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72.兆し

翌日はミサキ食堂再開のための準備にあてられた。

食器類をすべて洗い、釣銭の小銭を用意する。

メニューは今迄どおりパスタ各種、ラーメン2種類、カップスープである。プリンはメニューには載せないが、冷蔵庫に常備しておく。


「茜ちゃん、何か呼び出しておいてほしいものある?」

「んーと甘味、雑貨は十分にアイテムボックスに入ってますね。あ、前に作ってくれた味噌ラーメンとか欲しいです」

「味噌? あー、生麺のね。スープも色々あるよ」


生麺にスープ各種を呼び出し、茜に渡す。ついでとばかり、チャーシュー、もやしも呼んで渡しておく。


「ありがとーございます」

「そう言えばこういう細々したものって、小川さん達には渡してないんだよね」

「王都ではロバートが料理してましたしねー」


ミストの町では美咲が食事を作ることが多いため、色々と思い出してはレパートリーを増やすことができているが、王都では上げ膳下げ膳で美咲が厨房に立つことは殆どなかったため、小川達には頼まれたもの以外はあまり渡していない。

年末年始のようなイベントでもあれば別だが、そうでもなければ、日常買っていたものを気を利かせて渡すのは難しい。


「小川さんと広瀬さんの好物って何か知ってる?」

「お酒ですかねー」

「そうなるよねぇ。茜ちゃんみたく欲しい物を言ってくれれば渡せるかもしれないんだけどね。今度会った時に聞いてみようかな」

「戻ってきたばかりで、もうおにーさん達が恋しいんですか?」

「や、そういうのじゃないから」

「そーでした。美咲先輩はアルの側室候補でしたねー」

「それも違うから」


 ◇◆◇◆◇


翌日、ミサキ食堂は事前告知もなく、静かに開店した。


「今日は開いてるね」

「いらっしゃいませー。あ、ベル、久し振り」


開店してすぐに、懐かしい顔が入ってきた。

地竜討伐の際に、ミストの砦で一緒に籠城したベルである。


「ん。ミサキとは地竜討伐以来か。噂は色々聞いてるよ。大変だったみたいだな」

「ゴーレムとか亀とかねぇ。ご注文、お決まりでしたらどうぞ」


コップに水を注いでベルの前に置くと美咲は店員モードに切り替えた。


「えーと……メニュー変わってるなぁ。んー、辛めのパスタが良いんだけど」

「なら、ペペロンチーノがお薦めかな。あ、カレーパスタってのも辛くて人気だよ」

「じゃ、カレーパスタ。巫女もやったんだって?」

「茜ちゃん、カレーパスタ1つ。あー、キャシーに聞いた?」


この世界にも守秘義務はあるが、個人情報保護法などは存在しない。

アルが口止めをしていなければ、美咲と茜の巫女選定は恰好の噂話になるだろう。

実際、アルは自分の身分については口止めをしたが、それ以外については何も制限を掛けていなかった。


「青いズボンの魔素使いが巫女に選定されて王都に連れてかれたってね。酒場では、結構噂になってたよ」

「あー。まあ、衣装合わせとか、作法の勉強で時間が掛かっただけで、大したことはしてないから」

「そっか。ところで最近アンナには会ったか?」

「うん。一昨日、フェルと一緒に来たけど?」

「アンナ、傭兵引退するって噂があるんだけど、何か言ってたか?」

「え、初耳。結婚でもするの?」

「いや、理由が分からなくてさ。ちょっと前から噂だけ聞いてるんだけど、本人捕まらなくてね」


傭兵が引退すると言うのは、かなり珍しいことである。

何しろ、傭兵組合とは言っても、その仕事は多岐に渡り、戦えない傭兵でも仕事を探せるのだ。

美咲の周りだと、雑貨屋アカネで働いているブレッドがそうだ。片足を悪くしたが傭兵として茜に雇われて、店長をしている。

傭兵組合の加入費用は300ラタグ、年会費は100ラタグなので、4年以上に渡って傭兵活動をしないということであれば引退する意味があるのだが、再加入すると最下級である紫からのスタートとなってしまう。数年仕事をしなくなる程度であれば、やめるメリットはあまりない。


