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59.春告の巫女

「ミストよ! 私は帰ってきた!」


突然の茜の台詞に、美咲は何事かと居住まいを正した。


「急にどうしたの?」

「私のお姉ちゃんが好きな大昔のアニメにそーゆー台詞があるんです。ようやくミストの町ですねー」

「そうだね。そう言えば、コタツ、置いてきちゃったね。良かったの?」

「ミサキ食堂だと置く場所がないですし、2人とも喜んでくれてたからいーんですよ」


それほど広くもないミストの町である。

馬車はすぐにミサキ食堂の前に辿り着いた。


「帰ったら忙しくなりますねー。食堂再開して、商業組合にスイーツ卸して、雑貨屋の在庫確認して……あれ? 食堂の前に誰かいますね?」

「え? あ、ほんとだ」


ミストの町に戻った美咲達を、思わぬ人物が待ち構えていた。


「ミサキ。一体どこに行っていたんだ?」

「アルバート様?」


ミサキ食堂の前に立っていたのは、この国の第二王子、アルバートだった。

お付きの者なのだろう、見慣れない男性を1名連れている。


「アルで良いぞ。食堂に入れては貰えまいか」

「ええと、はい。あ、茜ちゃん、鍵開けてあげて」

「はいはーい。それでは、アル、どうぞ、そちらの方は?」

「私の護衛のサイだ。気にしないでくれ」


食堂の鍵を開けて、茜はアルとサイを招き入れた。


「茜ちゃん、お湯沸かして、お茶の用意お願いね」

「はーい」


パタパタと厨房に入っていく茜を見送り、美咲はアルとサイに椅子を勧めた。

アルは座ったが、サイはアルの斜め後ろに立ったままだった。


「それで、どうしてミサキ食堂に?」

「うむ。ここに来て、春告の巫女を選ぶよう神託が下りたのだ。選定者は私だ」

「……あの、意味が分からないんですけど」


首を傾げる美咲に、アルは肩を竦めて見せた。


「正直、私も分からんのだ」

「はい?」

「冗談を言っているわけではない。『ミストの地の女神の色の女性より春告の巫女を第二王子が選定せよ』との神託が神殿にあったのだ。こちらこそ聞きたい、何故お前達なのだ? 春告の巫女とは何だ? そして何故私が選定をするのだ? そもそも選定の基準は何なのだ?」


アルは頭痛を堪えるように右手で額を押さえた。


「いえ、分からないんですけど。というか神託? ユフィテリア様は微睡祭から眠りに就かれているのでは?」

「そう。それも謎なんだ。神託があったのは12月の末日だ。微睡祭から復活祭の間に神託がおりたことは、過去なかったそうだ」

「あの、そもそも、なぜ私と茜ちゃん限定なんですか? 女神様の色の人は他にもいますよね?」

「ああ、いるな。だが、傭兵組合や商業組合で該当する者についての情報を調べたところ、他は男だった。選定基準からは外れる……しかしそうか。お前達も春告の巫女に心当たりはないのだな?」

「茜ちゃん、どう? 心当たりある?」


厨房でお湯を沸かしている茜に声を掛けると。


「ないですねー」


という声が返ってきた。


「そうか。復活祭の祭祀に関係がないか、神殿で調査が進められているが、お前達のどちらかが春告の巫女となることは、定まった未来だと心してほしい」

「あの……生贄とか、そういうのじゃないですよね?」

「正直に言おう、分からん。だが、春を告げるというのだから死ぬことはないとは思う……それでだ、明日から私はお前達2人の行動を監視し、どちらが巫女として相応しいかを見定めるつもりだ。必要であれば女官も手配するので言って欲しい」

「トイレやお風呂、寝室までついて来るつもりじゃないですよね」

「あ、当たり前だ! ただ、朝から晩まで行動を共にするだけだ」


美咲の質問に、慌てたようにアルは答えた。

だが、その内容は、美咲の想像の上を行っていた。


「朝から晩まで……それって何日間ですか?」

「巫女が決まるまでだ」

「はぁ……女官さんも一応手配しておいてくださいね。私達だって、四六時中、男性の視線に晒されるなんて耐えられませんから。それと、巫女が決まるまではミサキ食堂は閉店します。お客さんが何事かと思うでしょうから」


