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60.大亀

監視が付いている中で、呼び出した物ばかりを食べるわけにもいかないため、美咲は露店で肉と野菜、小麦粉を買って帰った。

その後は午前中と同じく読書である。

今日の美咲はとことんインドアを楽しむつもりのようだ。


同じ頃、茜は魔道具製作の為、設計図を馴染みの工房に持ち込み、試作品の作成に立ち会っていた。

温石を魔道具で実現するためのもので、基本的な部品はドライヤーやコタツで実用化している。後は適当な外殻を作って組み込めば完成予定だ。


「アカネはそれを作って商売の手を広げるのか?」


アルにそう聞かれ、設計図から顔をあげた茜は首を横に振った。


「別にそんな気はありませんよ。魔道具開発が私の趣味なんですよー」

「それはまた、変わった趣味だな」

「そうですかね? あ、でも今回の魔道具は美咲先輩のアイディアなんですよねー」

「ほう。ミサキも魔道具に関わっているのか」


アルは大学ノートにメモを取る。

何を選定の基準にすべきかが分からないため、とにかく目に付いたもの、聞いたものを出来るだけ記録しようとしているのだ。

そもそも期限すら明確に切られていない巫女選定だ。春告という言葉から、恐らくは復活祭に関係した巫女だろうとの推測は立てられているが、それすらもどう関わって来るのかは不明である。

アルとしては早く巫女選定を終わらせて公務に戻りたいのだが、意味不明な神託がその邪魔をする。

一体、何をもって選定すれば良いのか。

美しさか。アルの目からはどちらも子供にしか見えない。

優しさか。2人が孤児院に寄付をしているという話は既に噂話として収集している。

勇敢さか。ゴーレムの暴走に際して2人がこれを打ち破ったと傭兵組合で聞いている。

賢さか。リバーシや魔道具の開発という功績を考えれば僅かに天秤が傾く。

それとももっと別の何かだろうか?

