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67.回復魔法

その日の晩、小川が帰ってきた。

かなり疲れた様子だったが、興奮した様子で美咲に、回復魔法がひとまず成功したと告げた。


「ひとまずって、どういう意味でですか?」

「3m以上離れれば、マウスの傷は回復したんだよ。後は経過観察だね」

「ああ、そういう意味ですか。そうなると完成まで結構かかりそうですね」


この世界には顕微鏡すらないのだ。

癌化の可能性を考慮するなら、数ヵ月単位で様子を見なければならない。


「うん? ああ、それはそうだね。でも今迄の成果ゼロと比べれば大変な進歩だよ。美咲ちゃんのお陰だね。魔法の3原則だけでも王城に呼ばれるほどの仮説なんだよ」

「あー、そういうのは遠慮します。ところで、どうやってみんなに治癒魔法を覚えて貰うんですか? 自分で言っといて何ですけど、あのイメージは現代科学を齧った日本人じゃないと難しいと思うんですよね」

「まずは魔道具での普及だね。魔法で治るんだって言うイメージを皆に持って貰う。それが済んだら魔法の秘儀ということで、細胞とか免疫とかの考え方を学んで貰う。その上で魔法を使って貰えば行けると思うんだ」


既に小川の頭の中には、回復魔法のカリキュラムがある程度出来上がっていたようだ。

徹夜でそんなことを考えていたらしい。


「魔道具化って、その魔法を使えなくても作れるんですか?」

「僕も魔道具を作れるからね。一つ目が出来たら、美咲ちゃんには量産を頼みたいんだけど頼めるかい?」

「私、手先はそんなに器用じゃないですよ?」

「いやいや、『お買物』を使ってだよ。1個完成させたら、100個位に増やして、薬師や治療院に配布するんだ」

「なるほど。ところで薬師、治療院って日本で言うお医者さんですよね?」

「そ。かすり傷程度ならともかく、深い傷や骨折は、患部を綺麗にしたり、ギプスで固定したりって技術がないと、綺麗に治らないからね」


他にも、外科治療の患者が極端に減ることで、薬師や治療院の技術力が低下するのを防止する意味もあった。それに、回復魔法を使える魔法使いが医者になれば、自然治癒についての知識をもとに、更なる医学の発展も期待できる。

小川の最終目標はそこにあった。


 ◇◆◇◆◇


翌日、美咲は神殿で、マルセラによる試験を受けていた。

聖典の内容についてマルセラが質問をして、それに美咲が答えると言う形式で、もとより薄い本が対象であるため、美咲は高得点を叩き出した。


「流石ミサキ様です。間違えたのは色々な解釈が出来る部分で、ミサキ様の解釈でも厳密には間違いではありませんから、もう座学は十分のようですね」

「ありがとうございます」

「後は女神像まで歩いて拝跪ですが、明日からは練習用の服を着て行って貰います」

「あ、もう出来たんですね。でも神殿であの服って浮きませんか?」


他のシスターと同じ墨染めの修道服であれば、神殿内をうろうろしていても、それほど目立たないだろうが、真っ白い巫女の装束はかなり目立ちそうだった。

実際のところ、女神様の色の子供が、主神ユフィテリアと同じ髪型で神殿内を練り歩く姿は、参拝者の少ない冬場だと言うのに、それなりに目立ち、噂になっていたのだが、幸か不幸か美咲の耳には入って来ていなかった。


「大丈夫です。多少目立ってもそれを見るのは俗人です。本番は女神様がご覧になられるのですから、それと比べれば大したことではありません」


美咲に取っては大問題なのだが神殿の基準では大したことではないらしい。

幸い、石造りの神殿内部は薄暗いため、遠くからでははっきりと美咲の容姿を見ることは叶わない。だが、美咲には女神様の色と言う、隠すのが困難な特徴があるのだ。


「出来ればあんまり目立ちたくないんだけどな……」

「でしたら、座学も終わりましたし、明日からは午前中だけにしましょう。冬場は午前中、あまり信者の方はいらっしゃいませんから」


 ◇◆◇◆◇


数日が経過した。

マウスの状態確認に茜の鑑定を利用するという方法を思いついた小川は、回復魔法の安全性を確認し、完成を宣言した。

協力した茜としては、二度とやりたくない面倒な作業だったとのことで、盛大に愚痴を零していた。

魔法協会では、長らく不可能魔法とまで言われてきた回復魔法の完成と、その開発の基礎となった3原則、並びに自然治癒に関する考察が、大きな注目を集めていた。

王城からの連絡はまだないが、悪くとも叙勲、場合によっては叙爵されるのではないかという程の功績である。小川がその話を美咲と茜にしたところ、2人とも、首を横に振っていらないと答えた。


