68.褒章
翌日の午後。
神殿での練習を終えた美咲は、茜に連れられて洋服屋を訪れていた。
王城に呼ばれたは良いが、美咲には着て行けるようなドレスがないため、その準備である。
「美咲先輩、どんなドレスが良いですか?」
「地味で目立たないの」
「難しい注文ですね。品が良くて、体の線をあんまり出さず、色は原色を避けるって感じですか?」
「そもそも私は青いズボンの魔素使いだし、この格好でってわけにはいかないかな」
上はセーターにピーコート、下は安定のデニム。ミストの町で冬場の美咲と言えばこれである。コートはダウンジャケットも呼べるが、素材的にアウトだろう。
「いやいや、傭兵として呼ばれたんなら、それでも良いでしょうけど、魔法使いとして招待されたんだから、ドレスコード違反だと思いますよー」
「駄目かぁ……茜ちゃんは前に呼ばれた時、どんなドレス着たの?」
「あー、はい。そーですね。水色のワンピースですよ。面倒なので、今回も同じのを着るつもりです」
「水色のワンピース……裾丈はどれ位?」
「裾は脛が隠れるくらいの長さです。ちょっとふわっとした感じので」
自分がそういうドレスを着ているのを想像したのだろう。美咲は暫く考えて。
「うん、ないわ」
と呟いた。
「ドレスが駄目なら、ローブって言う手もありますけど……」
「ローブって魔法使いが着る奴?」
「はい。今回私達は魔法使いとして呼ばれてるわけじゃないですか。だから、魔法使いの正装ってことでローブを羽織れば良いんじゃないかと。おじさんはそーするつもりだって言ってましたよ」
「ローブか。うん、いいね。ドレスよりずっとシンプルでいいよ。ローブなら前にフェルに貰ったのがあるから、それで良いかな」
「いやいや、新調しましょうよ。着古したのなんて却って目立ちますよ」
「んー、それもそっか」
◇◆◇◆◇
それから暫くの間、午後は王城で粗相をしないための作法の練習を行うことになった。
作法の教師はセバスである。
歩き方、馬車の乗降、拝謁時の基本的な作法、もしも直接声が掛かった場合の受け答え、拝謁を終えて下がる際の作法を一通り練習する。
頭の下げ方1つとっても、美咲が知っている日本の礼法とは微妙に異なるため、ついつい日本の癖が出てセバスに直される。
なお茜も同じ指導を受けている。茜が城に招待されたのは1年以上も前のことであり、茜も作法に怪しい部分があると判明したためである。
「私も美咲先輩の真似してローブにすれば良かったです。ローブならカーテシーが下手でもバレませんもんね」
「確かにローブだと、カーテシーの粗は目立たないかもね。でもローブはローブで色々作法があるから、今からだと覚えるの大変だよ」
「そーなんですよねー。そもそも王様の前ではちゃんと跪くのに、なんでカーテシーの練習が必要なんですかね」
「お城で王様以外の誰かに声を掛けられちゃった場合に必要だって言ってなかったっけ?」
「あー、そう言えば、前にお城に行った時、名前忘れちゃいましたけど、伯爵に声を掛けられたんですよねー」
「実際にあるんだ。面倒そうだなぁ」
◇◆◇◆◇
城で表彰される日がやって来た。
小川と美咲はローブ、茜はドレス姿である。
城からの迎えの馬車は、貴族街区への門をくぐり、城門で簡単なチェックを受けると、そのまま城門を抜けて王城に入っていく。
「お城に入るのって簡単なんですね」
ポツリと美咲が呟くと、それに小川が答えた。
「お城からの迎えの馬車だからね。今回は賓客待遇みたいだ」
前回、小川が表彰された時は、小川自身が招待状を持ち、自身で仕立てた馬車で王城まで向かわなければならなかったのだ。それから考えれば、今回の扱いの良さは怖い位だ。
「それだけおじさんの評価が高まったってことでしょーね。公式には3つ目の新魔法開発ってことになるんですから」
「本来、その評価は殆ど美咲ちゃんのものなんだけどね。僕がやったのは回復魔法の実用化だけだし」
「でも、一番評価されるのは、回復魔法の実用化だと思いますよ。私は思い付きを喋っただけですから」
閃きは大事だが、それだけでは意味がない。
回復魔法に関しては、閃きを形にするための努力をしたのは美咲ではなく小川だった。
そして、戦争がない平和な今、より高く評価されるのは攻撃魔法ではなく回復魔法だ。美咲はそれを正しく評価していた。
「そう言って貰えると助かるよ」
「そーゆー意味では、私が一番何もやってませんよねー。ほんと、何で呼ばれたんだか。後でアルに文句言わないと」
城に入ると待合室に通される。
待合室と言っても、美咲の感覚では立派な応接室である。
「僕が前に来た時は、1時間くらい待たされたかな」
と小川が前回の経験から待ち時間を教えてくれたが、今回は賓客待遇だからか、10分ほどの待ち時間で迎えがやってきた。
その迎えに案内され、一際大きな扉の前まで連れて来られる。
