表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/258

66.魔法の3原則

それから数日は何事もなく経過した。

美咲は毎日神殿に赴き、午前中は春告の巫女の為に編纂された聖典を読み、午後は礼拝堂の巡礼コースを練り歩き、拝跪して祈りを捧げた。


事故の際の救助活動については、噂になっているようだ。

修道服を着た女神様の色の小さなシスターが、死に掛けた子供を救ったという話が広まっている。話の精度が高いことから、恐らくは救助活動に参加していた人か、もしかすると母親や、助かった子供本人の口から漏れ出た情報かもしれない。

マルセラ以外に対する口止めをしなかった美咲のミスである。

だが、神殿に治療を求めて押しかけて来るような礼儀知らずはいなかったので、美咲がそれを知ることはなかった。

その日までは。


「こちらに女神様の奇跡を体現されたシスターがいると言うのは真か?」


美咲が巡礼コースを巡っていると、神殿の入り口でそう問い質す女性の声が聞こえた。

見れば、金属鎧を付けたままの騎士の出で立ちの女性が立っていた。


「ミサキ様は練習を続けてください」

「はい」


美咲について回って間違いがないかを確認していたマルセラが、対応に出た。


「神殿で声を張り上げるものではありません。女神様の奇跡を体現とはどのようなことでしょうか」

「シスター、申し訳ない。我が部下が剣の鍛錬中に怪我をしたもので、急いでまかりこしたのだ」

「怪我なら薬師の元に行かれるが良いでしょう。奇跡は望んで得られるものではありません」

「……なんと……それでは奇跡の口付けは」

「残念ですが、そのようなものはございません」


マルセラは嘘をつかず、奇跡について述べただけだが、騎士は項垂れ帰って行った。


「マルセラさん、凄いですね」

「奇跡を望む者は多いので、こうした対応は月に1度はございます。女神様の奇跡は我々の自由にならないからこそ奇跡なのですが……さあ、後1巡りしたら今日は終わりにしましょう」

「はい」


 ◇◆◇◆◇


「小川さん、回復魔法の研究ってどうなってますか?」


その日の晩、コタツで寛いでいる小川に美咲は尋ねた。


「いきなりだね。進捗はほぼゼロだよ。前に美咲ちゃんが言ってた魔法の安全装置。あれは実際にありそうだってことは分かったんだけどね、肝心の回復魔法の方が全然進まないんだよね。ところでどうして急に?」


美咲は、神殿であったことを話した。


「回復魔法があればって思ったんですけど」

「じゃあ、少し相談に乗って貰えるかな。僕一人では行き詰っているんだ」


小川は回復魔法の研究の状況について説明を始めた。


美咲の言っていた魔法の安全装置のため、自身や近傍の者に対しては魔法は殆ど効果を及ぼさないようだ、ということが研究の結果、ある程度証明された。

魔法協会では経験則的に、近くに影響を与える場合であっても、最大射程の投射と同程度の魔素を消費するという現象が知られていた。従来の説では、最終的な効果が同等であれば距離に関係なく同じ魔素を消費するという仮説で説明されていた。しかし、安全装置説では、近距離では安全装置が作動し、魔法の効果を及ぼすために余計に魔素を消費するという説明が成り立つ。

使用魔素量を正確に測定する方法がないため、どちらが正しいかを証明する術はないが、小川が行った試験――手に持った木に魔法で点火する――では、魔素を消費した挙句、不発に終わったことから、小川は美咲の唱えた安全装置説が有力だと考えていた。

以前研究されていた回復魔法は、術者の目の前のネズミに対する魔法が発動しなかったため、実用化出来ないとされていた。

しかし、安全装置説が正しい場合、単に近傍を対象とする魔法だったから不発に終わったと考えることも出来る。


その考えに基づき、小川は過去の研究レポートを読み返し、投射型の回復魔法を作ろうとして、結果、失敗した。

一番の問題はイメージだった。

炎や氷と言った、目に見えるものではなく、回復すると言う事象をうまくイメージすることが出来なかったのだ。古いレポートでは、女神の力で自然治癒を加速するというイメージが何回も登場していたが、それも小川の頭の中で具体的なイメージとなることがなかった。


