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58.回復の魔法薬

「回復の魔法薬ねぇ」


美咲から手渡されたそれを、小川は胡散臭い物を見るような目で眺めていた。


「茜ちゃんの鑑定でも回復薬らしいですよ」

「この世界に回復魔法はないんだよ。少なくとも魔法協会の見解はそうなってるんだ」

「神様の奇跡の領分だからでしょうか……だとしたら」


美咲はポーションを呼び出してみた。

陶器の小瓶に入ったそれは、買った物と同じに見えた。


「茜ちゃん、これ、呼び出したポーションなんだけど、鑑定してみて。神様の奇跡の領分なら、増えないかもしれないし」

「はいはーい……うん、普通に、と言うのが正しいかは微妙ですけど、同じ効能のポーションですねー」

「美咲、1本貰って良いか?」

「はい、どうぞ」


広瀬は美咲が呼び出したポーションを貰い、その蓋を開けて匂いを嗅ぎ、一口舐めて味を確かめた。


「薬っぽい感じはするけど、ま、試してみりゃ分かるか」


ポーションをコタツの上に置いた広瀬は、小刀を取り出すと、止める間もなく小指の先を突いて血を流した。


「んで、飲みゃ良いんだな?」

「そーです。飲むか、傷に直接かけるかですけど。まったく、おにーさんは野蛮なんだから」

「これが一番確実な確認方法だろ?」


ポーションの瓶をあおり、中身を飲み干す広瀬、その小指には血は付いているものの、傷は残っていなかった。


「あー、まあ、本物だな。茜の鑑定が間違えるわけないもんな。茜、そのポーション買った露店の場所、覚えてるか?」

「覚えてますけど、何でですか?」

「案内してほしい。まだ在庫が残っているなら事情を確認した上で対魔物部隊に卸して貰う」

「なるほど。怪我人、多そうですからね。それじゃ案内しますねー」


 ◇◆◇◆◇


広瀬を伴って出かけた茜は、1時間程して帰ってきた。


「お帰り、さっきのお姉さんは、まだいた?」

「うーん。いるにはいたんですけどね。そんな薬知らないって言うんですよ。扱ってるのも普通の傷薬だけだったし、どうなってるんでしょーか」

「人違いってことは?」


一番ありそうな可能性を指摘してみる。

市場では大勢の商人が露店を出しているのだ。似たような女性が薬を商っていてもおかしくはない。


「それはないですねー。さっき、色々怪しかったから鑑定で名前まで確認してたんですけど、同一人物でしたよ。もう訳分からないですよー」

「それじゃ、商品を置き換えて知らない振りをしてるとか?」

「そうとしか思えないんですけど、嘘ついてる風じゃなかったんですよねー」

「んー、まあ、必要なら私が呼べるけど。広瀬さん、必要なら広瀬さんが市場で買ったという事にして、何本か呼びますけど、どうします?」

「美咲の申し出はありがたいけど、俺、嘘は苦手なんだ。きっとばれるからやめとくよ」


広瀬はそう言って肩を竦めて見せた。


「僕には10本くらい出して貰えないかな。回復魔法には興味があるんだ」

「はいどうぞ。小川さんは魔法協会に持ち込むんですか?」

「うん。僕は噓つきだから大丈夫。ばれないようにうまくやるよ」


 ◇◆◇◆◇


翌日、再び市場を訪れた美咲と茜は、昨日見掛けたポーション売りを探しつつ、ウィンドウショッピングを楽しんでいた。

最初こそ、ポーション売りを真剣に捜していた2人だったが、既に意識の大半はウィンドウショッピングに向けられていた。


「あ、茜ちゃん、あの寝そべった猫の縫い包み、リアルじゃない?」

「黒猫ですか。なかなか格好良いですねー」

「コタツと言えば猫だよね。買ってくるね」

「……美咲先輩、実は結構可愛い物が好きなのかな?」


パタパタと走っていく美咲を眺めながら、茜はそう呟いた。

この世界では、割れ物や肉などを除き、商品を包装するということは稀である。

そのため、黒猫は美咲の腕の中に納まることになった。

収納魔法でしまわない辺りは美咲の乙女心の為せる業なのかもしれない。

黒猫の背中の辺りを撫でながら歩く美咲の表情は満足げであった。


「あ、いた」

「いましたねー」


昨日のポーション売りの女性を発見した2人は、遠くから様子を窺った。

小さな陶器の小瓶を並べたやる気のなさそうな露店。見た目は完全に一致する。


「茜ちゃん、どう?」