正直なところ、客の反応よりも、美咲の能力を知られる危険性が高いための対策だが、アルは納得したようだ。


「こちらは構わないが、生業を止めてしまっても生活に支障はないのか?」

「まあ、長くても春までのことでしょうから。そのくらいなら貯えはありますし」

「そうか。色々と面倒を掛けると思うがよろしく頼む」

「ええ、こちらこそ。後、春告の巫女の役目が分かったら教えてくださいね」

「うむ。それは約束しよう。それではまた明日」


そう言うと、アルはサイを連れ、ミサキ食堂から出て行った。

それを見送り、美咲は溜息を吐いた。


「はぁ、お湯が沸くまで待って貰えれば、お茶くらいは出したのに」

「そーですよねー。忙しないですねー」


 ◇◆◇◆◇


翌日、アルとサイがキャシーを連れてミサキ食堂にやって来た。


「おはよう、ミサキ。アカネはどうした?」

「ああ、アルさん、おはようございます。茜ちゃんならまだ寝てますよ。昨日、あの後、雑貨屋の在庫を補充しに行って、遅くまで起きてたので」

「ふむ。それを知っている時点で、ミサキも同様の時間まで起きていたことにならないか?」


アルは懐から何かを取り出した。美咲はそれに見覚えがあった。雑貨屋アカネで扱っている大学ノートだ。

アルは、それに何かをメモしていた。

どうやら美咲達の行動記録を付けているらしい。


「まあ、そうなりますね……あの、キャシーさんはどうして?」

「この町で女官と言っても手配に時間が掛かるからな。傭兵を雇ったのだ」

「ああ、そういうことですか。お久し振りですキャシーさん、微睡祭以来ですね」

「お久し振りですミサキさん。しばらく、ミサキさんとアカネさんについて回って、逐一、アルバート様にご報告するというお仕事を仰せつかりました」


丁寧な口調で告げられたショッキングな内容に、美咲は眩暈を覚えた。

ストーカーに仕掛けられた盗聴器兼監視カメラに挨拶をされたようなものだ。やり場のない何かが沸々と湧き上がるのを美咲は感じていた。


「何と言うか、キャシーさんも大変だと思いますが、よろしくお願いします」

「いえ、出来るだけストレスにならないようにしますので、こちらこそよろしくお願いしますね」

「それでミサキ、今日は何をするのだ?」


大学ノート片手にアルが今日のスケジュールを尋ねてきた。


「ミサキ食堂は閉店中のままですし、私は今日は特に予定はありません。散歩か……寒いから部屋で寝転がってようかな」

「……いや、それだと巫女の選定が出来ないのだが」

「巫女の選定を意識して、普段やらないことするのも変な話でしょ?」

「それは、そう……なのか? だが、何もしないのでは、何を観察し、どう判断すれば良いのだ?」


困り切った表情でアルが腕組みをする。


「それを考えるのがアルさんのお仕事では? あ、多分ですけど、茜ちゃんは動き回ると思いますよ。作りたい魔道具があるって言ってましたから」

「そうか。それでは、今日はアカネについて回ることにしよう。キャシーはミサキを頼む」

「承知しました。ミサキさん、よろしくお願いしますね」

「うん、よろしくね」


美咲が部屋に戻ろうとすると、キャシーがついて来た。


「出掛ける時は声を掛けるから空いてる部屋で待っててもらって良い?」

「そうですね。監視されていては気が休まらないでしょうから」

「ありがと」


空き部屋にキャシーを案内し、美咲は自室に戻って過去に呼び出した小説を読み始めた。

今日の美咲はインドアな気分らしく、そのまま昼まで小説のページをめくる音だけが部屋に響くことになった。


昼が近くなり、空腹を覚えた美咲がキャシーの部屋のドアをノックすると、すぐにキャシーがドアを開けた。


「はい、ミサキさん、どうかされましたか?」

「キャシーさん、お昼はどうします?」

「ミサキさんが食事する間に、広場の屋台で適当に済ませるつもりですわ」

「そっか、それじゃ、一緒に広場に行こうか」

「ああ、ミサキさんも屋台ですのね。何かお薦めはあります?」

「いえ、いつも適当に目に付いたのを買ってるんですよね」

「それじゃ、お薦めがありますよ。肉に小麦粉をまぶして焼いた串焼肉なんですけど、粉に味付けがしてあって美味しいんです」


その日の昼食は、キャシーの案内で広場の串焼肉となった。

その帰り道。


「あれ? キャシーにミサキじゃない。珍しい組み合わせだね」

「こんにちは、フェル。私はお仕事中ですわ」

「フェル、久し振り。元気してた?」

「元気だよ。そうそう、最近、茜の作ったドライヤーって魔道具の魔素注入の仕事が増えてきてるよ……それでキャシー、仕事中って何やってんの?」

「ミサキさん観察のお仕事ですわ」

「まあ、ミサキは見てて飽きないとは思うけどさ、仕事なの?」

「ええ、お仕事ですわ」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


総合評価2万に手が届きそうです。これも皆様のお陰です。ありがとうございます。


それでは皆様、良いお年を。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「〇〇よ、私は帰ってきた」 どちらかというと、マッカーサーのセリフ、「フィリピンよ、私は帰ってきた」ですよね アナベル・ガトーのはそのオマージュ・・・
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