「あの、素人考えなんですけど、いっそ、現代医学というか、医学もどきなイメージで魔法を構築できませんか?」

「どういうことだい?」

「あのですね……ああ、そっか、言うの忘れてましたけど、新しい魔法を開発したんですよ。レールガン」


美咲は説明しようとして、肝心なことを伝え忘れていたことを思い出した。


「レールガンって言うと、地球で実験されてたあれ?」

「そうです。それを魔法で実現したんですけど」

「それは凄いね。また新魔法だよ。というか新系統になるのかな? 魔法史に名前が残るね」


小川の賞賛の声に、しかし美咲はさほど嬉しそうな表情は見せなかった。


「それは置いといてですね、私、レールガンは概要しか知らないんですけど、それでも実現出来たんですよ。こう、レールを2本、魔素で構築して魔力励起して、金属塊を間に置いて大電力を流すイメージをしたんですけどね、本当なら、もっと色々考えないといけないことがあると思うんですよね」

「そうだろうね。そもそも電力がどうやって供給されているのかも分からない」

「そういう複雑なところは魔法っていう云わばOSに任せてみたらうまく行ったんです」


魔法には安全装置がある。そこから美咲は、魔法の3原則の様なものを想像していた。

1.魔法は具現化することにより、術者に強い影響を加えてはならない。また危険を看過することによって、術者に強い影響を加えてはならない。

2.魔法は術者の指示に従って具現化しなければならない。ただし、術者の指示が1項に反する場合はこの限りではない。

3.具現化した魔法は、1、2項に反するおそれのない限り、周辺魔素を利用して存在を維持しなければならない。

ほぼそのままロボット3原則である。

これを指して、美咲は魔法のOSと表現した。


「つまり美咲ちゃんは、回復魔法もその3原則に対応させて、複雑な部分はOS任せにすれば良いって言ってるのかな?」

「そうです。回復魔法のイメージは、異物排除、組織を構成する細胞の増殖・修復と血管類の修復、皮下脂肪、表皮細胞の修復っていう大雑把なイメージにしてみてはどうでしょう?」

「自然治癒を加速するのではなく、回復そのもののイメージか……美咲ちゃん凄いね」


美咲が述べた工程では、対象が曖昧だが、魔法のOSの性能が高ければ実現は可能かもしれない。それに、それより更に曖昧な自然治癒の加速というイメージよりは実現性がありそうだと、小川は美咲の発想力に感心した。

だが、まだ続きがあった。


「あともう一つあるんですけど」

「聞こうか」

「このコタツですけど、温かいですよね」

「まあ、コタツだからね……ああ、なるほどそうか、そうだね。何でコタツの熱を僕達は感じられるんだろう。コタツと言う魔道具と僕達はこんなに近くにいるのに。つまり魔道具は3原則の1項を何らかの方法でキャンセルしているんだね?」

「ええ、多分キャンセルです。コンロの魔道具でお肉を焼いたり出来ますしね」


手元のフライパンで肉が焼けると言うことは、そこに強い影響力が働いていることに他ならない。


「ところで、強い影響って言っているのは何か意味があるのかい?」

「はい、例えば炎槍は炎の槍が見えますよね。インフェルノも青い炎の槍が見えますけど、炎槍と明るさはそれほど違ってなかったように感じたんですよ。何というか、フィルタ越しに見ているみたく、目を保護されてる感じ、と言いますか」

「なるほどね。強烈な光が発生するインフェルノの炎を見ても眩しく感じなかったり、輻射熱で僕達が焼け死ななかったのはそれが理由か。魔法のOSは思っていた以上に高性能みたいだね……でも、そうだね。実験してみる価値はあるね。明日、魔法協会に行ったら、新しい回復魔法を試してみるよ」


