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71.女神の口付け

翌日、ミサキ食堂に帰った美咲は、全ての窓を開けて空気を入れ替え、寝具を屋上の物干しに干し、各部屋の魔道具に魔素を籠めた。


「美咲先輩、食堂はいつから再開しますか?」

「んー、明後日くらいかな。今日、明日くらいはゆっくりしたいし」

「了解しましたー。それじゃ、ちょっと雑貨屋の在庫を確認してきますね。あ、後、商業組合と工房にも顔出して来まーす」

「ん、わかった。私は掃除したら傭兵組合と孤児院に行ってくるね」


一通り部屋の埃を払い、各部屋を掃除をした美咲は、傭兵組合へと足を運んだ。


「あ、ミサキさん。お久し振りです」


窓口のシェリーが美咲を発見して声を掛けてきた。


「こんにちは。王都での仕事が終わったから戻ってきましたよ」

「大変だったみたいですね。途中で白狼に襲われて活躍したとか」

「耳が早いなぁ。茜ちゃんと一緒にちょっと手伝っただけなんだけどね。ところで一冬離れてた間に、指名依頼は出てる?」

「今のところはありません。ただ、春先になると、魔物の分布が変わったりするので、出るとすればこれからですね」

「そ、良かった。留守にしている間に何かあったら嫌だなって思ってたんだ」


 ◇◆◇◆◇


傭兵組合を後にした美咲は、その足で孤児院に向かった。


「ミサキおねーちゃんだー」


孤児院の末っ子ミリーが美咲を発見して駆け寄ってくる。


「こんにちは、ミリー。シスターはいらっしゃる?」

「シスター? おいのりしてるよー」


ミリーに手を引かれ、美咲が礼拝施設に入ると、シスターが女神像に祈りを捧げていた。


「おや、どうかなさいましたか?」

「はい。王都の神殿で女神様達の小さな像を貰ったんですけど、正直、扱いに困ってしまいまして、こちらに寄付させて頂ければと」

「神殿から女神像をですか? それはとても珍しいことですね」

「そうなんですか?」

「神殿にとって女神像は御神体ですから、分神殿を作るのでもなければ、女神像を一般の方に差し上げることはないのですけれど。見せて頂いても?」

「はい。これです」


収納魔法で格納していた女神像を取り出し、シスターに手渡す美咲。

4体の女神像をそれぞれじっくりと確認し、シスターは頷いた。


「承知しました。こちらの礼拝施設でお預かりします」

「よろしくお願いします」


 ◇◆◇◆◇


ミサキ食堂に戻ってきた美咲は、生鮮食品を呼び出して冷蔵庫にしまい、少し考えてから料理を始めた。

とりあえずプリンを作り、冷蔵庫にしまうと、地竜の肉を使ったカレーを作る。

カレーを煮込む時間を使って米を炊き、一息ついたところでフェルとアンナがやってきた。


「フェルはそろそろ来るだろうと思ってたけど、アンナが来るとは思ってなかったよ」

「察しが良くて嬉しいよ。ミサキ、プリン頂戴」

「分かったからちょっと待って。それでアンナはどうしたの? 傭兵組合絡み?」

「違う。フェルがこっそりここに入ろうとしていたからついて来た」

「……フェルはもう。とりあえずプリンね。アンナもどうぞ」


冷蔵庫からプリンを取り出して皿に乗せ、スプーンを添えてフェルとアンナの前に置く。


「ありがとー……んー、久し振りのプリンー」

「……美味しい」


2人は一匙一匙を惜しむように味わい、蕩けるような表情を見せる。


「……ミサキ、これは何?」


アンナは空になった皿を見詰めながらそう尋ねた。


「プリンって言うお菓子」


振り向いてメニューを確認するアンナ。しかしプリンはメニューには載せていない。


「メニューにない?」

「まあ、裏メニューだからね。うちは食堂だから、お菓子はメニューには載せないの」

「……ずるい」

「はい?」

「内緒でこんな美味しいお菓子を食べてたなんて、フェルはずるい」

「あー、うん、ごめん」


商業組合から各食堂にスイーツ類は流通されていた筈だが、何しろ絶対数が少ない。しかも茜がミストの町に居なければ商品を卸せないため、知る人ぞ知る幻の甘味となっていたのだ。その情報を秘匿していたのは事実である。

