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73.襲来

数日後、商業組合のマギーが茜を訪ねてきた。


「茜ちゃんなら今は出掛けてるけど」

「そうですか、それではこれを渡していただけないでしょうか」


雑貨屋アカネに卸しているトートバッグを手渡される。


「良いですけど、何ですか、これ」

「王都にある学校の教科書です。組合に、学校に通っていた者がいたので借りてきました」

「教科書? 茜ちゃん、この前の話を本気にしちゃったのかな……私も見せて貰って良いですか?」

「ええ、構いませんよ」


マギーが帰った後で、美咲は自室に戻り教科書を眺めた。

それがこの世界の常なのかは分からないが、そこそこ重厚な作りである。ただし厚みはそれほどではない。

中を見てみると、一応、羊皮紙ではなく紙が使われているが、印刷ではなく手書き文字だった。

それでも、挿絵が入っている部分は、版画刷りのようになっている。

そしてその内容はというと。


(結構勉強になるかも)


数学系は算数レベルだが、国語は基礎教養なのだろう、この世界の有名な作品について紹介され、それぞれの時代背景などが記されている。

社会はなぜか国内の地図は記載されていないが近隣国の地理と、国内の歴史についてが記されていた。

それと、恐らく、商業組合で借りたからだろう、商法が記載された教科書があった。

理科に該当する教科書はなかった。


「歴史は神話と史実の区別がつかないな……あ、そか、神様実在してるんだっけ」


そのまま美咲は、茜が帰ってくるまで教科書を読みふけった。


 ◇◆◇◆◇


雑貨屋アカネの客層は、多くを傭兵が占めている。

依頼を受けて手鏡の様な貴重品を買いにくる者と、自身が本当に欲しくて買いに来る者だ。

後者は、多くの場合、トートバッグやノート、缶詰などを買いに来るので簡単に見分けがつく。

傭兵以外だと、商業組合の者がノートを買いに来ることが多くなっている。

普通の、というと語弊があるが、普通の住民は滅多に来ないが、多くの場合布製品が売れている。

今日も平常運転で、傭兵の客が多かった。

ブレッドは椅子に座ったまま、グリンに品出しと、戻ってきた空き缶の処理を指示し、売り上げノートに何が幾つ売れたのかを記入した。


「ブレッドさん、空き缶の袋詰め終わったよ」

「おう。それじゃ、今日はそろそろ閉めるぞ」

「うん、看板しまってくる」


グリンは表に立てかけてあった看板を店内にしまった。

看板が出ていれば営業中、そうでなければ準備中というシステムは、食堂と一緒だ。


「じゃあ、鍵を掛けるぞ。グリン、アカネさんに、空き缶が溜まってきたって伝えといてくれ」

「分かったよ。それじゃまた明日」


 ◇◆◇◆◇


「こんにちはー!」


ノックの音と元気な声に、美咲は教科書から顔をあげた。


「グリンかな? はーい、ちょっと待って!」


食堂に降りると、グリンが待っていた。


「あ、お姉ちゃん。アカネさんいませんか?」


いつになく丁寧な言葉遣いのグリンである。

客商売を始めてから、ブレッドに矯正されたらしい。


「ん? 多分工房じゃないかな、どうしたの?」

「えーと、空き缶が溜まってきたから、明日にでも引き取りに来てほしいってブレッドさんが言ってました」

「そ、帰ってきたら伝えとくね……あ、ちょっと待って」


厨房に戻り、冷蔵庫から市場で買った肉を取り出す。


「これ持ってって。余り物だから」

「いつもありがとうございます」

「うん。みんなによろしくね」


 ◇◆◇◆◇


茜が帰ってきたのは日が暮れて少し経った頃だった。

ミストの町では、人は皆、早寝早起きである。日が暮れてから帰ってくるというのは、かなり遅い部類となる。


「遅かったね。何かあったの?」

「ちょっと工房で扇風機の話をしてたら遅くなっちゃいました」

「そっか。マギーさんとグリンが来たよ。マギーさんは教科書を持ってきて、グリンは空き缶が溜まったから明日にでも引き取りに来てほしいって」

「あ、はい、ありがとうございます。教科書、どんなのかな……読みました?」

「うん、読ませて貰ったよ。読むだけでも勉強になったかな、特に歴史とかね」

「歴史ですか? ちょっと意外です」

「偉人の名前とか、歴史の流れとかがね。と、お腹空いてるよね。ご飯は炊けてるよ。食べる?」

「はい、頂きます」


茜は厨房に入り、鍋の蓋を開けてみる。


「おかずは……野菜鍋?」

「うん、鶏肉も入ってるけどね。あと、がんもも煮といたけど」

「わ、あれ甘くて好きです」

「じゃ、食べようか」


美咲は食器棚から器を取り出して茜に手渡した。


 ◇◆◇◆◇


白の樹海には白狼の群れが棲みついている。十分に接近すれば通常の魔法でも効果があるし、腕の良い魔剣使いなら倒せない相手ではないが、群れをなして襲ってこられると、人間を含め、大抵の生き物は餌にされてしまう。