「地球で言うノーベル賞みたいなものだよ。茜ちゃんなら最年少受賞者になれるんじゃないかな」

「そう聞くとちょっと興味が出てきますけど、色々面倒そうなのでいらないです。おじさんが受け取っといてください」

「そうかい? 美咲ちゃんはどうだい? 魔法の3原則がなければ、回復魔法の開発は出来なかったんだし、魔法のイメージも美咲ちゃんの功績なんだよ。褒賞金も沢山出ると思うんだけどな」

「目立つのは小川さんにお任せします」

「んー、2人とも欲がないねぇ」


 ◇◆◇◆◇


その翌日。


「回復の魔道具が完成したよ」


美咲が広瀬、茜とコタツで寛いでいると、小川が帰ってくるなりそう言って、青い大きな虫メガネの様なものを掲げた。

直径20cmほどの輪っかに持ち手がついたそれは、レンズのない虫メガネのように見えた。


「さすがおじさん。『賢者』のスキル持ちは伊達じゃありませんねー。この虫メガネみたいのが、回復の魔道具なんですか?」


茜は、小川から魔道具を受け取り、引っ繰り返す。

片面は青く着色されているが、もう片面は黄色く着色されていた。


「柄の部分に魔道具本体が内蔵されてて、黄色い輪っかから回復魔法が飛ぶように作ってあるんだよ。輪っかにしたのは患部を確認しながら回復魔法を飛ばすためだよ。傷口を合わせてから使った方が良いからね。着色したのは、使う面を間違えないためだね」

「小川さん。出来たらその魔道具を対魔物部隊にも回して貰えませんか?」


興味深そうに眺めていた広瀬がそう言った。対魔物部隊は戦争がない現在、最前線で戦う部隊であり、怪我人も相応に多い。


「うん。そうだね。一応、配布先は薬師や治療院と考えているんだけど、魔物と戦って怪我したら、その場で回復出来た方が良いからね……というわけで美咲ちゃん、僕からこの回復の魔道具を買ってみて貰えるかな」

「あ、はい。取り敢えず、大銅貨で良いですかね」

「100円相当ってのが泣けてくるね。いいよ」


美咲は大銅貨と引き換えに回復の魔道具を茜から受け取る。


「これで呼べるかな? あ、呼べましたね。取り敢えず、後8個呼んで……ナイロン紐と果物ナイフ……と」


合計10個になった魔道具の輪っか部分にナイロン紐を通してひとまとめにする。


「よし、と。それじゃ茜ちゃんにあげるね」


ナイロン紐でまとめた魔道具を茜に渡す。


「え? 私にですか? 何でですか?」


なぜ渡されたのか分からず、茜は首を傾げた。


「もう一回、大銅貨2枚で、今度は10個私に売って」

「あ、なるほど。10個セット販売ですね」

「そういうこと」


大銅貨2枚と引き換えに魔道具10個を手にした美咲は、今度は、10個セットで魔道具を呼び出した。


「……美咲先輩の能力、本当に便利ですよねー」

「転移してきた先が樹海の中でなければ、私もそう思えたかもしれないけどねぇ」


最初に白狼に襲われた時の恐怖を思い出し、助かったのは運が良かっただけだと美咲は身震いした。

魔道具を合計100個まで増やし、美咲はそれをまたナイロン紐でまとめて茜に全部渡した。


「念のため、これをセット販売しとこう」

「はーい、じゃあ、今度は30ラタグ位で」


大銅貨3枚が茜の手に渡り、魔道具100個が美咲の手に渡る。


「茜ちゃん、ありがとね。小川さん、取り敢えず100個まで増やしましたよ。必要なら、まだ魔素に余裕ありますけど」

「いや、今日のところはこれで十分だよ。ありがとう、これでこの世界に回復魔法を広められるよ」


 ◇◆◇◆◇


更に数日後。

小川の言葉どおり、王城から招待状が届けられた。

研究開発者として小川の名があるのは当然なのだが、そこにはなぜか、美咲と茜の名前もあった。


「何でなんですかねー。おじさん、私を売りましたか?」

「人聞きの悪いことを……でも、何でだろうね?」

「あー、悪い。それ俺だわ」


広瀬が手を挙げた。


「広瀬さん、何かしたんですか?」

「いやぁ、小川さんに聞いた話をアルにしちゃったんだよな。いや、まさか、アル経由で王城から招待状が来るなんて思わないじゃないか」


美咲は頭痛を堪えるように額を押さえた。

その横では茜が。


「アレだって一応王族ですからねー。おにーさんの考えなしー」


と広瀬を責めていた。


「悪かったよ。それとアレじゃなくてアルな。不敬罪で捕まるぞ」


しかし、王城からの招待状を無視するわけにもいかない。

茜と小川は、以前王城に招かれたことがあるので、問題は少ないのだが、美咲は今回が初めてである。作法から学ばなければならない。


「ただでさえ、春告の巫女で大変なのになぁ」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


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