56.王都の休日
小川が帰宅すると、セバスが迎えに出て、茜の帰宅と美咲の来訪について告げた。
「へぇ、2人とも戻って来るなんて、何かあったのかな?」
「何でも、年末年始をこちらで過ごすとか仰っていました。ところでお二人なんですが、その、床に直接座ってらっしゃいます」
「床に? まあ僕らの文化圏だと、屋内土足厳禁で床の上で直接生活していたからね。だからほら、僕も外から帰ったらスリッパに履き替えてるし、セバス達がしっかり掃除してくれてるだろ?」
「はい、ですが……いえ、差し出口を申しました」
そう言って頭を下げるセバスに、小川は肩を竦めて見せた。
「いいよ、いいよ。確かにこの国の淑女としては問題ある行動だからね。あまりにひどい様なら僕からも注意するよ」
そう答えた小川に対し、セバスは再び深く頭を下げた。
◇◆◇◆◇
「ああ、これは床に座るわけだね」
リビングに入った小川を家具調コタツが迎えた。
「おじさん、おかえりなさーい」
「小川さん、お久し振りです。床がどうかしましたか?」
小川は苦笑し、空いている席に座りながらもセバスへの義理を果たすことにした。
「ただいま。2人とも、床に直接座るなんて、淑女としてどうなんだい?」
美咲と茜は顔を見合わせ、クスクス笑った。
「小川さんも、床に直接座るなんて、紳士としてどうなんです?」
「まあ、ほら、こんな日本人捕獲機があったら誰だって吸い込まれちゃうよ。このコタツ、茜ちゃんが作ったのかい?」
「はい。寒くなってから思い付いたから、結構忙しかったけど、中々の出来だと思ってまーす」
「うん。コタツ布団も良い感じだし、これはハマりそうだね。ところで、年末年始をこちらで過ごすってセバスに聞いたけど、急にどうしたんだい?」
「あー、美咲先輩からプレゼントがあるんですよー」
「プレゼントなんて大層な物じゃないんですけどね」
美咲はそう言いながらコタツの上の籠を横にどかすと、切り餅、小豆の缶詰、きな粉、栗きんとん、伊達巻、紅白蒲鉾、田造、黒豆、数の子、テンプラの詰合せを呼び出した。
「年末の年越し蕎麦用にテンプラ詰合せと、年始用にお節料理の中身とお餅なんかを渡してなかったなぁって思いまして」
「ああ、これは本当にありがたい。こういう物のない年末年始は侘しかったからね。広瀬君なんか、泣いて喜ぶと思うよ。ああ、明日にでも木工店に行って、重箱を頼んで来なくちゃね」
「あ、テンプラは出来合いのですけど、自分で揚げたりしますか? エビなら出せますけど」
「いやいや、これで十分だよ。綺麗に揚げる自信もないしね。取り敢えずアイテムボックスにしまわせてもらうよ。と、そうだ。忘れてた」
小川はアイテムボックスから掌に乗るほどの小さな木の箱を2つ取り出し、2人に差し出した。
「これ、なんですかー?」
「褒章のメダルだよ。ほら、インフェルノとアブソリュートゼロの開発の」
2人は木の箱を受け取り、蓋を開けた。
金と白金で作られ、細かな模様が掘られたメダルを見て、目を輝かせている。
「綺麗ですね。本当に貰っても良いんですか?」
「うん、貰ってくれないと僕が困る。君等は共同開発者ってことになってて、それは預かりものだったんだから」
「それじゃ遠慮なく頂きますね。何か、飾る台とか欲しいですね」
「帰ったら、何か考えましょー」
◇◆◇◆◇
夕食はロバートの予告した通り、ステーキとシチューをメインにしたものだった。
鈴木家では、堅苦しいのを当主が嫌っているため、余程のことがない限りコースではなく、全ての皿が一度に供される。
なお、広瀬は不在だった。
「広瀬さんは、どうしたんですか?」
「対魔物部隊の仕事でね、確かニーストに遠征してる。年内には帰るって言っていたよ」
「おにーさんには残念ですけど、今日の夕食は地竜のお肉なんですよー」
「へぇ、地竜の肉は絶品だって話は聞くけど初めて食べるよ。どれ」
ステーキを一口食べた小川は、感想を言う前にもう一切れ切り取って口に運んだ。
「……これは、感想を言う間も勿体ないほど美味しいね。どこで買ってきたんだい?」
「美咲先輩が仕留めたんですよー」
「そう言えば、美咲ちゃんは傭兵だったね。大したものだ……あれ? 茜ちゃんも傭兵のペンダント付けてるね。傭兵になったの?」
「ゴーレムの暴走を止めたのは何を隠そう、美咲先輩と私です!」
ゴーレムの暴走は、王都魔法協会では多くのメンバーが関わり、ミストの町からの賠償請求等で多くの予算を無駄に使った事件として記憶に新しい。
関わってしまったメンバーは、協会内での発言力を失い、今は大人しくしている。
幸い小川は別の調査を行っていたため、影響を受けなかったが、噂は色々と聞いていた。
「ストーンゴーレムの暴走か。どうやって止めたんだい? 落とし穴でも堀ったとか?」
