62.神託の意味
神殿から新たな神託が届いたその晩。
アルは、自身が書き記した2人の観察記録を読み返していた。
「傭兵という職業柄、ミサキは魔物と戦うことがあるが、それを除けば実に貴族の娘らしい生活をしている。アカネは魔道具に拘りすぎている点が問題だ。一つの趣味に没頭する貴族の娘もいるが、魔道具は金が掛かり過ぎる趣味だ」
それだけで選んでしまって良いものかと、アルは考えを巡らせる。
美咲に欠点がないかと言われれば、そんなことはない。貴族の娘らしいと言えば聞こえは良いが、裏を返せば平民としては怠惰な生活を送っているとも言えるのだ。そういう観点では、逆に茜の魔道具に対する情熱は、仕事熱心さと言い換えることも出来る。
「サイが娶るとしたらどちらだ?」
「どちらも子供じゃないですか……ああ、はいはい、分かってますよ。それでも選ばねばならないとしたらどちらだ、ですよね……性格的にはアカネでしょう。あれは見ていて面白い」
「娶る女性を面白いか否かで判定するのはどうなのだ?」
「一緒に居て楽しそうだ。と言い換えても良いですよ」
サイの言葉に、アルはなるほど、と納得しかけ、しかし、万が一の場合、国母となる可能性を持つ女性なのだから、客観的に見ても相応しくなければならない。と否定した。
「難しいものだな。魔物相手に剣を振るう方がいっそ気楽だ」
◇◆◇◆◇
翌朝、アルはミサキ食堂で美咲と茜に、新たな神託の内容を告げた。
アルに対して、そこまでの好意を抱いていなかった2人は、微妙そうな表情で話を聞き、まず美咲から口火を切った。
「側室ですか。妙な神託ですね。大体、茜ちゃんはまだ婚姻可能年齢に達してませんよ? あ、日本での話ですけど、でも私は年長者として茜ちゃんを守る義務があります」
「我が国でも、婚姻は15からと定められている。それに実際に側室にするわけではない。あくまでも、側室として正しい資質を持つ者を巫女として選定するだけだ」
「後から、側室になれと言わないって約束出来ますか?」
「我が名に誓おう」
アルの言葉にひとまず安心した美咲は矛を収めた。
それを見て、今度は茜が口を挟んできた。
「アルの好み的には私と美咲先輩、どっちが良いんですか?」
「個人の好みで決められる問題ではない。私の側室には色々と求められる条件があるのだ」
「それで神託に従ったことになるんですか?」
茜の質問の意図が分からなかったアルは、暫く考えてから意図を問い質した。
「……それはどういう意味だ?」
「条件に沿って決めるだけなら、アル以外の人が決めても良い訳じゃないですか。そこを、敢えてアルに決めさせるということは、アルの主観が大事ってことじゃないかと思うんですよねー」
「ほう……なるほど。だが、私の側室は、主観だけで決めて良い相手ではないのだ」
「実際に側室にするわけじゃないんですよね。それなら、アルの好みで決めても何の支障もないと思うんですけどー……実はやっぱり側室にしようとか思ってます?」
「平民をそんな立場に置くなどありえん。側室とは言え、貴族の礼儀が求められるのだぞ」
それを聞き、美咲が横から口を出してきた。
「あの、論理が破綻してますよ」
「何だと? どこがだ」
「側室に求められる条件に貴族の礼儀が含まれるなら、私も茜ちゃんも失格です。その条件を満たさなくて良いなら、他の条件も理由付けさえすれば同様に満たせなくても良いことになりますよね」
「いや、だが、それでは選定の条件があまりに曖昧になるではないか」
「そうです。最終的に残るのは客観的な条件ではなく、アルさんでなければ決められない主観的条件ってことになるんじゃないかと……選定者という重圧で、簡単そうな答えに飛びついてしまっているように見えますよ」
「確かに焦り過ぎたか……少し考える時間が欲しい」
開いた大学ノートにさらさらとペンを走らせながらアルはそう言った。
「それで、今日はどういう組み分けで観察するんですか?」
美咲の問いに、アルはノートから顔をあげた。
「うむ。それでは、今日は私がミサキにつこう」
◇◆◇◆◇
その日の美咲の予定は、孤児院訪問であった。
より正確には、孤児院にいるシスターに話を聞きに行くのが目的だった。
この世界の常識をそれなりに学習したつもりの美咲だったが、今回の神託の件で、特に神様関連の知識が大きく不足していると感じたため、それを補おうということである。
ミサキ食堂の食品庫から、パスタとオニオンソルトを取り出し、広場で肉と野菜を買い足した美咲は、それを抱えて孤児院を訪ねた。
「今日は、子供達に食事を作りに来ました。それと、出来れば後ほど、神様についてお話を伺いたいのですけど」
「まあ、いつもありがとうございます。お話については勿論歓迎いたしますよ」
