69.復活祭
寒さが落ち着き、茜のカイロの売れ行きが落ち始めた頃、復活祭が始まった。
一般人にとっては復活祭は、2日間の行事である。
丸一日掛けて行う大掃除と、その翌日、主神ユフィテリアの目覚めを慶ぶお祭りである。
神殿では復活祭は3日間に渡って行われる。
初日は、冬の間締めきっていた神殿の窓と言う窓を丸一日開け放ち、女神像についた埃を落とす煤払い。
2日目は、微睡祭で消灯した燈明に火を灯し、全ての神職が主神不在時を守った姉女神に祈りを捧げる日。
3日目は、神殿の正面入り口以外を閉め切り、神殿の外の参道で全ての神職が祈りを捧げ、主神ユフィテリアの目覚めと帰還を寿ぐ日とされている。
2日目の夕食から精進潔斎のために神殿で寝起きすることになるが、美咲の出番は、この3日目となる。
復活祭1日目。
リバーシ屋敷では、セバスが中心となってメイド達が大掃除を行うため、美咲と茜は邪魔にならないようにと市場に足を運んだ。
市場では大掃除を兼ねた在庫一掃セールを行う店が多い様で。
「久し振りに私の鑑定が火を噴きますよー」
と茜が張り切っている。
「もう変なポーションとか見付けないでよね」
「いやいや、あれのお陰で、おじさんが回復魔法開発に興味を持ったんじゃないですかー」
「それはそうなんだけどねぇ。それより、どうせなら何か可愛いもの探そうよ」
「可愛いものですか? それじゃ、あそこのアクセとか見てみましょうか」
茜が指さす方を見ると、確かに指輪が並んでいる。だが、どれも幅広で、見るからにゴツゴツしている。
「ん? あれって男性用じゃないの? やたらごついけど」
「んーと……あー、魔力発動体ですね。杖だけじゃなく指輪版もあったんですねー」
「でも、あれはちょっと趣味じゃないかなぁ。フェルが持っていたのはもっとシンプルで可愛かったよ」
可愛い物、可愛い物、と呟きながら市場を回る茜が足を止めたのは、木彫りの人形を並べた露店だった。
「美咲先輩、これどうです?」
「……それ、可愛い? それにこのラインナップはどうなの?」
並べられているのは、どう見ても木彫りの魔物だった。全部額の辺りに目の様な物が彫ってある。
白狼や地竜もいる。美咲が見る限り、とてもリアルな人形だった。
「おじさん、これ変わってるね。なんで魔物の人形なんて作ったんですかー?」
店番をしていた男に茜が問い掛けると、男は肩を竦めた。
「魔法協会の研究資料だったのさ。研究が終わって、こうして売れそうなものが市場に流れてきたってわけだ」
「それで売れてるの?」
「いや、流石に魔物は売れねーわな」
「そりゃそーだろーねー」
リアルすぎて可愛くない。
だからこそ煤払いのこの日に売りに出しているのだろう。
「全部買うよって言ったらおまけしてくれる?」
「ん? お嬢ちゃんが買うのかい? それなら、んー……全部で1200ラタグでどうだい?」
「端数切って1000ラタグでなら買うよ」
「嬢ちゃん、そりゃねーよ。せめて1100ラタグだ」
「ま、いっか。それ買うね」
「毎度あり! 買い物上手な嬢ちゃんに女神様の幸がありますように」
復活祭の間だけ交わされる挨拶と共に、茜は沢山の木彫りの人形を抱え込んだ。
「美咲先輩、しまうので、ちょっと待ってくださいね」
買った人形をアイテムボックスにしまいこむ茜。
美咲は呆れたような表情で茜の抱えた魔物の人形を眺めた。
「……それ、可愛い?」
「あーいや、孤児院へのお土産です。グリンとかこーゆーの好きそうだし」
「なるほど、それはきっと喜ぶね」
◇◆◇◆◇
復活祭2日目。
賑やかな町中を、美咲を乗せた馬車がゆっくりと進む。
そういう作法だから、ではなく、単に昼から飲んでる酔っ払いが多く、危なくてスピードを出せないのだ。
復活祭2日目は、微睡祭よりも遥かに賑やかなお祭りだった。
亀の歩みでも、道を間違えなければいずれ目的地には到着する。
神殿に着いた美咲は、風呂に入れられ、練習で使っていた真っ白い春告の巫女の服を着せられる。
「明日までの過ごし方ですが、聖典に目を通しておいてください。食事が出来たらお持ちします」
「聖典以外は読んじゃ駄目?」
「いいえ、静かにお過ごし頂くのが目的ですので、1回目を通していただければ、後は何を読まれても構いません」
マルセラの言葉に、美咲はほっとしたように笑顔を見せた。
