドンが一番近い。どう見ても鳥には見えなかった。だが美咲にはこの世界の生物全般の知識が不足していたため、その違和感を指摘することが出来なかった。


「空飛んでるんだから鳥でしょ? って、何か群れてるね? え? 火、吹いた?」

「やっぱり異常だよね? それにあれって竜じゃない?」

「だ、誰か伝令をお願い! 火を吹く竜が空飛んで、群れなしてるって組合長に伝えて!」


フェルの声に、数人が走り出した。


 ◇◆◇◆◇


「火を吹く飛竜だと!」


ゴードンは事態の不味さに思わず怒鳴った。

ミストの町の周辺では、今迄、空を飛ぶ魔物の目撃例はなかった。そのため、飛行種に対する防備は殆どされていなかった。

勿論、弓矢や槍はあるし、魔法もある。だから、手が届かない所にいる相手に対して完全に手が打てないということはない。だが、地を這う魔物と違い、飛竜が相手では容易に塀を越えることを許してしまう恐れがある。そうなった場合、下手に攻撃をすれば町に被害が及ぶ。

屋内に籠ってやり過ごせれば良いが、相手は火を吹くという。ミストの町の大半の家屋は木造だ。町が火の海になれば、住民は避難を余儀なくされ、被害は拡大する。

塀を越される前に敵を全滅させなければならない。

幾つかの指示を飛ばしながら、ゴードンは唸るように呟いた。


「フェルとミサキに頑張って貰うしかないか」


 ◇◆◇◆◇


ゴードンの指示で、屋外にある可燃物、主に薪の類が屋内に片付けられた。

可能な場所では建物そのものにも水を掛けるよう指示を出したが、こちらは捗々(はかばか)しくない。

水の魔道具があるとは言っても、建物に水を掛けるには屋根の上から水を流すしかない。また同時に出された、屋外に出ないようにとの指示とぶつかって、混乱も生じていた。

その混乱の中に茜もいた。

一度は南の塀前に集合したものの、それ以降指示がなく、業を煮やした茜は傭兵組合に駆け戻り、シェリーを捕まえて指示を仰いだ


「私はどこの塀に上れば良いんですか? 攻撃力ならちょっと自信がありますよ!」


シェリーは手元の大学ノートを確認した。

魔剣持ちは門の手前に配置した。主力のミサキとフェルは南の塀中央に配されている。

魔物が来るとしたら南からだ。南の塀の防備を厚くしなければならない。


「アカネさんはえーと、南の塀に上って右側の方お願いします」

「南で右、南西ってことね、了解! あ、運ぶものあったら持ってくよ」

「荷物は別に送ってありますので大丈夫です」

「それじゃ、行ってきまーす!」


 ◇◆◇◆◇


傭兵組合に、偵察に出していたメンバーが戻ってきたとの報告が届いたのはそんな時だった。

ただし、偵察の結果は芳しくなかった。

通常なら、敵種別、その数を伝令が持ってくる筈だが、偵察の帰着を伝える物でしかなかった。


「それで偵察隊はどうしたんだ?」

「今、傷の治療を受けています。飛竜を誘引しないように林の中を走ってきたそうです」

「……どこで治療を受けている?」

「は? 東門ですが」

「こちらから出向く。とにかく情報が足りん!」


東門では、治療院から駆けつけてきた施術士が、女神の口付けを用いて偵察に出したフランクの治療にあたっていた。

フランクは背中に広範囲の火傷を負っていたが、背負っていた荷物を捨てることで何とか林に逃げ込み、そのまま走ってきたとの事だった。


「……自分以外は林の中で身を隠しています。それで飛竜ですが、白狼を狩っています。白狼は飛竜に喰われていました……共に数は数えきれません。飛竜は火を吹き、その火は、白狼を貫いていました」

「そうか。白狼はこちらに逃げてきているのか?」

「いえ、飛竜は白狼を包囲しているようでした。包囲して、攻撃して、力尽きた白狼を喰っているように見えました」


最悪の中で、それは唯一の良いニュースであった。

飛竜の目的が白狼であれば、狩り尽くした後、巣に戻って行くかもしれない。

僅かでも時間を稼ぐことが出来れば、多少は防備に力を注ぐことも出来る。


「塀の上の全員に緊急通達! 飛竜にこちらから手を出すことは禁ずる! 向こうから攻撃されるまでは息を潜めて出来るだけやり過ごす事を考えろ! 相手は白狼の群れを餌にするような化け物だ。絶対にこちらから手を出すな!」