いつものように子供達をあしらいながらパスタを作り上げた美咲は、子供達とシスターにそれを振舞う。
食事は個別に摂ると言うアルも、孤児院からでは近場に食事処はなく、相伴に与っている。今日はグリンが雑貨屋で働いているので、その分をアルに充てた。
「さて、それでは場所を変えましょう。こちらへどうぞ」
食事の後、シスターに連れられてきたのは、小さな礼拝施設だった。
掌に乗るほどの大きさの女神像が一体だけ置かれたそこは、綺麗に掃除されていた。
「礼拝施設もあったんですね」
「最初に出来たのはこちらなんですけどね、この町では魔物のせいで一時期孤児が増えてしまって、孤児院を拡張している内に、入り口が分かりにくくなってしまったんですよ。さて、それではお話をしましょうか」
「はい。あの、女神様ってどういう伝説があるのでしょうか?」
「……そうですね。伝説、というとおかしな話ですけれど、王都の神殿には、灰を一杯に収めた箱があります。ユフィテリア様は、時折、その灰箱に神託を書かれるそうです」
時折、灰箱を通じて神託を下すだけではなく、過去には降臨され、魔物に襲われた国を救った事もあると言う。
王都神殿の女神像は、その時の姿を模したものだ。
「王都の神殿には、全部で4体の女神像がありましたけど?」
「ああ、王都の神殿にお参りされたのですね。そうです女神様は全部で4柱いらっしゃいます。主神が末妹ユフィテリア様で、この女神像はユフィテリア様です。姉神様達は、姿は分かっているのですが、名前は伝えられておりません。言い伝えでは、姉神様達は、悪戯が大層お好きとか」
「悪戯というと?」
「色々ありますよ。愛し合う男女の仲を仲違いさせてみたり、馬に角を生やしたり。一時期、悪神ではないかともいわれていたそうですが、魔物溢れの時に、ユフィテリア様からの神託で、姉神様であることがわかったのです」
碌なことをしない女神だと思いはしたものの、美咲は何とかそれを口にするのは思い止まった。
神様が実在する世界である。神様の悪口を言えばどうなるか分かったものではない。
「ところで、微睡祭ってありますよね。あれは女神様全員が眠りに就くんですか?」
「いいえ、ユフィテリア様だけですよ。姉神様達は、それぞれ別の季節に眠りに就かれます」
「あれ? ということは、冬の間は神託は下らない筈ですよね?」
「え? ええ、眠りに就かれている筈ですので復活祭でお目覚めになったユフィテリア様をお迎えするまでは、それがどうかされましたか?」
◇◆◇◆◇
同じ頃、茜は雑貨屋の在庫の補充をし、ここ暫く、連日のように来ている工房に足を運んだ。
「茜でーす! 洗濯機の様子はどうですか?」
「温石の方で手一杯だ。まあ、考えちゃいるが、魔素注入が問題だな、これは」
工房の親方が設計図を取り出してくる。
洗濯槽と脱水槽が別々になっている2槽式の洗濯機の図面だ。
「まず、こいつに使われてる魔道具は水を出すものが1つ、回転するものが2つ、それらを制御するためのものが1つだ。問題は回転部分だ。こいつは洗濯機の底に付けるから、魔素が切れた時に、ちょっと取り出して魔素注入に持って行くって訳にはいかない」
図面の下部、洗濯機の底の方にある魔道具を指差しながら、親方は問題点を指摘した。
「あー、やっぱりそこが問題ですよねー。こう電線……じゃなくて、魔素を離れた魔道具に伝える方法ってないんですか?」
「制御用の魔道具から出てる線が一応魔素を通すんだが、魔道具本体を稼働させられるほどの魔素を通したら焼き切れるな。これを太くすると値段が跳ね上がるぞ。何せ聖銀を使うからな」
「そーですかー。魔素注入する人に来て貰わないと使えなくなる魔道具って、売れると思いますか?」
「無理だろ」
「ですよねー。でもドラム式だと洗濯と脱水の制御が難しいし、やっぱり何とか頑張って魔道具の位置を変えられないかな」
◇◆◇◆◇
美咲と茜の毎日の観察記録は着実に溜まっていた。
そうやって情報だけ集めてみても、当然のことではあるが春告の巫女は決まらなかった。
選定基準をアルの主観とするのか、貴族達を納得させるような客観的な基準とするのか。それにより、見るべき部分が大きく変化してしまうためだ。
「個人的な好みで言えば、以前からの知人であり、明るいアカネの方が側室に迎えたと仮定すれば楽しかろう。客観的には直接、民の為に働き、書物に親しむミサキの方が受けが良いに違いない。後はどちらの選定基準を取るかだが。サイ」
「これ以上は私の領分を越えますぜ」
「……まあ、そうであろうな。神託の意味をどう捉えるべきか」
そのままアルは腕組みをし、春告の巫女の選定について熟考し始めた。
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