「この先に王様がいらっしゃるから、失礼のないようにね」
小川の言葉に美咲の緊張が高まる。
居住まいを正そうとする間もなく扉が大きく開かれる。
小川が歩き出したのに付き従うように、美咲と茜は謁見の間に入っていく。
足元には真紅の絨毯。左右には近衛兵だろうか、鎧を付けた騎士が並んでいる。
小川が立ち止まったのを見て、美咲と茜も足を止め、タイミングを合わせて跪く。
「コウジ オガワ。この度の回復魔法開発、並びにその基礎理論の論述、大儀であった……」
跪き、頭を下げている美咲の頭の上を、宰相の言葉が通り過ぎていく。
(早く終わらないかなぁ)
ただそれだけを考えながら、美咲が小川の背中を眺めていると、小川の前に宰相がやってきて、その胸に勲章を付けた。
そして、勲章とは別に小さな箱を小川に3つ手渡した。
「オガワよ、大儀であった。回復魔法は多くの民草の命を救ってくれるだろう。良くやってくれた」
初めて王様が小川に声を掛けた。
「ありがたき幸せ」
小川が返事をして、謁見は無事終了した。
◇◆◇◆◇
帰りの馬車の中で、美咲は小川に。
「話をまったく聞いていなかったんですけど、結局どうなったんですか?」
と質問した。
「聞いてなかったって、美咲ちゃん、中々大胆だね」
「聞いてると緊張しちゃいそうだったのでつい」
跪いている間、絨毯がふかふかで左右に体が揺れそうになるし、宰相の声を聴いているとついつい緊張してしまうしで、話の内容まで集中することが出来ずにいた美咲は、ただひたすら小川の背中を眺めてバランスを崩さないようにするので精いっぱいだったのだ。
「まあ結局、僕は一代限りの男爵位と勲章に褒章メダル、それと金貨2000枚。美咲ちゃんと茜ちゃんには褒章メダルと、褒賞金として金貨1000枚ずつが下賜されたよ」
メダルは小川が代表して褒章メダルを受け取っていた。
金貨については、合計4000枚と量が多いため、馬車に直接届けられている。
「金貨1000枚っていうと……あれ? ざっくり1億円? そんなに?」
「まるで宝くじですねー」
「ところで、男爵になったってことは、小川さんは貴族街区に引っ越すんですか?」
「いや、リバーシ屋敷は魔法協会に通うのも便利だし、ロバートの食事は美味しいし、茜ちゃんさえよければ、このまま居候させて欲しいかな。良いかい? 茜ちゃん」
「いーですよー。春になったら、また留守にしちゃいますので、その間の管理、お願いしますねー」
◇◆◇◆◇
美咲が『お買物』で量産した回復の魔道具は、国を通じて各地の治療院、薬師など、いわゆる医療関係者に配布された。また、一部は外交の道具として国外にも提供されている。
王都神殿前の奇跡から、誰が言い出したか、いつしか「女神の口付け」という通称が魔道具の呼び名となっていた。
魔法協会内部では小川による回復魔法基礎理論の勉強会が開始されている。国内の魔法使いによる回復魔法の運用も、近い将来実現されることになるだろう。
◇◆◇◆◇
そうこうする内に、復活祭が近づいて来ていた。
春告の巫女としての練習は毎日行っている。
その甲斐あって、美咲は目を閉じたままでも神殿の中を歩けるほどになりつつあった。
「もうミサキ様にお教えすることはありませんね」
マルセラは満足げに頷きながらそう言った。
「ありがとうございます。後は復活祭の2日目の午後に来れば良いんでしたっけ?」
「はい。身を清め、お酒とお肉、お魚を断っていただきます」
「お昼までは普通の食事で良いんですよね?」
「ええ、その通りです。夕食からはこちらでご用意いたします。あの、念のための確認ですが、お酒は嗜まれますか?」
前に聞いた話を思い出しながら美咲が確認すると、マルセラは一つ頷き、念のためと質問してきた。
「いいえ。この国の法律では私は成人していますけど、生まれた国の法律ではまだお酒は飲んじゃいけないことになっているので」
「飲まれないのなら問題はないですね。精進潔斎の前に、ついつい深酒をしてしまう方もいらっしゃいますので」
「精進潔斎の前? 春告以外にもこういう巫女がいるんですか?」
「いえ、御祈祷などをされる方は、前日からの精進潔斎をお願いしているのです」
「ああ、そういうことですか」
美咲とマルセラが話していると、信者らしき人達が神殿に入ってきた。
薄暗い神殿の中、真っ白い衣装を着た美咲はとても目立っていた。そして、その髪型と髪色は女神様のそれと一致している。
入ってきた人たちは美咲を見て驚いたように目を見開き、女神像と美咲を見比べた。
「マルセラさん、目立ってるみたいなので着替えて帰りますね」
「ええ、分かりました。それでは復活祭の2日目、お迎えにあがりますので」
「はい」
カーテシー。昔、カーテンシーだと思い込んでいた時期があったのを思い出しました。
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