アンナの追及にフェルは素直に謝った。


「コンロと冷蔵庫があれば作れるよ。作り方教えようか?」

「……いい。また食べにくる」

「……フェル、責任もって、隠しメニューの注文のルールをアンナに教えてあげてね」


美咲は溜息を吐き、フェルにそう言った。


「分かったよ……あ、そうだ。ミサキに聞きたいことがあったんだ」

「改まってなに?」

「回復魔法開発に携わったって本当?」

「あー、うん、良く知ってるね。開発のお手伝いをしただけだよ。開発者は小川さんって人だからね」

「ミサキも使えるの?」

「あー、どうだろ。試してないから分からないけど、多分使えると思うよ?」


回復のイメージはそもそも美咲が考えた物がベースだ。小川から色々と話も聞いている。

しかし、回復魔法を試すには、怪我をした生き物が必要となるため、実地で魔法を試したことがなかったのだ。


「使って見せて貰える?」

「怪我人がいるならね」

「あー、そうか……アンナ、ちょっと試しに……」

「フェルを刺す?」


小さなナイフを取り出すアンナに、フェルは両手をあげて降参した。


「……痛いのは嫌だよね。うん、アンナごめん」

「でもフェル。魔法協会になら、回復の魔道具が配布されてるんじゃないの?」

「うん。でも薬師と治療院の方が足りてなかったからさ、魔法協会には残してないんだ」

「あー、なるほど。幾つか予備を貰ってきてるから、回そうか?」

「ううん、それなら傭兵組合に回したげて。あそこも怪我人が多いのに、持ってないんだよね」


どうやら、ミストの町には回復の魔道具はあまり回されなかったようだ。

対魔物の最前線と呼ばれる割に、扱いがあまりよろしくない。

美咲と茜のホームグラウンドだから、不足分は2人で頑張れということなのかもしれないが。


「分かった。後で傭兵組合に持って行くね」

「助かるよ。魔法は機会があったら見せてね……あとさ、褒章のメダルとかって貰わなかった?」

「うん、インフェルノの時のと合わせて2つ持ってるけど?」

「片方で良いから、魔法協会に飾らせて貰えないかな」

「何で……あ、いや、いい。箔付けだよね」


ミストの町の魔法使いが王城で褒章メダルを貰ってきたとなれば、その魔法使いが魔法協会に加入していないにしても十分に箔付けになる。

校長室に部活動の表彰状を飾るようなものだろう。と納得した美咲は、ちょっと待つように言って、自室に戻ってアイテムボックスから褒章メダルを取り出した。

その箱を持って厨房に戻り、フェルに手渡す。


「えっとね、箱に褒章の内容が書いてあるから分かると思うけど、回復魔法の褒章メダルね」

「ありがとう。これでうちにも箔がつくよ。でも本当に良いの?」

「うん、1つ持ってれば十分だからね」


 ◇◆◇◆◇


フェル達が帰った後、昼食に地竜カレーを食べた美咲は、そのあまりの旨さに瞠目した。

スパイスで煮込まれた分厚い肉は、とろけるような感触で口の中から消えて行った。


「ただいまー」

「あ、茜ちゃん、丁度良いところに。このカレー食べてみて」


スプーンに肉を乗せて差し出すと、茜はパクリと食いつき、モグモグと咀嚼する。


「……地竜ですか……カレーにもあいますねー。これ、食堂で出したら大変なことになりますよー」

「出せないって、流石に地竜を安定供給なんて異常過ぎるからね。こんなの、茜ちゃんの伝手でも手に入らないでしょ?」

「確かに無理ですね。スパイス辺りなら何とでも誤魔化せますけど……あ、ところで美咲先輩。1台持ってきましたよ、洗濯機」

「あ、そう言えば完成したって言ってたね。どこに置こうか?」

「屋上かなって思ってます。屋外に設置することも念頭において作ってあるので」


 ◇◆◇◆◇


屋上に設置された洗濯機は洗濯槽と脱水槽が分かれた2槽式だった。

屋上にある雨水排水口にホースを差し込み、宿に泊まった時に出た洗濯物を入れて実際に洗濯をしてみる。

洗い終わった洗濯物を洗濯槽から脱水槽に入れ直す手間が掛かるが、手で洗うよりは遥かに楽に洗濯が終わる。

