61.新たな神託
茜の観察をしていたアルは、気付けば新しい魔道具についての説明を受けていた。
「なるほど、鉄の塊を温めて温石の代わりにするのか。普通に温石では駄目なのか?」
「温石や湯たんぽは時間が経つと冷えるじゃないですか。これは魔素が尽きるまでは温かいままなんですよー」
「ふむ……冬季の屋外活動には便利やも知れぬな……必要に応じて温石の機能を停止する事は出来るのか?」
「勿論ですよー」
アルが興味本位で聞き始めたのだが、対魔物部隊で冬場の行軍の辛さを知っているだけに、ついつい聞き入ってしまったのだ。
「今日の美咲先輩の魔物駆除に間に合えば良かったんですけどねー。荷馬車の上は寒いでしょうから」
「火が使えない場所では重宝しそうだな。持続時間はどの程度なんだ?」
「んー、そこが問題で、今のところ朝から晩までしか持たないんですよねー」
「十分ではないか?」
対魔物部隊であれば、魔法使いを帯同しているので、それだけの持続時間であれば十分であると感じ、アルはそう問い掛けた。
「そーですか? 毎日充電じゃなかった、魔素を注入して貰うのって面倒じゃないですか? お金も手間も掛かるし」
「……なるほど、民の視点だとそうなるのか。確かに毎日のこととなると思うように使えぬやも知れぬな」
「そーなんですよねー。もっと手軽に使えるようにしたいんですよねー」
茜の理想では、少なくとも24時間程度の持続時間がなければ実用レベルには達したとは言えない。
24時間持つようになれば、一日の使用時間が8時間程度なら3日は使える計算だ。茜的には3日に1度であれば、魔素注入の手間も許容範囲と考えている。
「ふむ……民の為に工夫を凝らすその姿勢、見事だ」
「やだなー、誉めても何も出ませんよー」
◇◆◇◆◇
美咲達が大亀を倒して傭兵組合に戻ると、入れ違いで数台の荷馬車が現場に向かった。
大亀の解体と、素材として価値がある部位の回収が目的だ。
美咲達は、それを見送ると、報告の為、会議室に招き入れられた。
「寒かったね、フェル」
「それが大亀駆除の感想? 相変わらずミサキのポイントはよく分からないよ」
「そうですわね」
傭兵組合の会議室でマックが報告をするのを聞きながら、美咲達はのんびりとお茶を飲みながら体を温めていた。
「それで、キャシーはミサキの何を報告するの?」
「見たままですわ。優秀な予備戦力だった、ということでしょうか」
「倒したの、フェルの魔法だしね」
魔素を感知する能力は稀なスキルであり、キャシーには魔素を感知する能力はない。
魔素を感知出来ない者にとって、ミサキの魔素のラインは、その存在を誰かに喧伝されなければないのと同じである。
キャシーが見たままを報告すれば、美咲は何もしていなかった。ということが事実となる。
「本当に欲のない方ですこと」
「そうでもないよ。平穏な日常、のんびり生活できる環境が欲しいだけだから」
◇◆◇◆◇
「ミサキは武を以て民の為に働き、アカネは智を以て民の為に働く、か。一般的な巫女であれば、アカネの方が向いているように感じるが、それで良いのだろうか? サイはどう思う?」
自室で、大学ノートにメモを取りながら、アルは、護衛のサイにそう問い掛けた。
「自分は一介の護衛ですので、お答えしかねます」
「……サイ、ここでは遠慮は無用だ」
「はいはい。まだ、春告の巫女に求められる素質が分からないから判断は保留って所じゃないですか?」
砕けた口調に変わったサイがそう答える。
「やはりそうなるか。祭祀の内容が不明なまま巫女を選定しても、意味などないしな」
「それすらもアルが決めるのかも知れませんぜ」
サイはそう言って肩を竦めて見せた。
「ならば、復活祭の最後に、神殿で祈りを捧げることを仕事と定めたいところだな。誰も困らん」
「このまま、春告の巫女の役割が不明なら、そのように神殿に伝えては?」
「そのような勝手、神罰が下るぞ」
この世界では、神とは時に降臨し、時に奇跡を起こす実在のものだ。
神託に故意に従わなければ、何らかの神罰が下ることになる。
だからこそ、第二王子という公職を横に置いても、アルは巫女の選定に注力しているのだ。