「本人で間違いないですけどー、売ってるのは普通の傷薬ですね」

「そっか。何だったんだろうね。あのポーション。ちょっと行ってくるね」


美咲は傷薬を売っている露店に近寄り、売り物を眺めた。

美咲が買ったポーションと器は似ているが、美咲が買った物の方が細かな模様が付けられていたようにも思える。


「こんにちは。これは何のお薬ですか?」

「いらっしゃい、傷に塗る塗り薬だよ。1瓶100ラタグだけど、どう?」

「うーん、傷薬は間に合ってるかな。それじゃまたね」

「はい、またどうぞー」


美咲はそのまま茜の元に戻り、感想を呟いた。


「顔は同じだけど、まるで別人みたいだね」

「そーなんですよね。それに前はポーションだけしか並んでなかったのに傷薬になってるし」

「何か、狸にでも化かされてるみたいだね」


 ◇◆◇◆◇


屋敷に戻った美咲は、回復魔法というものに疑問を覚え、コタツの住人となっていた小川の元を訪ねた。


「小川さん、この世界に回復魔法がないってお話なんですけど」

「うん、ないよ。存在しない」

「そもそも、回復魔法って何なんですか?」


美咲は攻撃魔法と灯りの魔法しか見たことがない。

後は魔道具ばかりだ。


「ん? んー、怪我を一瞬で治すような魔法、かな。過去に研究されたらしいけど、実現は不可能とされたんだよね」

「怪我を一瞬で治す……怪我の程度に関わりなく、ですか?」

「いや、研究されたのは、自然治癒の範囲だね。切り落とした指が生えてくるような物じゃないよ」


研究されたのは、自然治癒を加速する魔法だった。

だが、それは研究の結果、不可能とされたのだ。


「なんで不可能なんですか?」

「たしか、人体へ直接干渉する魔法は作れなかったんだ」

「ん? ああ、魔法の安全装置ですね」


何やら納得したような表情の美咲に、小川が困惑したような表情を見せた。


「安全装置? 何だいそれは?」

「インフェルノを撃った時に輻射熱を感じなかったんですよ。魔法には、人体に直接干渉するような効果を発揮できないような安全装置があるんだと思います」


あれだけの熱量を撃ち出す魔法だ、普通に考えれば術者や、周辺にいる人間にも影響があってしかるべきだ。

しかしそれがなかった。

これは、何らかの安全装置が働くという事に他ならない。


「面白い考え方だね。まるで、魔法自体に意思があるみたいだ」

「意思と言うよりも、基本設計のようなものだと思いますけどね。ロボット三原則のような」

「だけど、過去、戦争で対人魔法が使われたことはあるらしいよ」


戦争で、相手陣営に対して魔法を撃ち込み、戦果を挙げたということは、魔法は人体に直接干渉することが可能だということになる。


「その区分は分かりませんけど、少なくとも術者や、その周囲にいる人間を守る為の自動機構は備えている筈です。それが人体に対する魔法を阻害しているんじゃないかと」

「……なるほど。回復魔法が使えないというより、術者本人や、その傍の人体に対する魔法全般が使えないということか。だとしたら、遠距離から回復魔法を撃ち込めば、或いは効果があるのかもしれないね」

「それをポーションがどう実現しているのかは分かりませんけどね」


 ◇◆◇◆◇


年が明けて4日目、美咲達は馬車に乗り、ミストの町に向かった。

天気は晴天。

ミストの町への道半ばで、美咲は馬車を止めて、万年筆程度の金属塊を取り出した。

市場で購入した物で、本来の用途は錘らしいが、材質は鉄である。

馬車から離れた美咲は、空に向け、錘を持った右手を伸ばした。


「魔素で仮想レールを形成、魔力励起。レールに弾体をセットし、通電」


ドン。という音と共に錘が空に向かって発射された。


「美咲先輩の新技ですかー?」

「んー、まあね。本物と比べると初速は今一つだけど、レールの消耗とかは気にする必要ないから、連射出来るかな。ちょっと魔素使い過ぎるのが欠点だけど、この前のゴーレム程度なら撃ち抜けそう」

「何て名前にするんですか?」

「ん? そのまんま、レールガン、かな」

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


まだ年末の片付けが終わっていないので不定期更新が続きます。

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