「アンナって、今、青だっけ?」

「いや、地竜の後で緑になってる……んー、やっぱりデマかな」

「フェルなら知ってるんじゃない?」

「そうだな。食ったらちょっと探してみる」


 ◇◆◇◆◇


ミストの町から見て南、白の樹海の手前には、白の樹海の砦と呼ばれる砦がある。

美咲がこの世界に来て、初めて見つけた建造物である。

樹海の開拓が進めば独自の名前を与えられる筈だったが、樹海付近の魔物の多さから、現在は魔物警戒用の砦として利用されている。

万が一、白の樹海から魔物が溢れ出る兆候を検知した場合、狼煙に似た魔道具を用いて、ミストの町に危険を知らせるのが現在の役目だ。


「最近、静かだな」


砦の隊長、ニールは、最近の報告書を眺めながら呟いた。

その呟きを拾ったジェフは肩を竦めた。


「良いことじゃないですか。目視できる限り、魔物がゼロなんて、数えるのが楽で良いですよ」


砦には見張り櫓があり、常時、そこに1名が配されている。

そこから見える範囲に魔物がいないかを確認し、発見した場合は数を数えている。

1日辺り10体以下なら問題はないが、それを越える数が現れた場合、魔物溢れの可能性があると見做す規則だ。


「少なすぎるとは思わんか? ……いや、まあいい。それよりジェフはそろそろ寝ておけ。夜番で居眠りなんぞするなよ」

「了解……早く王都に帰りたいっすね」

「後もう少しだ」

「さいですか……それじゃ、自分はもう寝ます」


任期は1年半。

本来は4名で3交代の筈だが、欠員が出たまま砦での生活が始まり今に至る。

途中、欠員補充の話があったのだが、流れて久しい。

だが、その任期ももうすぐ終わる。


「王都に戻ったら、あいつらに旨いもんでも食わしてやらんとな」


 ◇◆◇◆◇


美咲がこの世界に来てから、そろそろ1年が過ぎようとしていた。

当時の美咲はこの世界の暦を知らなかったので、この世界に来た正確な日付は不明だが、まだ肌寒い時期に樹海を彷徨い、初夏を迎える前には青いズボンの魔素使いと呼ばれるようになっていたことを覚えていた。


「早いなぁ」

「何がですか?」


厨房で誰にともなく呟く美咲。

その呟きに茜が反応した。


「私がこっちに来て、そろそろ1年だなぁって思ってね」

「あー、そう言えば私も2年近いですね。これ以上増えないと良いですね、日本人」


広瀬、小川、茜、美咲は、ほぼ1年おきにこの世界に転移してきた。

時期的には、そろそろ次の頃合いと言えなくもない。


「そうだね。万が一、次が来たら、早く保護してあげないとね」


初めてこの世界に来た頃のことを思い出し、美咲は身を震わせた。

広瀬に発見されなければ、今でも自分の能力について誰にも話せず、孤独なままだったかもしれない。それを思うと。同じ孤独をかこつであろう同胞を助けなければと美咲は決意した。


「あ、でも、神託だと、魔素の循環はそろそろ復活するんですよね? そうすると次は来ないかもしれませんねー」

「そうだね、それなら良いんだけどね……今日はお客さん来ないし、そろそろ閉めようか」

「ですね。あ、そうだ、美咲先輩に質問です」

「何?」

「去年の夏って暑かったですか?」

「ん? んー、日本ほどじゃないかな。エアコンなしでも過ごせたし」


エアコンがないから我慢した、という訳ではなく、エアコンが必要なほど暑くはなかったのだ。

特に厨房は熱が籠るので暑くなるのだが、それでも耐えられないほどではなかった。


「やっぱりそーですよねー」

「なんで?」

「いや、回転する魔道具で扇風機とか作ったら売れないかなーって思ったんですよね」

「んー、作ってみれば? 暑がりなら欲しいって思うかもしれないし。だけど茜ちゃん、これ以上儲けてどうするの?」


この世界の基準では、茜は一生のんびり暮らせるだけの資産家である。


「儲けたくてやってる訳じゃないですよ。美咲先輩だって贅沢しなければ、後は一生暮らせるだけのお金があるのに食堂やってるじゃないですかー」

「私のは、この世界の常識を学ぶための場だからね。この町に学校があるなら通いたいところだけど」

「学校ですか? 王都にならあるんですけどね。引っ越します?」

「んー、神託でミストに戻れって言われてるからなぁ」

「そーですか。学園生活編とかも、テンプレなんですけどねー」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


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