「いえいえ、私達のインフェルノとアブソリュートゼロでもってバラバラにしてやりましたー」
「ああ、その手があったね。お疲れ様。それにしても美味しいねぇ」
「ん。シチューも美味しいですねー」
「さすがロバートさん。美味しい食べ方を知ってるんだね」
◇◆◇◆◇
食後、日本人3人は再びコタツの住人となった。
「そだ、お米とかお酒とか調味料とか、呼び出しまくった物を渡しておきたいんですけど、今、良いですか?」
「うん、勿論だよ。いつもありがとね」
「それじゃ、まずお米から」
コタツの横に積み上げられたコメの量に、内心冷や汗を流しながら、小川はそれをアイテムボックスにしまった。
「随分量があるね」
「毎日呼んでますからね。そうそう、王都に来た理由、もう一つあるんですよ。神殿に行って、いつまでこれを続けなきゃいけないか、女神様に聞いてみようと思って」
仮にも女神様相手に気軽に聞けるものかはともかく、神託が得られる可能性がある場所で祈りを捧げれば、何か反応があるかも知れないと美咲は考えていた。
「あれ? 確か今の時期、神殿は開店休業中だよ。微睡祭でユフィテリア様が眠りについたから、復活祭までは門戸は開いてるけど、参拝者は殆どいなくなる筈だね」
「そうなんですか? そう言えば微睡祭ってそういうお祭りでしたね。うわ、また春に来なきゃ駄目かぁ」
「美咲先輩、駄目元です。明日神殿に行ってみましょー」
◇◆◇◆◇
翌日、美咲達は乗合馬車に乗って北区にある神殿を訪れていた。
地面には雪は積もっていないが、神殿の壁面を飾る精緻な彫刻には雪が張り付き、まるで白亜の神殿であるかのような佇まいとなっていた。
「本当に参拝者がいないね」
「そーですねー。でも神殿の扉は開いてるし、お祈りだけしちゃいましょー」
前に来た時は、それぞれの女神像の前に参拝者が並んでいたのだが、今日は本当に誰もいなかった。
以前、お祈りした時の作法を思い出しながら、美咲は主神である女神ユフィテリアの前で祈りを捧げた。
(いつまで魔素の循環を続ければ良いのでしょうか。それと出来たら、元の世界に戻して貰えないでしょうか)
暫く祈りを捧げたまま待ってみたが、神託は得られなかった。
「神託はなかったよ」
「残念でしたね。この後、どうしましょー。タワーから雪景色でも眺めてみましょーか?」
「そだね。綺麗だろうね」
◇◆◇◆◇
再び乗合馬車に乗った2人は、南区のタワーの前の行列に並んだ。
「みんな考えることは一緒か。でも、こういう行列に並ぶの、随分と久し振りだなぁ」
「ミサキ食堂の前は、毎日行列ですけどねー」
「なんか、アトラクションぽくない?」
「あー、確かにそう考えると、懐かしい雰囲気ありますねー……それにしても寒いですねー」
列は、1分に4名程度のペースで短くなっているが、まだタワー内に入るには数分掛かりそうだった。
茜はコートの襟を立て、それでも足りぬとばかりに美咲の腕にしがみ付いた。
「茜ちゃん、重い」
「こーすれば少しは暖かいかと思ったんですけどねー」
「カイロみたいな魔道具って作れないの?」
「すっごい簡単ですよー。きっと、もうあるんじゃないですかね?」
「それじゃ、後で、魔道具店で探してみよう」
「そーですねー。でも美咲先輩なら魔法で温まれたりしないんですか?」
「周りの空気を熱振動を加速して温めることは出来るだろうけど、加減が難しいだろうね。下手したら燃えちゃうからちょっと怖くて出来ないね」
暫くすると、美咲達はタワーに入り、階段を登り始めた。
タワーの上から眺める王都は、建物の屋根と壁の一部が白く染まり、いつもとは全く異なる景色を見せていた。
それはとても美しいのだが。
「さささ、寒いね」
「そそそーですねー、早く降りましょー」
吹きっ晒しのタワーの上は地上よりも寒く、2人には長くいられる場所ではなかったようだ。
◇◆◇◆◇
「温石みたいな魔道具ねぇ。聞いた事ないですねぇ」
魔道具店を訪れた2人は、カイロのような魔道具を探していた。
この世界でカイロの様なものと言ったら、石を熱した温石なのだが、それと同じような機能を持った魔道具は、少なくとも王都には存在しないようだった。
「そーですか。ありがとーございましたー」
期待外れだったのだが、茜の足取りは軽い。
「茜ちゃん、ミストに戻ったら作ってね」
「はい、長時間暖かい温石となれば買う人はいるでしょーから、頑張ります。美咲先輩にはアイディア料を払わないとですね」
「んー、別にいいや。孤児院にでも寄付しといて」
今回、初めて1話分丸々のデータが消えると言うのを経験しました。こまめなセーブ、大事ですね。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。