白狼は白の樹海という環境における、食物連鎖の頂点に君臨する生き物だった。


その奇妙なトカゲ達も、白狼達にとっては餌でしかなかった。

木々の間を飛び跳ねる俊敏性から、食らい尽くすには至っていなかったが、地面に降りたそれは、良い獲物でしかなかった。

だが、ある時、その力関係が逆転した。

トカゲは木々の間から上空に飛び立ち、白狼に向かって炎を吐き出したのだ。

白狼は、狩る側から狩られる側となった。

最初は数頭のトカゲだけが空に舞った。

しかし、その数は日を追うごとに増えて行った。

そして、白の樹海の砦から発見されるようになるまで、そう時間は掛からなかった。


白の樹海の砦、朝番のランスは、それを見た時、まず己の目を疑った。

しかし、訓練され染み付いた習慣が反応し、半鐘を鳴らした。


「どうした!」

「白狼の群れが多数逃げてきています。追っているのは……飛竜の群れ!」


梯子を上りかけていたニールの手が止まった。


「もう一度頼む」

「白狼の群れ多数が森から逃げてきています。それを追って飛竜の群れ……飛竜は白狼を喰っています!」


それを聞いたニールは梯子を登るのを止め、中央塔の隊長室に駆け込み、狼煙の魔道具を作動させた。狼煙の魔道具は、その性能をいかんなく発揮し、直上に真っ赤な煙を噴き上げた。

それを確認しながらニールは、壁の梯子に取り付き、上り始めた。


「……白狼を食らう程の飛竜の群れ? ミストじゃそんなの想定してないぞ!」


王都であれば、塀の上に飛び道具が設置されているが、ミストの町にあるのは槍や弓程度だ。空を飛ぶ相手に対抗出来る筈もない。

梯子を上り終えたニールはランスの横に立ち、周囲を見渡して呆然とした。ランスの言った通り、飛竜が白狼を襲っている。

前肢はなく、代わりに大きな皮膜をもち、それを使って自由自在に空を飛んでいた。

飛竜の動きは白狼を翻弄するほどに早く、空から襲い掛かり、止めを刺してからその肉を啄んでいる。

白狼を持ち上げる程の力はないようだが、その牙と爪は鋭く、口から吐き出される炎の塊は、白狼の毛皮を貫いていた。


「……ランス、もう監視は良い。地下に籠城するぞ!」

「ですが!」

「塀の上なんぞ、奴らからしたら恰好の餌場だ! まずは生き残れ! 下りたらジェフを叩き起こして地下に行け!」

「了解!」


そのやり取りが飛竜の注意を引いたのだろう。一頭の飛竜がランスとニールに襲い掛かってきた。

それを見つけたランスは迫りくる飛竜に向けて矢を射るが、その鱗に弾かれてしまう。


「隊長! 効きません!」

「ここは俺に任せて先に降りろ!」


ランスが梯子に取り付くのを横目に、ニールは剣を抜き、飛竜に向けて構えた。

届くはずもないが、ブンブンと大振りに剣を振り回す。

それを嫌ってか、飛竜が大きく距離を取る。

ランスの姿が見えなくなったのを確認し、ニールは梯子に取り付いた。その隙を好機と捉えたのだろう、再び飛竜がニールに襲い掛かり、至近距離から炎の塊を吐き出す。ニールは炎に飲まれるよりはと、梯子から落下し、下の兵舎の屋根にぶつかりながら落ちて行った。

狙っていた獲物が見えなくなったため飛竜は砦から離れ、白狼狩りに戻って行く。


「隊長!」

「だ、大丈夫だ、あちこち打ったが生きてる……だが、動けそうにない。済まんが屋内まで連れて行ってくれ」

「はい……ですが、飛竜相手ではミストの町では……」

「そうだな……どれだけの被害が出ることか」


 ◇◆◇◆◇


白の樹海の砦の狼煙はミストの町から観測された。

色は赤。緊急事態を知らせる物である。

狼煙の観測手は、代官であるビリーと傭兵組合長であるゴードンに対して伝令を走らせた。


ビリーはミストの町北側に広がる耕作地帯に門内への退避命令を出し、閉門を指示した。

通常、門の外で育てられている家畜は門内に追い込まれ、農夫も門内に避難した。


ゴードンは傭兵の招集を掛け、近場にいた中堅の傭兵を偵察に出した。

ぞろぞろと傭兵組合に集まって来る傭兵達を見ながら、ゴードンは安堵の溜息をついていた。

美咲は王都から帰ってきている。ゴーレム戦で頭角を現した茜もいる。

女神の口付けという回復の魔道具もある。

今迄で一番充実した戦力で事態にあたることが出来るのだ。


「油断は禁物だが……今回は楽な戦いになりそうだ」


ゴードンは小さく呟いた。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


2018.01.30 誤字修正

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