伝令が走っていくのを確かめると、ゴードンはその場で分かっている情報を書き出した。


「それと北門から王都に向けて早馬の用意をしてくれ。北門からなら飛竜に見付からずに出られるだろう」


 ◇◆◇◆◇


白狼は飛竜に追い込まれ、逃げ場を失っていた。

白の樹海から追い立てられるように草原に逃げ出したことが白狼の運命を決めてしまった。

樹海の中でさえ厄介だった飛竜は、遮蔽物のない草原では無敵だった。

飛竜の群れは上空で輪を描くように飛び、その輪の外に逃げようとする白狼目掛けて炎を吐いてくる。

炎に焼かれて足が止まった白狼には飛竜が飛び降りざまに止めを刺し、動きを止めた白狼は下りてきた飛竜に啄まれる。

そうやって、かつて白の樹海の食物連鎖の頂点に君臨していた白狼は、その数を減らしていった。


 ◇◆◇◆◇


「揺り返しって、これのことかな……幾らなんでも無茶でしょ」


遠目に飛竜と白狼の戦いを眺めながら、美咲は呟いた。


「ミサキ、何か言った?」

「ううん。厄介な相手だなって独り言」


既にゴードンの手出し禁止の指示は届いていた。

弓を持った傭兵が、ギリギリ有効射程内だと言って、試射しようとしているところだったので、かなり際どいタイミングだった。

ミストの町は空に対しては無防備だ。

バリアについては、以前考察したことがあったが、一人で町を守り切るようなバリアは構築できない。

多人数でならとも考えたが、バリアの概念を共有できるのは美咲の他には茜くらいしかいないのだ。現実的ではない。


「ねえフェル、空を飛ぶ魔法ってないのかな?」

「聞いた事ないけど……確か、この前発表された魔法の3原則では、自身には魔法が使えないってことだから、やるとしたら魔道具でってことになると思うけど?」

「あー、うん。そうなるか」


魔道具でとなると、コントローラーを使って方向を指示するような仕組みにしなければならない。鳥のように自由自在に空を飛ぶのは難しいだろう。

仮に実現できたとしても、自由に空を飛び火を吹く相手に対して、それでは同じ土俵に立てたとは言えない。

それに、そもそも今から準備して間に合うはずもない。


「ねえ、ミサキ。あれだけの数、倒せると思う?」

「正直言って、全部は厳しいと思う」

「だよねぇ……弓が効けば良いけど」


飛び回っているため、正確な数は分からないが、飛竜の数は30前後だ。

仮にその鱗が、白狼の毛皮並みだと仮定すると、美咲とフェルの組み合わせで有効射程は100メートル。茜が単独で50メートル。空を自由に飛ぶ敵に対して十分な距離があるとは言い難い。

美咲にはレールガンという隠し玉があるが、それを使わざるを得ない状況かもしれない。


「……ちょっとお手洗い行ってくるね」

「ん。早く戻ってね」


美咲は塀から降り、トイレに入るとアイテムボックスからレールガンの弾体を30個ほど取り出し、上着のポケットに詰め込むと、再び塀の上に戻った。


 ◇◆◇◆◇


白狼の群れは全滅した。

飛竜達は白狼の屍を啄み、それでも足りぬと上空に舞い上がった。

白の樹海にはもう大した獲物は残っていない。

向かうべきは北だった。

そしてその方向にはミストの町があった。


 ◇◆◇◆◇


「ねえ、ミサキ、あれ、こっちに向かってるように見えない?」

「見える……けど、手を出すなって指示が出てるよね」

「……でも、塀の上って全然安全じゃないよね?」

「身動きせずにやり過ごすしかないね」


塀の上で出来るだけ体を小さく丸めながら美咲が答える。

真正面からぶつかって勝てないと判断された以上、やり過ごすのが最善の策である。


飛竜が美咲達の直上を通過した。

ミストの町に侵入を許してしまったが、このまま抜けてくれれば、という祈りとは裏腹に、飛竜はミストの町上空で輪を描き出した。


「駄目っぽいね。フェル、飛竜は獲物を狙い始めたよ。これ以上待っても無意味だよ」

「下りてくるところを狙おう。魔素のライン、お願いね。それを見て、こっちで炎槍を乗っけるから」

「うん」


ひらりと飛竜が舞い降りた。その1秒後の到達予想位置に向け、美咲は魔素のラインを張る。


「炎槍!」


翼を貫かれた飛竜が落下した。


「やたっ! さすがフェル」


上空を飛んでいる飛竜が口を開き、炎を吐きだした。

炎は、伝令であろうか、町中を走っている人影に当たるが、防具で守られているところに当たったのだろう、転げるようにして近くの建物の陰に転がり込んだ。


「……近くに降りてこないと届かないよ」


ミストの町は一辺の長さが500メートルの正方形である。射程距離100メートルでは、ミストの町の大半は射程距離の外になってしまうのだ。


「どうする、ミサキ。町の中央に移動しようか?」


中央近くに移動出来れば、直径200メートルの円内が射程となる。


「ミサキ食堂の屋上から狙うとか」

「……問題はそこまで移動出来るか、だね」


敵は上空から炎を吐きだしてくるのだ。移動しながら警戒を続けるのは少々無理がある。

そして、移動できたとしてもミサキ食堂の屋上では身を隠す場所すらない。

美咲は、手札を晒すことを決断した。


「フェル、今から私の新魔法で飛竜を狙うから、私の後ろに立っててもらえるかな」

「インフェルノじゃ届かないよ?」

「だから新魔法。レールガン……これがバレると流石に徴兵されちゃうと思うから秘密にしといてね」

「……分かった。信じるよ」

「うん、信じて」

今回、切りが悪かったので、少々長目で申し訳ありません。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


2018.01.30 誤字修正

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