小川の言葉に、美咲は首を傾げた。


「今日は試さないんですか?」

「まずはマウス実験だね。自分の指で試して、癌化でもしたら堪らないからね」

「そうでした。生き物が対象なんだから、当然ですよね」


 ◇◆◇◆◇


翌日、美咲が巫女の練習から帰宅すると、茜が帰ってきていた。


「あ、美咲先輩、お帰りなさーい」

「茜ちゃん久し振り、ってこらこら抱き着かないの」

「ごろごろー」


ハグしてくる茜を押し戻しながらも、美咲は嬉しそうだった。


「それで、茜ちゃんが来たってことは洗濯機は完成したの?」

「はい、最後の調整も終わって、これから量産開始できますよ。それと、カイロを2箱持ってきて、商業組合に卸して来ました」

「売れると良いねぇ」

「王室御用達ですよ、その辺はばっちりです」

「あ、アルに渡してたのって、それが目的? しっかりしてるなぁ」


 ◇◆◇◆◇


夕食の時間になっても小川は帰ってこなかった。


「遅いですね、小川さん」

「きっと研究が順調なんだろう。小川さん、なんだかんだ言って研究職が性に合ってるからな」


広瀬の言葉に茜が頷いた。


「おじさんが遅いのは、前にもよくあったことですから、気にすることないですよー」

「そういうものなんだ」


結局、その日は小川は帰宅しなかった。


 ◇◆◇◆◇


翌日、神殿で聖典を読み、巡礼ルートを回っていると、初日に美咲の採寸をしたコリーンと言うシスターがやってきた。


「ミサキちゃん、服出来たよ。調整するからちょっとこっちに来なさいな」

「マルセラさん、良いですか?」


美咲の後ろについて回っていたマルセラに尋ねると、マルセラは首肯した。

コリーンに連れられて、先日採寸した部屋に入ると、そこには白い和服の様な衣装が置かれていた。


「あれ? 修道服じゃないんですか?」

「ん? そりゃそうさ。何たって女神様から神託のあった祭祀だからね。みんなで聖典を調べ直して、適切な衣装を用意したんだよ。どれ、それじゃ、服を脱いじゃっておくれ、巫女の衣装は厚手の布を使っているから、下着になってね?」

「はい、ええと、それじゃ脱いできますね」


衝立の後ろで修道服を脱ぎ、下に着こんでいた服も脱いで下着姿になる。


「脱ぎましたけど……」

「それじゃ、こっち来て。着せてあげるから」


コリーンの手で美咲は白い和服の様な衣装を着せられていく。

和服同様に何枚もの衣装を重ねて着るようになっている。和服と違うのは、帯がなく、衣装に縫い付けられた紐で各部を止める構造になっているという点だろうか。


「はい。それじゃ、ちょっと歩いてみて……裾は大丈夫だね。それじゃ祈りを捧げるように手を組んで……肩の辺り、大丈夫かい?」

「あ、はい」

「今度は両手を横にして……少しわきの辺りを詰めた方が良さそうだね。針で止めるから動かないでね」


ちくちくと、脇の下あたりを針で詰めていくコリーン。

その後も美咲はコリーンに言われるがままに動いたり固まったりを繰り返した。


「ん、それじゃ、今日はこれでおしまい。2枚縫うから、1枚は練習で着て貰うよ」

「練習用に1枚作るんですか? 贅沢ですね」

「そりゃそうさ。裾とかゆったりしているからね、本番で転ぶわけにはいかないだろ?」

切りが悪かったので、長目になってしまいました、、、

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


20200123追記

本文で

ほぼそのままロボット3原則である。

などとありますが、ロボット3原則って何?と思った方もいらっしゃるらしいので補足します。

#ツイッターでアンケート取ったら、2割以上の方がご存じなかったのです……。確かにとても古いお話ですから、ある意味当然の結果なのでしょうけれど。

Wikiに詳細がありますが、転記はNGでしょうから、要点だけ。


ただしくはロボット工学三原則。

アイザック・アシモフ氏が、自作(『われはロボット』『鋼鉄都市』など)の中で記した、ロボットの頭脳(陽電子頭脳)に組み込まれた、言ってみればロボットの本能のようなもの(本能的なものなので、鉄腕アトムの中で登場する、ロボット法とは意味合いが異なります)。

以下、記憶から引っ張った意訳です(本物はもっと格好良い)。

1.ロボットは人間に害を加えてはダメだし、危険を見過ごして人間が害を被るのを見過ごしちゃダメ。

2.ロボットは1項に反しない限り、人間の命令を聞かないとダメ。

3.ロボットは1、2項に反しない限り、自分を守らないとダメ。

#おいおい、大事なのが抜けてるぜ、と思った方はよいお友達になれそうですw

で、氏はこの三原則を用いてSFミステリーなどを書いています。美咲はこのロボット工学三原則について知ってて、それをモデルに魔法の三原則を組み立てたという事です。

ちなみに、日本でも三原則物などと呼ばれる小説や漫画がたくさん登場しました。

小松左京先生の「ヴォミーサ」、アニメだと「イブの時間」などでも使われますね。


20180115:誤字を修正しました。

20200123:後書きに追記

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー"
― 新着の感想 ―
[良い点] ロボット三原則、のちに『第ゼロ原則』が追加されるんですよね。 案外知られてないのかな?てか『大事なのが抜けてるぜ』が、第ゼロかな? アシモフが『凄い』のは、自分策定した原則が厳格に適用さ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