63.選定
数日が経過した。美咲と茜の観察はまだ継続していた。
だが、アルの中で答えは定まっているようだった。
その朝、食堂に迎えに来たアルとキャシーを前に、茜は美咲に内緒話をした。
「最近、アルは美咲先輩にばかり張り付いてますねー。巫女に選ばれましたか?」
「何も聞いてないけど、あからさまだよね。聞いてみようか、巫女は決めたんですか? って」
「そして美咲先輩はアルの側室に……」
「ならない! なれって言われたら、茜ちゃん連れて逃げ出すからね!」
こそこそ話しているが、アルとキャシーには丸聞こえであった。
「アルさん、春告の巫女はお決めになられたんですの?」
「ああ、決めた。今はそれで本当に問題がないのかを見定めているところだ」
「側室にされそうになったら逃げるとか言うのが聞こえましたけれど」
「裏を返せば巫女なら受けると言うことだ。問題はない。今日もアカネの観察をよろしく頼む」
「ええ、承知しましたわ」
◇◆◇◆◇
食堂前で分かれると思っていた美咲と茜は、そのまま連れ立って工房へと向かった。
「洗濯機について意見を聞きたいんですよー」
「回転させる部分の問題だっけ? 下にあるのが問題なら、上に付けたら良いんじゃないかな?」
「それだと回転が……」
「だから側面にね……」
「十分な勢いが……」
「ギアを使って……」
活発に議論を交わしながら歩く2人の後ろを、アルとキャシーがついて歩く。
「今日はアカネさん、楽しそうですわね」
「そうだな。ミサキも楽しそうだ」
工房に付いた2人は、改めて設計図を見ながら議論を交わし始めた。
途中、図面だけでは足りぬと、小さな円柱と回転する魔道具を組み合わせて美咲が説明を始めると、茜は納得顔で頷き、設計図に手を入れ始めた。
「問題が解決したのだろうか? だとしたら、ミサキの発想力はアカネと肩を並べる程なのか?」
「そうなのかもしれませんね。ミサキ食堂のメニューはどれも独創的なものですし、ミサキさんのそれは、主に料理に向けて発揮されているのかもしれませんけれど」
ミサキ食堂のメニューが、単に日本の食文化の輸入でしかないという事実を知らないキャシーは、ミサキに対して高評価だった。
キャシーの評価を聞き、アルは得心したように頷いた。
設計図の修正が終わり、今度は親方を交えての会議となる。
最初は首を傾げてた親方だったが、最後には、設計図に数点の修正を加え、興奮した親方は設計図を抱えて裏に戻って行った。
「美咲先輩のおかげで洗濯機の実用化、目途が立ちましたよ。ありがとーございます」
「うん、洗濯機は私も欲しいからね。実用化したら教えてね」
「試験機が完成したら、うちでも使いましょーね」
◇◆◇◆◇
工房を出た茜は、雑貨屋に顔を出すと言って、キャシーと共に去って行った。
「この後、ミサキはどうするのだ?」
「そうですね。広場を散歩して、食堂に戻って、読書かな……読書中は、アルさんは他の部屋で待機でお願いします」
「ああ、それは構わんが……しかし随分と書物を持っているのだな」
「あ、それはその、えーと、ほら、日本から持ってきたんですよ」
「そうか、書物が好きなのだな」
美咲が広場を散策していると、顔見知りのおばちゃんや、傭兵が声を掛けてくる。
青いズボンの魔素使いとして白狼や地竜、ゴーレムを倒してきたことで、ミストの町では美咲の知名度は高い。
声を掛けられるたびに挨拶を返す美咲を見て、アルは深く頷いた。
「ミサキー、ちょっと魔素注入手伝ってー」
ふらふら歩いている美咲を見つけたフェルが助けを求めてきた。
「いいけど、今日は凄い量だね」
「アカネの作ったカイロってあるでしょ、温石の魔道具。あれの依頼が多くて、他に手が回らなかったんだよね」
「そんなに売れてるんだ、あれ」
水やお湯、灯りやコンロの魔道具は規格が統一されているため、空になった魔道具を魔素注入済みの魔道具と交換し、費用を貰うという流れが出来ているのだが、カイロは流通し始めたばかりの為、そうしたリサイクルの流れが出来ておらず、持ち込まれたらその場で魔素注入を行っている。そのため、水やお湯、灯りやコンロの魔道具は、魔素が尽きた物が山積みになってしまっているということらしい。
「この後もカイロのお客さんが来たら困るから、魔素使い切るわけにもいかなくてさ、ミサキ、お願い。量が多いから500ラタグで」
「うん、それじゃ、この山だよね……魔素よ、均等にあれ……どう?」