春を告げるという意味も分からない。

歌や舞いでも奉じるのか。そうであれば、声の美しさや立ち居振る舞いが基準となるだろう。

仮にも神託だ。意味がない選定をさせるとは考えられない。

こうして、アルの生真面目な部分が、巫女の選定を難しいものにしていた。


 ◇◆◇◆◇


内容を粗方記憶している本を読むのに飽きてきた美咲は、厨房の冷蔵庫を覗きながら夕飯のメニューを考えていた。


「ミサキさん、どうかされましたか?」

「そろそろ夕ご飯のメニューを考えようかと思って。一緒に食べるでしょ?」

「いえ、食事は別に摂るようにと指示を受けていますので」


美咲達の生活に不必要な出費を強いることのないようにとのアルの気配りである。


「そうなんだ。んー、肉と小麦と野菜でお好み焼きでも作ろうかな……なら、茜ちゃんが帰ってきてから準備で良いか」

「食事はミサキさんが作るのですか?」

「決まってないかな。茜ちゃんが作ることも結構多いよ」


美咲の方が料理のレパートリーは遥かに多いが、ミサキ食堂のメニューや、トーストで済ませる事も少なくないため、茜もそれなりに料理を作っているのだ。

もっとも、美咲が呼び出した材料に依存する部分が大半を占めているため、今回の様に露店で仕入れた材料で臨機応変に料理を作るのは、茜にはまだ難しいかもしれない。


「うちのメニューなら、茜ちゃんは全部作れるよ」

「そうなんですね。何となく、ミサキさんが料理担当だと思っていましたわ」


実態はインスタントラーメンにレトルトパスタソースとパスタ、カップスープだが、そうした便利な物を知らないキャシーは感心したようにそう言った。


 ◇◆◇◆◇


春告の巫女の件で、アルが傭兵組合で女官という名の監視員を募集し、美咲について色々と聞き込みをしたことで、傭兵組合には美咲の帰還が伝わっていた。

傭兵組合は傭兵組合で、いつもの不定期魔物駆除のため、美咲とフェルのコンビに指名依頼を出す予定だったのだ。

結果、翌日、美咲とフェルが傭兵組合に呼び出される事となった。


「それで今回の目標は何なんですか?」


美咲の問いに、ゴードンは机の上に地図を広げながら答えた。


「この辺り……前にゴーレムがいた位置より南側だな。ここに、大亀が出たそうだ。対象は1匹。陸棲の亀で気性が荒く、鉄でも食い千切る。足は遅いが、瞬発力があるのと、甲羅が硬くて魔剣では荷が重い。報酬はいつもの通りだ」

「亀ですか?」

「ああ、亀だ。街道に出て来られると厄介なんでな、早目に駆除したい。地竜の時と同じ戦法を取るが、甲羅は2人の魔法でも破れないかもしれない。可能なら前足から胴体を撃ち抜いて欲しい。無理なら頭を吹き飛ばしても構わない」


倒し方の注文に美咲が首を傾げると、フェルが溜息を吐いた。


「はぁ……面倒な。魔石が目的なんだろうけど、そんなに大きな獲物なんだ」

「ああ、地竜の成体程の亀だ。体積は地竜の数倍だから、魔石もそれなりにな。だが、2人を危険に晒すほどの価値はないから、そこは臨機応変に頼む」

「だってさ、ミサキ」

「ほどほどに頑張ろうね」

「そだね。それで馬車と偵察はいつものメンバー?」

「ああ……それと、だ。多分だが、アルバート王子か、キャシーが一緒に行く事になる」


ああ、と美咲は納得したが、フェルは疑問を覚えたようだ。


「何で王子? それかキャシー? そう言えばキャシーがミサキの観察が仕事だとか言ってたっけ」

「何でも春告の巫女の選定で、ミサキが候補者になったらしい」

「春告の巫女って何?」

「誰も知らんらしい。そうだな?」


ゴードンは美咲に向かって問い掛けた。


「そうです。神託で、そういうのを決めることになったとかで、アルさんが選定者になったんです。候補者は私と茜ちゃんの2人だから、二手に分かれるのなら、どちらかがついて来るでしょうね」

「キャシーならともかく、その王子様は戦えるの?」

「どうなんだろうね?」


アルバートは対魔物部隊に属しているため、それなりに戦うことも出来るのだが、美咲には広瀬と茜の知人の王子様という認識しかないため、フェルの問い掛けに答えを出す事は出来なかった。