「良かった。聖典だけだと眠くなりそうだったから」
「でも、本なんて持ってきてるんですか?」
「あー、収納魔法に入ってるんですよね」
その日の読書は、聖典と、タイタンで進化して知性を得たロボットと地球人のファーストコンタクトの様子を書いた小説だった。
しばらく美咲が本を読んでいると、マルセラが一人の初老のシスターを連れて戻ってきた。
「ミサキ様、神殿長がご挨拶をしたいとの仰せです」
偉い人に違いないと、美咲は慌てて椅子から立ちあがり、頭を下げる。
「はじめまして。美咲です」
「はじめまして。神殿長を務めさせていただいている、オリアーナ・マーロウです。オリアーナと呼んで下さいね……挨拶が遅くなってしまってごめんなさいね。出掛けていることが多いお仕事なものですから」
「いえ、わざわざのご挨拶、ありがとうございます」
「まあ、礼儀正しい娘ね。明日はユフィテリア様にしっかりと祈りを捧げて頂戴ね」
◇◆◇◆◇
復活祭3日目。
参道に並ぶ神職の祈りを背に、美咲は1人、神殿に入って行った。
燈明が灯され、練習の時よりも随分と印象が異なるが、美咲は迷わず巡礼ルートを巡り、最後に女神像の前に跪いた。
手に持った聖典を開き、最初の3ページを黙読していると、不意に誰かの視線を感じた。
そのまま祈りを捧げ、立ち上がったところで、美咲は立ち眩みのため少しふらついた。その肩をそっと支える手があった。
今、神殿の中にいるのは美咲1人だけの筈なのに。
「ありがとうございます」
美咲がお礼を言いながら振り向くと、女神像と同じ顔の女性がいた。
「礼には及びません。
それよりも、姉達が色々と迷惑を掛けました。姉達は、あなた方をこの世界に留める楔となる者を探していたようです。
既に世界の巡りは回復しかけています。最後に大きな揺り返しがくるでしょうけれど、それが最後の淀み。それさえ散らせばすべて終わります。
祭が終わったらあなたはミストの町にお戻りなさい」
「あの、ユフィテリア様、ですか?」
「ええ」
「全てが終わったら私達は日本に帰して貰えるのでしょうか?」
「……それはとても難しいこと。約束は出来ません」
「そう、ですか。神殿の皆さんに何か伝えることはありますか?」
「それは不要です。そろそろ時間です。お戻りなさい、皆が気をもんでいるようです」
その言葉と共にユフィテリアの姿は消え去った。
「……本当にいたんだね」
ポツリと呟き、美咲は神殿から参道に出た。
参道最前列にいるオリアーナが幽霊でも見たような表情でミサキを見ている。最前列中央からだと神殿の中は良く見える筈だ。恐らくはユフィテリアの姿を目にしたのだろう。
皆の視線を浴び、一瞬戸惑った美咲だが、一礼をしてすぐにマルセラのそばに戻る。
「お疲れさまでした。問題はなかったですか?」
「えーと、はい」
ユフィテリアが出てきたのは問題じゃないよね。と小さく呟き、一人頷く美咲であった。
◇◆◇◆◇
復活祭の祭祀がすべて終わった後、美咲は神殿長から呼び出された。
「美咲です」
扉をノックすると、オリアーナは中から扉を開き、美咲を迎え入れた。
「良く来てくれました。ミサキさんに質問したい事があります」
隠し立ては意味がなさそうだと感じた美咲は、どうとでも取れる言い回しでそれに答えた。
「はい、ユフィテリア様のことですね?」
「……それではやはり、御降臨なされたのですね」
感極まったように、両手を組んで祈りを捧げるオリアーナ。
どうやら神殿内のことは完全に見られていたようだ。
「あの……これは内密にしてくださいね。私はユフィテリア様から、あるお仕事を頼まれています。それは私にとってはとても簡単なことですが、他人に真似できることではありません。今回ユフィテリア様は、その進捗状況を教えてくださいました。あと少しだ、と」
「……ミサキさんは、女神様が遣わした使徒だというのですか?」
「いえ、そんな大層なものではありません。ただ、直接神託を受けただけです。このお話が広がると、お仕事に支障が生じますので……」
「……ああ、あなたはそれがどれ程の奇跡かお分かりにならないのですね。ですが、分かりました。あなたが授かった使命については、私の胸の内に留めることを約束します」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。