「今ある情報だけで神託を達成出来ないのなら、巫女の仕事が何かを考えるのも選定者の仕事の内ってことになりませんかね?」
「……神殿の調査で何も出なかった場合は、それも検討しよう」
◇◆◇◆◇
数日が経過した。
美咲は、時に孤児院を訪れ、食材を寄付し、時に傭兵組合の依頼掲示板を眺め、時に広場でぼんやりと人間観察をし、そして大半は読書をして過ごしていた。
茜は、温石の魔道具の省エネに成功し、魔道具の完成を宣言し、工房に量産を依頼した。なお、初期ロットの温石は、美咲、フェル、キャシー、アルに配られた。
その観察結果をまとめ、アルは更に頭を悩ませることとなった。
「行いを見ればミサキも悪くはない。より広く民の為と考えればアカネも悪くない。一体何を基準にすれば良いのだ! サイ、神殿からはまだ何も言っては来んのか?」
「まだです。ですが、そろそろ何か来る頃だと思いますがね」
「なぜそう思う?」
「今のままでは神殿は役立たずになってしまいますから、推測、憶測交じりでも何か出してくるかと。ただし、決定権はアル任せで」
「今と何も変わらんではないか」
だが、その予想は、良い意味で裏切られる事となった。
神殿からの連絡は手紙ではなく、神官が直接やってくるという形で齎された。
「春告の巫女について、新たな神託がありました。アルバート王子、心してお聞きください」
「おお! それでどのような?」
食い気味に反応するアル。
そんなアルに若干引きながらも神官は伝令の務めを果たした。
「では……春告の巫女は選定者が後に側室に迎えるに足る相手であること。巫女の務めは、復活祭の最終日に神殿で祈りを捧げること。以上2点です」
「……すまん。もう一度頼む」
「春告の巫女は選定者が後に側室に迎えるに足る相手であること。巫女の……」
アルは片手をあげて神官を止めた。
「分かった。聞き間違いではなかったようだ」
アルことアルバート・エトワクタルはエトワクタル王国の第二王子である。王太子は第一王子であり、アルは当面はその予備として存在している。
そのため、婚約者こそいるものの、まだ未婚である。そのアルが。
「あんな子供のどちらかを側室にだと?」
「……実際に側室に迎えろと言うわけではありません。神託は、後に側室に迎えるに足る相手であること。です」
神官が三度告げた。
「将来、側室に迎えろ。ということではないのだな?」
「はい。あくまでも、その資質を持つ者ということです」
「そうか……わかった。取り乱して済まなかった。伝えることはそれだけか?」
「いえ、これは神殿長からの依頼となりますが、復活祭の10日前までに巫女を選定してほしいとのことです」
「……承知したとお伝えしてくれ」
神官を下がらせたアルは、大きく一つ溜息を吐いた。
「はぁー。肩の荷が下りたような気分だ」
「……」
「サイ、何か言いたいことがあるなら遠慮はいらんぞ」
「それでは遠慮なく。アルの好みだけで選んでも神託に従ったことに間違いじゃないんですがね……アルバート第二王子の側室となる女性は、可能性の上では将来の国母となられる可能性があるお方だと気付いていますか?」
サイの言葉にアルは沈思黙考した。
万が一の仮定の話であるが、第一王子であるオースティンが廃嫡され、アルが王となったとする。そして、婚約者であるロレインとの間に男児がなく、側室との間に男児が産まれたとすれば、その男児は将来の王となる可能性がある。
「なるほど……考えたくない未来だが……なるほど」
その可能性を考慮した場合、そもそも平民から選ぶこと自体が誤りとなるのだが、神託に従うのであれば、2人のいずれかを選ばなければならない。
「まあ、そこまで考える必要があるかは分かりませんがね。一応、可能性の問題とし……」
「いや、ようやく神託の真意が見えた気分だ。あの2人の中から、国母となっても他国に恥じない者を選べという意味だったのだな」
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20180114 マギーをキャシーに変更