「まあ、下手すると責任問題になる相手だからな。キャシーが回されて来ることを祈ろう」

「あ、王子様が来た場合、ミサキの魔素のラインを使っちゃっても良いの?」

「フェルが凄い魔法使いで、私は予備戦力扱いってことにしようよ。フェルみたく魔素を感じられなければ、そうとしか見えないだろうし」

「んー、それもそうか。じゃあ、ミサキは思念詠唱で魔素のラインをお願い、準備が出来たかは私が魔素を見て判断するよ」

「話はまとまったようだな。準備があるから明日の日の出集合で頼む」


 ◇◆◇◆◇


帰宅後、傭兵組合での話を伝えると、アルが名乗りを上げたが、護衛のサイに止められ、キャシーがついて行くことになった。

サイ曰く、自分は対人訓練は積んできたが、魔物が相手では十分な力を発揮できない。そんな環境に王子をお連れすることは出来ない。とのことだった。


「それでは、明日の亀の駆除はキャシーが観察して報告すること。よいな?」

「はい、承知しましたわ。私は傭兵ですから、こうした仕事には慣れています。お任せください」

「うむ。しかしそうなると、明日もアカネの観察か……魔道具の開発に取り掛かると動きがなくなるから暇で仕方ないのだが」

「別にアルが来たくなければ、ついて来なければ良いのに。私は気にしないよ?」

「そういう訳に行くか! アカネも巫女の候補者なのだ、自覚を持って日々を過ごしてほしい」


 ◇◆◇◆◇


翌早朝、美咲は傭兵組合の前でフェルたちと合流した。

マックとジェガンは馬車の準備に忙しそうだが、フェルとキャシーはのんびりと準備を見守っていた。


「おはよう、フェル。あ、キャシーさんも朝から大変ですね」

「おはよう、ミサキ」

「お仕事ですから。私が言うのも何ですが、ミサキさんも連日監視されて大変ですね」

「うん、早く選定、終わって欲しいよ」


美咲達がそんな話をしていると、マックから声が掛かった。


「馬車の準備が出来た。乗ってくれ」


美咲達が荷台に乗り込むと、マックは馭者台に上った。

最後にジェガンが荷台に乗り込むのを確認するとマックは馬車を進めた。


「目撃情報があった付近まで行ったら、ジェガンが偵察に出る。頼むぞ、ジェガン」

「ああ、でかい獲物だ。すぐに見つかるだろうさ」


 ◇◆◇◆◇


街道を逸れ、情報があった付近まで荷馬車でのんびりと進むと、ジェガンの出番すらなく大亀が見えてきた。


「思ったより大きいね。ミサキ、行けそう?」

「まだ離れすぎてるよ。動きは遅いし、もう少し近付けば前足から胴体にかけて、行けると思うよ」

「はやるなよ。あいつはあれで、首の動きだけは妙に早いんだ。下手に近付くとパクっといかれるからな」


偵察で同種の亀を見たことがあるジェガンが注意を促す。


「フェル、ミサキ。攻撃位置につけるから、魔法の準備を」

「了解」


マックは馬車を亀の左前方まで進め、距離を縮めていく。亀は馬車に興味を惹かれたのか、その場で立ち止まって馬車の方を眺めている。


「良し、攻撃開始」

「行くよ……炎槍!」


美咲が思念詠唱で張った魔素のラインを感知し、フェルは炎槍をライン上に置いた。

かなりの魔素を込めていたのだろう、炎槍は一瞬にして大亀の前足の付け根部分に到達し大きく弾けた。


「弾かれた?」


炎槍は前足の付け根に届いたかのように見えたが、甲羅にでも掠ったのだろうか。炎が消えるとそこには多少煤けてはいるものの、無傷の前足があった。


「フェル、どうしよう」

「決めるのはマックだよ。マック、指示を!」

「一旦距離を取る。しっかり掴まってくれ」


荷馬車は大亀から離れた位置に移動し、停車した。


「なぜ弾かれたんだ?」


マックの問い掛けに、フェルは自分なりの分析結果を伝えた。

魔素のラインの太さは地竜の成体を倒せる程に太かったし、狙いも悪くなかった。


「多分、距離が離れすぎてて、着弾時に炎槍が拡散したんだと思う。それで甲羅に弾かれたんじゃないかと」

「距離を詰めれば行けそうか?」

「多分」

「それでは、接近してもう一射。それで仕留められなければ頭を狙おう」


再度、大亀に向けて接近する荷馬車の上で、美咲は大亀の甲羅を観察した。

確かに、腕の付け根部分を覆うようにせり出してきている。それを避けて体内に撃ち込むラインをイメージする。


「これ以上は奴の射程内になる。撃ってくれ!」

「フェル!」

「……炎槍!」


フェルの炎槍が前足の付け根に吸い込まれ、一瞬の間を置き、片足が吹き飛んだ。


「やったな。暫く様子を見るが、追加攻撃は必要ないだろう」


心臓までは潰せていないようだが、大亀はその場で動きを止めた。


「見事ですね。ミサキさんの魔素のラインは思念詠唱で?」

「キャシーさんは、見たままを報告してくださいね。倒したのはフェルであって、私は予備戦力としてここにいただけですから」

「……なるほど、承知しましたわ」

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


総合評価が2万を越えました。ありがとうございます。

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[気になる点] あいつはあれで、首の動きだけは妙に早いんだ。 早い→速い では
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