なお、洗剤は灰を使うことを前提としており、特に汚れが気になる部分には石鹸を擦りつけるという仕様だ。

洗い上がりが多少粉っぽい気がするのは気にしない。この世界ではそれが標準なのだ。


「うん。十分使えるね」

「そりゃ、ある程度の試験は済んでますからねー」

「これ、表面は何か塗ってるの?」


金属とは違う光沢の洗濯機の筐体を見て、美咲は首を傾げた。


「油性の塗料があったので、それを塗ってます。プラスチックとか使えると良いんですけどねー」

「ということは、完全にこの世界産なんだね。凄いね」

「そうなんですけど、これって複数の魔道具を組み合わせてるので、値段は金貨になっちゃうんですよね」


金貨1枚、1万ラタグである。300ラタグで青海亭に一泊出来ることを考えるとかなり高価だ。


「売れなかったら、有人コインランドリーでも始めれば良いんじゃない?」

「有人? お金とって洗濯機で洗濯させてあげるサービスですか? 孤児院の子供達に良いかも知れませんねー。売れなかったら考えてみます」


 ◇◆◇◆◇


洗濯物を干した美咲は、茜を伴い、再び傭兵組合を訪ねた。


「あれ? ミサキさん、何か忘れものですか?」


掲示板に依頼を張り付けていたシェリーが、美咲を発見して寄って来る。


「んー、ちょっとね。組合長いる?」

「えーと、少々お待ちください」


シェリーは小走りに組合長室に向かった。

それを見送り、美咲は掲示板の依頼票を眺め始めた。


「何だろ、この依頼?」


雑貨屋アカネで取り扱っている商品の代理購入の依頼が目に入った。


「あー、うちの商品、お一人様3つまでってしてるから、多分、転売目的の人が依頼出したんでしょうねー」

「依頼代金払っても転売で儲けが出るのかな?」

「王都の市場での値段を考えると儲けが出そうですねー」


美咲と茜がそんなことを話していると、シェリーが戻ってきた。


「ミサキさん、お待たせしました。組合長がお会いするそうです」

「ありがと」


シェリーの案内で組合長室に通される。


「おう。何かトラブルでもあったか?」

「いえ。えーと、王都で回復の魔道具が開発されたのはご存知ですか?」

「……ああ」


美咲の問いに、渋い顔をしながらゴードンは短く答えた。

ミストの町にも幾つかの魔道具が回ってきたものの、薬師、治療院に最優先で配布された結果、傭兵組合まで回って来なかったのだ。魔物と戦う最前線を自負するゴードンにとって、それは納得しがたいものだった。


「それじゃ、その開発に私と茜ちゃんが絡んでいることはご存知ですか?」

「そうなのか?」

「ええ、お手伝い程度ですけどね。それでですね。私達も回復の魔道具を持っているので傭兵組合に寄付しに来たんです」

「そりゃありがたいが、貴重なものだ、良いのか?」

「傭兵の命の方が貴重ですから。というか、私達が独占していたからって、意味のある物でもないですし」


必要なら呼び出せるし、何ならポーションも使える美咲達にとって、回復の魔道具は持っていなくても困らないという位置付けの道具だった。


「……感謝する。それで、その魔道具は?」


収納魔法でしまっておいた回復の魔道具を取り出し、ゴードンに見せる。


「これです」

「……女神の口付けって名前だって聞いてたんだが、どこが女神で口付けなんだ?」


レンズの入っていない大きめの虫メガネのような外見にゴードンは首を傾げ、美咲の黒歴史に触れた。


「くっ……それは秘密です」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


関東地方、大雪の後始末で大変でした。積雪20cm程度で大雪とか言ったら、豪雪地帯の人に怒られそうですが。

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[一言] プラスチックだと耐候性が低いから、金属に油性塗料の方がメンテが出来て良いね。
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