「相変わらず見事な魔素操作だね。助かったよ、これ、お礼ね」
銀貨5枚を受け取ると、美咲はそれをウェストポーチにしまった。
「冬の間は茜ちゃんのカイロの特需だね。たまに顔出すから必要なら声かけてね」
「ありがとう、宜しくね」
フェルから少し離れたところで、アルは美咲に声を掛けた。
「ミサキ、さっきのは魔素注入の仕事か?」
「はい、私の魔素はちょっと多めなので、たまに頼まれて魔素注入したりしてるんです」
「なるほど、食堂以外にもそうした仕事をしていたのだな」
「仕事って程、定期的にあるわけじゃないんですけどね」
魔素注入の仕事が、フェル1人では手が回らないほどに発生しなければ、こうした突発的な依頼は発生しないのだ。
そう考えた所で美咲は小首を傾げた。
例えば茜が開発中の洗濯機。ああいった生活に密接した便利な魔道具が増える程、魔素注入の需要は増大していくだろう。そうなった時、もう少ししっかりした魔素注入の仕組みが必要になるのは想像に難くない。
「でも、これからは店舗の形で、数人の魔法使いが常駐するような魔素注入専門店が必要になってくるかもしれないですね」
「どういうことだ?」
「色々な魔道具が開発されれば、フェル一人でミストの町の魔素注入を賄い続けるのは難しいだろうなってことです。戦えない魔法使いの生活費稼ぎにもなるし、この先の世の中の変化次第ではフェルに提案した方が良いかも」
「そこまでの変化があるものだろうか?」
「一度便利な魔道具に慣れてしまうと戻るのは難しいものですからね。茜ちゃんの発想力ならきっと便利な魔道具はどんどん増えていくと思いますよ」
「ミサキには、私に見えていない未来が見えているのだな」
美咲は未来を見ているわけではない。歴史として知っているだけだ。
一般家庭の家電製品が増えていった歴史を。そしてその結果、各家庭や工場の消費電力が増加し、発電施設が増加していった歴史を。
それを知る由もないアルは、ミサキの深い思慮に感服したように溜息を吐いた。
◇◆◇◆◇
その晩アルは、ミサキ食堂で美咲と茜を前に、春告の巫女を決めたと宣言した。
「おめでとうございます。と言うべきでしょうか。それで、私ですか? 茜ちゃんですか?」
「まー、美咲先輩でしょーけどね、一応理由とかも聞いてみて良いですか?」
「うむ、春告の巫女はミサキとする。選定の理由は、より、側室としての条件を多く満たしているからだ。ああ、勿論約束通り、側室に望んだりはせんから安心してくれ。幾ら何でも子供すぎるからな」
「まあ、どうでも良いんですけど、私はこの国の法律上は成人してますよ。本当にどうでも良いですけど」
アルの言葉に、ミサキはむっとした表情でそう言った。
「15を越えているのか? てっきり12歳位かと……いや、すまん。それでは一体幾つなのだ?」
「教えてあげません。年齢は重要な要素じゃないみたいですし」
「まあまあ美咲先輩、日本人は幼く見られるものですから……って、ちょっとアル! 美咲先輩で12なら、私は一体何歳に見えていたんですかー!」
「知らぬ方が良かろう……そうか、ニホンの者は、皆、年齢よりも幼く見えるのか……勉強になった。そう言えばヒロセも以前そのようなことを申しておったな」
一人納得するアルに、美咲は溜息で返した。
「はぁ……それでアルさん、選定が終わって巫女が決まりました。ということは、もう私達は監視されなくて良いんですよね?」
「ん? ああ、そうなる。キャシーもご苦労であったな」
「ありがとうございます」
静かに頭を下げるキャシー。
「で、私はこの後、どうすれば良いんですか? 春告の巫女って、確か復活祭の最終日に神殿で祈りを捧げるって言うことでしたけど、いつ王都に向かえば良いんですか?」
「神殿に巫女の選定を知らせてからになるな。後は直接ミサキに連絡があると思う」
「連絡待ちで良いんですね?」
美咲の問いに、アルは首肯した。
「そうなる。恐らくは神殿に出向くようにとの連絡が来るだろうが……」
「分かりました。一応、いつ呼び出しがあっても良いように準備だけはしておきます」
「そうしてくれ。それと最後になるが、ミサキとアカネには色々と迷惑を掛けたな。済まなかった」
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
次回、私用の為、更新が遅れるかもしれません。
20180114 誤記修正:マギー→キャシー




